山際淳司さんのこと
爽やかな晴天に、満開の桜。気持ちのいい、新潟の春の朝。●春になり、その匂いが濃くなってくる時期になると、なぜか無性にその作品を読みたくなる作家がいる。山際淳司。代表作の「江夏の21球」など、数々の名作、秀作を残し10年前に亡くなった、スポーツノンフィクション作家。 (作品一覧)山際さんのコラムやエッセイ、ノンフィクションが大好きで、その作品で手に入るものはすべて持っている。その作品群からは、スポーツへの愛情と、アスリートたちへの温かいまなざしが伝わってきて、何度読み返しても心に沁みる。また、NHK「サンデースポーツ」のキャスターを務めていた頃は、毎週末、そのクールな語り口を聞くことが楽しみでもあった。結局、山際さんが亡くなる1ヶ月前、その最後の姿を見たのも「サンデースポーツ」になってしまったのだけれど。山際さんが亡くなって間もなく、メジャーリーグのオールスターゲームがあった。その先発マウンドに立ったのは、その年メジャーデビューした野茂英雄。その生中継をテレビで見ながら、ああ、山際さんが元気だったら、このシーンをどう描くんだろうか、と思い、ちょっとセンチメンタルな気分になったものだ。山際さんに描いて欲しかったシーンは、たくさんある。長野冬季オリンピック、松坂大輔、メジャーでのイチロー、日韓ワールドカップ、松井秀喜…。そして、山際さんが反町監督を取材したら、どんな構成の記事を書いただろう、と想像してみたりする(醸し出す雰囲気といい、語り口といい、山際さんと反町さんはとてもよく似ている、と私は心密かに思っている)。最近は、山際さんの一人息子である星司くんがお父さんと同じ道を歩み始めていて、雑誌やサイトでコラムを書いているのを時々見かけるようになった。山際さんが亡くなったとき、まだ12歳だった彼が、そういう仕事をするようになったことに10年という月日を感じると同時に、どんなスポーツライターになっていくのか、とても楽しみにしている。●山際さんの作品の中で、「グッドラック~スポーツの国の旅人たちへ~」(初版は日本経済新聞社。現在は中公文庫)というエッセイ集があるのだけれど、その中で印象に残る一文をご紹介しておきたい。ウェールズ出身の作家、C・W・ニコルさんへ、おじいさんが亡くなる数日前に残した言葉。Find your own way boy,and step around, over,or through anyone whotries to stop you.Be true, anddon't forget how to love.When you're happy, laugh.When you're sad, cry.And never forget how to sing.「自分で進む道を見つけるんだよ。立ち塞がる者がいても、よけて通るなり、乗り越えるなり、かきわけるなりして進むんだよ。自分の気持ちをいつわらずに、愛することを忘れずに、うれしいときには笑い、悲しいときには涙を流すものさ。でも、歌うことだけは忘れないようにするんだよ」山際さんは、これを「ラグビーそのものの言葉だ」と書いている。「ウェールズのスピリットは、ラグビーのスピリットでもあるのだ」と。だけど、これは恐らく、サッカーや野球にもそのまま通じる。ひとの言葉の中にある「スポーツのこころ」を教えてくれたのも、やはり山際さんだった。