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カテゴリ:クルマ
今日は衝撃の体験話を・・・
と言っても、興味のない人には衝撃でもなんでもない話なんですが。
その衝撃とはコレ
オートザムAZ-1。
時はまさにバブル。 マツダはその頃、販売チャンネルそのものをブランド化しようと、それまであったマツダとオートラマの他に ユーノス アンフィニ(旧マツダオート) オートザム という、それぞれに個性を打ち出した販売拠点を作りました。 ユーノスには今も続く名車、ロードスターをはじめ、個人的に今でも好きなユーノス500や世界初(多分)のミラーサイクルエンジンを載せたユーノス800、そしてこれまた市販車では世界初の3ローター、ユーノスコスモが。 シトロエンも売ってましたね。 ベルトーネ時代のマルチェロ・ガンディーニがデザインしたBX、大好きです(笑)
アンフィニにはこれまたロータリーの名車、RX-7。マルチ・パーパス・ビークルの略であるMPV、カペラCGの後継車たるMS-6、そしてインパネシフトが珍しかったMS-8。
マツダ店はカペラの後継であるクロノス、セダン・ハッチバック・アスティナ(5ドアハッチバック)の3タイプがあるファミリア、高級セダンのセンティア、そしてカペラC2の後継クーペ、MX-6。 MX-6のCMは良かった・・・ 当時、このCMの影響を受けてジプシー・キングスのCDを買った覚えがあります。
オートラマはフォードブランドのクルマを展開。 当時流行ったのは小型ハッチバックのフェスティバ。キャンバストップが有名でした。それにファミリアの兄弟車レーザー、カペラの兄弟であるテルスター、プレマシーの兄弟、イクシオン。 そして忘れられないのがプローブ。カペラC2・MX-6の兄弟車となるクルマですが、デザインはまったく別物。 当時のフォードの空力コンセプトカー、プローブの名を付けたそのクルマは、いかにも空気抵抗が低そうなデザイン。ピラーをガラスの下に隠して一体ガラスのように見せるデザインは、流面セリカ(ST-165)にどことなく似ています。
そしてオートザム。 コンパクトなセダンなのに居住性が良く、しかもトランクが広いというレビュー、すべてが丸いデザインのキャロル、最上級車のクレフ。 それに加えてランチアも売ってましたね。 ティーポ4プロジェクト(フィアット・クロマ、サーブ9000、アルファロメオ・164)の一台であるテーマ。これの最上級グレードには、なんとフェラーリ308と同じV8の3リッターが載っていました。それを5MT、しかもFFで操るというなんともスゴいクルマ。 そしてランチアといえばデルタ。WRCで6年連続メーカータイトルをもたらし、ビアシオン、カンクネン、オリオール、サインツなどの名ドライバーが乗ったマシンです。 でもヤマザキ的にはこれ
アウトビアンキY10。 初めての外車であり、初めての痛・・・じゃなくてイタリア車。手に入れた時はフロントガラスにひびが入り、マフラーはなく、ショックもスカスカ。しかもワイヤーが切れていたためスピードメーターも動かない状態。なのにエンジンだけは絶好調で、まるでレースカーのようにレスポンスのいいものでした。 タコメーターもエンジンの回転にきっちりシンクロして動くので、ブリッピングだけで楽しくなってくるクルマでした。 このクルマのおかげで、外車はスペックだけではない、というのを実感。
で、やっと本題のAZ-1です(前置きが長すぎ)
発売当時はヘンテコなのが出たな・・・くらいにしか思っていなかったのですが、今回運転する機会をいただいて、ものすごい衝撃を受けました。
一番の特徴であるガルウイングドア。 よくランボルギーニ・カウンタックやトヨタ・セラがガルウイングドアだと言われますが、正確には違うもので、本当のガルウイングドアはこのAZ-1やメルセデス・ベンツ300SLのドアを言います。 シャーシ剛性を高めるためにサイドシルが高く、乗り降りにも一苦労・・・
そしてとにかく狭い室内。ペダルを踏むために足を動かせば膝がどこかに当たるし、純正ではリクライニングすらしないシートのおかげでポジションも取りにくい。 それに恐ろしく低い視点。まるで地を這うようです。 信号待ちで隣に軽ワゴンが並ぶと、まるで壁のよう・・・ それに、道路の段差が目の前に迫る恐怖を味わえます。あまり道の良くない今のいわきの道はかなり怖いです。
そして恐ろしいほどクイックなステアリング。遊びがまったくと言っていいほどありません。 極端に言えば、ちょっとハンドルにさわっただけで曲がってしまうような、そんな感じ。 ロックtoロックが確か、2.5回転だったっけ・・・ 普通の感覚でステアリングを切ったら、多分ひっくり返ります。
ビートでもカプチーノでも味わえない、まるでカートのような感覚。 こんなクルマが普通に売っていたことが驚きです。 まあ、あのバブル景気がなければ世に出ることはなかったでしょう。 あのバブルの勢いがあったからこそ、マツダが自体が「脱マツダ」を目指して販売チャンネルを増やしたわけで。 結果的には失敗に終わり、今はマツダ店と一部のマツダアンフィニ店だけになってしまってオートザムもユーノスもなかったことのようになっていますが、その時に作られたクルマは少ないながらもこうして存在し、いまだに多くの人々を惹きつけているのです。
今回は珍しく、クルマを語ってしまいました・・・
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最終更新日
2014.07.12 22:18:11
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