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カテゴリ:ショートショート
短編一覧 ss一覧
――――― ……憂鬱だ。 病院からの帰り道、彼は考えた。これからの人生のこと……これからの生活のこと…… これからの家族のこと……。考えて、考えて……考えた……。 考えた末、無意識のうちに――呟いた。「……いっそのこと、余命宣告のほうがマシだ……」 ――歩く足は不自然なほどに重く……鈍かった。 年老いた父親と母親のこと。将来必要であろう、2人の介護のこと。介護の費用と時間と 手間のこと。介護保険、国民保険、生命保険の費用のこと。期待できそうにもない国民年金 ……高くなる車の保険や車両税や車検……。毎月のし掛かる食費や光熱費や通信費のことを思った。 こんなことは考えたくはなかった。しかし……考えざるをえなかった……。 年々聞こえづらくなってきた耳、年々落ちてくる視力、年々痛みの激しくなる腰…… 冷たいものを噛むとすぐに痛む奥歯……昼寝をしただけでズキズキと痛む後頭部…… 薄くなり始めた髪の生え際……。考えれば考えるほど、気分が滅入り、顔が青くなり、 心が疲弊するのがわかった。 それでも――彼は考えた。これからの仕事のこと……。 《テーラーチクサ》。名古屋市千種区の覚王山商店街の隅に店舗を置く洋裁屋。仕事の内容は 紳士服や婦人服のスーツやコート、礼服や喪服の仕立てから販売、たまに礼服のレンタル なども行っている……そんなどこの街にでもある、どこにでもある洋裁店だった。従業員は 社長である父親と、経理担当の母親。仕立てと仕入れを行う俺と、雑用を任されている妻、 この4人だけで経営していた……それも、もうすぐ終わるかもしれなかった。 そう。典型的な赤字経営だ。客が来ないから値を下げる、値を下げるから質が落ちる、 質が落ちるから客が来ない……幼稚園児でもわかること。そんな幼児でもわかることにハマり、 経営が落ち込み、少ない蓄えを削り取る……。持って1年……いや、半年かもしれない…… すぐにでも新しい仕事を始め、収入を確保しなければ……閉店だ。 簡単なこと、それは本当に――簡単な理由しかなかった。 そう――それは実に、シンプルな理由だった。 ……乗り遅れたのだ。いや……乗ってもいないのだ……。 そう――俺は電車に乗り忘れたのだ。前日に指定席を買って新幹線に乗らず、時間を守って 快速に乗ることもせず、慌てずノンビリと鈍行に乗ることもしなかった……。 すべてを他人のせいにしたかった……例えば――郊外にあるショッピングモール街や、駅前の デパート、名駅地下のセレクトショップ……。考えればキリがなかった。減税を謳いながら税を 上げようとする国政や、エコを謳いながら金を巻き上げる企業……消費税を上げようとする政府や、 輸入の規制緩和を推進する経済団体、根拠のない理由で卸値を吊り上げる問屋……全部、全部、 ぜんぶ……自分のせいにはしたくはなかった。自分の実力不足だとは認めたくはなかった……。 畜生……俺は……何も、悪いことなんてしていないのに……何もしていないのが……そんなにも 悪いのか?……。 ……最低だ。彼は思った。俺の人生は最低だ。 ――そして、自分と結婚してくれた女の顔を思い浮かべた。 ――――― それは普段通りの、いつものような、ありきたりな、特に何の違和感のない――そんな客との やりとりのハズ……だった。 「……ではまとめますと、生地はポリエステルとウール、スタイルはシングル、ディテールは レギュラー、カラーリングはネイビー、裏地はジャガード、ベストはビジネスタイプ……ボタンや ポケットはおまかせ、ということでよろしいでしょうか?」 「はいっ」 客の男はとても上品であり、礼儀正しく、爽やかな笑顔を彼に向けた。 「……では採寸をお願いします。こちらへ」 ジェスチャーで男を案内しながら、使い古したメジャーを取り出す。男は彼の指示に従い、 鏡の前に置かれた円形のアクリル板の上に立った。靴型の上に足を揃え、背筋を伸ばし、また 爽やかな笑顔を彼に向けた。 過ぎる、と彼は思った。男はどこか過剰な所作を見せ、言葉も不自然に選ばれた印象が あり、ヤリ手のビジネスマンというよりは……どこか演技くさい雰囲気を漂わせていた。 「……失礼します」 男の背にメジャーを伸ばす。 ――別に、どうでもいいがな。彼は思った。 男の股上にメジャーを伸ばす。 ――こんな安物のスーツをウチで作って何の冗談だ? 男の股下にメジャーを伸ばす……すると、男が口を開いた。 「……実は私、外国人なんですよ」 男が笑いながら言った。注文書に記入してもらった名前は和風だったハズなので、彼は少し だけ驚いた。 彼は男の肩幅にメジャーを伸ばし、「……外国籍の方でしたか」と少しだけ笑って見せた。 「住所は親戚の家なんです。電話番号は携帯ですし……あの、不都合とかがあるのでしたら 書き直しますけど……」 男は、まるで売れっ子の男性アイドルのような整った顔を不安げに歪め、媚びるかのように 彼を見た。……本当に嘘くさかった。 彼は「いえいえ、結構ですよ」と適当に笑い返した。本当にどうでもいいのだ。金銭さえ もらえれば、そんなことは、本当にどうでもいい。 採寸と計算が終わり、見積書を持って男の待つカウンターへ戻って来ると、男はまた爽やかな 笑顔を見せた。だが、窓からの日差しが男の顔を照らし、微笑んでいるのは口元だけに見えた。 「……以上で、お会計は42000円になります」 対面した男に彼は言った。 男は彼の言葉を聞くと、口元をいっそう歪めて顔を緩めた。 「いや、素晴らしい値段です。この価格でこの店のスーツが手に入るなんて夢のようです」 「……おそれ入ります」 あまりにも過ぎた世辞に、皮肉か?と言いたくなる感情を、彼は心の中で押し殺した。 「……ということで……ご主人……ひとつ、ご相談があるのですが……」 そこまで言って男は声をひそめた。「……ご主人のお力で……少し……少しだけ、取引を しませんか?」 突然の交渉に彼は戸惑いつつ、「取引?」と聞いた。単に値下げの相談ではないことにも、 彼は少し驚いた。 「……実は私、外国で文房具の販売を営んでおりまして……」 「文房具……ですか?」 心の中で彼は、深い、深い溜め息を吐いた。 「……単刀直入に申しますと、私と、物々交換、をしていただけないでしょうか?」 そう言って男が、媚を含んだ目で彼を見て笑う。 もちろん、彼は笑わない。 「……失礼。ちょっと奥で社長と相談してきます……」 彼は席を立ち、妻に男へお茶を出しておくように伝え、店舗奥にある自宅へと向かった。 本来ならば怒鳴り散らして追い返すべきなのだが、彼はそうしなかった。不思議なことに、 彼は男に対して何の怒りも感じなかった。 あの――…… ――病院での話を聞いて、俺は、頭が変になったのかもしれない……。そう思った。 ――――― 身長は180㎝。痩身。髪は黒く短い。糸目……というよりほぼ閉じているかのような 細い目、丸い眼鏡をかけている。ブランド不明のスーツを着て、靴下はミスタージュンコ、 靴はポールスミスの革靴を履いている。ヌメヌメとしたロウの強い、光沢のある革鞄を持ち、 携帯電話はiPhone。……文房具を販売しているとか、物々交換がしたいだとか、男に関して 持っているすべての情報を伝えると、社長である父親は言った。 「別に話くらい聞いてやってもイインじゃないか?」 父はソファに寝転んで缶ビールを飲みながらテレビの甲子園中継を見ていて、背後で話す 息子のほうなど見ようともしなかった。 踵を返してカウンターへ戻ろうとすると、背後から父が「安物のポリエステルとウールだろ? 店の不良在庫で作れるンなら処理しちまえ」と聞こえた。彼は心の中で舌打ちをし、曖昧な 返事をしてから部屋を出た。 ふざけやがって……俺は現金が欲しいんだよ……。そう思った。 父に見せようと持ち出した見積書を片手に店舗へ向かうと、妻と男が楽しそうに談笑していた。 怒鳴り散らしたいのを必死に堪え、彼は無言で机に戻り見積書を広げた。 「それでっ、いかがでしたでしょうかっ?」 妻との談笑を打ち切り、歯切れのいい男の声が室内に響いた。 「……話は伺います。具体的には、何を?」 およそサービス業らしからぬ、やや強めの口調で彼が聞いた。だが、男は笑みを崩すことなく、 何の動揺もなく、ニコニコと微笑み続けていた。 「……当店のスーツと、何を、交換していただけるのですか?」 彼はそう聞くと、男の目、眼鏡の奥にある――黒い糸のような目を見つめた。「……42000円 分の文房具って、何です?」 男が微笑みながら言う。 「コレです」 男が隣のイスの上に置いた革鞄から取り出した物――それは、1本のボールペンであった。 簡素なビニール袋に包まれたペンは、全体にクリーム色のメッキが施されており、黒1色。 ……どこにでもある、100円ショップに行けば腐るほど手に入るであろう……ペンだ。 「……コレは?」 彼が聞くと、男は堂々と、誇らしげに、それを――何の表示も印字もされていないビニールに 包まれたボールペンを指につまみ――彼の問いに質問で返した。 「いくらだと思います?」 「……いくらって、そりゃ100円だろ?」 男は笑みを消し、「はい。これの値段は100円です」と言い、それから突然、急に真剣な 顔になり、「これを42000円分お渡ししようかと思いますが、今回の件は私の不手際も相当に あると思われますので……これの2倍、84000円分、840本で物々交換していただけたらと思い ます……いかがでしょうか?」 そこまで言うと、男はまた笑みを強めた。「サンプルとして2本、差し上げます。もし この商談が成立するのなら、ご連絡を………」 男はペンを机に2本置くと、革鞄を手に立ち上がり、店の入り口まで歩き出した。 「ちょっ……ちょっと、待てっ……」 彼がそう呼び止める間もなく、男は入口のガラス戸を開き、颯爽と出て入った。彼は 慌てて後を追いかけたが……男の姿は、まるで風が吹いたかのように、煙が消えるかの ように……いなかった。 彼と、横で話を聞いていた妻は――目を丸くし、呆然と立ち尽くした。 ――――― ――幸せになってもらいたい。 誰も彼もが、幸せになってもらいたい。 そう。私の願いはそれだけなのだ。しかし……ただ与えるだけの……何かをめぐんだり、 タダで与える施しは、愛……慈愛とは違う……。 ちゃんとした具体案を示し、確認をさせ、契約をする……これが大切なのだ。これが重要なのだ。 ――あの時、私はすでにひとつの幸せを……あの人が、幸せになる契約を交わし、果たした。 御礼を返した、と考えればいいのかな?……まあ、これもひとつの契約の形……。 ……あぁ……イイ事をすると、気分がイイ……。 しかし……あの人は、ご主人の次に、と思っていたが……まぁ、いいか、順番なんて。 ……誰しもが幸せになってくれるのなら……。 ――――― 『過剰な報酬』 後 に続きます。 今日のオススメ曲――Aimer、エメさん。→Aimer 『StarRingChild (Live ver.)』 →Aimer 『雪の降る街』 お疲れ様です、seesです(^_-)-☆。 仕事で千種区覚王山(ちくさくかくおうざん)に行った時に思いついた話ス。 いやはやキレイな……いい街スわ。住みたい。 時間をかけて構想したわりには……て感じスね。文章化とメモ書きの内容が一致しなくて… まあ、普通の話スね。ちなみに『郊外のショッピングモール街』は大好きでよく行きマス。 しっかし……『愛され』ロスが意外にキツかった。「愛されチャリ2、名古屋市街地激走無法レース、 捕らわれた姉妹を救え編」とか無意識にメモ書きしてたし……まあいっか……。 私の作るキャラは極力造形を省いてますので、(人物名などの固有名詞は……正直―― ショートでは邪魔ス)しかも今回は特に特筆するべきヤツがいなくて楽チンに作れた……。 書きは5時間。校正なしの書きなぐり。誤字の訂正はあとでポチポチ作業ス。……後編もほぼほぼ できてはいますが……う~ん……イイ文章が浮かばなひ……後編はなるべく早く仕上げます。少し 休み取れそースわ。(^^♪ 暇な時間あるとどーしても昼寝とかしちゃうケド"(-""-)" でわでわ、またのご意見・ご感想・ナイス・コメントあれば頼みます。 seesより愛を込めて♪ ↓↑Aimer、エメさん。以前にも紹介しましたが、今度、2枚同時リリースということで。予約済。 スゲー歌唱力デス……声帯にキズがあるらしく?それをあえて維持しているとか……スゲ……。 ↓5月発売の2枚とオススメす。 ↓こちらは、今回オモシロければ……よろしければ……ポチッと……。 オマケショート 意味不明 先輩男性01「sees君、この千種区覚王山ってさ、何て呼ばれてるか知ってる?」 sees「……うーん、わかりません」 先輩男性01「……『現金で外車を買う街』な~んて呼ばれてんだぜ( ・´ー・`)ドヤァァ」 sees「……へえ……お金持ちが多いんスね」 先輩男性01「……あぁ」 …… …… …… 「(……何なんだよっ!!!羨ましいンかいっ!!!)……次、行きましょうか、先輩( `ー´)ノ」 了っ!! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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