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外面はクールで 内面はベリーホットな男の日記

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塾長のあゆみ

March 4, 2016
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カテゴリ:塾長のあゆみ

前回のこのタイトル記事から

3年数か月ぶりの続編ですので

前回分から載せておきます

さらに以前の文をお読みいただける方は

カテゴリの「塾長のあゆみ」

からご覧になっていただけたらと思います

 

(前回分)

 

ミーティングはいつも日曜日の夕方から開かれていた

6月のミーティングがあった翌月曜日は

他校舎での授業だったので

桜井校での授業のため出勤したのは

火曜日の夕方だった

いつもの感じで校舎の扉を入ると

何か空気の異なるものを感じ取った

とはいえ

新年度が始まって以来

すなわち

新しい校舎長が着任して以来

何度か感じたことのある空気でもあった

僕は常に校舎のために努力をしている

ということを感じ取ってもらおうと頑張っていたわけであるが

伝わっていないのかな

と疑心暗鬼になることも度々あったし

この日も

そんな日なのかな?くらいの気持ちで

授業の準備をし

中3の社会の授業を2クラス分こなした

そして

いつもなら日報ミーティングが自然に始まる時間帯になって

僕は突然

校舎長から非常に深刻な顔つきで呼ばれ

事務室から離れた教室に連れて行かれた

僕は今日の業務で何かまずいことでもしたかな?

くらいに思っていたのであるが

教室に入りしばらくして校舎長は振り返り様に

「お前、俺のやり方に不満があるのか?ついてこれへんのか?」

と言われた

その目は赤くなり涙がうっすらと浮かんでいた

思いもよらない言葉に

頭の中は???で一瞬で真っ白になった

その時点では僕にはまだ先日のミーティングの出来事と

結びついていなかった

心の中では

「何ゆうてはりますのん?僕は言われたことをきちんと忠実にやってますやん。力不足でできていないことがあるかもしれないけど、どこに不満を感じさせるような行動がありますか?」

とつぶやいていた

すると

「この前のミーティングでみんながいる前で俺を糾弾したな。今まで十何年も校舎長をしてきて、いろんな講師と仕事してきたけど、ここまで惨めな思いさせられた講師はお前が初めてや。俺についてこれへんのか?俺がそんなに仕事してないように映ってるのか?そんなに仕事してないか?もうお前は辞めてくれていいと思っている。明日からお前が来なくなっても、もう代わりの講師は手配してるから、授業に穴があくこともないし心配しゃんでいい。ええやないか、どうせ、お前はOさん(前の校舎長)に頼んだら、○○塾で面倒みてもらえるやろ」

と言われて、初めて先日のミーティングでの僕の発言が

ここまで校舎長に衝撃を与えてしまったのだということに気が付いた

またその日の出勤時に感じた空気の違いは

これが原因だったとうことが判明した

(以上前回分)

 

まさに晴天の霹靂である

確かに自分で蒔いた種なのであるが

いきなり後頭部を殴られたくらいの衝撃であった

こんな言い方をすれば

反省の色がないと言われるかもしれないが

(いや実際に反省などはしていないのであるが)

悪意をもって言ったわけでもないし

一年目の新人がどうすればいいか戸惑っている中で

そして四年目であった僕ですら

校舎長の思惑を図りかねている中で

言わねばならない一言だったと思っている

僕にとれば

誤解されているに過ぎないことでしかない

ただ

「もうお前の代わりを手配している。明日からいなくなっても穴があくことはない」

(真実かどうかは不明であるが)

という言葉だけはショックだった

しかし

そんな誤解で

この校舎あるいはこの塾から去らなければならないのは本望ではない

昨年度まで一緒にこの校舎で働いていた校舎長や専任がこぞって

同じ地域の別の塾に移籍していった

僕も誘われたが

その方たちとの人間関係より

この校舎に通い続けてくれる生徒を選んだのだ

それと

出来あがった大きな塾で頑張ることよりも

この地域ではまだまだ知れていない塾を大きくしていくことに

やりがいを感じていた

誘ってくれた元校舎長からは

「恩を忘れやがって」

と言われながらも残った塾である

だから誤解に屈したくはなかった

「どうする?辞めるのか辞めないのか、今、ここではっきりと返事しろ」

と問われ、返事に困った

答はもちろん決まっている

ただその答え方がわからなかった







最終更新日  March 4, 2016 03:52:26 PM
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December 18, 2012
カテゴリ:塾長のあゆみ
 

ミーティングはいつも日曜日の夕方から開かれていた

6月のミーティングがあった翌月曜日は

他校舎での授業だったので

桜井校での授業のため出勤したのは

火曜日の夕方だった

いつもの感じで校舎の扉を入ると

何か空気の異なるものを感じ取った

とはいえ

新年度が始まって以来

すなわち

新しい校舎長が着任して以来

何度か感じたことのある空気でもあった

僕は常に校舎のために努力をしている

ということを感じ取ってもらおうと頑張っていたわけであるが

伝わっていないのかな

と疑心暗鬼になることも度々あったし

この日も

そんな日なのかな?くらいの気持ちで

授業の準備をし

中3の社会の授業を2クラス分こなした

そして

いつもなら日報ミーティングが自然に始まる時間帯になって

僕は突然

校舎長から非常に深刻な顔つきで呼ばれ

事務室から離れた教室に連れて行かれた

僕は今日の業務で何かまずいことでもしたかな?

くらいに思っていたのであるが

教室に入りしばらくして校舎長は振り返り様に

「お前、俺のやり方に不満があるのか?ついてこれへんのか?」

と言われた

その目は赤くなり涙がうっすらと浮かんでいた

思いもよらない言葉に

頭の中は???で一瞬で真っ白になった

その時点では僕にはまだ先日のミーティングの出来事と

結びついていなかった

心の中では

「何ゆうてはりますのん?僕は言われたことをきちんと忠実にやってますやん。力不足でできていないことがあるかもしれないけど、どこに不満を感じさせるような行動がありますか?」

とつぶやいていた

すると

「この前のミーティングでみんながいる前で俺を糾弾したな。今まで十何年も校舎長をしてきて、いろんな講師と仕事してきたけど、ここまで惨めな思いさせられた講師はお前が初めてや。俺についてこれへんのか?俺がそんなに仕事してないように映ってるのか?そんなに仕事してないか?もうお前は辞めてくれていいと思っている。明日からお前が来なくなっても、もう代わりの講師は手配してるから、授業に穴があくこともないし心配しゃんでいい。ええやないか、どうせ、お前はOさん(前の校舎長)に頼んだら、○○塾で面倒みてもらえるやろ」

と言われて、初めて先日のミーティングでの僕の発言が

ここまで校舎長に衝撃を与えてしまったのだということに気が付いた

またその日の出勤時に感じた空気の違いは

これが原因だったとうことに気が付いた







最終更新日  December 18, 2012 11:39:51 PM
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December 11, 2012
カテゴリ:塾長のあゆみ
 

新人ばかりのスタッフで始まったその年度の校舎運営

僕にとっても尊敬しながらも初めて直接下で仕事をするということもあり

校舎長に具体的な手本を見せて欲しいという思いがあったのであるが

毎日のミーティングや毎月のミーティングでは

どのように思うか

どのようにすればよいか

何をすべきか

といった課題を投げかけられ

考えや意見を求められるばかりで

しかも僕のように経験のある者からみた視点でも

それは1年目には答えられないだろうし

そもそも答えを出そうにも状況が把握できていないのでは

と思えるような課題であった

案の定

新人たちは言葉も出ず固まっているばかり

その重苦しい課題を打開するために

何とか僕が意見していたが

それに対してももちろん

じゃぁ・・・という感じで返される有様であった

それでもそれに対して受け答えをして

何とか新人たちの手本になれればと思っていた

しかし

そんなもやもや感が僕の中で爆発したのだろう

6月にあった3回目のミーティングで

「先生(校舎長)が、実際に行動して手本を見せてください。僕らには、まったく何をしていいのかわかりません。参考になるものを見せてください。そしたら、何をしたらいいのか考えられるようになると思います。」

と意見したのだ

今となっては

そのときのその場の雰囲気がその言葉でどのようになっていたのか

記憶にないのであるが

何かしら新人たちにとって

気持ちを代弁してくれた

というような安堵感があったようには思っている

なぜ記憶が定かでないかというと(もちろん18年も前のことでもあるが)

僕にとって予期せぬ事態を招く結果となり

そのことの強烈さが

そのときの記憶を薄れさせたのだということは確かなことである







最終更新日  December 11, 2012 11:42:06 PM
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December 8, 2012
カテゴリ:塾長のあゆみ

月に一度のミーティング

校舎長が毎回議題にしたいことをあらかじめレジュメにまとめ

それにそって自由に意見を出し合い進められた

レジュメといっても十数ページにもわたる冊子に綴じられたもので

かなりの濃い内容のものである

(ちなみに今でも僕はそれらをきちんと保管して持っている)

ミーティングでは

一年目は一年目なりの感じる意見を求められたし

四年めである僕にはそれなりの意見を求められて当然であったし

以前書いたように学生重役という役職と

その会議に一年間参加していた経験もあったので

むしろプレッシャーを感じるほどであった

何よりもこれまでの3年間

校舎運営というものに関しては

自己流を完全に認めてもらえていた環境であったし

逆にこれというものを教えてもらってこなかったので

新しい校舎長の感覚に対して

自分の感覚がどうなのかという自信がなかった

いや

より正確に言うと

僕なりには他の校舎や講師を見て自分なりに

いろいろな校舎運営方法を感じ取っていたのであるが

T先生の感覚というものが特にシビアなことを知っていたので

僕の指導スタイルをどう捉えられるのか不安を感じていたし

一方で

今までのスタイルを変えてでも吸収するぐらいの気持ちでいた

ところが

新人ばかりのスタッフという持ち駒に対して

校舎長は最初

少し手探りの状態で校舎運営を模索されていたようである

それが僕には物足りなく感じていた

もっともっとダメだしをし

具体的な方法を示して欲しいと思っていた

そんな気持ちが

6月にあった3回目のミーティングで爆発したのかもしれなかった







最終更新日  December 8, 2012 02:29:35 PM
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December 1, 2012
カテゴリ:塾長のあゆみ

もし

新しい校舎長に

「お前は使わない」

と言われてしまっていたら

あやうく僕は行き場を失うところであった

この校舎を守るためにという信念を曲げずにとった行動が

仇に成るところであった

変な疑念を取っ払ってもらうために

時間さえあれば校舎に行き

事務的な仕事を手伝わせてもらった

もちろん

前の校舎長と違い

そう容易くは事務給をつけてはくれないが

そんなことよりも無給でも

ここでこの校舎のために力になれているだけで嬉しかったのだ

本当に校舎のことを愛している

と思って欲しかったのである

新年度が始まっての春休みの講習は

あちこちの校舎から手の空いている講師を

寄せ集めて何とか乗り切るありさまで

残ってくれた生徒たちにとれば

僕以外はみんな知らない先生ばかり

いきなり新しい慣れない先生ばかりになり

戸惑いも大きかったはずである

その春休み中にいろいろあたって

何とか新学期からのレギュラーの講師を確保することができた

ほとんどが

まったくの指導経験がない新人講師であった

僕はそのとき4年目に入ったところで

もちろん学生講師としてはリーダー的な立場におかれている

と同時に

4年目ではありながら

この新しい校舎長からもっと多くのことを学び取り吸収したい

という思いにかられていた

自分の中では

4年の経験がありながら

校舎長の求めるリーダー像からはほど遠いに違いない

しかし

立場上、手本にならなければならない

という気持ちの板ばさみであった

それでも

授業終了後にその日のスタッフで情報を交換しあう

ミーティングはすごく新鮮に感じられたし

月に一度の

校舎会議は楽しみな時間であった

スタッフ全員が同じベクトルを向いて働いている

ということが実感できていた







最終更新日  December 1, 2012 10:55:19 PM
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November 29, 2012
カテゴリ:塾長のあゆみ

次年度

その校舎の校舎長を受け継いだのは

奈良県内の校舎の統括責任者であったT先生

(実は今でも年に数回お会いしたり、逆に奈良県内の入試情報その他を僕に尋ねられたりと頼りにしてくださったりしている)

前年度途中までは順調だった校舎の塾生数も

年度後半からは新しい入塾がめっきり減り

むしろ退塾者が出つつあった

先に書いた事情の影響である

そんな事態が無性につらくてたまらなかった

せっかく順調に滑り出していた校舎なのに

おそらくであるが

地元の大きな個人塾2つも

当時の塾の存在に少しは意識していたはずである

にも関わらず

どんどんと崩れ去っていく現実

しかし立て直そうにも

責任者である校舎長は心ここにあらずの状態である

そんな状態に陥った校舎の建て直しとして

やってきたのがT先生である

仕事に対して本当に真剣に真面目に取り組まれ

休日でも無給で出勤され

何よりも生徒第一を考えて仕事をされていた

この先生とは直接下で働いたことはなかったが

一目見た瞬間から(失礼ながらも)

この先生のそのような姿勢を感じ取ることができたのと

担当されていた校舎に仲のいい学生講師がいたので

たびたびお会いしに行き

授業後の校舎や食事に行って指導論を聞かせてもらったりしていたし

僕の塾講師としてのモチベーションの高さをアピールしていた

とはいえ

やはり僕は去っていった元校舎長の腰巾着のようなお気に入りの講師

と思われているふしがあり

今回も一緒に○○塾についていくだろうと思われていた

そのため

次年度の校舎の構想として僕は入っていなかった

というよりも

正直言って校舎の新しい建て直しのためには

僕は邪魔な存在と思われていたに違いない

しかし一方で

新校舎長の他は全く講師がいない状態でもあった

3月になり何とか疑念を抱かれながらも

校舎に残り担当させてもらえることにはなったが

他の担当講師を見つけるのにも苦労した新年度の船出であった







最終更新日  November 29, 2012 05:40:02 PM
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December 21, 2011
カテゴリ:塾長のあゆみ
 

僕は今までお世話になった塾を離れ

お世話になった上司に

ライバル塾へ引き連れられようという状況に立たされている

しかし

自分の中での結論は半年前に出ていた

実は

半年前

校舎長から

「もし、俺が○○に移ったら、一緒についてくるか?」

と聞かれていた

その時、しばらく答に悩むそぶりを見せてから

「ここに残りたいです」

と答えていた

そう答えることによって少しでも

校舎長がこの塾に踏みとどまってくれないか

という淡い期待もあった

もちろん

そんな僕の一言ごときで

翻るような現実ではないことは百も承知である

後日

他の先生(他塾へ行く意思を固めている)から

その時の僕の返事で

校舎長がかなりショックを受け

「ずっとかわいがってきてやったのに、あいつは恩を忘れやがって」

と言っておられたと聞いた

そして

年度末が近づいて、改めてもう一度

一方的に向こう側の人事と顔合わせをするという機会を設定された

その機会を楽しみにしていたのは

僕がお金や待遇で動くだけの人間じゃない

信念を持って仕事をしている骨のある人間だ

ということをアピールしたかったからである

顔合わせではそのようなことを伝え

やんわりとお断りの気持ちを伝えさせていただいた

かくして

お世話になりかわいがっていただいた校舎長と袂をわかつ日がきたのである

すなわち僕は次年度も当時の塾に残ることが決定した

ちなみに

僕ともう1人いた学生講師はその塾に移っていったし

(結局は1,2年ほどで辞めたみたいだけど)

何人かの生徒も一緒に転塾していった

正直

校舎長や何人かの講師が去っていったことよりも

一緒に転塾していった生徒がいたことのほうが悔しかった







最終更新日  December 21, 2011 10:35:30 PM
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December 16, 2011
カテゴリ:塾長のあゆみ
 

中学高校時代

プロレスにはまっていた

当時は

アントニオ猪木率いる新日本プロレスと

ジャイアント馬場率いる全日本プロレスがあり

もちろん両方観るというプロレスファンも多かったが

新日派、全日派と呼ばれるいずれかの熱狂的なファンも多かった

僕が贔屓にしていたのは新日本プロレス

ところが当時の新日本プロレスは

人気レスラーが次々と離脱して

(レスラーは、新日本プロレスと契約している会社員のようなもので、いわゆる自ら退社したり契約解除をして辞めていく。また、お世話になっている先輩レスラーに引き連れられ辞めていく若手レスラーもいた)

新しいプロレス団体を作ったり

ライバルの全日本プロレスに移籍したりして

屋台骨がかなりグラついている時期だった

そんな中

大好きだった藤波辰爾は

最後まで新日本に残り会社を守ろうと必死に戦っていた

自分をここまで育ててくれたのは・・・

今、自分があるのは・・・

そんな思いが藤波を会社に残らせた

その誠実感をリスペクトし

そんな姿に中学生ながら感動していた






最終更新日  December 16, 2011 04:59:10 PM
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December 7, 2011
カテゴリ:塾長のあゆみ
 

企業として塾として

年度がわりは新しい体制でのスタートを切る時期である

そのためには

数ヶ月前から人員配置が検討されはじめる

当然

新しく入ってくる人員と

その年度でいなくなる人員を把握して行われていく

僕の中でも

わかっていながらも認めたくない事実がはっきりと浮き彫りになる日がやってきた

新しい配置表には

校舎長と後2名の専任の名前がない

当たり前、わかりきったことなのであるが

このまま年度が替わらないでいてくれたら・・・

という思いでいっぱいだった

そこに名前がなかった専任は

同じ町の大きな個人塾へ移ることになっていた

そして

僕がどうしなければならないのかもわかっていた

数日後

校舎長から

「今度、○○の人事が会って話したいみたいやから、俺もついて行ったるから準備しとけよ」

と言われた

「多分、待遇とかの話も出るやろうから、遠慮せずに正直に話しして来い」

とも言われた

ついにこの日が来たか・・・

もちろん僕の心の中では意思は決まっていた

ある意味

この日が来るのが楽しみだった







最終更新日  December 7, 2011 11:04:15 PM
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December 3, 2011
カテゴリ:塾長のあゆみ
 

どんな業種でも同じであろうが

不況が続く中

コストカットをして経営の乗り切らなくてはならない

塾業界の場合

まっさきに対象となるのが

人件費のカットである

(人件費カットといえば、どの企業でも行われているリストラの一環であるが、塾の場合、専任に対しては勤務時間の短縮=残業を認めない≠業務の量は減らさない=サービス残業の増加となる。さらに、一番効果のある人件費カットは非常勤講師への支払い減である。すなわち、授業時間数を減らすこと。例えば、1コマ70分授業が、60分授業にするというようなもので、=生徒にとっても、指導時間が減らされることを意味する=実質、授業料のアップである。当然、会社側は、短時間でも効果のある授業を研究して行う努力をしなさいと指令を出す。また、非常勤の持ちコマ数を専任にまわすことによって、専任の重労働となり、非常勤にとっては収入源により、転職を考える=いい講師を失うあるいは確保しづらくなるといったしわ寄せが起こる)

塾を取り巻く空気が働く者のやる気を失わせていく

学生講師の僕の目から見ても

専任講師陣の塾(会社)に対するモチベーションを失われていくのが

明らかだった

(僕の場合は、校舎長のおかげで授業数を減らされることもなく、むしろいろいろな仕事を回してもらい十分な収入を確保してもらっていた=当然、会社的には好ましくないことである)

というよりは

校舎長が来年度の身の振り方をどうしようとしているかは

はっきりとわかっていたし

校舎長が僕の身をどのようにしようとしているかも

わかっていた

ただ

その事実を認めたくない気持ちでいっぱいで

心ここにあらずの上司と共に過ごし

何も気づいていない振りをして過ごす

この年度の後半がすごくつらい日々であり

週に何日かの他校舎への出勤日が

その気持ちを緩和させる日々となっていた

そんな中

あっという間に年度末が近づいてきた

やってきては欲しくない

嫌な嫌な時期がせまっていた






最終更新日  December 3, 2011 10:29:24 PM
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