July 4, 2015

言われた時だけしか守らない子

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一度注意されたことは

以後同じような状況になったときは

同様に守らなければいけないことである

そうやって

いろいろな注意をされながらも

以後守り続けることによって

よりよい行動がとれる人間へと成長していく

これが躾というものである

しかし

子どもたちをみていると

注意された時だけ聞けばよい

と捉えているような気がしてならない

それこそ

何度言われてもわからんのか!

と言いたくなるような感じである

行動的な規律はもちろん

塾であるので

勉強法についてもいろいろな注意を出していく

ノートに書きなさい

大きな字でもっとノートを大きく使いなさい

図を書いて考えなさい

間違ったところは消さずに残しておきなさい

間違ったところをやり直す前にどこで間違っているか確かめなさい

前を向いて話を聞きなさい

などなど

挙げればキリがないが

事あるごとに様々な注意を与えていく

そしてそれらは

以後ずっと守って勉強しなさい

という意味であり

それらが組み合わさって理想的な勉強法に近づいていく

いわば

指導者目線から言えば

気が付いたことをその都度修正させながら

理想に近づけてあげよう

ということなのだが

子どもたちをみていると

注意された時だけ守り

以後はまた自分勝手なやり方をしている

あたかも

言われた時だけ守ればいいくらいの感覚でいるように感じてしまう

前にも同じことを言ったよなというふうに注意すると

えっ!今日もですか?みたいな反応が返ってきたりする

ほんとうに守るべきことに対する認識が甘いように思う

これも

個性を重んじて

集団の中で厳しく締め付けることを良しとしない風潮の中で

育てられてきたことが影響しているのかなと考える

注意されない限り自由気ままにふるまって

それが習慣となり癖となり当たり前となり

守る意識が薄れている

そんなことが勉強の仕方にも影響しているといえよう

躾をきちんとされてこなかったら

このような勉強法に対するアドバイスでも

聞く耳を持たない子が続出することになってしまうのだ

ちなみに

上の文を読むと

集団での規律性が甘い学校の責任のように感じますが

あくまでも

個人的な躾をきちんとするのは各家庭の責任

学校は

集団生活の中での規律性を高めさせる場であるということです

ただ

学校において集団の統率の指導力の低下や無力化はあるとあると感じます

(躾がきちんとなされた子ばかりの集団ならば学校においての規律性は先生の力量に関係なく保ちやすくなるでしょう。現実的には、いろいろな子が集まる学校になるので先生の指導力で大きく差がつくのも事実だということです。)

もちろん

塾でも

きちんとやってきた子

そうでなかった子が

入り混じっています

やってきた子の成績を伸ばすのは簡単ですが

そうでない子はまず意識を変えないと成績は伸ばせません

それを改善させていく根気が指導者に必要になってきます






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最終更新日  July 5, 2015 03:33:08 AM
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