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父、弘之は聞きしに勝る強父だった。
いや。 部分的には狂父だったかもしれない。 ちゃぶ台返しは日常茶飯事だった。 騒ぐとえらい剣幕で怒られるので阿川家の前を通る時は近所の子供も静かにした。 実際は、怒鳴る阿川弘之の声の方がよっぽどうるさかった。 それほど神経質だったのだ。 だが、真剣に日本の為に従軍した後、戦後の日本人が手のひらを返したように、戦前の日本を完全否定した状況を思うと理解出来る気もする。 ともあれ、志賀直哉に深く傾倒していた弘之はひたすら作家の道を目指す。 そんな弘之に惚れた妻も、東大出の弘之に劣らず総代を務めるような秀才だったが、ベニア板で出来たようなバラックの貧乏暮らしに耐えた。 夫の凄まじい癇癪持ちは結婚するまで気付かなかった。 阿川佐和子の「聞く力」は父の顔色を窺うことで培われたのだ。 「義務教育まではつけてやるが、その後は野垂れ死のうが知ったことではない」という言葉も自立心を植え付けるには十分だっただろう。 それで潰れなかったのは阿川佐和子も当然優秀だったのだ。 実際、子供の頃、雑誌の表紙を飾るくらい美人で、その後、慶応を出ていた。 弘之は、「うちの家はろくなもんじゃないから、偉そうにするな」と言っていたようだが、なんのなんの、両親とも元は武家だった。 特に、父方は、ひょっとすると宇多天皇の血を引いているかもしれないほど由緒正しかった。 この番組を見ていつも感じるが、人に対する家系の影響は絶大である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2020/01/17 12:00:15 AM
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