2005.05.16-312005年05月16日ツアー・オブ・ジャパン ワタシの住んでいるところは「自転車の町」。有名な完成車メーカーがいくつもあり、なんたって「自転車界のインテル」シマノの本社があります。そんなわけですから、自転車ロードレースの最高峰ツール・ド・フランスの日本版、ツアー・オブ・ジャパンがわが町で1ステージを設けるのは当然といえば当然。 そのコースにサンダルばきで歩いて行けるほどの距離に住んでいるワタシはなんという幸せ者か。あ、言っておきますが近所で自転車レースがあるからワタシも自転車好きになったってわけじゃないですからね。レースは今年で9年目、ワタシは今の町に住んでもう10年以上ですから(町内で引っ越したりしていますが)。言ってみればミッキーマウス大好き少女の住んでいる町にディズニーランドのほうがやってきた、みたいな。 5月15日日曜日。天気はやや曇り。空気はカラッと乾燥していて風はひんやり、という絶好の自転車びより。沿道にはたくさんの自転車ファンがつめかけ、近くの歩道は彼らが乗ってきたレースマシンの展示場の様相です。日ごろ見られない珍しいマシンもあって、これを見物するのも大会の醍醐味ですね。 考えてみれば、自分がレースに出るわけでもないのに思い切りレース仕様の自転車に乗って、レース用のピチッとした服装で来るのっておかしいですよね。こういうのってロックコンサートにアーチストと同じメイクをして行くのと同じ感覚でしょうか。(ワタシは普通の服装。歩いて行ったし) ワタシが勝手に思っていることなんですが、自転車ファンってお互いに「ほら、オレのマシン見て見て」と話しかけて欲しそうな顔をしているくせに、実際は横目でちらちら見るだけ、みたいなのが多いです。オートバイのファンは打ちとけやすいというか、初対面でも互いのバイクを肴に盛り上がったりする印象があるんですが。それに比べれば自転車ファンはシャイというか。今回のレースではたまたま歩道で隣に座った若者と少し話したんですが(下の写真の彼)、そういうことも結構珍しいです。 さてレースのほうはというと、…どうだったんだろ? ははは、実はレースは市街地の周回コースを2時間ほどぐるぐる走るのですが、ワタシはヤボ用で最初と最後が見られなかったんです。まあでもワタシ的には順位なんかどうでもいいんですけどね。プロのロードレーサーが目の前を走ってくれる、それを見るだけで一年間待った甲斐があるというもの。やっぱすごい迫力ですよ。スピードはオートバイ並みに出ていますからコケたらタダではすまない、それでもひじが触れそうなほど近づいて煽りまくる、そのスリル! ただ昨日のロードレースは競輪と違って、選手が目の前を走り去ってしまったらコースを一周して次にやってくるまで数十分待たないといけないんです。だからレースしている選手を見ている時間って、現場にいると実はほんの少し。だれもいない道路を見ている時間のほうが圧倒的に長いわけで。その間、風に吹かれながらぼーっとしているっていうのもまあなかなかオツなものではあります。 あ、でも昨日のレースに比べたらマラソンはもっと刹那的ですよね。選手が一度通り過ぎたらそれでおしまいですからね。まあそれでも現場で見たくなるのがレースというものなんでしょうが。 2005年05月17日 ジュリーが夢で 昨夜、夢に沢田研二が出てきまして、『憎みきれないろくでなし』をフルコーラス歌ってくれました。うーん、不思議です。だってその歌の歌詞全部知らないんだもの。なのに夢の中でジュリーは最初から最後まで一曲きちんと歌ってくれたんです(しかも振りつき)。自分では意識していなくても脳は記憶しているっていうことがあるんでしょうか。 2005年05月18日 天気予報は「大荒れ」 だそうです、されど。現在朝8時を過ぎたところですが、窓の外はカーテンを下ろさないとつらいほどの眩しい陽光。雀がチュンチュンなく声も聞こえて、いかにも「暑くなりそうな初夏の朝」です。雨の気配なんてこれっぽちもありません。 雨が降るとか、強い風が吹くとか。それがどんな状況であるかは当然のこと知っています。でも、いま目の前の世界があまりにかけ離れていると、その程度の「ありそうなこと」すらいまひとつ信じがたく感じてしまうわけで。 そんなことを考えながらふと思ったんですが。北朝鮮の核実験で死の灰が降ってくるとか、商法改正で外資に日本企業が食い荒らされるとか、大地震がくるとか。「ありそうな予測」はそこらじゅうにあるのに、でもそれらをどこか絵空事のように思っている自分もいるわけで、そういうのも同じようなものかなあと。ここ数日晴れが続いたから明日も晴れるだろう、みたいな。 天気予報が疑わしいからってそんなことを考える人間もいないでしょうが…。 2005年05月19日 フリーズドライのお茶 職場でのこと。コーヒーメーカーにかけてあるポットを取ったら残りわずか。煮詰まってるのを飲むのもイヤだし、じゃあインスタントでもいいからないかなと戸棚の奥を探すと、コーヒーらしき顆粒状の物体が入った小振りなビンを発見。 よしラッキー、とビンを取り出し何気なくラベルを見てちょっとびっくり。 「ほうじ茶」と書いてあるじゃないですか。 ええーっ!ほうじ茶のフリーズドライなんてあるの? ためしに小さじ一杯ほどカップに入れて湯を注いだら、うーん、お茶だ(当り前)。香りは、悪くありません。味もティーバッグのお茶より美味しいかも。なるほど、もしかしたらフリーズドライの紅茶とかココアもあるのでしょうか。あ、紅茶は粉末がありますな。 しかし、知ってる人には馬鹿にされそうなことを書いてしまいました。 まあいいか。自分の日記だし。 2005年05月20日 言いたいことは椰子の実の中 数日前に夢に見て以来、ジュリーのことが気になっています。 ゴールデンタイムのお茶の間に危険な香りを振りまいたポップスター。 「アイラブユー」よりも「ジュテーム」が似合うやさ男。 彼のカッコよさは「御三家」(新しいほうね)なんか足元にも及ばない、というか次元が違ってました。安っぽさ、ニセモノ臭さをカッコ良く見せられるタレントなんて、そうなかなかいませんよ。 ジュリーのことを「何が何でもウケようとしていた」という点でプロだと評する意見をたまに聞くきますが、ワタシは「そうかなあ」と思います。もちろん「ウケる」が彼の価値基準のかなり上にあったことに異議はないんですが、それでも彼は決して「なりふり構わず」ではなかったんじゃないかと。「TOKIO」のパラシュートも、「カサブランカ・ダンディ」の酒プハッも、(陳腐な表現ですが)すべて彼なりの美学に貫かれていたと思うんです。その点が当時の「歌わされていた」アイドルとは徹底的に違っていました。彼の一貫した不健全さ、色っぽさは作られたものではないのです。 えー、勝手に個人的に盛り上がったところで、ジュリー曲のワタシ的ベスト10を作ってみました。カッコ内は発表年で、ジュリーのファンサイトを参照しています。では10位から。 10位「恋は邪魔もの」(1974) ファンでなければ覚えていないだろうなあ。バックは井上堯之バンド。井上バンドといえば『太陽にほえろ』のテーマ曲で超有名ですね。完全にロックです。 9位「サムライ」(1978) 当時シングルでフルコーラス5分というのは破格の長さだったそうです。曲のイメージは日本の時代劇でなくアラン・ドロン主演の映画「サムライ」ですね。 8位「渡り鳥、はぐれ鳥」(1984) スペクトラム(若者は知らないよね)の新田一郎作曲らしくホーンが印象的。この当時のジュリーはいろんなアーチストから曲の提供を受けていました。 7位「危険なふたり」(1973) 年上の女性に恋するという曲世界も、歌謡曲ではジュリーが嚆矢じゃないかな。実際年上の女性(ザ・ピーナッツのどっちか)と結婚しちゃった、筋を通す男ジュリー。 6位「きめてやる今夜」(1983) こういうストレートなラブソングもいいです。イントロがカッコイイ! そして作詞はジュリー自身。 5位「憎みきれないろくでなし」(1975) このけだるさ、このエロさ。たまりません。こんな詞を提供できる阿久悠もスゴイ。 4位「晴れのちBLUE BOY」(1983) 80年代前半、ニューロマンティックにかぶれてしまったジュリーって、実はあんまり好きじゃないです。でもこの曲だけは特別。ジャングルっぽいアレンジが新鮮でした。 3位「おまえにチェック・イン」(1982) カラッと明るくスケベ心を歌ってしまうのもジュリーにぴったり。大沢誉志幸ってジュリーにはほんといい曲を書くなあ。 2位「背中まで45分」(1983) 井上陽水のヘンタイ的名曲を完全に自分の色で歌っているのがスゴイ。こういう不健康な歌を歌わせたらジュリーは日本一。 1位「時の過ぎゆくままに」(1975) 3億円事件を扱ったドラマ「悪魔のようなあいつ」の主題歌。長らくワタシのカラオケ18番でした。 ・・・・・・・・・・・・・・・ ジュリーが手を出さなかったのはアメリカンロックタイプの曲。やっぱり彼のどこか屈折した陰のある声は、カリフォルニアの陽射しよりもロンドンのほうがしっくりくるということでしょう。 大ヒットした「勝手にしやがれ」「追憶」「TOKIO」をベスト10に入れなかったのは、…うーん、なぜだろう。たぶん大衆ウケしない曲にこそ彼の魅力があったような気がするから、かな? 女性ファンはやや小太りになったジュリーは見たくないかも知れませんが、ワタシ的にはさほどイヤではありません。ハゲてもいいし、カッコ良くていやらしいジジイになってほしいものです。セルジュ・ゲンスブールみたく。 あ、日記のタイトルは「晴れのちBLUE BOY」の歌詞の一部ですから。 2005年05月21日 午前5時の風景 いや、ひさびさに飲みました朝まで。夕方 「情熱の学校」 の定例会議に顔を出した後、二次会に向かうメンバーを尻目に、仕事が残っていたワタシはいったん職場に戻ったんです。仕事を終えたのは11時前、そのままうちに帰るのも寂しくて学長エサキ氏に電話。 「まだ飲んでる?」 「盛り上がってますよ~」 で、再度メンバーに合流してそのまま朝5時まで。歌も歌わずによくやります自分。まあ口が達者な人たちばかりなので、ワタシはほとんど聞き役でしたけどね。 朝まで飲んだのは久しぶり。心斎橋だったんですが、外が明るくなって最後の店を出たときは驚きました。だって人が大勢いるんだもの。さすがにオジサンは少なかったですが、若者がそこらじゅうに。いつからこんな風になったの? もし写真を撮って「これ何時だと思う?」と聞いたら、だれも朝5時とは思わないでしょう。普通の格好をしたOLがごく自然に歩いているんですから。街角には黒服のホスト君たちがたむろしていて、一体何をしているのやら。 ちょうど誕生日だったという「顧問」M谷氏の誘いで、朝の腹ごしらえをしようとうどん屋へ。ここも久しぶり、三ツ寺の並びの「わら屋」。この店の細うどんはメチャ旨い。 で、入ったら満席! 何度も言いますが朝5時ですよ。先客はここでもホストの兄さんたち。あわわ、朝っぱらからカツ丼なんかたのんでます。大声でお客の話なんかして、彼らに個人情報保護という概念はありません。さんざん食ってしゃべって、一段落ついたら「よっしゃ!今月も頑張るで~!」と気合を入れつつ出て行きました。 入れ替わりに入ってきたのは7~8人の団体客。どうやら店がはねた後、ママがお店のスタッフ全員に「今日はみんなに朝ごはんおごるで!」みたいな雰囲気です。 なんというパワフルさ。ワタシが若い頃は朝まで飲んで店を出てきたら、人がいたとしても千鳥足の酔っ払いくらいだったんですけどねえ。 とにかくみんな元気。元気だったら何でもできる。ワタシはうち帰って寝ましたけど。 2005年05月22日 水延さんの展覧会 セミナーつながりのばるたんさんに誘われて画家水延yurikoさんのグループ展に行ってきました。 ばるたんさんは昨年からいくつかのビジネス系セミナーで顔を合わせた仲、水延さんは3月の山本真司さんセミナーの縁。クリスタ長堀のギャラリーに行くと、こちらも山本さんセミナーに出席していた税理士目前のW嬢がいて、さながら同窓会のような雰囲気でした。 関西は狭いですから、オフ会などでちょっと集まると必ず1人や2人は共通のネット知人がいるものです。(よく名前が出るのは特許屋さん、ホリマガさん。お2人はきっと自分で思っているよりずっと有名人です) 互いに顔は知らないけれどしょっちゅうどこかですれ違っているネット友人もいたりして。映画『ユーガッタメール』の世界はそれほど「出来すぎ」でもないような気がしています、最近。 2005年05月23日 青空は天気雨 夕方、ここ数年みたことがないほど見事な天気雨が降りました。 太陽ははっきり見えていて直視するのが辛いほどの陽光を放っているというのに、いったいどこから落ちてくるのか大粒の雨がバラバラッと、10分ほど。 この天気雨で嫁入りする狐はさぞや激しい性格ではないかと。 急いで職場の窓から携帯カメラで撮ったんですが、分かるかな? 跳ね上げ式のガラス窓は雨で曇り、道ゆく人は傘をさしているんですが、左の木の葉は日光を反射して明るいでしょ。 (ちなみに日記タイトルは好きな歌のタイトルから拝借。知ってる人いる?) 2005年05月24日 一年遅れで読んだ本 相変わらず図書館で借りた本ばかり読んでます。だから書店に並んで一年以上たった本がワタシにとっては「新刊」なわけで。ゴメンね、作家さん。お金持ちになったらきっと買うから許して下さい。今月はこんな本を読みました。 宮部みゆき『誰か』 なんか最近どんどん「甘く」なってないか宮部さん。ネタは中盤で完全に割れてしまっているし、結末にも意外性がなさすぎ。主人公があまりに「いい人」過ぎるのもなんだか。宮部さんの「らしさ」って、「人間なんて一皮剥けば」みたいなところだと思うんです。その辺の突っ込みがこのところ見られないのが寂しい。結局ワタシの中での宮部ベストは「火車」かな。 矢作俊彦『ららら科学の子』 ちょっと前、清涼飲料水のCMで「鉄腕アトム」を北京語で歌うのがありましたが、それに触発されたのかな。70年代に中国に不法に渡って30年ぶりに帰ってきた男が主人公。彼の目から描かれる「変わり果てた祖国」が痛い。「捨ててきた中国」が哀しい。一体自分は何者なんだという、その部分には少し共感。ワタシもまた、「どこへいっても間借り人」みたいな人間ですから。しかし矢作氏で中国といえば、何と言っても傑作「気分はもう戦争」ですよね。けっこう中国にコダワリあったわけだ。また読みたくなりました。 池永陽『コンビニ・ララバイ』 タイトルからして「やな予感」がしたんですが、予感以上の「こらこら」な作品。こんなのを読んで「泣けた」とか「じーんとした」とか言う人は、日頃本なんか読まないんだろうなあ。だいたい最初はダメ男のコンビニ店オーナーが最後は神様みたいになってるのが変。オーナーに常連客が悩みを相談しにくるコンビニなんて、設定そのものがキモイ。 吉田修一『東京湾景』 テレビドラマのほうはワタシは見ていないんですが、なんかひどい評価だったみたい。でも見なかったのが良かったのか、原作のこっちは思ったほど悪くないです。吉田氏の小説って読み終わった後いつも「だから何?」と突っ込みたくなるんですが、この作品に関しては「ふーん、そう」くらいですから。いや、ほめてるんですよ。 重松清『送り火』 もうそろそろ見切りをつけようかと思って、でもやっぱり読んでしまうシゲマツ作品。でもこの作品、もしかしたら作者の望む「作品と読者のスタンス」にいちばん近いのかも知れません。読み飛ばしてくれて結構。泣いてくれなくて結構。本を手にとって楽しんでくれたら結構。「読み物」以上でも以下でもない、そんな感じ。直木賞受賞後のやけっぱちのような作風から、ようやく落ち着くべきところを見つけた、みたいな。なんてエラソーに言うねワタシも。 2005年05月25日 あるある探検隊 テレビでお笑いコンビの「レギュラー」を見ていて気がつきました。両手を振って行進するアクションをしているとき、彼らの両手のてのひらはピーンを伸びきっているんですね。全部の指が反り返るほど。というか、親指の付け根あたりの筋肉がぶちっと切れるんじゃないかと心配になるほど。 いや、だからどうだというわけではないんですが。チカラ入ってるなあと。 それだけで日記を終わるのもあんまりなので、もう少し書きます。 一昨年くらいかな、まだ駆け出しの彼らを難波の街角で見たことがあるんですが、なんと「歯ぐき」の彼(名前ワカラン)ってけっこうオシャレだったんです。舞台ではしまらないネクタイ姿ですが、そのときは黒のシャツにベレー帽みたいなのをかぶってたんですから。 北野武氏がブランドもののセーターを着るのはどこか自分を茶化すような視点を感じるものですが、彼の着こなしは明らかに「オレってカッコイイでしょ」でした。全然似合っていませんでしたが。ワタシ的にはそれよりも、「そうなのか、あのネクタイは自己演出だったんだ」と妙に感心したものです。 「角刈り」の彼は舞台とあまり変りませんでした。 2005年05月26日 さよなら備考欄 いやね、同僚が提案書のフォームを作っていたんですよ。で、ワタシに試作品を見せて「どうかな?」なんて聞いてきて、それでこんな会話になったわけ。 「うーん、ここのところに備考は余計なんじゃないの?」 「たしかに。じゃあ取っちゃおうか備考」 「さよなら備考欄」 いちおうシャレなんですけどね。「何のこっちゃい?」という人はコチラをご参照下さい。 2005年05月27日 割れ鍋に… ワタシのニョーボは固有名詞に弱いんです。どのくらい弱いかというと、海馬が器用に固有名詞だけを選り分けて投げ捨てている、というくらいの。学生時代もクラスメイトの名前を卒業まで半分も知らなかったと豪語し、親戚の名前すらメモを見て思い出すこともある圧倒的な忘却力です。 何か欠落部分がある人はどこか突出した能力を持っていたりするものですが、ニョーボの場合もそれはあって、人間の顔を恐ろしいほどに覚えているんです。 たとえば映画やドラマを見ていると、たまにこんなことを言います。 「あ、この俳優、前に見たことあるわ」 もちろん俳優の名前や映画のタイトルなど覚えているわけはありません。なのでワタシは尋ねます。 「どんな映画?」 「たしか女2人が銃を奪って強盗しながら逃げる映画で…」 「『テルマ&ルイーズ』かな?」 「そうかな、そんな感じのタイトルやったような。で、主人公が銃でタンクローリーを撃って大爆発するねんけど、そのときに走って逃げる運転手」 「・・・・・」 で、レンタルビデオで見てみると、たしかにその人なんです。名前は分からないですが。 あるいは若い俳優を見て「この人、子役のときにも見た。たしか刑事もののコメディで、主人公の相棒の子供役で出てたはず」なんて言うことも。レンタルビデオを見るとやっぱし大正解! 10年くらい前の映画で、主役じゃなくて脇役の息子役ですよ。 そういうワタシは反対で、固有名詞には強いんです。でもそれ以外のことを全然覚えていないことも多くて。 「『○○○○』っていう小説の作者だれだっけ?」 「それは××××」 「ふーん、どんな小説?」 「えーと…(読んだんだけど)」 みたいな。 どっちがいいかというと、どっちも問題アリですね…。ただ、ニョーボの「人の顔の記憶」はまったく衰えていませんが、ワタシの固有名詞の記憶が年々あやしくなってきているのは間違いないところです。 2005年05月28日 アポいれまくり一泊二日 週末は東京にいました。一泊二日。目的は副業でお世話になっている会社の会議に「顧問」として出席することでしたが、それは東京に出てくる交通費を捻出するための口実。ワタシ的に今回の東京出張のメインはブログでリンクしている東京の方々に一人でも多くお会いすることでした。 アリ@fuwakuさんとは築地で。細身の長身で人なつこそうな方。なにがどうというわけではないんですが、「理系」な印象をお持ちで実際そうでした(でもご本人の書き込みでそうでないことが判明。エエカゲンなオトコですワタシも)。一応ワタシも大雑把に見れば同業なんですが、システム関連に強いアリさんと、企業イメージとかほんわかしたもので食ってきたワタシでは仕事の内容は相当違います。でも違うからこそ互いの話が面白いんですよね。アリさんのビジネスプランなんかも聞いて、ワタシも早く方向性を定めなければと思ってしまいました。近いうちに何か面白いことやりましょう、いっしょに。 迷走行政書士そうまさんとは狛江で。懐かしいなあ小田急。実はワタシも一年間東京で働いたことがあるんですが、会社の寮が相模大野にあって、毎日すし詰めの小田急に乗って通勤したものです。そうまさんには個人情報保護法の関係で大いにお世話になりました。この3月はワタシもにわかエキスパートとして個人情報の講演めいたことを何度かやらせてもらったんですが、基本的なシナリオはそうまさんにもらったレジュメでしたから。ようやく直接お礼を言うことができました。次に会うときは「カラオケスナックの店内を黙らせる」歌唱力を聞かせてください。 大田黒薫さんとは新宿で。思っていたイメージとは全然違う人でちょっとショック。ワタシの持っている大人の編集者のイメージは、髪はクルーカット調でこざっぱりと短く、太い黒ブチのめがね、ちょっとおなかは出ていて運動は苦手そう、みたいな感じだったもので。でも実際は「引退したスポーツ選手」ふうの精悍な感じでしたから。性格形成において「姉の存在」が影響しているのがワタシとの共通点。ワタシのことを「本質はパンク」と言ってくれたのが最高にうれしかったです。 予期せぬ出会いは浅草で。商店街を歩いていたら、以前に勤めていたコンサルタント会社の後輩とばったり。家族を連れて東京見物していたらしくすぐに別れましたが、もらった名刺にはN総研の主任研究員とありました。出世しやがってコノヤロ。 なんて他人の印象ばかり書いてバラすのもフェアじゃないですから、ワタシも顔を出しましょう。N総研の彼に出くわした直後のスナップショット。後ろに見えるのは浅草のアサヒビールのビルですが、有名な「金の炎」がまるでワタシの頭から抜け出た魂のように見えておかしいです。何かを暗示しているのか? 2005年05月29日 ビリビリっと 数日前の日記 で浅草のプロみたいなことを書きながら、実は浅草駅前神谷バー名物「デンキブラン」が何なのか知らなかったんですワタシは。もちろんそれの存在は知っていて、お店の前を通るたびに「デンキブラン?なんだそれ?イオン化傾向とか関係あるのか」などと文系のくせに知ったようなことを言いつつ通り過ぎていたのでした。 その正体をとうとう知る日がきました。久しぶりの浅草で、『タイガー&ドラゴン』ロケ地ツアーとしゃれ込んで浅草寺界隈をぶらぶらしたんですが、長年のナゾである食べ物を味わうなら今日しかないと思いたちまして。 大きな交差点のコーナーにある神谷バーに入ると、昔ふう、というか昔から使い続けているであろうショーケースがついたて代わりに立っています。中のサンプルもやや色がくすんでいますが、いやいや、このレトロスペクティブさがいいんじゃないですか。 ついたての向こうはズバリ「大衆酒場」です。建物は2階、3階にも客席があるらしく、なるほど「食いだおれ」の東京版ですなと関西人らしい納得の仕方をするワタシ。ほぼ満席のお客は大声で飲めや歌え(はなかったか)の大賑わい。平均年齢はかなり高めです。ここでなら真っ昼間からアルコールを摂取するのに何の後ろめたさもありません。 席に着こうとしたら、制服のお姉さんに「食券」を買うように言われました。食券かあ、これもいいねえ「食堂」らしくて。神谷バーの社長も店で飲むときは食券を買うんだろうなあ。買わないと職権濫用だもんなあ。ああくだらない。 そして出てきたのがコレ。ブランデーベースのカクテルですが、どういうものかはお店の ホームページ をご覧いただいたほうがいいでしょう。萩原朔太郎も愛飲したようで「好きよ、朔ちゃん」って感じ(意味不明)。 ワタシもおいしくチビチビいただきました。デンキの名にたがわず痺れました舌が。ビールと交互に飲むとより旨いそうです。でも今日はここで果てるわけにいかないのでグラス1杯でガマン。 2005年05月30日 ゆるやかなつながり 先週アリ@fuwakuさんとお会いして話したことの一つに「ゆるやかなつながり」がありました。会社のようにカチッとした形をとるのではなく、必要な人が自由に集まったり離れたりして目的を達成するという。 ワタシは元(というか休業中の)コンサルタントなんですが、専門は人事とか組織づくりなので、この手の話は大好きなんですよね。で、アリさんもワタシもこういった組織っていいなあと意気投合したわけでして(で、いいですよね?アリさん)。 実際、ワタシはいま「ゆるやかなつながり」の良さを実感しているんです、 「情熱の学校」 で。学校であるからワタシは先生なわけですが(同時に他の先生の前では生徒でもあるんですけど)、決して誰かに雇われているわけではないんです。だから拘束されないし、自分のポジションを作るためにエネルギーを使う必要がない。お互いがお互いをプロと認めリスペクトしているから、会議で多少議論が白熱しても仲がこじれたりしない。飲み会に出なくたって「付き合いが悪い」とか言われることなんてない。 先月の会議でメンバーの一人であるTVプロデューサーのS氏が奇しくもこんなことを言ったんです。 けっこうお互いに言いたいことを言い合ったあと 「会社の会議だったらこうはいかないですよね。途中で抜けるやつとか携帯ばっか見るやつとか出てきたりして」。 好きでここにいる、嫌になったらさよなら。だから「いる」ということは、とりあえず同意しているということ。ありていに言えば「自己責任」でしょうか。 あ、「いつでも離れられる」っていうのは「思い入れがない」というのとは違いますから。「いる」ことが目的ではないっていうことなんですけど、いわゆる会社人間には分からないかなあ。(もうそういう人は少ないかな) 問題は仕事が発生したときのお金のやりとりかも知れません。まあでも、その辺もなんとかなるんじゃない?なんてワタシは気楽に考えているんですけどね。 2005年05月31日 ホテホテ 大槻ケンヂ著『神菜、頭を良くしてあげよう』読了。ワタシの読書はたいてい電車の中なのですが、いつもながらのオーケン節に笑いをかみ殺しながらページをめくるのは小さな幸福。不遜は百も承知で言わせてもらえれば、この人の感覚はかなりワタシと似ているところがあって、たぶん同じ体験をしたら自分もこう考えただろうと思うところが多数あります。 ワタシが好きなのは、彼がときどき使う「ホテホテ」という擬音(擬態?)語。おなじみ「のほほん」よりもワタシはこっちのが好き。「ホテホテと歩く」みたいに使うんですが、「とぼとぼ」でもないし「うきうき」でもないし。足取りが重いわけではないのだけれど、かといって鼻歌まじりというほど軽くもないという。まあ「とくに何も考えていない」が一番近いニュアンスでしょうけどね。なんて思いながらホテホテと家路につくワタシ。 未来設計 未来設計 未来倶楽部 未来倶楽部 ジャンル別一覧
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