2004/08/23(月)14:16
甲子園を見ながら思い出したこと
朝から雨がシトシト。あーあ、昨日洗車したばっかりなのに。
私が洗車すると雨が降る法則、またもや発動。
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昨日の午前中、何気なくBS1をつけたら、オリンピックの男子サッカー・アルゼンチンvsコスタリカを中継していたので、しばし観戦。
いんやー、アルゼンチン強いなー。テベス凄いなー。ボカ・ジュニアーズが新潟に来たとき、テベスは来なかったけれど、見たかったなあ、とつくづくと。
男子サッカーの準決勝は、イタリアvsアルゼンチン、イラクvsパラグアイという顔合わせになった。日本が勝てなかったイタリアとパラグアイが勝ち残っているのがさすが。
準決勝の2試合とも面白い試合になりそうなので、ぜひとも観たいなと思っているところ(起きられればね)。
イラクは、先月の国際ユースサッカーIN新潟でもU-18イラク代表が出場して、質の高いサッカーを見せてくれていた。決勝ではU-18日本代表が1-0でイラクに勝ったけれど、それもイラクが後半になってから足が止まってしまったためで、選手個々のレベルはイラクの方が明らかに上に見えた。U-23のオリンピックでの活躍を見ても、これからのイラクは今まで以上に日本にとって大きな脅威になるだろうな、と思う。
日本もどんどんユース世代からの底上げをしていかないと。
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それにしても、昨日の高校野球の決勝は凄かった。
13-10というスコアも驚異的だけれど、そんな打撃戦を制して駒大苫小牧が優勝してしまうとは思わなかった。
近所のガソリンスタンドで洗車してもらい、帰りにカーラジオをつけたらちょうど試合終了の瞬間。監督と選手たちの優勝インタビューを聴いていたら、思わずウルウルしてしまった(運転中なのに)。
うーん、やっぱり高校野球はいいなあ。
高校といえば、私の母校は県立普通科高校で、野球はハッキリ言って県予選1回戦突破が大目標のようなチームだったが(今でも似たようなもの)、私たちの頃からなぜかサッカーは強くて(監督がとても優秀な先生だった)、高3のときには全国高校サッカーの県大会決勝まで残ったし、その2年後には本当に全国へ行ってしまった。
私が社会人1年目のときには2度目の全国大会出場を決め、そのときの静岡代表が大学のサークルの先輩の母校(清水商)だったので、先輩への年賀状に、
「我が母校も清水商と同じ舞台で戦えることになりました」
と書いた。するとすぐに返事が届き、
「新潟など、我が清水商の敵ではありません」
とキッパリ書いてあったので、思わず笑ってしまった。確かに、その年の清水商は強くて全国制覇を成し遂げてしまったから、そう言われても仕方がなかったのだけど(名波とか三浦文丈とか山田隆裕とか大岩とかがいたんだから強いわけだ)。
それでも、我が母校も1回戦を突破して(相手は高知高校だったかな)、2回戦で東京の暁星に負けたけれど、全国の舞台でよく頑張った。暁星戦は駒沢競技場まで応援に行ったが、全国大会の舞台に自分の学校が出ているなんて夢のようで、前年に教育実習で教えた生徒が出場していたのも嬉しくて、ブラスバンド部が演奏する校歌にえらく感動してしまった思い出がある。
その後、インターハイには出ても全国大会にはなかなか出られず、そうこうしているうちに私学が台頭するようになって県大会を勝ち抜くことも難しくなっていたけれど、最近になってまた復活の気配があるらしい。
今年あたり、久々の全国大会出場、なんてことにならないかなあ、と心密かに思っているのだが…。私学の壁を突破して全国に出たら、東京まで応援に行っちゃうんだけどな。
ここまで書いて思い出したのだけれど、清水商OBのその先輩は反町監督と同い年のはずだから、清水東にいた反町さんの高校時代のプレーを恐らく知っているだろう。今度聞いてみようかな。
たぶん、
「けっ、ソリマチかよ」
という反応をしそうだけど(宿敵だからね…笑)。
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ところで、日本プロ野球選手会で販売を開始した「12球団存続ミサンガ」を注文していたものが届いた。
12本の太ゲージの刺繍糸と黒いゴム紐がセットになったキットで、パッケージに書いてある作り方を見ながら制作するというもの。
こんな感じに出来上がりました。
ねじったり、編んだり、いろいろとバリエーションを楽しめそうですよ。
プロ野球の行く末に願いを込めながら…。
…しかしこの写真、腕が異様にぶっとく映ってるなー(汗)。
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市原戦を欠場したアルビの守護神・野澤。その診断結果が朝刊に。
ふーむ、左ヒザの靱帯ですか。全治2週間ですか。次節出場もちょっと無理、でありましょうか?
その際にはまた頑張ってくれ、木寺。
それにしても、ケガ情報が各所で結構大きく扱われているノザワくん。やっぱ、「新潟のスター」ですからね、彼は。