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株式会社SEES.ii

2017.06.19
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短編一覧     ss一覧     『姫君のD!』一覧        
―――――

 胸を服の上から強く掴みながら、伏見京子は声を殺して呼吸の音も殺し続けていた。
 パーキングに駐車したフィアットに身を隠す――すぐ目の前の大通りでは当たり前のように、
無数の人々の往来が繰り返されている……。
 
 京子のいる駐車場のすぐ近く――コンクリート1枚の壁のすぐ裏の部屋での会話が、ダッシュ
ボードの上に置いた携帯電話から響いている。
『……社長に連絡をする前に、ですね……』
 携帯電話から岩渕の声が聞こえる。『その、山崎の酒について……いくつか、質問があるの
ですが……?』
 京子は目を見開いた。岩渕の口からついに目的の酒の名が聞けたことに驚いた。
『……はい。何でしょうか?』
《天使》の連中の隙を見て、岩渕は京子の携帯電話に通話を入れたのだろう。布の擦れる音が
微かに響く。今、店の中には何人いるのだろう? 京子は一言も応答せず、ただじっと耳を
澄ませた。低い男の声が聞こえる。『知っていることであれば、お答えしますよ』
『……我々《D》が取り扱っている山崎の酒と、そのう……オーナー様の酒に……何か違いでも
あるのでしょう……か?』
『……ありますね』
『それは……いったい?』
 しばらく沈黙があった。
 京子は岩渕の顔を思い浮かべた。彼の声が震えている、そんな気がした。
『……これは私たちのような薄汚い、汚らわしい者が決して扱ってはならない……カネよりも
高い付加価値があるのですよ……』
『……付加価値、ですか』
 間違いはない。そう。それはどれほどの大金を積もうと決して手に入れることはできない。
何十人、何百人もの善意ある人々の手によって作られた――それは、そんなことは、京子に
だってわかっている……そのハズだったのに。

『……じゃあ、取引は可能かどうか……《D》の社長に連絡してもらえませんかね?』
『……そんな』
 岩渕が呻き、オーナーと名乗る男は満足げに頷いた。
『普段なら、あなたのような者は問答無用で解剖し、臓器も含めて売却してしまうところ
だったんですよ。手掛かりになるようなものはすべて処分する……そんなことは、もう、
おわかりでしょ?』
『……勘弁……してください。……勘弁……してください……』
 岩渕はうわ言のように繰り返した。
『しかし、まぁまぁ……幸いなことに、あなたたち《D》は私の欲するモノを持っていた。
ツイてますね。つまるところ――私はあの酒の大ファンでしてね……コレ以外のアレは、
すべて飲み干してしまおうかと考えていたんですよ……』
 京子には信じられなかった。人の命を何とも思っていない、人のものを奪うことに何の
躊躇も持たないこのオーナーの言葉が信じられなかった。絶対に、絶対に許してはならない
ことだった。

『……見誤りましたね。常識に囚われるのは日本人の悪いクセです……臨済宗の言葉で、
《仏に逢うては仏を殺せ。祖に逢うては祖を殺せ。羅漢に逢うては羅漢を殺せ。父母に
逢うては父母を殺せ。親眷に逢うては親眷殺せ。始めて解脱を得ん》、というのがあり
ますが……どう思います? 倫理や常識に囚われることなく臨機応変に、ですよ』
 聞いているのが辛かった。岩渕の激しい呼吸音が漏れ聞こえた。
 ……決断の時は近い。
 京子には、それが何を意味するのか、わかっていた。

『さて、お喋りも飽きてきました。もう、よろしいのでは?』
 オーナーは本当に嬉しそうだった。『岩渕さん、あの女はどこにいますか? この会話を
どこかで聞いてるんでしょう? 先ほどの携帯電話と、あなたがポケットに入れた携帯電話、
機種が違いますよ。あの女にも相当な価値がありますからね……中国にでも出稼ぎに行って
もらいましょうかねぇ?』

 強い恐怖が私を襲う。
『……逃がしたいのであれば、どうぞ。必ず見つけ出し、確実に処理するだけですから』
 怖い……そう。怖くて怖くてたまらなかった。
『……人身売買は面倒ですし、オークションに出品しましょうかね……』
 オーナーと名乗る男は私の正体を知っているらしかった……そして、自分がモノとして
扱われるという結論に戦慄した。あまりにも……あまりにもおぞましい考えに、私は身を
震わせて恐怖した……そんなことに私は……絶対に耐えることはできないだろう。
『……黙ってないで、何とか言ったらどうです?』
『……』
 岩渕は呼吸を震わせながら、沈黙を続けているようだった。
 ……逃げたい。
 ……逃げてしまいたい。
 ……逃げて、逃げながら、警察に通報しよう――そう思い、フィアットのエンジンを
かけようとスマートキーに触れた時――声が聞こえた。
『……げろ……るな……』
 岩渕の声はわずかに震え、強ばっているように聞こえた。『……逃げろ……逃げろ』
 京子は驚いて携帯電話を見つめた。自分の甘えが、自分の弱さが、彼に見透かされた
ような気がした。京子の目はすでに涙ぐみ――心が震えるのがわかった。
 そうだ。
 もう、嫌だった――もううんざりだった。
 ……人に言われて逃げるのは、人に言われて従うのは、我慢の限界だった。
 どうしてそんなことを思うのか、それは伏見京子自身にもわからなかった。

『……私を出し抜きたいのなら、常識や倫理を捨てることです』
 オーナーが言い終わると同時に、何か固いものがガラスに打ち付けられる音が響いた。
京子は携帯電話を手に取るも、指が震えてうまく掴むことができなかった。
『……逃げろっ! ここから離れろっ! この街に二度と来るなっ!』
 悲鳴に似た声で岩渕が叫び、突然――電話が切れた。
「岩渕さんっ!」
 京子は叫んだ。凄まじい恐怖と混乱で、胸が潰されてしまいそうだった。
「……岩渕さん……岩渕さん……」
 狭い車内で彼の名前を呟き続け、京子はまた、涙を流した。涙は次から次へと溢れ出て、
スカートの上にポタポタと滴り落ちた。
 
 岩渕という男の顔を思い出す。あの、絶望を望むかのような……退廃的な、どこまでも
孤独で、どこまでも悲しい目……。私は今まで男を好きになったことはない。けれど……
もし、私が普通の女だったら……ああいう目をした男を好きになるのかもしれない……彼は
今、あの時と同じように――絶望に微笑んでいるのだろうか? ……もし、そうであるの
ならば……もし、彼があの時と似た状況であるのなら――……。
 
 ――私を出し抜きたいのなら、常識や倫理を捨てることです。
 
 あのオーナーの言葉を思い出した。
 京子は顔を上げた。まだ瞳は濡れているが、涙は止まっていた。

「お断りしますっ!」
 何に対しての答えなのか、誰に対しての答えなのか、それは……そんなことは……――
 ――……わかりきっていることだった。
 ――……逃げるつもりはない。逃げる気など、もう、これっぽっちもなかった。

―――――

 ショーケースの上に岩渕の顔面を押し付けながら、私は微笑んだ。「あ~あ、彼女、逃げ
ちゃいましたね……」
 オーナーは岩渕の髪をわし掴みにし、ガンガンとガラスに叩きつけた。加減はしている
つもりなのだが、出血してしまったのだろう……微量の鼻血が噴き出ていた。
 部下のひとりに命令し、店舗の閉店を指示する。自動ドアの電源が落ち、シャッターが
自動的に下降を始めた。……営業時間内だが、まぁいい。今日はもう閉店だ。
「じゃあ、岩渕さん。早く《D》の社長に連絡して下さい。……あなたも、今晩中に家に
帰りたいでしょう? ……そんなに気にしなくても、あの女はコッチで処理しときますから、
あなたは何も考えないで、明日からも普通に生活すればいいのですから……」
「……ウチは健全な企業だ……お前ら、ゴミどもは……この国から出て行け……」
 呻き、悶えながら岩渕が告げ、わたしはニコニコと笑った。
 そう。そういう反応を待っていたのだ。所詮、《D》の酒などカネで買える。ならこの男は
必要ない、バラバラにして売ればいい――それだけだ。それだけのことなのだ……。
 オーナーは関心を無くしたかのように、無表情に岩渕を見つめ、頭を押さえていた手を
放し――そして、「奥に行きましょうか」と低く言った。
 
 ――瞬間、頭を上げた岩渕がわずかに身を震わせ、店内の人間すべての様子をうかがった。
店内の部下たちはそれを無視した――けれど、オーナーは岩渕の目の中に浮かんだ動揺を
見逃しはしなかった。
 そう。驚き。動揺――。
 その正体が何なのか、岩渕に問いただそうとした次の瞬間――。
 その時だった――。
 その正体が――。
 その白い巨大な物体が――。
《天使》のガラスフィルムが貼られた自動ドアに――激突した!

―――――

 フィアットのタイヤが空転し、動きを止めるまでの数秒間で――店内はまるで大震災に
見舞われたかのような惨状と化した。
 ブレーキを使わずに店内へと侵入したフィアットは、コの字型に並べられたショーケースを
縦横無尽に破壊し尽くし、店内奥側にいた男たちをケースとガラスの下敷きにした。作動した
非常ベルがけたたましく鳴り響き、男たちの呻きをかき消した。

 けれど――幸いなことに、岩渕は無事だった。ガラスの破片が腕や腹や脚に突き刺さっては
いるものの、深いキズやケガは皆無だった。フィアットが自分を避けてくれたことは明白であり、
信じ難いほどの幸運だった。
 情けない呻き声を漏らしながら岩渕は顔を上げ、ガタガタとみっともなく震えながら、涙の滲む
目でフィアットを見る。そこに――伏見京子はいた。
「岩渕さんっ、岩渕さんっ!」
 立ち上がった岩渕に向かって京子が叫んだ。「岩渕さんっ! 大丈夫ですかっ?」
 京子は息を切らしながら車を降り、混乱に顔を歪め、岩渕の体にすがり付いた。周りには
立ち上がろうとする男たちがいて、今にも京子に襲いかかろうと身をもだえさせている。
ひとりはドスのようなナイフを握っている。
「……ムチャクチャしやがって」
 男のひとりが言った。それは《天使》を運営している、爬虫類のような小さな目をしたあの
男だった。「……この始末は、お前らの命と体で償ってもらう……必ずだ……」
 岩渕を見つめてオーナーが薄汚く笑った。オーナーの体はショーケースや家具の下敷きに
なっていた。だが、身体的には大きなケガを負っているようには見えなかった。
「……逃げればいい。逃げたところで、地獄の果てまで追いつめてやるだけだ」
 オーナーはそう言うと、自身の体を覆う家具やケースを持ち上げようと腕を上げた。
「いやっ! いやーっ!」
 細い体を激しくよじって京子が壮絶に叫ぶ。「やめてっ! やめてよっ!」
「落ち着けっ!」
 岩渕は叫び、京子の肩を強く抱いた。
 
 そう――岩渕もまた京子と同じように、生死を分かつ決断を迫られていた。
 ……どうする? 時間はない……。
 ……何が最善か? 選択肢も少ない……。
 ならば……今、この瞬間の決定の……結末が……俺の……俺の、最後、か。
「おっさん、コレは返してもらうぜ……」
「……!」
 瞬間――先ほど前の岩渕と同じように、オーナーの顔が絶望に歪んだ。
 岩渕は足元に転がっていたケースを、あの、特別製の山崎の酒が納められたジェラルミンの
アタッシュケースを拾い上げて腕に掴んだ。
 岩渕は唇を噛み――それから、オロオロとしていた京子の胸にアタッシュケースを押し当てた。

「……京子さん」
 岩渕は――決断した。「コレ持って逃げろ。俺はココで時間稼ぎをする」

―――――

 わからなかった。彼が何を言っているのか、私には何もわからなかった。
 
 込み上げる胃液を飲み込み、渡されたアタッシュケースを胸に抱く。中身を確認せずとも
わかる。これは、間違いなく――《山崎製希少蒸留酒50年、菊花紋章――十四裏菊》に
間違いはなかった。取り戻した……取り戻した……けれど……けれど……彼が何を言って
いるのか、わからない……わからないよ……。
 目の前にあるフィアットを運転する彼の横顔や、お昼ご飯を一緒に食べた時の彼の笑い声を
思い出し、一瞬、心が痙攣した。
 ……どうして? 
 ……どうして? 
 ……どうして、一緒に来てくれないの?
 ――けれど、泣きはしなかった。
 深呼吸をし、意識して彼の言葉を反芻する。そして、しっかりと目を閉じ……もう
何も考えず……まるで……戦場で約束を交わす兵士のように目を見開いた。
「必ず助けます。それまで、どうか無事でいて……」
「うるせーよ、小娘が。……俺の店、名駅前の《D》本社ビルへ行け……ウチの社長が
助けてくれるとは思えねーけどな……」

 ガラスの散らばった床をジャンプして店外へと躍り出る。大勢のヤジ馬でごった返す
人々の群れを駆け抜ける。そこには、眩しいほどのネオンにきらめく大須の街が――
どこまでも、どこまでも、広がっていた…………。

―――――

「ぐげぇっ」
 背骨まで達する強烈な衝撃に、岩渕は血を吐いて呻いた。目に涙が滲み、喉の奥が焼ける
ように熱かった。部下のチンピラたちに向かってオーナーが「……場所を変えるぞ」と声を
掛けるのが聞こえる。口元から血を滴らせながら、岩渕は顔を上げた。涙の滲む目でオーナーの
背を見上げ、「……くたばれ」と呻くように言った。

「……てめーはもう少しだけ生かしてやる。どの道、始末するけどな」
「……それでいい……それでいいんだ……そうだ……殺してくれて、いいんだ」
 オーナーは足を止めて振り返った。
「……ふざけてんのか?」
 岩渕を見下ろして、オーナーは呆れるように笑った。「まぁ……おかげで若返ったよ」
 それからオーナーは部下のチンピラたちに指示を出し、岩渕を車に押し込み、《天使》の
店を後にした。
 
 ……これでいい。
 ……これでいいんだ。
 ……この結末で、いいん、だ……。
 自分の選択が間違っていないことを確信し――岩渕は、少しだけ、笑った。

―――――

 『姫君のD!』 fに続きます。









         本日のオススメ→ ポルカドットスティングレイ「エレクトリック・パブリック」
      ギターサウンドが秀逸→ ポルカドットスティングレイ「テレキャスター・ストライプ」
        魅力的なボーカル→ ポルカドットスティングレイ「人魚」 
       
         
         ポルカドットスティングレイさん。↑はボーカル&ギターの雫(しずく)
        さん。椎名林檎氏を彷彿とさせる個性的な歌詞とサウンドが魅力。
        福岡を拠点に活動され、メジャーアルバムもリリースは未定ですが、
        インディーズでは結構な人気も♪ seesも今後、大ブレイクすると
        考えて紹介します。



 お疲れサマです。seesです。
 ……今話制作日は公休のため(用事も無く)、昼間から少々酔っぱらっております♪デヘヘ
まぁ……この分だと、オマケ制作中は泥酔中ですね、ハイハイ。さて、今話は典型的な
手抜き回となっております。『姫D!』も残り2話?程度を予定してます。本当、物事って
予定通りにいかないモンですわww。
 また、下書き段階で誤字を発見できず、訂正を繰り返す未熟さ……アップ直後に拝読
された方々には本当――不快なモノをお見せしてばかりでして……申し訳ございませんm(__)m
全話完成後には、改めて目を通して頂きたく思います……。
 でわでわ――今回もご拝読、ありがとうございました。seesより、愛を込めて♪



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こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。

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                                   了(*''▽'')!!







Last updated  2017.06.21 02:20:22
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