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2026.05.20
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テーマ:読書(10092)
カテゴリ:本のこと

「僕は煮詰まるとコロッケを揚げる。コロッケがカラッと揚がると、重い気持ちがカラッとするからだ。」

漫画・ドラマ『無能の鷹』で、鶸田がさらっと言うこの台詞、妙に忘れられない。



コロッケを揚げると、気持ちが軽くなる。

いや、わかる。

わかるけど、なんで“コロッケ”なんだ。

唐揚げでも天ぷらでもなく、コロッケ。



そう考えていたら、突然ある絵本を思い出した。

『11ぴきのねことあほうどり』である。



コロッケ地獄から始まる名作

『11ぴきのねことあほうどり』は、わりと衝撃的な導入をする。

11ぴきのねこたちはコロッケ屋を始める。

最初は景気がいい。飛ぶように売れる。

しかし、当然のように飽和が来る。

売れ残るコロッケ。

毎日コロッケ。

朝も昼もコロッケ。

労働の果てにもコロッケ。

ついには猫たちが言い始める。

「もうコロッケはいやだ」

資本主義の終盤みたいな空気である。

さらに彼らは夢を見る。

「とりのまるやきが たべたいねえ」

ここ、すごく人間的だ。 

人は疲れると「まったく別のもの」を欲しがる。

仕事に疲れた人が突然キャンプ動画を見るように、

会議続きの人が急に魚をさばきたくなるように、

コロッケに疲れた猫は「鳥の丸焼き」を夢見る。

現実逃避の果てに、またコロッケ

そこへ現れるのが、あほうどり。

「兄弟が11羽いる」と聞いた猫たちは思う。

これはもう、宴会である。

だが行ってみると、あほうどりはデカい。

思ったより完全に“強者”。

猫たちは食べる側ではなく、むしろ働く側に回される。

そして何をするか。

またコロッケを作る。

人生である。

「ここを抜ければ別世界がある」と思って移動したのに、結局また同じことをしている。

転職してもSlackがある、みたいな話だ。

『無能の鷹』のコロッケはなぜ救いなのか

ここで『無能の鷹』に戻る。

鶸田は、煮詰まるとコロッケを揚げる。

ポイントは、“食べる”ではなく“揚げる”ことだ。

コロッケって、揚げるときに結果がはっきり出る。

温度が低い → ベチャッとする

焦る → 爆発する

うまくいく → カラッと揚がる

つまり、努力が物理法則として返ってくる。

仕事や人間関係みたいに、 「頑張ったのに評価されない」が起きにくい。

油は、意外と公平だ。

しかもコロッケは、中身がぐちゃぐちゃでも、衣をまとって揚がると“完成した顔”になる。

これはかなり象徴的で、

「自分の内側は煮詰まっていても、とりあえず外側をカラッとさせる」

という儀式なのかもしれない。

コロッケとは、小さな再起動装置である

『11ぴきのねこ』の世界では、コロッケは労働であり、倦怠であり、現実そのものだった。

一方、『無能の鷹』では、コロッケは気持ちを立て直すための行為になっている。

でもどちらにも共通するものがある。

それは、

「人はしんどいとき、とりあえず何かを揚げる」

ということだ。

カラッという音。

油の匂い。

きつね色になる表面。

人間は案外、それくらいのことで少し持ち直す。

だから今日もし煮詰まっているなら、

壮大な自己改革を始めなくていい。

まず、コロッケを揚げればいいのかもしれない。

基本のコロッケの作り方はこちらから






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最終更新日  2026.07.02 14:09:48
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