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*クラりん・カナたん日記*

2020年01月19日
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カテゴリ:今日の出来事

【1月19日 Xinhua News】中国陝西省の西安市と咸陽市にまたがる西咸新区にある秦漢新城の窯店鎮鄧家村南部でこのほど、幅50メートルを超える南北方向の道路遺構が見つかった。
その規模から秦・漢代に官道として造られた大通りだと考えられ、秦の都の咸陽城における道路網の構成解明に新たな証拠となるとみられる。

今回発見された道路は、上下2層になっていた。
また、出土した器物から、上側の道路は前漢後期以降のもので、下側の道路は秦・漢代のものだと判断されると述べた。
道路は数回にわたる整備が施されており、繰り返し利用されていたという。

 許氏は、鄧家村で見つかった古代道路は、秦の都だった咸陽城の南・北エリアを結ぶ重要な幹線道路だった可能性があり、さらに前漢の長安城から五陵塬を経てさらに北の地域に伸びる主要道路だった可能性もあるとの見方を示した。








中国の秦の戦国時代からの都。統一後も首都とされる。
秦滅亡と共に廃墟となった。

 戦国時代の前350年、秦の孝公が渭水流域の関中に築いた都。
後に始皇帝の統一によって秦の都が全中国の首都となった。
陝西省の省都西安の北西、渭水の北岸にあたる。
現在の咸陽市(咸阳市)は秦が滅亡するときに咸陽城も焼亡したため、
その西方に新たに造られたもの。

 始皇帝は咸陽に天下の富豪12万戸と移住させたという。
さらに始皇帝は征服した中国全土に郡県制を施行し、中央集権化を図ったが、そのために、首都咸陽を中心に、郡県を結ぶ道路を整備した。
この一種の国有道路網を「馳道(ちどう)」という。

咸陽







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最終更新日  2020年01月19日 18時41分57秒


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