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2019年06月24日
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カテゴリ:カテゴリ未分類
先日、久しぶりでJR嵯峨野線の電車に乗る機会がありました。円町駅を出てしばらく行くと、このあたりで自殺した高野悦子さんのことを思い出しました。
当時の山陰線には円町の駅もなく、時には蒸気機関車が走ることもある単線でした。

思い出したといっても生前の彼女を知ってたわけではありませんが。

亡くなった時、彼女は立命館大学文学部日本史学科の3回生でした。

立命館には1年後に入学したのですが、金閣寺に近い衣笠キャンパスで、当初はサークルにも入ってなかったので、文学部のあった広小路キャンパスへ行くこともほとんどありませんでした。
のちになってシァンクレールも六曜社も行きましたが、彼女が行ってた時期より後になりますので、すれ違うこともありませんでした。

彼女の存在を知ったのは、亡くなってから2年位後に地元栃木の文芸誌「那須文学」に遺稿が掲載され、それが関西の一部書店で販売されていたのを友人が買ってきまして、それを借りて読んでからです。

それからしばらくして、遺稿集「二十歳の原点」が上梓されて、ベストセラーになります。

学生運動との関わりの中で亡くなった人の遺稿集はそれ以前にもありました。

高野さんがこれらの人と決定的に違うのは、遺稿集が出るまでほとんど無名の存在だったことです。

生前の高野さんは当時としてはごくありふれた、政治にも関心がある女子学生でした。そのことが、逆に多くの人から受け入れられ、今に至るまで語り伝えられる存在になったのでしょう。

今年は自殺から50年目の節目の年です。彼女と同じ時代の空気の中で生きた学生も、今ではほとんどが70代。オイルショック、バブル崩壊、リーマンショックをくぐりぬけて、リタイアした人がほとんどで、中には亡くなった人も少なからずいたでしょう。

あと、30年もすれば、それらの世代の人もほとんどがこの世から去ってしまいますが、彼女は時を超えて語り継がれる存在なのかもしれません。





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最終更新日  2019年06月24日 03時00分05秒
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