穏やかな爆弾

2004/09/03(金)20:19

【煌】 step2-バーチャルシニアにのたうつ(後編)

煌く資格習得への道(6)

※連作です。前編を読んでない方は こちら からどうぞ。 特殊な7つの器具を装着する事によって 『短時間だけ高齢者になれる魔法』をかけられた僕たちへ 講師の先生から一通の指令書が配られました。 バーチャルシニアは、この重装備のまま 指令書に書かれてある高齢者の日常生活ミッションを こなして行かなければ 本当の意味を持たないのです。 「チャレンジリスト」なる表題の下に おもむろにこう掲げられていました。  「外に出てください。」 ホームヘルパー2級養成講座。 初日のメインディッシュである バーチャルシニア体験学習中のまぐろです。 こんにちは。 昼下がりの駅前は、行き交う人々の群れで溢れていました。 携帯電話を片手に忙しそうに行き交うサラリーマン。 朝食を済ませ、繁華街に買い物に遣ってきた主婦達。 授業をサボって遊びに来たのか制服姿の女子高生の一群。 そんな中に突如として なんちゃって高齢者軍団出現!! どでかい水中眼鏡の様なゴーグルで顔の半分を覆い ギクシャク動くその姿は まるで、出来損ないのアシモ君です。 装着してるサポーターが、もう少し地味なら 日常に紛れたかも知れませんが・・ 酷な事にその配色は、エメラルドグリーン。 ゼッケンは蛍光イエロー。 ああ・・社会人の皆様が 僕らを奇異の眼差しで見ています。 それにしても暑いです。 「今年初めての夏日」だったのかは 定かではありませんが 4月後半とは思えぬサディスティックな気温が Tシャツ・長袖・サポーターを重ね合わせた 重装備の僕らを容赦なく攻め立てていました。  この暑さ・・高齢者の気持ちを・・    体感するのには・・関係ないんじゃ・・。 今はまだ、ビルの陰を歩いてるからいいようなものの 目の前には、切り落としたようにビル影の断崖が 口をあけています。 ココを一歩踏み出せば、直射日光の顎。  こんな日に限って・・なんか恨みでもあるのか?  太陽・・。 のぼせきった頭で意を決して 日向に踏み出し 呪詛を紡ぎながら、太陽を睨みつけてやりました。 その瞬間。 「ぎゃああああああ!!  目が~!!目が~!!」(再びムスカ調) 白内障体験ゴーグルをしているのを忘れてました。  白内障   眼球の水晶体が白く混濁して、奥に光が上手く入らなくなる疾患。   症状としては、視力の低下。   物がぼやけて見える。   明るい所に出ると、眩しくて見難い。 最も、眩しい所を見てどうするよ・・自分・・。 さてさて、自分の愚かさを悔やんでばかりいても 嗜虐性の太陽に、干からびさせられる一方なので ミッションの完遂に努める事にしましょう。  ● 自動販売機で買い物をして見ましょう    ・千円札を入れて、戻してみてください。    ・小銭で好きな飲み物を購入してください。  ● 公衆電話で117にダイヤルして時報を聞いてみましょう。    ・テレフォンカードを使ってみてください。    ・聞き取った時刻を、メモしてください。 何のことはない幼稚園児でも出来そうな日常的行為ですが・・ これがこの重装備で行うとなると大変。 特に豚足の如く指先を二本ずつで縛り上げている 『テープ』が 執拗にミッション遂行を阻みます。 自動販売機にて・・ コンクリートの地面に小銭を落としてしまいました。 「ふぬぬぬぬ~!!拾えない~!!」 公衆電話にて・・ タイル面の床にテレフォンカードを落としてしまいました。 「ふぬぬぬぬ~!!拾えない~!!」 五本の指が自由に動かないと此れほどまでに 精度を掻いた動きになるとは思いませんでした。 更には触覚も完全に喪失してるので 指先は、小銭やテレカの表面をするすると滑っていきます。 イライラ感は最高潮!! 耳栓の向こうから儚くも聞こえてくる 時報のアナウンスに八つ当たりしたくなります。 「うが~!!もっとでっかい声で喋りやがれ~!!」 どうにかこうにかミッションをクリアして かなり憔悴して教室に辿り着きました。 しかし、これで終わったわけではありません。 「チャレンジリスト」には まだ教室内での指令が列挙されているのです。 先程まで何もなかった場所に、畳が二畳並べてありました。 指令書によると次の通り。  ●畳の所に行き、靴の脱いで 座る→寝る→起きる 先程から指先の不自由さに、辛苦を舐めて来ましたが 動く分には、問題なかったので ここは余裕だと鼻を鳴らし、靴を脱いで畳に身体を預けます。 座る→寝る→起きる ほら。余裕。。 関節の曲がらないサポーターをしてますので 多少の負荷は感じますが・・ この程度、少し工夫をしてやればどうってこと在りません。 「おほほほ・・簡単すぎて欠伸が出ますわ。」 などと心の中で、縦巻きロールの金髪ズラを被りながら 簡単なミッションをお嬢様風に嘲笑ってみました。 「さて・・お次のミッションは・・」などと 軽快なステップで、畳から降りて降りると 僕の帰りを待っていた靴に足を突っ込みました。 ・・人生 何処に落とし穴が待ち受けているか 分かったもんじゃありません。 またもやあの『テープ』が僕の前に立ちはだかりました。 この時、僕がはいていたのはハイカットのレザースニーカー。 足首周りが少し窮屈な安物なので 普段は靴箱にしまいっ放しになっている代物です。 前日の雨で、いつも使っているスニーカーを濡らしてしまい 仕方なく封印を解いたのですが・・。 このハイカットが仇となり 全く持って履くことが出来ません。 触覚を失った指先で、紐を結ぶのは絶対的に不可能です。 仕方なく、脱いだままの状態で 履こうと頑張るのですが 踵が窮屈な足首部分にに引っかかり にっちもさっちも行きません。 普段ならちょっと力を込めてやれば スンナリ足が納まるはずなのに 豚足のような指では、指先にかけられる力は皆無です。 関節が曲がらず、重心の高い姿勢で 暫くの間、頑張っていたのですが・・ 下手に力を込めるものだから 体の中心線がぶれるのは当たり前ですね。  ごろん・・。 「・・・。」 当たり前のように畳の上に転がってしまう なんちゃって高齢者・まぐろ。 それでもムキになって完遂しようとしますから・・。 「ふぬぬぬぬ~!!」 ごろん。 「ふぬぬぬぬ~!!」 ごろん。 起き上がりこぼしの完成です。 冷静になれば、座って足伸ばして履けば簡単じゃん・・と 思い付くのですが 畳の上で、ゴロゴロ転がっていると羞恥心で頭に血が上り 他の方法まで考えが回りません。 故に繰り返されるは・・ 「ふぬぬぬぬ~!!」 ごろん。 「ふぬぬぬぬ~!!」 ごろん。 ぶち!! これまで、自由に動かないからだのおかげで 山積してきたストレスが、この時爆発いたしました。 「お・・おのれ!!たかがテープの分際で  コケにし腐りおって~!!」 いやはや・・テープの所為ばかりではないのですが 指先を拘束しているという事実は 僕の怒りの矛先を断定します。 リミットをかけていた己の力を最大限に高め・・ ぬりゃああああ!! ぶちぶちぶち!! 力任せに開いた五本の指の負荷によって 哀れな『テープ』は 激しい断末魔とともに引き千切られました。 「ふはははは~!!  これが人間様の力よ!!思い知ったか~!!」 ・・・。 ・・・。 ・・・。 はっ!! バーチャルシニアの体験学習の趣旨を 著しく逸脱した行為をしてる!! どうやら不自由さは、人の大切な部分を破壊するようです。 この後、指先のテープをこっそり巻きなおして 小さくなりながら真摯に残ったミッションを続ける 僕の姿がありましたとさ・・。 さてさて・・ なんな坂、こんな坂を登りながら体験してきた バーチャルシニアですが・・ 高齢者の身体能力の低下を 「これでもか!」というくらい 身体に叩き込まれた感じ・・ これ以上、説得力のあるカリキュラムは 何処を探しても見当たらないでしょう。 これを体験してるとのと、していないのとでは 高齢者の方々に対する接し方も かなり変わってくるのではないでしょうか・・。 大変でしたけど、僕にとっては なかなか有意義な時間だったと思います。 「しかし・・今はまだ春先なので、何とかなるけど  これから夏場になって、このバーチャルシニアを体験すると  死にかける人も出て来るんでは??」 などと教室で、今日の体験を振り返り レポートを作成していると 後発した方々が、続々と帰還し始めました。 ・・・。 ・・・。 ・・・。 ・・・あの。。 御年配の御婦人方がとんでもないことになってるんですけど・・。 バーチャルシニア。 恐るべし・・。 次回『step-3 体位・姿勢交換にのたうつ』に続きます。

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