SEESの短編集 03 『激昂するD!』 k-2(最終回)
ss一覧 短編01 短編02 短編03――――― 注意! こちらは最終話後編です。K-1はこちらへ。――――― 11月1日――。 名古屋市熱田区にある屋内霊園《熱田の杜 最勝殿》の参拝ブースに10数名の男女が立ち並んでいる。祭壇の前に立った澤社長は、『丸山佳奈』の名が刻まれたプレートと小さな壺とを交互に見つめ、両手の指を組んだ拳を額に押し当てながら、恰幅の良い体を震わせて泣き続けていた。 それはその場に居合わせた者全員の心を震わせてしまうほどに、辛く切ない悲鳴だった。こぼれ落ちそうな涙を瞳に溜めたまま、岩渕はゆっくりと視線を逸らした。そして、悲痛な声を上げ続けている社長の声をじっと聞いた。「……こんなに悔しいことはない。……こんなに悲しいことはない」 涙を流し続ける社長の背中を見つめ、岩渕は思った。《ユウリクリニック》の残骸からは女性の遺体がひとり発見された。遺体は顔も性別も特徴もすべて消えたバラバラの状態であったが、司法解剖と遺族からの証言により――遺体は永里ユウリ本人と確認された。 それは取り返しのつかないことだった。爆弾事件の真相も、《D》との関係性、岩渕や京子との関係性も……すべてが闇に葬り去られることを意味していた。 悪いのは佐々木亮介の狂気か、永里ユウリの悪意なのか……それとも、彼らを取り巻く社会の歪みが原因なのか……何もわからないままだった。永里の関係者は全員が『関係ない。あると言うなら証拠を見せろ』とうそぶき、遺族は弁護団を結成して検察や国と徹底的に争う構えを見せている。直近まで行動を共にしていたであろう警備部長の安藤は、《ユウリクリニック》爆発の直後、『もう会うことはない』と言い残し、何も知らされていない部下たちを置き捨てたまま――行方知れずとなった。安藤浩司、という名も偽名である可能性が高かった。証拠物件の宝庫だったはずの《ユウリクリニック》は院長室や私室を中心に吹き飛ばされてしまい、パソコンやサーバーのデータ・金庫の中身も予め処分や整理がされていた。問題の爆発物に関する製造元や入手ルートも依然として不明のままだ。《D》の証言も、駐車場での騒動も、事件や爆弾そのものとはあまり関係なく、警察の捜査は難航していた……。「……ねえ、岩渕……さん」 誰にも聞こえないくらいの小さな声で、京子は岩渕に囁いた。「……どうした?」 軽く息を吐き、隣に立つ京子の顔をのぞき込む。ずっと泣いていたのだろうか、京子は目元をハンカチで軽く拭うと、赤く腫れた目を開いて顔を向けた。「……気分でも悪いのか?」 岩渕が聞くと、京子はゆっくりと首を左右に振り、手を上げ、岩渕の頬を静かに撫でた。「……ただ、呼びたかっただけ……」 頬を撫でたまま京子が言う。 そう。 伏見宮家と永里家の関係性について、《D》と岩渕は何も語らなかった。それは澤社長や宮内庁や国からの命令や指示なのではなく、《D》全員の総意の結果であり、今回の事件と伏見宮京子は無関係だという証明に繋げるためだった。 幸い、宮内庁側に事件の関係者はなく、《ユウリクリニック》は岩渕の治療のため利用していただけ……という結論に落ち着いた。永里家との交友についても、伏見宮家は事業のパートナー以上の関係を否定した。伏見宮家の当主はいかなる団体の質問にも答えておらず、マスコミの追及もそこで終わった……。「……その子が、私らの命を救ってくれたんですね……」 参拝ブースの端に立つ男がそう言ったその瞬間、社長の体がビクッと跳ねた。そして、喪服の裾をひるがえし、「大村知事っ! 」と叫んで振り向いた。「大村知事……それに、河村市長まで……」 岩渕を含め、その場に居合わせた《D》全員が驚き――声の主を見つめる。愛知県知事、大村秀章。名古屋市長河村たかし。間違いなかった。「お久しぶりです……」 岩渕のすぐ前まで来た大村知事が言い、岩渕と京子は無言で頭を下げた。 報道はされていないが、あの日――グローバルゲートの視察に非公式で訪れていた知事と市長は、そのまま――…… 社長と祭壇へ向けて――……深々とお辞儀をした。 そして――……「ありがとう……ありがとう……ありがとう……」と、何度も、何度も、何度も……頭を下げた。 そうだ。丸山佳奈は守ったのだ。このふたりだけじゃなく、俺のこと、京子のこと、《D》のことも、あらゆる不幸から俺たちを守り抜いた。自分の幸福を投げ捨てて、他人の不幸から俺たちを守り抜いた……。 そうだ。丸山佳奈は不幸を奪い、幸福を授けたのだ……あの、佐々木亮介の理論を、根本から打ち砕いてやったのだ。そのことに、岩渕は気がついた。 知事と市長が《D》へ感謝の言葉を述べている。 何の脈絡もなく、ふと、母のことを思い出した。そして、思った。 あの日、俺が捨てられた日、確かにあった俺の不幸は――今もずっと、俺の中で蠢いているのだろうか? 本当に? 京子や《D》と出会えた運命は……つまりは……母がくれた最後の幸運であることのようにも思えた……。 もう……恨みも憎しみも……消えたよ……母さん……。 はじめて思うよ……母さん……俺を生んでくれて……ありがとう……。 八重歯を強く噛み締めながら、岩渕はそっと微笑んだ。 泣いていなかったはずなのに、その瞬間、笑みの中で涙が溢れた……。 ――――― 京子は岩渕の腕にすがりつき、彼の流す涙を見つめていた。 祭壇の前では社長と知事と市長が揃って感謝の言葉を繰り返し、周りでは《D》の社員たち全員が泣いている。 京子も泣いていた。佳奈さんのことを考えると悲しくて、悔しくて、涙が溢れて泣いてしまう。その気持ちに嘘はない。……嘘? 京子は思った。 岩渕のことは心から愛しているし、《D》のことも大好きだし、これからもずっと応援したいと思っている。その気持ちに嘘はない。 けれど――……何だろう? それだけじゃない……何か、こう……お腹の底から湧き上がる……この気持ちは……。こんな感情は……知らない。岩渕や《D》に対してのものじゃあない、ことはわかる。……このドロドロとした……黒くて、汚らわしくて、決して気分の良いものではない……この気持ちは……たぶん……アイツ……だ。「わっちらげぇんぜいにほんはぁー、あんたらでーの応援するだぎゃぁーで、こんからもながよぐしてくれんと助かるやでもー。ほんまになーありがとーう」 河村市長がわけのわからない名古屋弁を言い、《D》の社員たちが「市長、何言ってるんだかわからないです」と唱和して笑っていた。岩渕も笑い、私も笑った。 結果、市長も知事も《D》を認めてくれた。これからも《D》は発展し、名古屋の経済に少しずつ影響を及ぼす企業へと成長するのだろう。……それはいい。そんなことは、別にいいし、構わない。岩渕の幸せこそが、私の幸せでもあるのだから……。 大丈夫。いずれは父や祖父にも……必ず《D》と岩渕さんのことを認めてもらうから……。 「……ごめんなさい、ちょっと電話してきますね」 岩渕の耳元へそう呟いてから、京子はひとり外へ出た。周囲に誰もいないことを確認し、ハンドバックからiPhoneを取り出し、電源を入れた。 予定していた時間通りに、着信音が鳴り響く。 京子はiPhoneを耳に押し当て……そしてまた、考えた。 私は、許さないと言った。 私は……私だけは、決して、あなたのような、卑怯者を許さない。 そう言ったはずだ……。 私がさっき、佳奈さんの墓前で何を考えていたか、あなた、わかる? 殺す。 あなただけは、絶対に、殺す。 そう。 私は、未だ――激昂しているのだ……。 そして……。 ――――― 本日のオススメ!!! ↓岸田教団&THE明星ロケッツ様。 ↑インディーズ時代から認知はしておりましたが、発表されたばかりの新曲が↓我がブログの《D》の世界観と合うと感じましたので、急遽推すことに決定しました。 メンバーはリーダーの岸田氏とVoのichigo氏、Gtのはやぴ~氏、Drのみっちゃんで構成される4人の音楽グループ。熟練かつ安定した演奏にパワフルなichigo氏の歌声が絶妙……歌詞は厨二病的かつ明快、楽曲毎のイメージに沿っていて非常にわかりやすい。 アニメとのタイアップが非常に多いが、顧客の要望に合った楽曲を毎回完璧に提供できる技量はさすが。(まぁ、レーベルがアニメ推しの会社でもあるのだろうケド……) いや~……カッコイイっすわ(*‘∀‘)!! ↑から『ストレイ』『LIVE MY LIFE』『天鏡のアルデラミン』 岸田教団&THE明星ロケッツのオリジナル楽曲含む必聴のアルバム……。 当然seesは全部持ってマスッ!! ……が、同人関係のものは未入手……欲しいなぁ。 お疲れサマです。seesです。 最終話ということもあり、更新にやたら時間かけてすいません……<(_ _)> 何せ2部構成、というのは『愛されし者』以来、久しぶりのことでして……。 後書きも少し長めw 今回のお話は反省点も多々あり、読者様方には理解不能の部分もかなりあったと思われます。特に佐々木亮介のくだりと爆死の前後……ここらへんは割愛した部分も多く、到底seesも納得していた作りではなかったのですが……丸山佳奈氏のキャラクターをゴリ推しすることで誤魔化しました(笑)。 サービス回と手抜き回、ガチ制作回と毎回力の入れ方が違ったのも失礼しました。そこはseesのリアル仕事が忙しくて……下書きなしの書き殴り、寝ながら作る、アニメ見ながらセリフをそのままパクって書く、などの卑劣な行為の結果……変に違和感の残る文章が蓄積……大変失礼致しました。 お話全体の総括ですが……今回の主人公は京子様、ですね。岩渕氏はヘタれ役、澤社長は盛り上げ役、佳奈さんには生贄役、その他は適当な配分で構成。舞台は名古屋市。都市伝説と時事ニュースを混ぜ込んだ内容。季節感はゼロ。……うん。中途半端なデキやな~。 次回からはショートショートに回帰し、しばらくしたらまた《D》の短編ですね。今度はスケールの小さな……例えば殺人事件、温泉旅館、地下街、幽霊騒動、宝石盗難、なんかの小規模テーマで登場人物少なめの設定、かにゃ? まずは…単発ショートで原点回帰っ! 脳と腕が鈍ってなきゃオモロイの作れそう……。 楽天プロフィール終了、しちゃいましたねww フォロワーの方々、短い間ではございましたが、訪問・応援・コメント、誠にありがとうございました。あまり訪問行けなくてすいません……ホント、操作性不具合というか、機能性無知というか……出不精というか……とにかくすいません。読み捨てゴメンです……(´;ω;`)ウゥゥ(わりと記事を見に行ってはいますので……) seesに関しての情報はもっぱらTwitterを利用させてもらってますので、そちらでのフォローもよろしくです。リプくれると嬉しいっすね。もちろんブログ内容での誹謗中傷、辛辣なコメントも大大大歓迎で~す(seesも大人ですので、「ならお前作ってみろ」などの返しはしませんよww)。 でわでわ、ご意見ご感想、コメント、待ってま~す。ブログでのコメントは必ず返信いたし ます。何かご質問があれば、ぜひぜひ。ご拝読、ありがとうございました。 seesより、愛を込めて🎵 好評?のオマケショート 『優しくない街……』 次長 「……アッチとコッチ回って書類受け取って来い。ついでに東京インテリア 行ってアレやコレや受け取って来い。車は……アトラスでエエやろ?」 sees 「ブ、ラジャーです(^_-)-☆✌」 ヒヒヒ……いや~久しぶりのアトラスは萌えるねぇ……。やはりこの デカいハンドル。高い車高(2t)。広い運転席。そして……―― sees 「どけやーーーっ、アトラス様のお通りだーーいっ!!! そこのCRZッ、 てめーら踏み潰すどーっ!! ちょこまかすなやっ!! 無駄無駄無駄無駄ぁっ!!」 あああ……。 この重量感と視界の広さ、体感あるスピードと重力……やっぱりトラックは エエなーー💓恍惚💓 sees 「……あ゛ーー気持ち゛いい゛ーーー……愚民どもを上から見下ろすこの 感覚、たまらんぜよ……」 気分は世紀末覇王かニュータイプか……そんな気分で市街を爆走するseesで あったが、そう――そんなイイ事がずっと続くワケはない……。 ……… ……… ……… ――!! ヴ……事業所付近に、停めるスペースが無い、だと? じ……じまったぁ゛…今日は日曜か……。駐車できねぇ……。 そう。目的地付近の駐車場にはコインパーキングしかなく(普段は何にも 考えず利用するだけ)、完全に想定外。 sees 「……しゃーない。とりあえず近くのコンビニで(もちろん許可をもらって)。 徒歩で行くか……」 ……… ……… ……… 良し。書類も受け取ったし、あとは東京インテリアか、あそこは駐車場も あるし問題ないやろ……。 そう。 その安心感からか、私はカン違いしていた……いや、少し違う。ボケていた。 よーし着いたぞ。さぁーーーて……。 ( ゚Д゚)!! キキィィーーーッ!!! seesは急ブレーキを踏む。 ブブーッ!! 後続から響く激しいクラクションの嵐……。 そう。癖だ。クセで、やらかしかけたのだ……。 seesがいつもイオンへ買い物に行く時のクセが出てしまい、何と……屋上 駐車場にトラックを放り込もうとする――大事故が起こってもおかしくない、 重罪クラスの過失をヤラかしかけたのだ……。 頭上に見える『制限2.2メートル』の看板……。 sees 「……夢だ。これは……夢だ……」 seesは涙ぐみながらハザードを灯らせ、窓から謝罪し、鳴り響くクラク ションを聞きながら―― ――後続の、怒りの形相でseesを睨むオッサンの車を見た……。 ……偶然にも、それは――CRZ。車社会の名古屋での別名『走るゴキブリ』。 いい歳したオッサンがスポーツタイプ乗るなよ……。 seesはそう思い……そう思いながら、涙した(´;ω;`)ウゥゥ畜生……。 😢了😿こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。人気ブログランキング ――――― また……退屈になっちゃったな……。 真昼の太平洋。大海原の中心に、女はいた。 女は小型クルーズ船であるサンロイヤル・エンプレスのメインサロンでミルクティーを啜り、名駅高島屋のミッシェル・ブランのマカロンを齧りながら、思った。そして、先月に起きた名古屋での爆弾事件のことを、まるで他人事のように思い返した。 ……楽しかった。本当に、心が躍るように楽しかった。 佐々木亮介の精神を完全に支配していく過程……彼が本当に私からのプレゼントを受け取り、躊躇わず使ってくれるのか、という不安……人々がパニックに陥り、警察が必死に犯人捜しをする様子……丸山佳奈の死と死の動画、それをアイツらに送りつけた時の高揚感……慈しみ合う、ロマンチックなふたりのやりとり……戦う者たちの闘志、怒り、苦痛、流される鮮血……。そして、最後まで『永里ユウリ』を慕ってくれた――たったひとり残した――身代わりのために用意しただけの――あの美しい受付嬢の体を縛り、口と鼻に濡れたタオルを押し当てた時の感触……そう……はじめての、殺人。自分が直接殺した人間の、あまりにあっけなく死んだあの瞬間は……。 ……楽しかった。本当に、楽しい日々だった。 そうだ。これが私のすべてなのだ。……脳内を巡る光景を眺めながら私は思う。 私は退屈が嫌いなのだ……退屈するくらいなら、誰かを殺してでも解消する……。 人生は長い。けれど……無意味で無価値な時間を過ごしたくはない。有り余るカネを使い倒し、世の中の刺激を味わい尽くさねば……私の生きる意味なんてない。……おそらくはこれからも、私は私の退屈を満たすため、誰かの幸福を奪い続けるのだろう。その理論を教えてくれた亮介クンには、本当に感謝している。 そうだ。奪えばいいのだ。『退屈』が私の不幸であるならば、他人の幸福で穴を埋めよう。……それだけだ。それだけのことなんだ。……しかも、私はそれを簡単に実行し、叶えることができる。それが、嬉しい――。 次はどこで何をしよう? 計画を考える時もまた、女は――永里ユウリは興奮した。 メインサロンのソファのすぐ脇に立っている若い男の存在に気づいたのは、ユウリが3枚目のマカロンを口に入れて間もなくのことだった。男はポケットからスタンガンを取り出して――……。 ――――― 僕のすぐ目の前、クルーザー後部のアフトデッキの上には、両手両足をロープで縛られた永里ユウリが俯せに横たわっている。デッキの階段にはユウリの体から剥ぎ取られた貴重品が散乱している。カルティエの指輪と腕時計。エルメスのブレスレット。ハリー・ウィンストンのネックレス。ブルガリのダイヤのピアス。 性的な目的からではないので、衣服は着たままだ。ただ、これから僕のすることを、さらに効果的にするためだ。それだけだ。 当然だが、殺してはいない。スタンガンの衝撃で一時的なマヒ状態にしただけだ。ついさっき、クルーザーの操縦者らしき女性の部下にも使用したが、問題はなかった。 さて……この女の運命は、いかに? ……まぁ、予想はついてるんだけどね。僕は微笑む。「……お前、どうやってこの船に入り込んだ? ……目的は何? ……私を殺す気か?」 デッキの上に体を起こした女は、歯を食いしばり、怒りと憎しみの入り交じった凄まじい形相で僕を睨みつけた。 敵意を剥き出しにしたユウリの発言に僕は驚く。調査を続けて何日か経つが、彼女のこういう言動は見たことがなかった……これが素、なのかな? 別にどうでもいいが。 僕は微笑みながら、言う。「まず、ひとつ目は――エンジンルームに隠れてました。ふたつ目は――泥棒と依頼です。みっつ目は――あなた次第です」「こんなことをして……お前っ、ただじゃあ済まさないからなっ!」 ユウリは猛烈な怒りに頬を紅潮させて、全身をブルブルと震わせている。おそらくは、その脳内で僕は惨殺されているのだろう。「……私の家を甘く見るなよ。貴様と、貴様の家族も皆殺しにしてやる……」 僕はデッキの階段に腰を下ろし、足元に転がるユウリの近くまで脚を伸ばすと――瞬間、ユウリがワニのように体をよじらせ、僕の足首を噛み千切ろうとする。僕は慌てて脚を曲げて引っ込める。「まぁまぁ……そう怒らないでくださいよ」 こんな女と話していてもつまらないだけだ。……どうせこの船も、この船に積まれた多額の現金も、美術品も、貴金属も、全部僕のものになるのだから……さっさと仕事を済ませよう。そう思った。もちろん、この女の生死のことなど興味はない。「……ねえ」 ユウリが言う。「ねぇ……あなた」 ユウリの口調が急に変わり、思わず彼女の顔を見る。「あのね……今だったら……許してあげる。あなた……どうせ《D》の連中に頼まれたか、関係者でしょう? 今だったら……何もなかったことにしてあげる……」 デッキに顔を擦りつけた女は、潤んだ瞳で僕を見つめる。今にも号泣しそうな顔を歪めて媚びるかのように言う。「……お金ならあげる……私の体も好きにしていいから……お願い……命だけは助けて……何でもする……何でもするから、お願い……お願いよ……」「……非常に興味深い提案ですが……残念ながら、その決定権は僕にはありません。それは誰か? あなたも察しがついてるんじゃないですか?」 そう言って、僕は優しく微笑む。「ちょうど時間ですね……さて、皇女殿下の判決は?天国か? 地獄か? ――まぁ、どちらも似たようなものですがね……」 ここで、ユウリの口調が再びヒステリックに変わる。「クソ女がっ! ……生まれの幸福だけで生きてきたような、クソアマッ! 不良品とくっつけて人生台無しにしてやろうと思ったのにっ……畜生っ! 畜生っ!」 ……不敬な発言ですね、ホント。 男は――川澄奈央人はまた微笑む。 そう。川澄は依頼されたのだ。依頼内容は、逃走した永里ユウリの身柄の確保。報酬はユウリの個人資産の一部。断る理由はない。あるわけがない。 そして……川澄はクスクスと笑いながら――…………――スマートフォンのパネルを操作した。―――――「こちらも大変な損害です。ケガ人も大勢いますし、少額で構いませんので、その……寄付をお願いできませんか? 澤社長にも恩を売ってみてはいかがです?」 川澄は困ったかのように笑うと、やがて了承した。本当は伏見宮家で《D》の方々の治療費は負担しても良いのだが、いかんせん、父や祖父が納得する理由が思いつかない。 今現在――川澄が電話の向こう側で何を考えているのか? 何を実行しているのか?京子は決して質問はしない。問うたところで特に思うことなど何もない。 思うことがあるとすれば……これからのことを思うことがあるとすればひとつだけ、ひとつだけ、心に決めていたことがあった。 ……守り抜いてみせる。 ……これから先、何があっても、何が起きても、私が《D》を守ってみせる。 それだけだ。そのシンプルな答えだけが、今の京子のすべてだった。『……ところで――この人……どうします? 生かして警察にでも連れて行きますか?』 川澄がわざとらしく聞いた。 永里ユウリはまだ生きている。本当は、会って直接言いたいこともあるのだけど……。もういいや。もう、いい。どうせユウリが死ぬ瞬間に立ち会えないのでは、面白くない。「……もう、結構です。そのまま――……」 今すぐ、あの女の息の根を止めてもらうことにする。「……海にでも捨ててください」 ……守り抜いてみせる。 何をしても、何を失っても……何が何でも……。 岩渕も、《D》も、私のものだ……誰かに奪われてなるものか……。 彼を愛しているのだ……この気持ちは……私だけのものなのだ……。 了