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2018.02.09
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”シシィ” の愛称で知られる、オーストリア皇后エリザベー
ト。
南ドイツやウィーンでは彼女の肖像の入った関連グッズを見
かけることがよくあります。
お土産に喜ばれるのが、こんな感じのマグカップ。その根強
い人気がうかがえますね。

   
 
宝塚の舞台でも演じられた伝記物語。こちらは映画のシシィ
役として知られる、ロミー・シュナイダー。
髪型が独特で、今でも若い女性の間で人気があるようです。

 

600年以上に渡って繁栄した、ハプスブルク家。
オーストリア=ハンガリー帝国の最後の皇帝となったのが、
フランツ・ヨーゼフ1世です。
その妃となったエリザベートは、波乱に富んだ人生からか伝
説の皇妃として知られることに。
誕生は、1837年のクリスマスイヴ。南ドイツ・バイエルン王
国の分家にあたるマキシミリアン公爵家の次女として、ミュ
ンヘンで生まれました。
長姉のヘレーナが皇帝フランツ・ヨーゼフとのお見合いに臨
んだ時、まだ15歳だった彼女も同行。
社交儀礼を学ぶためにウィーンに滞在します。
ところが、皇帝は姉よりも妹の方に一目ぼれをしてしまい、
その結果、16歳の時にフランツ・ヨーゼフ皇帝の元へと嫁い
で行きます。
が、ウィーンでエリザベートを待っていたのは、儀礼や行事
の毎日。重苦しい宮廷生活とハプスブルク家と言う家名の重
圧は、まだ少女の年齢だった花嫁に大きな負担となってのし
かかって行きます。
長女と次女の誕生。さらには、世継ぎの皇太子を授かります
が、当時の宮廷の習慣として子供たちは取りあげられ、次第
に孤独感に苛まれるように。
それでも、外交行事に努めて訪問先の国々からは大歓迎を受
けるのですが。
その無理も長くは続かず、心身のバランスを失い始めると、
医者の勧めもあって転地療養をすることになります。
ここから人生が一変し、現実からの逃避も重なって、旅から
旅へと移動する渡り鳥のような生活が始まります。
そんな過程で起きた、皇太子ルドルフの情死事件。
ある狩猟の館で、彼は男爵令嬢と情死を遂げてしまいます。
(一部には暗殺説もあります)。
旅に明け暮れていた自分が、一人息子の傍にいてあげられな
かったことへの悔恨は深く、以後、人前に顔を出すことはな
くなりました。
1889年の秋、放浪の旅の途中に訪れたスイス・レマン湖畔
で無政府主義者の暴漢に襲われ、60年の生涯を閉じました。
暗殺という悲劇的な終わり方が、エリザベートの存在をます
ます神秘的なものにしたのでしょうか。
130年近くが経つ今も、エリザベートに魅せられる人たちは
少なくないようです。
ウィーンの街の静かな一角に、その銅像が立っていて、今で
も周囲を見守っているかのような ”シシィ” の印象です。




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最終更新日  2018.02.09 05:54:54
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