第十三話 暴走~薫side~ 「準備はいいか?」 氷翠が冷静に尋ねる。 「ああ。いつでもこい」 俺は身構える。勿論、それに意味があるとは思えないが、気休めにはなるだろう。 強制的に能力を暴走させる――――。それがどんな現象を引き起こすか分からない。 「胸、特に心臓辺りだ。そこに力を集めろ」 氷翠は俺の胸に手を翳している。 翔は既に攻撃の構えを取っている。迷っている暇はない。 「――――――」 俺は言われた通りに力を集めてみた。 何か気持ちの悪いものが、背中をぞわぞわと這いずり回る感覚がする。 それと同時に、とてつもない不安がこみ上げてくる。 意識が途絶えたのは、そのすぐ後だった。 ~氷翠side~ ひとまずは成功だ。能力を『暴走』させることを成功と言うのは、何とも皮肉な表現だがな。 「恐らく、意識はもうないのだろうな」 薫の瞳は既に焦点が合っていない。暴走の代償だ。 少しの間なら自分の意思で行動できるかと思ったが、やはりまだ無理か。 「さぁ、行け。お前の底力を見せてもらうぞ」 私は薫の胸に翳した手を、ゆっくりと握った。 それと同時に、薫の周囲の空気が急激に冷たくなってゆく。 制御できていない力が体から溢れ出して、勝手に周りを凍らせている。 「うああああああああ!!」 薫が猛スピードで翔へ突進する。私の目でも追うのやっとだ。 翔に斬りかかった時の動きも、いつもよりも的確、かつ迅速。 完全に薫のペースだ。圧倒しているわけではないが、主導権は薫にある。 このままなら、五分以内には決着がつくだろう。 問題は―――― それまで薫の体があの状態に耐えられるか、だ。 ~翔side~ 信じられない。これほどの力があったとは。 僕よりも僅かにだが完全に格上。しかもまだちゃんと能力を使っていない。 まさか体術や剣術だけでここまでとは、少し買い被っていたようだ。 「蓮華!!」 僕は蓮華を呼ぶ。少し癪だが、ここで時間を浪費している場合じゃない。 一旦距離を取るために、鍔迫り合いからバックステップしようとする。 だが薫はそれを読んでいたらしい。完璧なタイミングで僕の足を払った。 「くっ」 「マスター!!」 蓮華が薫に攻撃しようとするが、間に合わない。 薫は刀を振り下ろしている。それは不思議と、今までのどんな斬撃よりも遅く感じられた。 ←第十二話 第十四話→ |