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テーマ:日々の出来事(7212)
カテゴリ:日々のこと
人生を変えるような出来事もあれば、冷蔵庫を開けて「何もないな」と思うだけの日もある。 大きな出来事は、それなりに記憶に残る。 でも、小さな出来事は、こちらが覚えておこうとしなくても、なぜか生活の中に居座っている。 たとえば、今年の春に植えたプチトマト。 毎朝、様子を見に行く。 「おはよう」と声をかけるわけではない。 でも、ほぼそれに近い。 時間がある日は、ドラマを見る。 一話だけ見るつもりで再生する。 一話終わる。 「……もう一話だけ」 二話終わる。 「ここまで見たら、もう寝るのも中途半端だな」 三話目。 気がつけば夜中。 翌朝、眠い。 そして思う。 「昨日の自分、もう少し大人になれなかったのか」 だいたい、ならない。 梅の季節になると、落ちている梅を拾う。 「あ、シロップ」 梅が、梅としてではなく、シロップになる途中の物体に見えてくる。 毎朝のお弁当は写真に撮っている。 朝はコーヒー。 夕方はハイボール。 仕事もする。 一生懸命する。 ただし、疲れたら休む。 昔は、休んでいると「もっと頑張らなければ」と思った。 今は違う。 「疲れたから休む。何か問題でも?」 くらいである。 そして、風呂に入る。 家の風呂でもいい。 足湯でもいい。 銭湯ならなおいい。 湯につかると、それまで大問題だったことが、急に「まあ、明日でいいか」になる。 お湯には、たいした説教をせずに人を諦めさせる力がある。 そう考えると、風呂はかなり優秀だ。 生きていれば、大きなことも起きる。 嬉しいことも、面倒なことも、どうにもならないこともある。 でも、一日を振り返ってみれば、 トマトが赤くなった。 梅を拾った。 弁当に卵を入れた。 ドラマを見すぎた。 コーヒーを飲んだ。 ハイボールを飲んだ。 風呂に入った。 人生を大きな出来事だけで語ろうとすると、ずいぶん立派な話になる。 でも、実際に生きている時間は、もっと雑で、もっとくだらなくて、もっと面白い。 私はたぶん、そういうものが好きなのだ。 人生の大事件より、今日赤くなったトマトのほうが気になる。 それでいいと思っている。 だからこちらは、小さなことくらい、自分から拾っていけばいい。 梅みたいに。 今日も何か落ちていないかと、少しだけ周りを見ながら。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.09.06 07:00:07
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