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2026.05.24
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カテゴリ:本のこと


この小説怖いよ

ホラー小説を読むとき、だいたい予想している怖さがある。
幽霊が出るとか、呪いがあるとか、 そういう“向こう側”のものがやってくる怖さ。
もちろん、それもちゃんと怖い。 暗闇に何かいる気配とか、理由のわからない現象とか、 人間にはどうにもできないものは、それだけで十分に不気味だ。
でも、ときどき思う。
本当に怖いのは、そっちじゃないんじゃないか、と。
「ぼっけえ、きょうてえ」という言葉が出てくるあの話も、 たしかにホラーとして読める。 けれど、読み進めるうちにじわじわと感じてくるのは、 怪異そのものへの恐怖というよりも、 それを取り巻く“人間”の存在だった。
語り手は淡々としている。 起きたことを、特別なことのように語らない。
その温度の低さが、妙に引っかかる。
どうしてそんなふうに話せるのか。 なぜ、その出来事をその距離感で見ていられるのか。
考えれば考えるほど、 怖さの向きが変わっていく。
幽霊がいるかどうかなんて、実はどうでもよくなる。 そこにいる人間のほうが、よほど理解できない。
理解できないものは、怖い。
しかもそれは、 遠い世界の話じゃなくて、 同じように息をして、同じ場所で生きている存在だ。
それに気づいたとき、 物語の外に出ても、怖さは消えない。
むしろ、現実のほうに広がってくる。
電車の中で、ふと誰かの無表情が気になったり、 何気ない会話の端に、妙な違和感を覚えたりする。
幽霊は、出るかどうかわからない。 でも、人間は確実にそこにいる。
そう考えると、 怖さの質がまるで違ってくる。
「ぼっけえ、きょうてえ」
その言葉は、 怪異に向けられたものじゃなくて、 人間そのものに対する実感に近いのかもしれない。
ホラー小説なのに、 一番怖いのが現実から逃げられない部分だとしたら。
それはもう、 物語を閉じても終わらない怖さだと思う。





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最終更新日  2026.06.01 14:40:01
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