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こんにちは!ミタカです!

今回は、バギオの日本人会に頼まれた「通訳ボランティア」の説明会が、

バギオの日系フィリピン人施設「ABONG」というところであったので、

そちらにお邪魔してきました。

ABONGには、「バギオの虹」という本でシスター海野という方を知って、一度は訪れてみたいと思っていた場所です。

待ち合わせ場所はABONGの近くだというリガルダロードにあるプリンスプラザホテルで。

リガルダロード

プリンスプラザホテルを背に、道路を渡り、左斜め前の道を

abong02

登っていきます。

abong03

坂を上りきると道が左の方へ曲がっているのですが、ちょうどその曲がり角に

abong04

アボンはありました。

abong05

アボンというのは、ここの言葉で「小さな家」という意味だそうです。

バギオのある北ルソンは、実は日本と深い関係があること、また多くの日系人が住んでいることはあまり知られていません。

バギオにたくさんの日本人がやってきたのは、1900年代初頭に、アメリカ植民地政府が山岳地帯の「夏の首都」バギオへと続く道路「ベンゲット道路」を建設しようとしたことに始まります。



急な山の斜面を切り開くこの道路建設は難航を極め、労働者不足を補うために

多くの外国人労働者が呼び集められましたが、その中には

延べ2500人程の日本人労働者たちがいました。

彼らは、当時まだ貧しかった日本から海外に新天地を求めて渡って来た人々でしたが、

待っていたのは危険な難工事と重労働で、完成するまでに、500人とも700人とも言われる大勢の人々が事故や病で亡くなったそうです。

工事終了後、多くの日本人は、バギオに残り、ほとんどが単身男性だったこともあって現地の女性と結婚して家庭を築きます。

そして、新しく日本からやってきた人も加わって、バギオには大きな日本人町が形成されました。

日本人たちは商業、農業、建設業などに従事し、その頃大工技術や高原野菜の栽培法などをこの地に伝えたということです。

セッションロード沿いは日本のお店がたくさんだったとか

着々と生活基盤を築いていたのも束の間、やがて、第二次世界大戦が勃発。

日系人にとっては父の国である日本と母の国であるフィリピンが戦いあう悲惨なものでした。

戦争中、日本軍兵士たちと同行を強制された日系民間人たちは、

敗走する日本軍と共に、飢餓線上をさまよい、多くの命が失われます。

しかも残虐行為を行った日本軍に加担したということで、生き残った人たちも戦犯となって処刑されたり、戦後フィリピン人たちの激しい憎悪と差別の対象になります。

日系人は、その後長い間日本の名前を隠し、山岳地帯でひっそりと、身を隠すように暮らすことになりました。

1975年にこの地を訪れたシスター海野が、日系人たちの窮状を知って支援活動に立ち上がったこと、また80年代に入り、経済大国としての日本のイメージが浸透していったことなどもあって、最近日系人たちは、再び日本名を名乗りはじめています。

                      <小さい家~アボン~より抜粋>

シスター海野の働きかけのおかげで、北ルソン比日協会及び、北ルソン比日基金が設立され、多くの貧しかった日系人が学校に行けるようになりました。
今では日系人だけでなく何百人もの学生が奨学金の恩恵を受けています。

abong06

アボンは日系フィリピン人がまたいつでも集まれるように建てられたそうです。

私がバギオの日系人の話を知ったのは、バギオのことが載ってるよと、母が送ってくれた1冊の本を読んでからでした。

私が最初にバギオに来たのは2004年の8月で、この本を読んだのは、去年のことだったと思います。バギオに住んで長いですが、こんな歴史があったのを全然感じさせないバギオの人々。私が日本人だと言っても嫌な顔や差別などされたことはありません。本を読まなかったらきっとずっと知らずに過ごしていたんでしょうね。

abongの概観

思っていたより結構きれいな施設でちょっとびっくりしました(笑)

シスター海野

シスター海野のお写真がホールの壁にかけられていました。

結構大きめなホール。この日は、フィリピン人の子供たちが、歓迎会の出し物の練習をしていました。

広いホール

教室。なつかしい黒板。

教室

教室の壁にはひらがな表も。。。

教室の壁にはひらがな表も

日本の絵本もありました

日本の絵本もありました

日本のものや写真などがいっぱい

日本のものや写真などがいっぱい

なんと畳のお部屋まで。

畳のお部屋

施設内を軽く見学した後、ボランティアの説明会を聞きました。

日本茶も出して頂き、久しぶりに日本茶を楽しみました~。

アボンは高台にあるので、とってもいい眺め。

バギオの町並みを見下ろせます。

バギオの町並み

よくよく見ると、パインスのあるクイサンホテルも左端に見えます。

ミタカが滞在してるスターマウンテンホテルも見えます。

うわぁ、結構遠くまで来たな

この後、シスター海野の生涯をまとめたDVDがあるというので、鑑賞会を開くことに。

ただ、施設のテレビが他のことに使われていて、見ることができなかったので、

ボランティアの説明をしてくださった山田さんのお宅へお邪魔することに。

お邪魔しま~す

山田さんのお宅はバカケンというおもしろい地名のところにあります。

山田さん夫婦は、既に仕事は退職していて、老後を治安も良く過ごしやすいバギオを選び、ここに住んで10年目だそうです。

山田さんのお宅からの景色

とっても静かで、涼しい風が部屋に吹いてくる、蚊も蝿も少ないそうで、とても過ごしやすいそうです。

山田さん夫妻は、モデルケースとして「フィリピンにロングステイ」という本にも紹介されています。テレビの取材も何件かお話が来たことがあるそうです。

隣には別荘も

今日はとっても良い天気です。

雲がきれい!

ベランダには緑がいっぱい

ベランダには緑がいっぱい

下の階には、本棚があって、日本の本がいっぱい!

ここを訪れた日本人が、帰国時に、置いて行くそうです。

たくさんの本~

居間でDVDを見ました。

「何か自分にできることから」

そうですね!できる範囲のところから!

シスター海野の人生から学ぶこと

お昼までごちそうになってしまいました!

メニューはおさしみと!

おさしみと

カレーです。山盛りで全部食べ切れませんでしたが、とってもおいしかったです!!

カレー

帰りはジプニーを乗り継ぎながら、帰りました。

好きなことは1にお酒!2にゴルフ!とおっしゃっていた山田さん。

バギオ生活を本当にエンジョイなさってる感じでした。

時間があるときには、アボンを訪れているという、とても優しい山田夫人!

これからもよろしくお願いします!また遊びに行きますね!

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Last updated  February 18, 2008 05:43:53 PM
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ASHLEY@ Re:フィリピンのストリートフード「今川焼」(11/30) 初めてコメントしますっ 去年の春くらいに…
よっしー@ Re:Bolinao beach(12/30) うらやましいです 26日は缶詰で勉強…
よっしー@ いつも いつも都合が悪くて参加できないのが残念…
よっしー@ Re:施設紹介「エキスパンディングコース」(12/03) ブリッジングも全部イングリッシュゾーン…
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