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マンハッタン狩猟蟹の逃げ場

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2007年10~12月読書

2007年12月17日
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カテゴリ:2007年10~12月読書
[1] 読書日記

  


  乙一「小生物語」を読んだことで、別の乙一作品を読みたくなった。
  かって乙一にはまっていた頃の再燃とまではいかなかったが、これまで読み落としていた
 作品を読む切っ掛けにはなった。

  そのおかげで、ちょっと前に再読する機会があった尾関修一「麗しのシャーロットに捧ぐ
 ―ヴァーテックテイルズ」(富士見ミステリー文庫)
が、乙一の某短編の流用であったこと
 に、今更ながら気づかされた。

  世間様の判断は知らないが、こと自分に関していえば、この流用はかなりアウトの部類に
 入ってしまう。
  まんま設定を使っていることを考えれば、意図的なオマージュと取れないこともないが、
 作者自身が「あとがき」において井上雅彦の作品からの影響を言及している以上、同様に
 「設定をまるまる借用しました」との言及はあって良いように思う。
  それに、この作品が新人賞の応募作と考えれば、自分のオリジナルアイデアで勝負すべき
 だったのではないかとも思う。
  そして他にも色々と思うことはあるのだが、以下割愛。

  少なくとも自分の中で「麗しのシャーロットに捧ぐ」の株が大幅下落したことだけは、
 確実である。

  今回改めて、先行作品からの影響も知らずに本の評価をしてしまうことの難しさ、危うさ
 というものを、思い知らされた。
  それを無視して評価することも可能なのかもしれないが、自分にはできない。

  小生今後、無責任な本の評価を控えたいと思う。

  






最終更新日  2007年12月18日 00時03分02秒
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2007年11月28日
カテゴリ:2007年10~12月読書
[1] 読書日記


  昔、知り合いが「安部公房と伊坂幸太郎の違いは、以後新作が読めるかどうかだ」という
 名言を吐いていたが、これは安部公房を読み尽くした読者であるから言えることであって、
 後発のファンにとっては関係のない話である。

   北森鴻 「緋友禅―旗師・冬狐堂」(文春文庫)

   

  読了。

  新作を待たずとも、このシリーズの作品が、この作者の未読の作品が、まだまだ自分には
 ある。
  幸せである。

  旗師(店舗を持たない骨董屋)・冬狐堂こと宇佐美陶子が関わる(巻き込まれる)、骨董
 絡みの4つの事件を扱った短・中篇の作品集。
  本格ミステリ。






最終更新日  2007年11月28日 19時28分22秒
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2007年11月19日
カテゴリ:2007年10~12月読書
[2] 読書日記


  自分にとっては、まさしく帯の謳い文句通りの<待望の単行本化!!>。
  これほどまでに、1巻が出るのを待ちわびた漫画も久しくなかった。

   くらもちふさこ 「駅から5分」<1>(集英社クイーンズコミックス)

  次号から「コーラス」での連載も再開されるようで嬉しいが、とりあえず次の単行本分の
 話がまとまるまでは中断することなく続けて欲しい、というのがいちファンとしての率直な
 思い。

  そういえば映画に合わせて、「コーラス」誌上において発表された、同作者の「天然コケ
 ッコー」はどういう形で単行本化されるのであろうか。

  ちなみに「チープスリル」という作品でこの作者にはまり、今でも手の届く範囲に常時、
 置いている。






最終更新日  2007年11月20日 09時40分22秒
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カテゴリ:2007年10~12月読書
[1] 読書日記

  
  最近、読み終わった本を片っ端からダンボールに放り込んでいるのだが、ごく稀に手元に
 残しておいて、時々読み返したくなるような本に出会う。
  そんな本はダンボール行きの変わりに、読後本ばかりを集めた本棚か、今こうしてパソコ
 ンを使っていても手の届く位置にあるカラーボックスのどちらかに、置かれることになる。
 言うまでも無く後者が、前者より一層の、自分のお気に入りの書架である。

  そこに新たな本が一冊加わることとなった。
  エッセイ本では、初である。

   米原万里 「魔女の1ダース」(新潮文庫)

   

  を読了。

   <同一の事象や現象が、視点を違えるだけで全く別なものに見えてきたり、同一の単語
    や語句が、文化的歴史的背景や身分階級時代など、置かれた文脈によって思いがけな
    い意味をおびたり


   <ある国や、ある文化圏で絶対的と思われてきた「正義」や「常識」が、異文化の発想
    法や価値観の光を当てられた途端に、あるいは時間的経過とともにその文化圏そのも
    のが変容を遂げたせいで、もろくも崩れさる現場に何度立ち会ってきたことだろう


  といった事を扱った、通訳を生業とする著者の手によるエッセイである。


   <「絶対絶対なんていうけど、物事に絶対なんてことは絶対にないんだからね」

  これは著者である米原女史が、通訳術の師として仰ぐ中川研一氏の発言を、本書の中で
 名言として取り上げているものであるが、まさしくこれが本書を貫くテーマである。   

  本書の内容については、彼女がもう一方の師と仰ぐ徳永晴美氏が、本書巻末で書いている
 解説に詳しい。

   <期待どおり本編でもシモネタが豊富。(中略)それらが哲学、言語学、心理学、文化
    人類学的な文脈で顔を出し、「常識」に冷や水を浴びせる。
    他方、通訳、異文化コミュニケーション論、IMF・ロシア・国際経済論、人類史、
    宗教、文学、読書、教育、ハンサム、恋愛論、アリストテレス以来の政治学など、目
    が回るほどのテーマ展開で、逆転の発想を披露する。宝石箱と汲み取り式便槽の中身
    を一挙にブチマケタような、おぞましい知の万華鏡の世界だが、恐れてはならない

   
   (※上記、「(中略)」は筆者による。このブログ上にて使用不可能な文字を含んでい
    た為に、徳永氏には失礼かとも思いますが、削らせていただきました。)


  本書の中で、<情報の送り手と受け手が相対峙するのではなく、同じ方向を向いていると
 いう関係
>という言葉が出てくる。これは、エッセイにしても当てはまることではないだろ
 うか。この<同じ方向を向いているという関係>的な、同じ感覚を共有していることの再確
 認みたいな内容よりも、やはり<相対峙する>内容であった方が読んでいて楽しい。そして
 本書は、まさにその好例ともいえる本である。

  更に、随所に散りばめられているエピソードは、日常会話の中で話のネタとして使えるこ
 とも、請け合いである。  






最終更新日  2007年11月19日 09時51分59秒
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2007年11月15日
カテゴリ:2007年10~12月読書
[1] 読書日記


  「青空の卵」から始まる鳥井(探偵役)&坂木(ワトスン役)の「ひきこもり探偵」シリ
 ーズ三部作の完結編、

   坂木司 「動物園の鳥」(創元推理文庫)

   

  を読了。

  ミステリ(日常の謎)。
  シリーズ初の長編(中篇?)。

   <「そして、お前の行動には必ず大義名分が、つまり言い訳がついている。
     みんなが行くから、みんなのためだから、有名なところにはみんなに支持される
     だけの価値があるから、お前を見ていると終始そう叫んでいるようだった」
     自分が行きたいところを、自分で選ぶ。至極当たり前のことなのに、それができ
     ないのはなぜなんだろう。


  最後は必ず、人の心の問題へと着地するのが、本シリーズの特徴。
  本作品でも、野良猫の虐待事件に端を発し、最終的には加害者、傍観者、そしてシリーズ
 全体に深く係わってきた登場人物たちの「心」の中へと、「問題」の解決へ向けて踏み込ん
 でいく。
  小説の価値を、プラグマティズムに判断するのもいかがなものかとは思うけども、下手な
 新書本を読むよりも、対人関係の処方箋としては、本シリーズが何十倍も役に立ちそう。

  今ブログを見直してみたら、面白かった先の二作品(「青空の卵」,「仔羊の巣」)のレ
 ビューを書いてから、ひと月以上も経過していた。
  日々、物語を大量消費する毎日を送っているにもかかわらず、少しでも終わってしまうの
 を先延ばしにしたい、と思ってしまう作品を未だ自分が抱えていたことに、驚いた。  






最終更新日  2007年11月16日 03時12分01秒
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2007年11月14日
カテゴリ:2007年10~12月読書
[1] 読書日記


  最近、友人が米澤穂信の「インシテミル」を読んだというのを聞いて、自分が読み終わっ
 た時に、ディクスン・カーの「緑のカプセルの謎」を読もう読もう、と思っていたことを思
 い出した(「インシテミル」の作中に、同作品名が登場する)。

  なので、

   ジョン・ディクスン・カー 「三つの棺」(ハヤカワ・ミステリ文庫)   

  を読了(再読)。
  「緑のカプセルの謎」は、持ってるはずなんだけども、見つけられなかったので。
  同じフェル博士ものをば。


  有栖川有栖いわく、<本書を読まずして密室ものを語るのは、「スター・ウォーズ」を観
 ずにSF映画を語るに等しい
>(『有栖川有栖の密室大図鑑』(現代書林)より)。

  ダグラス・G・グリーンは、<結末がわかっていても再読に耐え、同じように、いや前よ
 り楽しめる、探偵小説では稀有な作品である
>(『ジョン・ディクスン・カー 奇蹟を解く
 男』(国書刊行会)より)と評価する作品。


  魅力的な「謎」を残す、二つの事件。
  被害者だけを残し、密室から消えてしまった殺人犯。
  目撃者のいる袋小路の真ん中から、誰にも姿を見られることなく消えた殺人犯。
  雪が積もる二つの現場において、犯人の足跡は全く残されていない。
 

  系統的な発展を続け、数多なミステリが量産され続ける現代にあってなお、本書の中の
「密室講義」(有名!)の歴史的価値や、ミステリ読みとしての通過儀礼的な意味を超えて、
 面白く、楽しめる作品。






最終更新日  2007年11月15日 01時33分45秒
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2007年11月07日
カテゴリ:2007年10~12月読書
[1] 読書日記


  今まで「唇を閉ざせ」や「ノー・セカンドチャンス」といったノンシリーズものは読んで
 いたが、この作者のシリーズ作品を読むのは初めて。

   ハーラン・コーベン 「沈黙のメッセージ」(ハヤカワ・ミステリ文庫)

  を読了。

  ミステリ。
  ハードボイルド。サスペンス。謎解き部は本格を装備。
  「マイロン・ポライター・シリーズ」第一作。

  【概要

  マイロンはスポーツ・エージェント。彼は現在、未来を嘱望される大型新人のフットボー
 ル選手クリスチャンの契約交渉を行っている。しかし過去に例を見ない契約金を前に、交渉
 は難航し、オーナーはクリスチャンの恋人の失踪事件に、クリスチャンが関与している疑い
 を指摘し、契約金の値下げを要求する。時同じくして、一年前に行方不明になっていた恋人
 のヌード写真が載っている雑誌がクリスチャンの元に届けられ、その恋人の父親が数日前に
 何者かに殺されていることをマイロンは知る。マイロンとその事務所の仲間たちは、ことの
 真相を突きとめる為の調査に乗り出す。

  【感想

  ハーラン・コーベンの作品らしい、途中下車不可のジェットコースターのような作品。
  展開もさることながら、ウィットに富んだ文章おかげで、飽きずに一気に読める。
  どんでん返し的な、意外な真相も、期待を裏切らない。

  マイロンの仲間たちをはじめとした登場人物たちも皆魅力的で、キャラクター小説として
 読むことも可能。主人公のマイロンにしても、元バスケのプロ選手でありながら、マッチョ
 でも無ければ、タフガイでもないのも、個人的に高感度が高い。

  ただ、出だし数ページが、契約交渉シーンの描写なので、物語に早く入りたい読者や、そ
 の手の交渉やスポーツにまるで興味がない人には、多少の我慢を強いるか。  






最終更新日  2007年11月08日 03時19分49秒
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2007年11月06日
カテゴリ:2007年10~12月読書
[1] 読書日記


  プロ野球は、好きでも嫌いでもない。
  (と言うより、競馬以外のプロスポーツ全般に興味がない)
  ましてや、メジャーリーグなんて! という、普段テレビをあまり観ない生活の中でも、
 絶対観ないのがスポーツニュースという日々を送っている身ではあるが、

   <メジャーリーグの球団アスレチックスの年俸トータルはヤンキースの3分の1でしか
    ないのに、成績はほぼ同等


   <球団経営陣のなかには、同じお金をかけながら、ほかの人たちより勝利を手にするこ
    とが上手な人たちがいる


  というアイデアをもとに書かれた、 

   マイケル・ルイス 「マネー・ボール」(ランダムハウス講談社)

   

  は、良かった。

  野球ノン・フィクション。
  アスレチックスのゼネラル・マネージャーであるビリー・ビーンの半生や考え方を中心に
 描いた伝記。

  長編小説家であり、評論家でもある丸谷才一が解説でも書いているように、

   <多分これはかなり多くの読者によって、最高の野球ノン・フィクションと認められる
    はずのものだ。第一に題材がすばらしい。第二に書き方がうまい


  メジャーリーグという世界に予備知識も無ければ、登場人物たちについても全く知らない
 けれども、同じく私が事前に知るはずもない、作家が想像力で産み出した剣と魔法の世界で
 あり、その住人たちの冒険譚を読むのと大差がない、面白く、興奮のある物語として読み進
 めることができた。

  ただ、やはり野球自体に対してそれほどの思い入れが無いために、途中、野球の描写部分
 が長く続きすぎると、やはり集中力が切れ、ダレた部分はある。

  そして、

   <『マネー・ボール』はいろんな世界で応用がきく。科学者が読んでも頭が刺激される
    し、デザイナーが手に取つても参考になる。ましてや経済関係の人には非常に有効だ
    らう。マーク・ガンソンといふ銀行家はこの本を評して、「単にマイケル・ルイスの
    ベスト・ブックであるだけではなく、これまでに書かれた最上のビジネス・ブック」
    と言つたさうだが、これは決して褒めすぎではない


  馬券ジャンキーの私も、確かに馬券戦術を考えるうえで学ぶべき点がある、と思いなが
 らページを捲っていた。

  物語としての面白さと、実用書としての知的興奮を兼ね備えた本。
  「あとがき」まで、読み物として楽しめる。  






最終更新日  2007年11月07日 03時16分07秒
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2007年11月05日
カテゴリ:2007年10~12月読書
[1] 読書日記

  例えば、オポッサムという生き物。

   <敵を察知すると死んだフリをするのだ。だが我々がクマに見つかったときにかますで
    あろう子供だましの死んだフリなどとは格が違う。悪臭のある唾液で漂わせる死臭、
    うつろに開いた瞳、ぐったりとした肢体、かすかな痙攣とともに徐々に息絶えていく
    さまは、まさに迫真の死にっぷりで、猟犬がくわえて振り回しても正体を見せないと
    いうド根性をも見せてくれる


  「ガラスの仮面」も真っ青である。

   早川いくを 「へんないきもの」(バジリコ)

   

  を読了。

  世の中には、今まで見たこともないような生き物が多数存在している。
  そんな生き物ばかりを集め、紹介している、タイトルまんまの名鑑。
  
  素敵。
  実物が見たくなる。

  おやじギャグと紙一重なユーモアを発散させる文章ながら、読み進めるうちにその文章
 さえ心地よくなってゆく。

  折角なので、本書に出てくる生き物たちの、マイ「へんないきもの」ベスト3でも選び
 たかったのだが、どの生き物も甲乙つけがたく、すぐには決められなかった






最終更新日  2007年11月06日 02時25分44秒
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2007年11月01日
カテゴリ:2007年10~12月読書
[1] 読書日記


   勢古浩爾 「まれに見るバカ」(洋泉社新書y)

   

  を読了。

  バカとは?

   <本書で「バカ」呼ばわりするバカは自分だけが後生大事の「自分」バカのことであ
    る。自分が正しいと信じて疑わぬバカ、自分から一ミリも外にでようとしないバカ、
    恥を知らないバカ、自分で考えようとしないバカ、のことである


   <バカになにをいっても無駄である。なぜなら、他人の言葉など右の耳から左の耳に
    素通りしてこそバカだからである


   <バカは当人のあらゆる細部に宿っていて、否応なく、無意識のうちに現れてしまう
  
   <ひとはバカに生まれるのではない。バカになるのである。親子という縦の系列によっ
    てバカになり、友人・社会という横のつながりによってもバカになる


   <わたしたちは、できることなら責任なんか負いたくない。他人のことの心配なんかま
    っぴらである。難しいことよりも易しいこと。苦しいことよりも楽しいこと。不自由
    よりも自由。貧乏よりは裕福。まどろっこしいことよりはすぐに成果が見えること、
    に流される。努力するのも金輪際イヤである。
    これらの諸条件を満たすものは必然的にバカになる。自分中心主義で、モノを知らず
    に、自分の頭で考えることができない。考える努力もしない。だから、人に頼りたが
    り、人の責任にしたがる。このような意味において、人間はいとも容易くバカを志向
    する

 
   <バカになるのに訓練や努力はまったく必要ではない。欲望と感情だけがあれば十分
    だ。そしてどんな人間も欲望と感情だけはもっているのである


   <ひとは「バカ」といわれると無条件に腹が立つものである。名指しでいわれることは
    もとより、「女は」とか「若者は」と書くだけでもダメである


   <テレビがテレビである以上、動きがなくてはならない。ラジオでも活字でもない。そ
    う、「動き」の意味を田原は知っているのである。テレビがバカでなくてはつとまら
    ない。筑紫哲也がおもしろくないのは、田原の「バカ」がないからであり、久米宏が
    おもしろくないのは、「バカ」を装って「バカ」に失敗しているからである

    (田原 = 田原総一郎)

   <「おれってバカだなあ」「ほんと、わたしってバカなのよ」というのは態のいい免罪
    符なのだ


     → 同じカテゴリーとして

       ・「マジ」「やべえ」「テメエ」
        <下品な言葉、がさつな言葉、過激な言葉を使える自分に、オレはただの
         ひ弱で品行方正の甘チャンじゃぁねえぜ、という自己陶酔があるのでは
         ないか


       ・「バカばっかしやってますよ」
        <自分はけちくさくない「まじめ」なんかじゃないと、周囲から認めても
         らいたいらしいのだ


       ・「君はまじめなんだねぇ」
        <いってる本人が他人に対してそう言うことで、「おれはまじめじゃない」
         ということをしきりにアピールしたがっている


       ・「自分らしく生きたい」
        <世の大半の「自分らしく」派は、努力もせず困難も求めずいかなる向上心
         もなく、ただ現在ある自分をそのまま認めてくれ、といっているだけ

        <自分という個性はそのまま他人が認めるべきだ、と思っているらしい

   <なんの影響であれ、バカになったのはだれでもない。自分である

   <バカでない生き方や世界はこの社会や時代にもあるのに、そちらに見向きもせず、結
    局、多数で、楽で、なんの努力もいらないバカの道を選んだのは、ほかならぬ、その
    後生大事な「自分」なのだから


  パフォーマティヴな本である。
  でも笑える。
  思想家やジャーナリストというよりは、書評家の作品。真面目に本を読み、人の話を聞い
 ていれば、自ずとこういう考えを持ち、こういうことを言いたいのもわかる。
  ただ、ところどころ「?」と思うところがないでもないこともないというか、結構ある。

  【本書で「バカ」として挙げられている著名人一覧

    宮台真司  小室直樹  寺脇研  渡部昇一

    芹沢俊介  田嶋陽子  石原理沙  田原総一郎

    三田誠広  佐高信  田中康夫  渡辺淳一  

    浅田彰  大橋巨泉 など 
   






最終更新日  2007年11月01日 21時39分53秒
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