ラスト、コーション 色|戒
「ブロークバック・マウンテン」の名匠アン・リー監督による、ヴェネチア国際映画祭グランプリ金獅子賞も受賞した作品。抗日派の女スパイと、親日派政府要人との禁断の愛の物語を、映像化。 前作「ブロークバック・マウンテン」では男性同士の禁断の愛を描き、美しく壮大な自然の中、震えるような主人公の心の疼きを見事に表現し、多くの人が感動の涙を流した。私も、この映画が好きで、観た時は強い衝撃を受け、映画やDVDで何回も見直したほど。(素晴らしい演技を見せたヒース・レジャーは年初にオーバードーズでこの世を去り、非常に残念に思う。)その監督の作品とあって、随分前から楽しみにしていた。原作のアイリーン・チャンの短編集も、映画を観る前に、新幹線の中で読んで時代背景をざっと頭に入れておいた。ストーリー 若く美しい女子学生ワンが、日本占領下の上海で抗日運動に参加する。やがて彼女は女スパイとなって、暗殺のターゲットである特殊機関の大物イーに接近。しかし2人は危険な愛に身を焦がすことに。 キャスト&スタッフ [監][製]アン・リー[原]アイリーン・チャン[音]アレキサンドラ・デスプラ[出]トニー・レオン タン・ウェイ ワン・リーホン ジョアン・チェン 制作:2007米.中.台.香/ワイズポリシー上映時間:158分・R-18アイリーン・チャンの原作は、50項しかない短編だが、流麗な文章で巧みに構成され、密度の高い作品だった。映画も、原作の持ち味を生かし、当時の上海や香港の町並みや社会風俗を見事に再現し、独特の映像美を作り上げていた。上映時間は158分でかなり長い映画だが、退屈に感じる場面はほとんど無い。女スパイの揺れ動く心理と、究極の緊張を強いられ続ける諜報機関責任者の苦悩が、交錯しながら激しくもつれ合い、愛の炎を燃やす場面に釘付けになる。大学演劇の看板女優であったウブな女学生に、白羽の矢が立ち、色恋仕掛けで親日派政府要人に迫る。対日派の強固な組織に後押しされ、後戻りも出来ない命懸けのスパイ行為。天性の美貌と抜群の演技力が、その後の運命を変えてしまう悲劇。暗殺ターゲットである要人の愛人を演じるうち、体を重ねあう毎に、徐々に情が移っていく。互いの孤独と極度の緊張のもとで、惹かれあう二人。「毒なき者、男にあらず。」を体現していたトニー・レオンの、嗅覚が研ぎ澄まされたような演技と、素顔では幼さも残しつつ、妖艶な愛人まで演じきったタン・ウェイの演技の素晴らしさに、堪能しっぱなしだった。タン・ウェイのシルクのチャイナドレス姿は、体の曲線を写し出し艶っぽく綺麗だった。巷では過激な性描写で話題をさらっているようだが、佳芝がイーの前で歌を披露する場面がある。そちらも心に残る名場面。イーがしばし緊張を解き彼女の歌に聞き惚れ、思わず涙を流す。二人の心のたがが緩み、素の心を触れ合わせる美しいシーン。私は、ここが一番好きだな。見終わって、映画タイトルは、「ラスト、コーション」よりも原作の「色|戒」の方がしっくりするように感じた。「色」は欲情を表し、「戒」は誓いの意味があるようだ。正義の誓いと自己の欲望のせめぎ合いの中で揺れる主人公の心理が、この物語のキーワードとなって見事に言い表している原作タイトルだ。カタカナより漢字タイトルの方が、日本人にはよりイメージが湧きやすい。艶っぽくスリリングでありながら胸を打ついい映画だった。渋谷Bunkamura ル・シネマで鑑賞。