ごんどうごんぞうじゃ。

2010/03/08(月)23:51

ナキメシ~ビフテキ~

昔、会社にいた頃、部下の若いOLに 「この書類は大事な物なので、大切にしまっといて』を伝えようとして 『この書類は大事なとこにしまっといて』と簡略化して言ってしまい セクハラ扱いされたのはボクです。 今夜のお話は久しぶりに『ナキメシ』でビフテキの話です。 最近はビフテキなんて言わないんですよね? ビーフステーキですか? ところでビフテキってビーフステーキの略語?ノンノン。 フランス語でした。ボクもついさっきまで知りませんでした(笑)。 フランス語のビフテック( bifteck)がなまったもの。死語になりつつある。 との事です。 そんなビフテキですが、昭和30年代後半~40年代前半に 少年期を過ごしていた方ならご理解できると思いますが ごちそうといえば、ビフテキでした。 ボクに至っては、東北の田舎の育ちなので、牛はなんとなく働くもので もしくは牛乳を作るものというイメージが強く、牛は決して食べるものではなかったのです。 ビフテキを食べるなんて人はアメリカにしかいないと思っていました。 それも強いプロレスラー、フレッド・ブラッシーとかジン・キニスキーとか(アメリカ人かどうか知りませんが)ようするにそういう強い人がまだ血のしたたるビフテキを何枚も食べる・・・そんなイメージのものでした。 といってもなんか怖いってイメージではなく、憧れは憧れだったのです。 近くにステーキハウスなんて勿論なく、牛肉自体も肉屋さんで売っていないので それを想像で絵に書いて楽しむような少年でした。 『絵に描いた餅』ならぬ『絵に描いたビフテキ』って奴です。 そんなある日、親父が都会(といっても仙台ですが)に住む 親戚だったか友人だったか結婚式に呼ばれまして、夜遅くご機嫌で帰ってきました。 「おい。すごいもの持って帰ったぞ!」 といって黒いスーツの内ポケットからナフキンに丁寧に包んだものを出しました。 「開けてみろ!」というので、おそるおそる手を伸ばすと そのナフキンにはうっすら血のようなものが付いているではないですか! 勇気を出して開けてみると、肉の一塊が包まれていました。 断面はまだ生で、血が滲んでいるようにも見え そこにナフキンの繊維が薄くくっついてしまっている様は まるでケガをして擦りむいて赤ムケになった膝小僧に オキシドールをふっかけてちり紙で拭いたら、少しくっついてしまった感じ。 長い比喩でしたが、まさにそんな感じだったのです。 「ビフテキだぞ!食べてみろ!」 親父が誇らしげに言いました。 でも生まれて初めて食べたそのビフテキの一切れは 親父のポケットに入っていたので、少しタバコのにおいと めったに着ない黒い服なので防虫剤の匂いも混じっている代物で 噛んでみると、なんか牛乳臭くて吐き出しそうになったけど 親父の「どうだ?」と覗き込む顔があったので そのまま無理に笑って飲み込みました。 次の日、学校で友人達に自慢げに話しました。 『東北のビフテキなので、乳牛を使ってるんだ。だから牛乳臭いんだよー』 でも乳牛の肉がお乳臭いなんて事はないだろうし、勿論食べないだろうし きっとバターか何かが入っていてそんな感じがしたのでしょうか? あるいはイメージが先行してしまって そんな味に感じてしまったという事も考えられます。 いずれにしてもボクと憧れのビフテキとの初顔合わせはそんな散々なものでした。 しばらく牛肉ってものを食べなかったのは言うまでも有りません。 特に当時、東北って牛肉あんまり食べませんでした。 カレーもポークかソーセージが当たり前でしたし すき焼きだって鶏だったような気がします。 今でこそ、米沢牛とか前沢牛とかありますがね(笑) ていうか、ボクん家がビンボーだった? いずれにしろ、泣けるナキメシでした。どこが? グッドラック。

続きを読む

このブログでよく読まれている記事

もっと見る

総合記事ランキング

もっと見る