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2017.08.03
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すっかり更新が遅れてしまい申し訳ありません。
また改めて定期更新をめざしたく、よろしくお願い致します♪

さて、今日の話題はロシアのバレエ団とその花形ダンサーについ
て。
ロシアのバレエ団には、ボリショイなど名前の知られたものがあ
りますが、マリインスキーバレエ団もその内の一つ。
200年以上の伝統を持ち、様々な歴史の荒波を越えて今日に到っ
ています。
サンクト・ぺテルブルクにあるこのバレエ団の劇場です。
下の二枚とも画像をお借りしました。


   
1730年代に、当時の首都であったサンクトペテルブルクに舞踏学
校が設立されましたが、これがマリインスキー・バレエの原点に。

18世紀後半には、宮廷バレエから劇場バレエへと進化し、さらに
はロマン主義の影響を受けたロマンティック・バレエが盛んになっ
て行きます。
そしてクラシック・バレエが誕生。
現在親しまれている数多くのクラシック・バレエの演目がこのバレ
エ団から生まれました。
マリウス・プティパとチャイコクスキーのコンビによる3大バレエ
『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』『白鳥の湖』が初演された
のもこの劇場。
19世紀後半は、西欧でバレエが衰退、パリでもバレエが上演されな
くなっていた時代です。
そんな時にロシア人を中心にしたバレエ団がパリで活躍、世界巡業
を始めました。

ロシア革命(1917年)が起こると、このバレエ団からも国外へ亡
命するダンサーが多く出ましたが、彼らが他国のバレエ団でプリン
シパルや振付師となることにより、結果として、クラシック・バレ
エの演目がそれらの国々に根付くことになりました。
ロシア革命後、ソビエト連邦は首都をサンクトペテルブルクからモ
スクワへと遷都。
国策としては、モスクワのボリショイ劇場バレエ団を、国を代表す
る組織にするべく強化を図ります。
そのせいもあって、ソビエト連邦時代には国外での知名度はボリシ
ョイ・バレエに比べては低かったものの、現在では外国でもその名
が知られるようになっています。
多くの優秀なバレリーナを輩出してきたバレエ団ですが、個人的な
好みも入れるならば、抜きん出ているのが、エカテリーナ・コンダ
ウロヴァ(Ekaterina Kondaurova) さん。
こちらは『火の鳥』の舞台姿です。

     

ロシア帝政時代には、バレエ団への入団は貴族の子弟に限られてい
た為、容姿には貴族的で古典的な美しさ、優雅さ、特に腕のライン
の美しいことが求められました。
その象徴的存在がこの人かな、と思います。
現在ロンドンで公演中のマリインスキー・バレエ団。先日のレセプ
ションに行ってきました。
今から15年位前に会った頃にはまだバレエ団に入団して間もない、
10代のエカテリーナ。
ハンマーでトウシューズの足底を叩いていた(柔らかさの調整だそ
うです)やせぎすの女の子でした。
といっても、当時、名バレリーナとしての素質はすでに認められて
いたのですが。
あの頃と変わらないスリムな肢体に、すっかり大人の雰囲気と風格
が備わっていてびっくり!
さらに威厳も加わった舞台姿は、さすがにこちらのバレエ団で ”ク
ィーン” と呼ばれるのも無理はない実力のほどです。
エカテリーナの優雅さが際立つ『瀕死の白鳥』がありましたので、
お借りしました。









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最終更新日  2017.08.03 00:21:41
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