2585248 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

ゴスペルな日々(Good News Bad Times)

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Category

Freepage List

全4件 (4件中 1-4件目)

1

長崎五島巡礼旅

Oct 6, 2017
XML
カテゴリ:長崎五島巡礼旅
<映画「沈黙」の舞台を訪ねて ~沈黙の地で神の前に静まる心の旅~4日間>ツアーの初日です。
27日その3

如己堂にお別れして、爆心地公園と浦上天主堂を共に車窓から眺めて通りました。



爆心地公園と浦上天主堂は通り過ぎただけですが、歴史的な意味の大きい場所ですので、少し調べたことを書きたいと思います。




浦上地区は、キリシタンが大勢住んでいて、大きな4回の迫害があったことは先程書いたとおりです。

キリスト教の信仰が自由になった後、1895年(明治28年)からフレノ神父の発案で天主堂の建設に取りかかりました。信者達は信仰の自由を得た喜びを味わい、自らの手で煉瓦を一つ一つ積み重ねて感謝の心で築いていったのです。
  中略
そして二十年の歳月をかけて、1914年(大正3年)にやっと完成しました。3月17日が献堂式で、くしくもその日は大浦天主堂で初めて浦上の信徒が信仰を表明してから50年目に当たっていたのです。まさに記念すべき日の落成でした。
  中略
高台にそびえる浦上天主堂は東洋一と言われました。(「長崎オラショの旅」小崎登明)



浦上天主堂昔日の姿



この天主堂を悲劇が襲います。


1945年8月9日にアメリカ軍が長崎市の浦上地区に原爆を落としました。
この写真はその時に使用された「ファットマン」の木型です。



小倉に原爆を落とす予定でありましたが、天候不順で引き返して居た時に、雲の切れ目から見えた長崎の浦上地区に「ファットマン」を落としたわけです。


これは長崎に落とされた原爆のキノコ雲です。




長崎市はこのような状況になりました。

市内は瓦礫に




原爆前の長崎市の上空からの写真




原爆後の長崎市の上空からの写真





浦上天主堂もこのようになりました。




横方向から撮した全景




保存された箇所のアップ写真




この時浦上には12000人の信者がおりました。そのうち8500人が爆死しました。
その日、天主堂では信者達の告解(ゆるしの秘跡)がおこなわれていました。
あと数日すれば聖母マリア様の被昇天の大祝日です。心を清めるために数十名の信者達が堂内で祈っていました。二人の日本人の神父様が信者の告白を聞いていましたが、みな瓦礫にうずまり亡くなりました。一人の生存者もいなかった。悲しい出来事です。(「長崎オラショの旅」小崎登明)


その会堂も昔日の姿のように再建されました。



奥に長くなりましたね。
ローマの法王ヨハネ・パウロ二世もここを訪れて、信者さん達は喜びに溢れたそうです。
「私は栄光と悲劇の跡をとどめている歴史の町、ここ長崎を訪れ、栄光を勝ち取り悲劇を乗り越えた人々の子孫であり、後継者である皆さんにお話しできることを神に感謝します」
記念碑にある法王の言葉です。


この浦上教会から1983年時点で
司教6人
司祭78人
修道士31人
シスター277人
献身しているそうです。

30年以上前の古い数字ですので現在の状況を測りかねますが
単独の教会としては追随を許さないものなのではないでしょうか?


迫害と試練が大きいところに神様の祝福も大きいのだと思わされました。






Last updated  Oct 6, 2017 10:52:38 PM
コメント(0) | コメントを書く
カテゴリ:長崎五島巡礼旅
<映画「沈黙」の舞台を訪ねて ~沈黙の地で神の前に静まる心の旅~4日間>ツアーの初日です。
27日その2

ツアーとして最初の訪問先は永井隆博士が最後にお住まいになった『如己堂(にょこどう)』です。


道の反対側からの遠景です





少し近づいてみました

如己堂と看板に書いてあるのが見えますね。

「如己堂」という名前の由来ですが、新約聖書マルコによる福音書12章31節にある「己の如く人を愛せよ」という言葉から名付けられたものです。

永井隆博士が被爆後3年後に長崎市浦上の人達やカトリック教会の協力により建てられたものです。
この二畳一間の部屋で、『長崎の鐘』や『この子を残して』などの永井隆博士の著名な作品の数々が生まれたました。
現在は、隣接地に長崎市永井隆記念館が建てられています。

中に入ることはできませんが、外側から自由に中を見ることができます。

如己堂の赤瓦は、永井隆の出身地である島根県飯石郡三刀屋町(現雲南市)にある実家から運ばれたもの。


如己堂を横から遠景で撮ってみました。
小規模な建物だということがよく分かりますね

隣接して建っている長崎市永井隆記念館側から撮影しました



こちらが長崎市永井隆記念館です。

永井隆博士は、戦後の子供たちのすさんだ心を少しでも豊かにしようと、昭和25(1950)年に私財を投じて子供のための図書室 『うちらの本箱』を作りました。

その後、昭和27(1952)年12月「長崎市立永井図書館」が完成し、昭和44(1969)年に「長崎市立永井記念館」と改称し、博士の遺品や写真等もあわせて展示するようになりました。

更に、長崎市立永井記念館は平成11(1999)年に全面改築を行い、翌平成12(2000)年4月、「長崎市永井隆記念館」と改称して開館して今日に至っています。


館内です。DVDコーナーです。

永井博士のDVDを見ました。

永井博士の略歴です
1908年(明治41年)2月3日 島根県松江市生まれ
          すぐ島根県飯石郡三刀屋町(現雲南市)に転居
1928年長崎医科大学(現長崎大学医学部)入学
1932年卒業時に答辞を読む予定であったが急性中耳炎を患い
    内科死亡を放射線医学の専攻に切り替えた
1933年幹部候補生として広島歩兵連隊に入隊し、
    短期軍医として満州事変に従軍
1934年カトリックの洗礼を受ける。8月に緑夫人と結婚
1937年長崎医科大学の講師に就任。
    7月支那事変のため出征。
    現地では日本軍のみならず、中国人への医療にも従事し、
    現地の知事から感謝の印として対幅の書を贈られた
1940年2月に日本に帰国 長崎医科大学の助教授に就任
1945年6月 戦時中結核のX線検診に従事したが、フィルム不足で
     透視による診断を続けたため、被曝による白血病と診断され、
     余命3年の宣告を受けた。発病は1940年と推定された。
1945年8月9日、長崎市に原子爆弾が投下され、爆心地から700メートル
       の距離にある長崎医大の診察室にて被爆。
       右側頭動脈切断という重傷を負うも、布を頭に巻くのみで
       救護活動にあたった
1945年8月11日学長代理の許可を得て帰宅し。骨片だけの状態となった
       緑夫人の遺骸を発見し、その骨片を拾い埋葬した
1946年長崎医科大学教授に就任
1948年には荒野となった浦上の地に花を咲かせようと、桜の苗木1000本
   を浦上天主堂をはじめとする各所に寄贈。
   これらの桜は「永井千本桜」と呼ばれた。
   3月、浦上の人たちやカトリック教会の協力により、
     永井が療養を行うための庵が完成する。 
1951年5月1日逝去
    5月14日 9時から浦上天主堂で市公葬が執り行われて2万人が参列

正午に浦上天主堂の鐘が鳴ると全市の寺院、工場、船舶の汽笛が一斉に 鳴り響き、市民は1分間の黙祷を捧げたそうです。


展示を一生懸命見入るツアーの仲間です。
みんな真剣な眼差しで見入っておられました。


最後になってしまいましたが、永井博士はカトリックではあるものの、<映画「沈黙」の舞台を訪ねて ~沈黙の地で神の前に静まる心の旅~4日間>ツアーでどうして如己堂に立ち寄るかというと、実は次のような理由があるのです。

◯如己堂が建っているこの土地は帳方屋敷の跡地でもあるのです。
 帳方とは、潜伏キリシタンの信仰組織における組頭です
 (惣頭ともいう)。
 浦上村の初代帳方は孫右衛門で、その後の帳方も孫右衛門の子孫から
 選ばれており、この地にあった帳方屋敷に住んでいた。
 1856年に起きた浦上三番崩れにより、初代孫右衛門から続いた帳方は
 7代目の吉蔵で途絶えることになったが、この吉蔵は永井隆博士の
 緑夫人の曾祖父にあたるわけです。

◯浦上地区はキリシタンが多かったところで、それは即ち禁制後に
 かくれキリシタンが多かったところです。
 浦上地区はキリシタン禁制後4回にわたって大きな迫害を受けており
 永井博士はその生き残りの方と結婚なさったわけです。

◯浦上の迫害史
 浦上一番くずれ 1790年から起こった信徒の取調べ事件
 浦上二番くずれ 1839年にキリシタンの存在が密告、捕縛された事件
 浦上三番くずれ 1856年にに密告によって信徒の主だったものたちが
         捕らえられ、拷問を受けた事件
 浦上四番くずれ 1867年隠れキリシタンとして信仰を守り続け、
         キリスト教信仰を表明した浦上村の村民たちが
         江戸幕府の指令により大量に捕縛され拷問を受けた。
 四番くずれのことは最終日の大浦天主堂の時にまた取り上げたいと思います。

 遠藤周作の『女の一生 一部 キクの場合』はこの「浦上四番くずれ」を背景にしています。

旅は始まったばっかり・・まだまだ続く・・・・(^^)






Last updated  Oct 6, 2017 08:03:37 PM
コメント(0) | コメントを書く
カテゴリ:長崎五島巡礼旅
9月27日から9月30日まで3泊4日で長崎・五島を旅行してきました。

しばらく不定期に連載しようと思います。
今日は27日その1となります!

            映画「沈黙」の舞台を訪ねて
        ~沈黙の地で神の前に静まる心の旅~4日間
            これに参加したのでした。





         当日は羽田空港7時40分発の飛行機でしたので、
           自宅出発は明け方5時前でした。

         ほらっ、辺りはまだ真っ暗でしたよ(@0@)


        長崎空港到着ロビーでこんなお出迎えが(^^)

        長崎に来たなぁって思いましたよ!!


        長崎空港で乗ったバスです。
        西肥(さいひ)バスでした。


総勢33名のツアーがいよいよ始まりました!

最初の訪問地は長崎市内浦上地区の『如己堂(にょこどう)』です!!


続きます!!






Last updated  Oct 6, 2017 04:56:05 PM
コメント(0) | コメントを書く
Oct 1, 2017
カテゴリ:長崎五島巡礼旅
水曜日からFBを始め、ネットから姿を消していたのですが、それは奥さんと旅行に行っていたからです。

<このツアーです♫>




映画「沈黙」の舞台を訪ねて
~沈黙の地で神の前に静まる心の旅~ 4日間
期間:2017年9月27日~2017年9月30日
企画:いのちのことば社
実施:ISAトラベル





今回のツアーのフライヤーから
-------------------------
遠藤周作原作、マーチン・スコセッシ監督「沈黙-サイレンス-」は、観客動員が66万人を超えています。「なぜ殉教するまでキリストに従えたのか」「神は沈黙されていたのか」等、一人一人が問われているようです。そこでDVDが発売されるのを記念して、キリスト教の原点ともいえる「沈黙」の舞台を巡るツアーを企画いたしました。迫害の中でも信じ続けたキリシタンたちから、忍耐、希望、赦しを学んでみませんか。しかも、クリスチャンガイドがキリスト教の背景をご説明し、長崎の地で長く牧師をされていた友納靖史師が団長として、聖書からメッセージを語って下さいます。
他のツアーでは観られないスペシャルな内容、ぜひご参加下さい。
-------------------------
      訪問先等

9月27日 羽田空港から長崎空港へ
     「長崎市内観光」
     如己堂
     爆心地公園(車窓から) 
     浦上天主堂(車窓から)
     昼食(四海楼)
     二十六聖人記念館」
     長崎奉行所立山役所跡
     ドミニコ教会跡
     長崎バプテスト教会(礼拝) 
     春徳寺
     聖コルベ記念館
     宿泊(長崎ルークプラザホテル)


9月28日 「外海地区訪問」
     隠れキリシタンの里 黒崎教会
     枯松神社(祈りの岩)
     遠藤周作文学館
     沈黙の碑
     出津文化村
     昼食(救助院内で)    
     ドロ神父記念館
     救助院
     出津教会
     ジェットフォイルで上五島へ
     宿泊(マリンピア)


9月29日 「上五島観光」
     青砂ケ浦教会
     頭ケ島教会(世界遺産指定予定・・)
     チャーター船で下五島へ
     途中でキリシタン洞窟遠望(船窓から)
     「下五島観光」
     旧五輪教会(世界遺産指定予定・・) 
     浜脇教会
     牢屋の窄殉教地
     宿泊(コンカナ王国)


9月30日 「下五島観光」
     堂崎天主堂
     水ノ浦教会
     高浜ビーチ
     昼食(遣唐使ふるさと館)
     ジェットフォイルで長崎へ
     大浦天主堂見学
     自由時間
     長崎空港から羽田空港へ
    
       
フライヤーに「迫害の中でも信じ続けたキリシタンたちから、忍耐、希望、赦しを学んでみませんか。」とありましたが、司祭などのいない250年もの間信徒だけで信仰を守り抜いたキリシタンの歩みを知るにつけ、深く思わされることが多くありました。
ISAトラベルは「巡礼」も広く手がける旅行社のようです。
会社サイト

旅程、内容、ガイド、訪問先 本当に素晴らしい内容でした。
ツアーのメンバーにも恵まれて、33人のツアーが思いを一つにできたと思います。
これから、「旅行記」を気長にボチボチとアップしてゆきたいと思っています。






Last updated  Oct 1, 2017 07:53:39 PM
コメント(0) | コメントを書く

全4件 (4件中 1-4件目)

1

Favorite Blog

サメも喰わない?(… New! 偏屈老人さん

こんなものを買って… New! 為谷 邦男さん

映画「0円キッチン」 New! lavien10さん

キャンドルサービス New! エリムエコーさん

賃貸住宅オーナーの… 仙台の税理士さん

ATC第9回新年会… きんちゃん1690さん

生涯を終えた人 やまひで0207さん

スニーカーマニアの… 青空 竜之介さん
青空のように フッサストラットさん
根っこの今 ikirunekkoさん

Comments

ロン@ゴスペル@ Re:三浦綾子の言葉(07/20) ゆきこさんへ 書き込み有難う御座います。…
ロン@ゴスペル@ Re:日本にとって大切な参院選(07/17) ゆきこさんへ 書き込み有難う御座います。…
ロン@ゴスペル@ Re[1]:マリアン・アンダースンをご存知ですか?(02/10) 片島諒さんへ 地味な私のブログにお出でく…
片島諒@ Re:マリアン・アンダースンをご存知ですか?(02/10) 「ゴールデンボーイズ」と書いてしまいま…
片島諒@ Re:マリアン・アンダースンをご存知ですか?(02/10) 生まれて初めて買ったレコードがマリアン…
坂井能大@ Re:三浦綾子の言葉(03/24) 核心に迫る言葉ですね!

Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.