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2017.11.14
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オードリー・ヘップバーンと共演した『シャレード』は1963年
公開と、かなり昔の作品。
でも、お洒落で、ヨーロッパのスキー場のシーンも美しく、何
となくクリスマス前の今の時季にもぴったりの映画の様な気が
します。
風光明媚な場所が沢山登場します。
あとは、言うまでもなく、オードリーが着こなすジバンシーの
ファッションが素敵~♪
こちらは私が一番好きなシーン、セーヌ河がよく似合う二人で
す。
撮影時のこの時にケーリーは59歳。オードリーが34歳でした。



ところで、ケーリー・グラントは(後にアメリカ国籍を取りま
したが)英国人。
ブリストルの生まれです。
あの甘~い紳士的な風貌からは想像しにくいのですが、悲惨な
逆境のなかで過ごした幼少期だったそうです。

彼が9歳の時に、精神を患っていた母親が失踪。

父親はケーリーが10歳の時に息子を捨てて、別の女性と再婚し
てしまいます。

そんな恵まれない子供時代の経験があったせいか、彼は人々か
らの賞賛と注目というものを渇望するようになったとのこと。

学校を中退して加わったのは、ボブ・ペンダー演劇一座という
ところでした。

一座と共に2年間のアメリカ公演旅行に参加することになるの
ですが、公演が終わってからも彼だけはそのままアメリカに留
まることに。

しばらくは下積みの時代を経験します。
が、その優れた容姿と上流階級(を模倣した)のアクセントを
混ぜた英語など、彼独特の魅力を武器にして、次第に俳優とし
ての地位を固めて行きました。

ブロードウェイのコメディで成功を収めた後には、ハリウッド
で仕事を与えられた1931年に初めて、”ケーリー・グラント”
という芸名を使い始めたそうです。

そして、マレーネ・ディートリッヒやキャサリン・ヘップバー
ンといった、大女優との共演でも知られる様になります。

アルフレッド・ヒッチコックのお気に入りでもあった彼は、
『泥棒成金』や『北北西に進路を取れ』等、4本の作品にも出
演しています。

1986年、82歳で他界しました。
冬になると思い出す映画ということもあって、忘れられない
役者さんの一人になっています。

  

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最終更新日  2017.11.14 06:25:13
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