カテゴリ:読書(哲学)
仲正昌樹によると、フッサールはデカルトのラディカルな判断中止を高く評価した。
しかし、デカルトのそれは疑う自我を絶対とすることで、物質と精神双方に意味を与える超越論的自我の存在を隠してしまった。 この視点は重要に感じる。 そして、超越論的自我はヴィトゲンシュタインが言った形而上学的主体の概念に近いように思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2021/02/09 12:00:12 AM
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