SEESの短編集 04 『カーバンクルの箱と鍵と、D!』 i(終)
ss一覧 短編01 短編02 短編03 《D》については短編の02と03を参照。番外としてはこちらから。――――― 6月3日。午前1時――。 大須にあるローズコートホテル。岩渕はホテルのロビーにあるロングチェアの端に腰を下ろし、両手で《カーバンクルの箱》を握り締めていた。 今、ホテルのロビーにいるのは岩渕と川澄と高瀬瑠美と高瀬順子、鮫島恭平と……その知人の6人だけだった。高瀬瑠美は岩渕がオークションで支払った2億5000万の札束が詰まったトローリーバックの柄を握り――高瀬順子は岩渕の近くのロビーチェアに腰を下し――鮫島とその知人は、まるで自分たちは無関係と言わんばかりに、ロビーの柱の影に隠れて様子を伺ったいた――そして、川澄は……「……どういうことです? 岩渕さん……」 岩渕と同じチェアの端に腰を下ろしながら川澄が言う。「《箱》を僕に譲渡してくれる、気はない……と?」 川澄は微笑んだ。それは昨日今日何度も見た子供っぽい微笑みではなく、明確な敵意を感じさせるものだった。「ああ。これは俺のものだ……」 川澄が深く息を吸い、舌打ちと共に息を吐く。「どいつもこいつもっ……岩渕、アンタ、死にたいのか?」「ああ……そうだ……そうだと思う」「……? どうする気だ?」「まずはこの《箱》の正体だが……瑠美さん、教えてくれるかい?」 しばらくの沈黙の後――岩渕は目の前に立つ瑠美を見つめた。彼女は指先で下唇を触りながら、何かを深く考え込んでいるように見える。「……ダメよ。私からは何も答えられない」「……ここからは俺の推測だが……簡単に言うなら税金対策。もっと素直に言うのなら……外資の洗浄、マネーロンダダリング……だろ?」 瞬間――高瀬順子の顔から生気が失せた。おそらくは図星なのだろう……本当、巧妙なやり口だと思う。「……この《箱》を競り落とそうとした中国人との密約、アンタたちは《箱》の中に《R》の海外口座番号、入金・出金・送金方法なんかを忍ばせて取引する計画だった……」 高瀬順子は顔をブルブルと震わせ、娘である瑠美の顔を見た。瑠美は岩渕の目をじっと見つめ、ほんの少しだけ、誰にもわからないくらいほんの少しだけ――微笑んだ。「……オークションという手間のかかる方法を用いたのは、不特定多数の買い手から選ぶという偶然性を演出するためと――ある意味の"オーディション"『アンタら中国人の中で誰がウチと取引するにふさわしいカネを用意できるか?』の選出、てトコだな……まぁ、今回は例外だったからこそ、俺が競り落とせるチャンスだったワケだが……」「ねえ……」 そこまで黙っていた瑠美が岩渕に声をかけた。「……オークションで《箱》が第三者……例えば岩渕さんのような……他人の手に渡るリスクに関しては? どう説明するの?」「そんなもん関係ないよ」 岩渕よりも先に川澄が口を開いた。「《箱》の中身を正確に確認するには《鍵》が必要不可欠だからね。お前も持っているんだろ? 《鍵》をさ」 川澄が胸のポケットから《鍵》をつまみ出し、プラプラと揺らした。 そう。《鍵》がなければ《箱》に意味はない。おそらく――過去、高瀬親子は似たような手法を用いて海外からのマネーロンダリングを引き受けていたのだ。……自分たちに都合の良い顧客にだけ、パスワードや暗号や《鍵》のようなアイテムを渡し……情報の漏洩を防いできた……。「はぁ――……疲れた」 瑠美は本当に疲れたような声を出し……やがて――岩渕の目を優しく見つめ、ぎこちなく微笑んだ。「……アンタはいい女だ」 無意識のうち岩渕は呟いた。 そう。高瀬瑠美はとても上品な顔をした美しい女性だった。京子に負けないほど大きな瞳で岩渕を見つめ、少し恥ずかしそうに、少し寂しそうに笑っている。 彼女の人生に何があったのか? 何が彼女の人生に影響を与えたのか? 彼女の未来には何が待っているのか? 岩渕は何も知らなかったし、知ろうとも思わなかった。彼女の人生は彼女のものであり、岩渕の知るところではなかった。 だが――…… もう――…… うんざりだ。そう思う。 たぶん……川澄も、瑠美も、そんなに悪いヤツではない。少なくとも、過去の自分――世界のすべてに束縛されていた自分よりはよっぽど人間らしい。自分に正直で、自由で、心のあるがままに生きることができる……それが犯罪行為であろうとしても、だ。 もう、嫌だ。 もう、うんざりだった。 ……丸山佳奈は命を捨ててまで澤社長や俺の命を救った。なら、俺が彼女にしてやれる最大限の譲歩案とは? 答えはひとつだった。「俺がアンタたちに提案する取引はひとつ。川澄、瑠美さん、お前ら……仲直りしろ。そう約束してくれるのなら、《箱》はお前ら二人にやる。互いに《鍵》を使い、互いの"私物"を取り戻せばいい……」 ……これでいい。これで、いいんだ。 本気でも嘘でもいい、嘘でもいいから、お前らが本当の家族に戻れるのなら――俺は、俺だけが、地獄に落ちても……構わない。――――― ――瞬間、全身が燃えるように熱くなり、凄まじい怒りに脚が震えた。この男に、この岩渕という男に対して、こんなにも怒りを露わにするのは初めてだった。「……――ふざけんなっ!」 そう叫ぶと、僕は岩渕の胸倉を掴みかかった。 意外なことに、岩渕は逃げようとはしなかった。身をよじろうとさえしなかった。 「岩渕っ、僕がっ、そんな提案受けるワケがねえだろうがっ!」 岩渕は顔を背けず、無言で僕の目をじっと見つめた。「僕は……奴隷のように命令を受けたり、浮浪者のように施しを受けたり、王様のように自由を縛られるのが――大っ嫌いっなんだよっ!」 岩渕を背もたれに押し倒し、首を絞めるかのように力を両手に込めていく。だが、岩渕の顔は微笑んでいるかのように見える。「……畜生っ! 僕の言うことだけを……僕の思う通りに動かないのなら……殺すぞっ!」 僕は力を込める。両手で岩渕の襟元を強烈に締め上げ、更に力を込めた。「うぐぅ……」 くぐもった声を漏らし、岩渕の顔がみるみる赤みを帯びていく。抵抗すればいいのに、という思いはあった。なぜ、こんなにも簡単に? 理由はひとつだった。岩渕は両手で《箱》を大事そうに抱え続けていたからだ。 殺す。そう思った。背後から制止を呼び掛けられるが、関係ない。 僕は盗賊だ。犯罪者だ。人を殺すくらいワケはない。 殺す。僕はこの男を許さない……。 僕はそうやって生きてきた。だってそうだろ? 社会は僕の存在を知らない。血液型、戸籍、顔、指紋、歯型、病院歴、ありとあらゆる個人情報を何も知らないのだ。 殺す。殺して《箱》を奪って逃げる。 奪い、盗み、必要とあれば殺す。そうやって生きてきた。死ぬまでだ。僕は死ぬまでそうやって生きていく。……ん? 死ぬまで? ――さあっ、殺すぞっ! ……死ぬまで? 僕は、死ぬまで、僕自身を知らない? ……誰も……誰も? ――殺す? 死ぬ? 死……。《箱》の中身を手に入れたところで……僕は、僕のことは……誰も? ……知らない? 誰も知らず、誰からも知られず、誰にも言えず、誰にも言われず……永遠に? 永遠に僕は……ひとり? そんなことは考えたことがなかった。昔から、遥か昔から――僕が物事を思案する時、僕の脳はすぐに答えを導き出してくれたし、それが万能であると信じていた。 そのハズだった。 ……わからない。 ……何をどうすりゃいいんだよ……わからねえ……僕は……誰だ?「……岩渕さん……僕は、誰だ? ……僕は……何?」 視線が錯綜し、考えがまとまらず、脳がパニック寸前となり、岩渕を殺そうと力を込めたその時だった。その時、突然、川澄の脳の中が声を上げた。『カッコ悪い』 声――そう。それは子供の声だった。子供の頃の川澄自身の声だった。 声――そう。それは岩渕の腰のあたりから聞こえた。そこにあるのは、《箱》……。《カーバンクルの箱》は川澄を制止し、自らの完全な解放を願う……?『半分じゃダメ。だから……ヤメよう?』 子供の声に、川澄の心はわなないた。『本当は《箱》の中身を知るのが怖いんでしょ? イライラして……だからアンタは、それを岩渕さんに八つ当たりしているだけなんだ。……違う?』 川澄の知らなかった、もうひとりの自分がそう言ってケラケラと笑った。 ――結局、僕はできなかった。どうしても、力が抜けてしまう。「どうした? 川澄?」 背もたれに沈む岩渕が低く言った。「俺を殺して《箱》を奪えよ。元々はお前のものだしな……」 僕は完全に力を抜き、ロビーチェアに座り直した。ゆっくりと視線を横に向け、岩渕の顔を眺める。咳き込む岩渕は未だ両手に《箱》を握っている。「おい……岩渕さんよ……ひとつ、教えて欲しい」「何だ? 何が聞きたい?」 岩渕が僕のほうに、咳き込んでかすれた声を向けた。「僕がアンタの……そんなくだらない取引に応じると、本気で思っているのか?」 利用するだけ利用して見捨てる予定だった男の顔を見つめて僕は質問した。「僕をコケにした女と手を取り合い、二人仲良くゴールイン、なんて妄想――本気か?」 その時、見捨てる予定であった男の顔が呆れたように微笑んだ。「川澄……俺は、ただ――」 僕を見つめ、岩渕はまた微笑んだ。「お前のことを誰かに伝えたい。お前の性格の悪さ、駅弁食うだけの趣味、他人を徹底的に見下す自意識の高さ……溜りに溜まった俺の愚痴や文句を……瑠美さんや、他のみんなに伝えたい……それだけだ」「何だよ、それ」 僕は笑った。盛大に笑った。こんなにもくだらなくて、こんなにも馬鹿な理由で大金を用意した馬鹿は、僕と一緒になって笑っていた。 笑いながら、川澄は目元を袖で拭った。 ……どうやら、笑いながら泣いていたらしい。困ったね……まったく。 今回だけ、折れてやるか。 川澄奈央人は首を縦に振り、「了解……」と静かに呟いた。―――――「あんた……どうする気なの?」 目の前の娘に向かって、喘ぐように母は言った。 そう。母――高瀬順子は恐れていた。私が岩渕との取引に応じ、川澄と手を結び、いつかは自分を裏切って《R》を乗っ取ろうと画策することを。そして、まるで過去の不幸を繰り返すかのように、ひとり孤独に生きる自分の姿を。「……《箱》の中身が世間に知られれば、どの道《R》は終わります。なら、別に拒否する理由はないわ」 考えるまでもない結論を、瑠美は母に向かって堂々と告げた。「冗談じゃないっ!」 母はヒステリックな叫びを上げ、瑠美が持っていたトローリーバックの柄を強引にひったくった。けれど、彼女の娘は動じなかった。ジリジリと後ずさる母親を冷静に見つめ、ゆっくりと、自分のうなじに手を伸ばした。 終わり、だね。 そうだ。自分を生んだ女と決別し、自由を得るのだ。……兄のように。「……お前……誰が育てたと思って……」 ドラマや映画でよく聞くセリフを吐きながら、母は両手で必死にバックを引きずり後ずさった。本当、どこまでも強欲な人だ。「……お前は、クビだ……二度とウチの家には入れない。このカネだって……一銭だってくれてやらない……このカネは私のものだ……」 まるでうわ言のように、母は似たような言葉を繰り返した。 ……母、か。 自由を欲した娘には、もはやそんな言葉は意味をなさなかった。 そう。今では母でもなければ、娘でもなかった。 母親を見つめる娘の目の中には、もはや愛情などひとかけらもなかった。親密さもなければ、恨みも憎しみもなかった。彼女を見つめる娘の目の中にあったのは、少しの同情と、深い憐憫の情だけだった。「……受けるわ。私の持つ《カーバンクルの鍵》、これを兄さんと使う……約束も、する。兄と仲直りする。……最後の親孝行として、《箱》の中身は焼却処分しとく……それでいいかな? 母さん?」 瑠美はうなじから取り外したチェーンネックレスから《鍵》をつまみ、岩渕の眼前に差し出した。そして、母――高瀬順子は、激しい怒りに顔を歪めた。「……畜生っ! お前ら全員、のたれ死にやがれっ!」 そう怒鳴ると、母は怒りに引きつった顔でバックを引きずり、やがて……ホテルのロビーから出て行った。 母がロビーから出たところで視線を外し、私は大きく息を吐き出して……微笑んだ。 ……さようなら、母さん。会社の経営ごっこ……楽しかったよ。 ……兄さん、とりあえず――今後ともよろしく。 そして岩渕さん、とりあえず――私を……。―――――「さぁて……御開帳といきますか」 川澄が楽しそうに言う。「瑠美、鍵穴はどこだっけ? 昔のことで覚えてない」 瑠美と呼ばれた娘は「……いきなり下の名前で呼び捨て?」と眉間にシワを寄せたが、すぐに気を取り直し、岩渕から《箱》を受け取った。「……ちょっと待て、お前ら」 ここまで無言を貫いてきた鮫島恭平が口を開いた。「岩渕よ。お前自分の状況わかってんのか? あのカネっ! 2億5000万っ! 高瀬の女社長に持ってかれちまったじゃねえかっ! どうすんだよっ!」 激しく息を喘がせて鮫島が怒鳴った。これだけは……言っておかなければならない。「……はぁ」「気の抜けた返事すんじゃねえっ! 返済できなきゃ……拉致られて死ぬぞっ!」「……いやぁ、心配してくれるのは嬉しいんですが……」 鮫島からの視線を外し、呆けたように岩渕が呟いた。 続けざまに怒鳴ろうとした鮫島の横から、川澄の声が笑った。睨みつけると、さらには女社長の娘の瑠美も笑っていた。「いいスか? 鮫島先輩。よく考えてくださいよ。あのね……この僕ですら、半日で億のカネを用意するのに四苦八苦してるんです。……鮫島さんの連れて来た、そちらの奥の方?そちらさんが僕以上に頭がキレて、しかも未来予知までできているのなら話は別ですが……」「……はぁ?」「俺は……死ぬ覚悟で偽装屋からカネを借りようとしたのは本当です。ですが……」「このオジさん、頭は大丈夫? 紹介とは言え、いきなり他人に3億も"本物"渡すバカがいるわけないじゃない」「えっ?……じゃあ、あのトローリーバックの中身……は?」 わけのわからない兄妹が同時に口を開いた。「ニセ金に決まっているじゃあないスか」「ニセ金よ。私は持った瞬間にわかったわ。札帯は本物だけど、中身はカラーコピー。底にあるのはほぼ白紙。……母の致命的ミスは中身の検分を私に任せたこと、ね」「……嘘だろ?」 鮫島は勢いよく顔を横に向け、今度は偽装屋に向けて睨みつけた。「おいっ! コイツらとそんなやりとりがあったなんて聞いてねえぞっ! お前……たばかりやがったのかっ!」 訊きたくはなかったが、鮫島は訊いた。自分の心配は何だったのか、やり場のない怒りすら込み上げた。「……やりとりなんてない。あれは潰れた暴力団からの払い下げで手に入れた、賭博用の見せ金だ。鮫島よ、消費者金融だって最低限、ATMぐらいは通す。まぁ一応、億の小切手と契約書の用意はしていたし貸付もする予定ではあった。……まぁ、それも徒労に終わったが……《D》の岩渕、だったか? 名前ぐらいは覚えておくが……必要経費は頂くぞ」 偽装屋の男は紳士然とした声で、楽しそうに笑った。「そういうこと」 川澄の声が背後から言う。「ルールを守るとかどうとか言っておいて、ルールをあっけなく反故にする。今回はさすがに僕もショックですよ……鮫島先輩」「畜生っ!」 鮫島恭平は叫び、自身の頬を両手で思い切りビンタした。ヒリヒリと痛み始める頬を撫でながら、鮫島は思った。 ……これも伏見宮京子――神の加護ってヤツか? ……まったく、悪運の強い野郎だ。――――― 3日後――。「……京子。もう、いいか? ……少し恥ずかしい」 愛しい岩渕の声がすぐ頭上で聞こえたが、京子は顔を上げなかった。そう、岩渕を抱き締めたまま離れたくはなかったのだ。 家族にも知らせなかった突然の帰国だったため、出迎えは岩渕ひとりだ。そう考えると気分も高揚して視野が狭まり、空港で再会を喜ぶ恋人たちと似たような行為をしたくなる。本当に、本当に今日という日を待ちわびていたと思う。その証に、数分以上も岩渕の背を抱き締めていても羞恥心は感じない。出発前に聞いた騒動の顛末も関係しているのだろう。男への愛おしさが無性に込み上げ、呼吸もままならなかった。いつもなら周囲の動向にも意識を向けなければならないのに、その余裕すら――今の京子にはなかった。「俺も嬉しいんだが……少し、落ち着いてくれ……」 京子の肩を押し返そうとしながら岩渕が言った。「セントレアは人も多くて目立ちはしないかもだが……さすがにもう、いいだろ?」 岩渕の言葉に京子はようやく顔を見上げた。「……本当に、大丈夫なんだよね?」 京子は何度何度も聞いたはずの質問をまた聞いた。空気を思い切り吸い、今度は吠えるように、「……解決っ、したんだよね?」と叫んだ。「……ああ。もう、心配いらない」 岩渕が微笑んだ。「……川澄も、高瀬瑠美さんと仲直りしたよ……たぶん」「それじゃあ、例の……《カーバンクルの箱》も?」「ああ、中身は川澄が回収して、《箱》は……俺が貰った」「結局……《箱》の中身って……何? 岩渕さんがそこまでして協力して……手に入れたものって……」「……ああ、それは――……」「……ふぅん。私にはちょっとよくわからないけど……あの人にとっては、大事なものなのかもね」 背と腰に伸ばした両手を離すと、岩渕は安堵したかのように微笑んだ。次の瞬間、京子は、岩渕の話に出た高瀬瑠美という女のことを思い出した。川澄の妹で、所属する会社を解雇された女……彼女はこれからどうするつもりなのだろう? ……まぁ、私と岩渕さんには関係ないのかもしれないけど……新しい人生を謳歌してくれたら、それでいい……。 京子は瑠美のことを頭から打ち消した。いや、打ち消したのではなかった。「……岩渕さん、これは?」 岩渕は優しげに微笑みながら、京子の右手と指に触れた。「あっ……」 京子は顔から笑みを消し、岩渕の言葉を待った。「《カーバンクル》は伝説の獣の名、らしい……せっかくだから、《箱》から出してやることにしたよ……」 岩渕がちょっと不安そうな面持ちで言う。「……《D》の依頼でブルガリの職人たちに大至急作らせたエタニティ・ルビーリング……名前は《カーバンクルの指輪》……好みに合えば……俺も嬉しい」 岩渕の手が離れると同時に、京子の右手薬指が紅の光を放った。「……嬉しい」 瞬間――京子の目に涙が溢れ、キラキラと輝く指輪に落ちる。「……本当に、本当に嬉しいです。生まれ変わった《指輪》、一生大切にします……」《箱》の経緯などどうでもいい。《箱》は生まれ変わり、転成し――《指輪》となって、京子の宝物となった。 それがすべて。それがすべてなのだ。 岩渕がプレゼントしてくれた。それが重要であり、《箱》であった過去は関係ない。 ふたりで腕を組んでセントレアの出口へと歩きながら、岩渕とこれからの未来をぼんやりと想像する。 岩渕とこれからもずっと……ずっと一緒に生きるためには、私が想像もできないような苦労や苦痛や苦悩が待っているのだろう。だが、それらもすべて――排除してしまえばいい、殲滅してしまえばいい、焼き払ってしまえばいい……。 そんな汚らわしく、おぞましい言葉が胸に湧くことにも……抵抗はない。まったく、ない。 それぐらいなのだ。それぐらい、私――伏見宮京子は岩渕を愛している。―――――本日のオススメ!!! ずっと真夜中でいいのに。 氏……。 ずっと真夜中でいいのに。氏は歌系動画では現在、それなりに有名になりつつある状況です。元々は複数のクリエイター集団と有名バンドの演奏者たちがボーカル、《ACAね》(あかね)氏を迎えて――爆発的な再生数です。 広瀬香美やaikoを彷彿とさせる力強いボーカル力に加え、幻想的かつノスタルジックな動画アニメ……11月にニミアルバムが出るとかで……seesもかなり注目しております。 発表曲は少ないですが、正直――すげーっす。 ずっと真夜中でいいのに。の予約はこちらから……。雑記 お疲れ様です。seesです。 いかがでしたかね? 今回の主人公はふたりの男を軸に、これまでの《D》を回顧しつつ、新たな(平和的な)問題に立ち向かう、みたいな内容。 派手さもグロさもないストーリーに少々困惑しながらの完結……。 消化不良感がぬぐえませんが、それはそれは……スイマセン<(_ _)> 今後は…ショートショートをいくつか作るいつもの路線に戻ります。 曲の宣伝は控えめにします。あまり意味がないのかもだし💦 ちょくちょく更新はする予定ではありますし、構想のストックもあるので……数少ない訪問者の方々、見捨てないでくれると嬉しいな……。 誤字脱字、理解不能な部分の修正はちょくちょくします。重ねてスイマセンm(__)m もうひとつ、今回の話、どいつもこいつも笑いすぎ。少し自粛しろ。 seesに関しての情報はもっぱらTwitterを利用させてもらってますので、そちらでの フォローもよろしくです。リプくれると嬉しいっすね。もちろんブログ内容での誹謗中傷、 辛辣なコメントも大大大歓迎で~す。リクエスト相談、ss無償提供、小説制作の雑談、いつ でも何でも気軽に話しかけてくださいっス~。 でわでわ、ご意見ご感想、コメント、待ってま~す。ブログでのコメントは必ず返信いたし ます。何かご質問があれば、ぜひぜひ。ご拝読、ありがとうございました。 seesより、愛を込めて💓 好評?のオマケショート 『思えばこの時、会社ではとある陰謀が……後編』 次長 『――てことで、松阪のY田が故郷の北海道に帰るそうや」 sees 『……』 次長 『――てことで、行け』 sees 『……はい』 数日後……。 総務女子『……seesさん、社宅の件ですが――』 sees 『……はい』 数日後……。 sees 『……しばらく本社を留守にします。皆様、ありがとうございました』 みんな 『バイビー』 数日後……。ていうか、現在。 sees 「……何でワシがこんなメに……🍶グビグビ」 そう。seesは飲んだくれていた……。 sees 「出世はしたかもしれないけれど、結局は社宅の家賃とほぼ相殺。手元に残る カネはいつもと変わらない額……」 そう。しかも生活用品はほぼ自腹で用意。結局、引っ越しにかかった経費は 10万……慣れぬ職場で疲れ果て、耳に届くは訛った三重弁。 そう。『なんやんやん~やんやんやんやで~』て、何やねん。 sees 「ああ。また酒でも飲むか。しかし……」 そうだ。希望はある。この地に来て、初めて知った、出張ではわからなかった 魅力……それは、やはり――アレだ。 賃貸する月5万の1LDKマンション(地価安いっ!)のすぐ近くにあるスーパー 『コスモス』(隠す気もない)の肉コーナー……。 安い……。そう。肉が圧倒的に安い。冷凍松阪肉が普通にスーパーで買える? 松阪牛焼き肉用ロースが300gで800円? ホルモン200gが650円? ……爆安ではないのかもしれないが……それが毎日のように安い……。さすが は肉の都市……ウマすぎる。海外の肉だとさらに爆安……。なんてこった。 (高いのはA5ランクとかのブランド肉だけってことか?) sees 「……何でワシがこんなメに(>ω<)モグモグ……畜生が……グビグビィ……こん な街……さっと抜けて帰るぞ(´~`)モグモグ……🍶グビグビ……」 今度、自宅用の焼き肉コンロ、買うか……♬ 了🍖こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。人気ブログランキング ――――― 玄関の扉を開けると、奥のリビングで若い男女が楽しそうに談笑しているのが見える。考えるまでもなく、あの兄妹だ。全身に深い倦怠感が走り抜ける。やはり、川澄を自宅に迎え入れたのが間違いだったのだ。合鍵か? クソ野郎……。 川澄の妹である瑠美が先に岩渕の帰宅を察し、「ああ、岩渕さん、おかえりなさい」と微笑む。……何かの冗談か? イラ立ちが込み上げる。全身が熱を帯び、今すぐにこの兄妹を叩き出そうかと考える。こいつらは疫病神だ。関わるとロクなことにならないのは、火を見るよるも明らか。正直、しばらくは顔も見たくはない……そんなことを思う。「……何の用だ?」 怒りとイラ立ちを抑えて岩渕は訊く。 川澄は岩渕を見つめてニヤリと笑い、ペラペラと喋り始めた……。「……《D》に職場復帰しようかと思います。澤社長にも了承済みです。瑠美も《D》の採用試験、受かりました。しかし僕も瑠美も家が無いホームレスです。ですからしばらくの間、岩渕さんの家で寝泊まりしますね。家賃は適当に払います。食事は適当に作ります。睡眠は適当に取ります。仕事の邪魔はしません。とりあえず、現時点での報告は以上です」 その瞬間、岩渕の世界が静止した。静止……静止……静止……。――――― ……そんなに驚くようなことなのかな? 時間が止まったかのように呆然とする岩渕を見る。 これでも感謝してるんですよ? 短く小さいお辞儀をする。 瑠美も岩渕に向かって何か言っている。 惚れたのかい? 僕は応援するよ。……応援だけだけど。 僕はリビングのテーブルの上に置いたノートパソコンに目をやる。 ノートパソコンにはマイクロSDカードが挿入されている。 そう。 僕の《鍵》で開いた《箱》の中には、この小さなマイクロSDカード1枚が入っていた。 中身は見せましたよね? あまり感動してはくれませんでしたよね? しょうもない、と内心では思いましたよね? でもOKです。 これは僕だけにしか価値はないですから。 えっ? もう一度見たい? しょうがないですね……。 ほら……どうぞ。 ああ……実に可愛らしい、笑顔がステキな『家族写真』ですね。『写真』の数は20枚。そのほとんどが、『家族写真』です。 ちゃんとタイトルもありますよ? ほら……これが僕の本名です。普通でしょ? 被写体はもちろん、僕と父と母です。 父も笑い、母も笑い……僕も、笑っています。 岩渕さん――アンタ、もしかして……カンが悪い? それに……いつまでボーッとしてるんですか? しかたがないですねえ……ちょっと大声でも出してみますか。 よーく聞いてくださいよ?「――見ろっ! 岩渕っ! これは家族の写真だっ! これがどういう意味か、わかるかっ? この子供は僕だっ! 僕の顔だっ! 僕のものだっ! 僕だけのものだっ! 僕は僕を取り戻したっ! もう一度言うぞっ、僕は僕を取り戻したんだっ!」 僕は両手を掲げてバンザイをした。 瑠美は笑っていたし、僕も笑った。 岩渕だけは未だに呆けている。……いったいいつまで静止しているつもりなのだろう? 僕は笑う。 笑い続ける……。 ああ……。 世界がより一層美しく見える。 そう。 そうなのだ。 僕はやっと、僕はようやく、岩渕と同じ――同格に至ったのだ。 それがわかる。 僕の脳裏に映像が広がる。……幼かった僕……父や周りの大人たちの命令で、整形手術を受けるために手術台で眠る僕。苦痛。薄れていく意識。そして、もう元には戻れないという喪失感……でも、僕は僕を取り戻した。 大きく息をつく。 結論。 僕は、生まれ変わったのだ。岩渕や《D》と同じように……変わった、そう思うことにする。 世界は変わった。無論――地球の何かが変質したとか、そういうわけではなく……単に僕の意識が改革されたというだけだ。ただ、そう思う。『これまでの川澄奈央人』の世界は消滅し、『僕』の世界に上書きされた。 つまり……僕が今、世界を消滅させている。 そう思うと、笑いが止まらなかった。『…………次は、どうする?』 僕は子供の声で僕に訊く。 僕は答える。『……火事場泥棒とか、オモシロそうだと思わない? 災害や災難に便乗して被害者をさらに被害者せしめる……鬼畜、外道の犯罪……』 ――いいね。 ――最高だ。 僕と僕は喜んで共感する………。 了