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キャラメルの箱の謎。
今回は、2010年分の「熊楠ノ詠ンダ、センダンのウタ」の、タイトル を変更したうえでの再録ですが、次回分の参考編として よろしかったら。 ↓ 『熊楠ノ詠ンダ、センダンのウタ』 和歌山県が生んだ博物学民俗学の巨星「南方熊楠(みなかたくまぐす)」。 この熊楠さんも、センダンがお気に入りの樹だったようです。自然保護 に力を尽くした田辺湾に浮かぶ照葉樹の島/神島(かしま)のセンダンの 開花を見て詠ったうたに、 「 有り難き 御世に樗(おうち)の 花盛り 」 が あります。 熊楠さんは、臨終に際して、「天井にセンダンの紫のきれいな花が、 いっぱい咲いている。医者を呼ぶと消えてしまうので呼ばないでくれ」 と、そう家族に頼んだというエピソードが残っているようですが・・・ これは 1929年6月1日に、昭和天皇を島に案内して御召艦長門の艦上で粘 菌学を御進講された話が有名ですが、熊楠さんは このときの情景を旅 立ちに際して思い出されていたのかもしれませんね〔6月1日前後とい えばセンダンの開花があったとも考えて良いでしょうし〕。 ・・・・余談ですが、このときの粘菌学のご進講にあたり『昭和天皇に 粘菌標本110点をキャラメル箱に入れて進献す』という話〔通常は桐 の箱が使用されたにもかかわらず〕が有名です。 で、この話きいて、わたくし勝手に心配したのです。 あの小さなキャラメルの箱にいれるとしたら、どんなにたくさんの箱が 必要だったのだろうと。 献上する、熊楠さんの両手にいっぱいのキャラメル箱の図を想像しちゃ ったんですね。こうなったらもちろん受け取る方だって大変です。 お受け取るになる 昭和天皇だって、両手でもまずお持ちになれない。 これでは もう、ご進講どころの話ではすみません。手で持てなかったりするのは もちろんのこと、滑り落ちるものあり、ころがったりするものありと、 大変なことになったのではないかと、かってに想像・心配いたしていた のです〔別に手で持たずともよいという話ではありますけれど/笑〕。 しかし昨年、やっと 気にしていたその謎が解けました。 それはワタリウムで開かれ た展覧会の際に、熊楠さんが使用したキャ ラメル箱と同じサイズのものが展示して在ったからです。実見したとこ ろ、そのキャラメル箱は・・・ 20センチ×30センチ×10センチもある、普通のキャラメル箱が、 まとめてたくさん収納されていたに違いないサイズの大きな箱でありま した。 このサイズのものであれば、陛下も お受け取りになるのにご苦労され ることもはなかったことだろうなと、ホッといたした次第。ということ 今回は センダンの話がいつのにやらキャラメル箱の話になってしまい ましたが、・・・キャラメルだけにおかしな話になってしまったおはな しでした。 いろいろな植物において、今年は生育が1週間ほど遅れ気味 の なかで開花は遅れると思っていた 県内のクマガイソウやセンダン ですが・・どうも 平年どうりの開花 となったようですね。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.12.12 21:54:20
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