SEESのショートショート 11 『You don't know me.』
ss一覧 短編01 短編02―――――「……畜生っ……畜生っ……」 呪うように呟きながら、男は奥歯を噛み締めた。 4月に入ってすぐに、男は直属の上司にあたる中年女性から事務所に呼び出され、アルバイト契約の6月末での打ち切りを言い渡された。「……悪いんだけど、6月いっぱいで辞めてもらうことに決まったから」 男の顔をまともに見ず、口速に女上司がそう告げた。彼女は事なかれ主義で温厚な人……だと思っていた……。「辞めてもらうって……それって……クビってことですか?」「うん……まあ……そういうことになるかな……」 男は地下鉄に乗っていた。ヌルヌルとする吊り革に掴まり、窓ガラスに映った自分の顔を見つめていると……様々な考えが頭の中を巡った。 地下鉄の窓ガラスに映ったその男は、本当に冴えない顔をしていた。体も小さくて、痩せていて、ひ弱で貧弱で、何にも取柄がなさそうだった。見た目が悪いだけではなく、その男は勉強もスポーツも苦手で、言いたいこともハッキリと口にできず……自信もなく、周りからも信頼されず……頼りなさそうで、何の才能もなく、卑屈で、卑劣で、下品で……面白いことを女の子に言うこともできず、気の利いた行動で周囲の役に立つこともなく……とにかく……とにかく……どこを、どう探しても、その男にイイ所など何ひとつ見当たらないように思われた……。 もし俺が女だとしても、こいつだけは好きにならないだろうな。こんな男とだけは、絶対に、絶対に、愛し合いたいなどとは思わない……だろうな。 それを今、男は痛感していた。 そう。女上司と話し合うことなどお門違いだったのだ。一度決定したことを覆すなど、絶対に不可能だったのだ。彼女は彼女にとって正しい判断を下したのだ……彼女はまともな、とても真っ当な人間だった……それだけのことだった。「……畜生っ……畜生っ……」 なぜ、俺はこんな人間に生まれた? わからなかった。男にはそれがわからなかった。どれほど考えてもわからなかった。――――― 男は子供の頃よく泳いだ河川敷の公園にいた。地元の住民が作ったであろう花壇の前のベンチに腰を下ろし、キラキラと輝く河川の流れを見つめていた。 いい天気だった。 今朝はハローワークには行かなかった。川沿いに歩き、次の転職先を考えようと自問自答していたが、考えがまとまることはなかった。しかたなく、ペットボトルのお茶を買って、河川沿いの道を当てもなくさまよった。 ボートの係留場で遊ぶ子供の声や、堤防をランニングする高校生の掛け声が聞こえる。花壇に雀たちが舞い下りて地面を一心に掘り返している。風が花の葉をなびかせていく。かつては男もここで遊び、楽しい時間を過ごしていたこともあったのだろう。 だが、それだけだった。もうすべてが、何もかもが過去のことだった。 そろそろ行くか……。 河川のある方向から響いている若い女の悲鳴に気づいたのは、男がベンチから立ち去ろうとして間もなくのことだった。――――― ほんの10数m先の係留場に視線を向ける。若い女の絶叫は続いている。何かあった?何か事故でも起きたのだろうか?「いやっ! いやーっ! 助けてーっ! 誰かっ、誰か助けてっー!」 強い興味と関心にとらわれながら河川の中央に目をやった、その瞬間―― 男の脳の機能と体の制御のすべてが――、 まるで光の速さで流れ過ぎ、 世界が、 一瞬で、 何の疑いもなく、 何の支障もなく、 ただ、 流れて、 過ぎた。 ――男はそれを感じ、動いていた。 子供が溺れていた。3歳か4歳くらいだろうか、幼い男の子が河川の水流に飲み込まれ、流速のまま下流へと流されようとしていた。ストロボが焚かれたかのように男の頭の中は真っ白になり、思考のほとんどが停止した。シャツとジーンズを脱ぎ捨てて河川へ飛び込み、溺れる子供に追いつこうと手脚を必死に動かした。 ――男はそれを感じ、動いていた。 ヘドロのような粘液が口の中に侵入する。重さが増したスニーカーを水中で脱ぎ捨てる。子供が両手をバタバタさせながら、かろうじて水面に顔を出しているのが見える。背後からまた女の悲鳴が聞こえた。そして、男も叫んだ。「おおーいっ! 大丈夫かーっ!」 男は叫んだ。ぎこちなく泳ぎ、呼吸もままならない状況で、声の限り叫んだ。「おおおっーーいっ!」 大声で叫び続けながら、男は泳いだ。泳ぎまくった。水の流れを無視し、水の抵抗を考えず、ただがむしゃらに泳ぎ続けた。 それが――男の記憶のすべてだった。―――――『はじめに言っておきますが……あなたの運命は変わりません』 幼い……小学生か中学生くらいの男の子の声が耳に響く……。男は思った。ここはどこなのだろうか? 自分は何をしていたのだろうか? 男は体を動かそうともがいた。けれど、手足は何か柔らかいものに包まれ、手応えがまるでなかった。無重力状態で浮遊するスペースシャトルの乗組員のように、男は空間をフワフワと漂うだけだった。『……あなたの心臓はすでに停止しています。脳機能が停止するのも時間の問題です』 少年の声がまた響く……。男は目を見開いた。けれど、そこは自宅でも病院でも水中でもなく、ただ真っ白い空間に自分が浮かんでいるだけの状態が見えた。腰を屈めて1回転する……できた。2回転してみる……できた。そこは、空中に重力なく浮かんでいるだけの状態に思われた。今度は男が口を開いてみた。「……キミは、誰だい?」 返事はすぐに聞こえた。『……あなたは、死んだんです』 もう一度、聞いてみた。「……ここは、どこだい?」『あなたはーっ、死んだんですよぉーっ! わかりましたかーっ?』 幼げではあるが、少年の声は男を蔑むかのような口調だった。「……どういうこと……俺は、いったい……あの時? ……何が起きて? ……キミは誰?……あの……死んだって……」 しどろもどろになって男は言った。『……あなたは河川で溺れた子供を助けて死んだ。水中で力尽きたんです。酸欠で心機能が停止して、脳波もすぐに消える予定です……わかりませんか?』 少年の声が尋ねた。その口調は幼げではあったが、高圧的であり、明らかな侮蔑を含んだものに間違いはなかった。 「……キミは誰だい? ……俺が……もう、死んでいるだって?」 声を強ばらせて男が言った。『頭の悪い人ですねえ』 少年の声は笑った。『ボクは150年くらい先の未来から来ました』 少年の声はまた笑った。自分よりも遥かに劣る、まるで犬か猫にでも話しかけるかのような口調で笑い、話し続けた。『学校の宿題で《あなたの歴史》ていうのがあってさ、自分のご先祖様がお世話になったり、命を救ってくれたヤツとかにイロイロと話を聞いてたんだよね。……まぁ、記憶に残らない、アンタみたいな死にかけの状態じゃないとダメなんだけど……今回はツイてたよ~。まーたロクに話もできないジジィやババァじゃつまんないし……』 少年の声は言った。『溺れてた子供ってのは、ボクのご先祖様。わかる? バカそうだからわかんないかな?』 込み上げる混乱と絶望に、男は、かつてないほどに脚が震えていた。――――― 男は話した……自身の生い立ちや、自身の性格や、自身の悩みや、自身の抱える苦境について話して聞かせた……。両親は離婚していないこと……結婚もせず彼女もいないこと……カネもなく貯金も残り少ないこと……特技もなく趣味もなく何の才能もないこと……。そう。少年に質問されたコトだけを詳細に話して聞かせた……。 そんなことをペラペラと喋る気などなかった……喋る気分になどなれるハズがないのに……なぜか――男は少年に向けて話して聞かせた……。『じゃあ次は……』 少年の声が言うと――いつの間にか、男は自分で自分の体がコントロールできていないことに気がついた。おそらく、この空間そのものが少年の支配下に入っているらしかった。自分の脳の記憶をほじくり返され、さらには自分の声帯と脳の一部を操り、情報を吐き出させているのだろうと思われた……。 ただ、ひとつだけ―― ひとつだけ救いがあるとすれば―― それは《心》だった。 いくら肉体を支配されようとも、男の心の中までは読み透かされることはなかったのだ。『おっさんの人生って最低だね。本当にクソみたい』 少年の声がまた笑った。『それにブサイクだしさ。整形しようとか思わなかったの?』「……思いませんでした」 言いたくもない言葉を言わされ、男はギリギリと歯軋りをした。見えないハズの子供の姿を想像し、怒りを込めて睨みつけた。目の前にいる子供は敵だった。そう。それは耐え難いほどの屈辱であり、蔑みであり、暴力だった。 怒りと絶望――。 そんな言葉が、真っ白であった男の心の中で何度も何度も明滅した。 これまでの人生で、その言葉の本当の意味を考えたことはなかった。けれど、今日――この状況が今、まさにその瞬間のことなのだと――嫌というほど強く思い知らされた。 そう。これが怒りなのだ。これが絶望なのだ。どちらかに偏っていようが、すべてがドス黒く、ドロドロに塗りつぶされていった……。溺れた子供なんか助けるんじゃなかった、とも思った。 もうすぐ俺は死ぬ……俺の人生は、おしまいだ……こんなガキに馬鹿にされて……馬鹿にされたままで終わるのか? ……畜生っ……畜生っ……。『……生まれ変わったら家畜にでもなりなよ。ボクが美味しく食べてあげるからさ』 激しい苛立ちが込み上げるのを覚えながら、男は思った……。 ――絶対に、殺す。 周りのものすべてが敵に見えた。――――― 男が最後に見たものは、ボートの係留場で抱き合う親子の姿だった。 ぐったりとはしているものの、まだ息のある我が子を抱き締めた母親は――我が子を命がけで助けてくれた男には見向きもしなかった。 我が子を抱き締めたままの母親は――座り込むだけで立ち上がろうとはせず、ましてや河川に飛び込もうとする気配は皆無だった。 ひとつの感謝の言葉をも発することのない母親は――精根力尽き、ゴボゴボと水中に沈む男の存在など、まるで初めから無かったかのように―― ――弾けるような笑顔で ――本当に嬉しそうに ――ただ、ただ、涙を流し続けていただけだった。それだけだった。それ以上でも、それ以下でもなかった……。 男の心機能が停止し、脳機能が停止しかけ、脳波が最後の電気信号を発信する……。 河川の深い水底で―― 薄れゆく意識の中――「……畜生っ……畜生っ……」 呪うように呟きながら、男はまたしても奥歯を噛み締めた。 その時だった。 ドクンッ……。 停止したハズの心臓が再び脈動を再開し、次の瞬間には……停止しかけていた脳が力強い信号を発信した。信号は少年の声よりもずっと強く、ずっと賢かった。それもそのハズだ。何しろ、すべてが自分自身の本当の声なのだから……。 信号は男に聞いた。『……本当は自殺したかったんだろ? 死にたかったからこそ、お前は子供を助けようとした。最後くらいはカッコつけたかった、それだけのコトだろ?』 信号は男に教えた。『……あのガキの言う未来は、ただの記録だ。お前は死にたかったからこそ、わざと死んだ。けどな、お前が生きたいと少しでも願ったのなら、結果は簡単に変わるもんだ……』 そして、男は蘇った。「あああああああああーっ!」 ただ蘇っただけではなかった。激しい怒りと憎しみが、男のすべてに強靭な意思と力を宿らせていた。「うおおおおおおおおーっ!」 大声で叫びながら水面へ浮上し、係留場に佇む母親の足首を掴んだ。自分でも信じられないくらいの力を込め、母親を子供ごと水中に引き摺り落とした。驚愕する母親の顔面を力いっぱいに殴打し、子供を水面下に押し込めた。「何が未来だっ! 何が《歴史》だっ! 俺の人生はっ! これから始まるんだよっ!」 ブクブクと水底に沈む母親と子供の目を見つめて――男は笑った。現時点では、あの少年の声と、この母親と子供には何の関係性もないと思われた。けれど、母親と子供が苦悶と苦痛に顔を歪めて絶命しようとする瞬間―― ――男は、あの少年の悲鳴を聞いたような気がした……。 了 本日のオススメ→ SALU / LIFE STYLE feat. 漢 a.k.a. GAMI, D・O 散歩中なら絶対コレ→ SALU / WALK THIS WAY ソフィーさん最高→ SALU / 夜に失くす feat. ゆるふわギャング (Ryugo Ishida, Sophiee) SALUさん↑ ご存知の方も多いかとは思いますが、ヒップホップのラッパー。 これまであった『日本人のラップはダジャレ』みたいな価値観を大きく覆した天才。 リズム・リリック・アート性、全てが才能の塊であり、英語歌詞も堪能。 個人的見解で申し訳ないが……車の運転中や作業中には不向きかも。リリックを 楽しむのであれば、散歩、ゲーム、ネット遊泳なんかには絶対にオススメです。レゲエ ・ハウス(要はベース音重視の楽曲)などとの相性も良く、コラボ楽曲も多いス。ぜひ。 お疲れサマです。seesです♪ たいしたこだわりもなく英語タイトルww 今話はあんま時間もなかったので、焼き直しっス。seesの雑誌デビュー当時のショートのひとつです。どれを魔改造しようか悩みましたが……エグさ、で選んだかなぁ……。若いス。救いようのない話ス。しっかし、久しぶりの単発ショートッすね🎶 コレ作った時まだ10代であったため、内容が支離滅裂としていますが……何とか焼き直して読めるように改造しました(笑) ……(あの時、もう少しカネを貰えていれば……(*_*;ハァ) 楽天様とフォロワー様方のおかげでseesのブランクも少しずつ解消されてきたように思えます。この場を借りて感謝を……<(_ _)>ハハァー 次回もショート予定かな? また近いうちに短編03作りますかね……。『姫D』も概ね好評??で、一安心ス。しかし、不快だった方も多かったと思います……失礼しました。 でわでわ、ご意見ご感想、コメント、待ってま~す。ブログでのコメントは必ず返信いたします。何かご質問があれば、ぜひぜひ。ご拝読、ありがとうございました。 seesより、愛を込めて🎵↓SALUさんのオススメ楽曲。偏見持っている方こそ、ぜひ、お試しあれっス↓ こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。人気ブログランキング オマケショート 大相撲特別編02 『伝統?』 隣のオヤジ(酔)「……姉ちゃん姉ちゃん、コレコレコレ~……(^^)/デヘヘ」 巡回販売員(女)「………ありがとうございま~す」 sees 「……???」 それは十両の取組前での出来事であった……。マス席隣に座るオヤジが 巡回する女性販売員に何かを渡している……。 sees 「……たっくん、たっくん(ツレ)、今さ……あのオヤジが……(';')ヒソヒソ」 たっくん 「……ああ、ありゃ~、『おひねり』だな」 sees 「えっ……おひねり??」 たっくん 「チップだよ、チップ。カネだカネ」 sees 「な……何ぃぃぃぃっ!!! ワシ知らんぞ、そんなシステムゥッ!!」 たっくん 「(._.)フゥーー……でかい声だすなよ~いっちゃん(seesの愛称)ww」 sees 「……何の意味が……いったい、何の意味があると言うのだっ!!」 たっくん 「伝統芸能や伝統文化にはそういうチップが不可欠なの、ご祝儀みたいな モンだよ……実際に名古屋場所で目にするとは思わなかったケドな……」 sees 「……ウチらもあげたほうがイイの、かな?」 たっくん 「……おひねりなんてのは、金持ちの遊びだよ。ヤリたいだけの自己満足 野郎の自慰行為だ。俺は……純粋に相撲を見に来た。それだけだ……」 sees 「たっく~ん( ;∀;)イケメーン、そうだね。ワシら、ピュアだもんね(^_-)-☆」 涙目になるseesを、なぜか、本当になぜか――たっくんは睨みつけた。 たっくん 「てめーは飲みに来ただけだろーがぁ!!! いつまで銀色のヤツ飲んでんだよぉ!!」 sees 「ひぃぃ……(*_ _)スイマセン」 seesは思った。 ウマすぎたのだ……『紀文』さんのチー鱈、『鈴廣』さんのカマボコ、『なとり』 さんの茎ワカメが……ウマすぎる……ウマすぎたのだ。seesは何も悪くは ない……悪くはないのだ……すべては、この銀色のヤツが悪いのだ🍺テヘヘ 特別編03へ続く……。 と思ったけど、やめときます。ちょっとひとりよがりだったかも、反省。