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カテゴリ:演奏会
決して悪かったわけではありません、念のため。
大阪 ザ・シンフォニーホール PMFオーケストラ2009大阪公演 マイケル・ティルソン・トーマス指揮 PMFオーケストラ ティルソン・トーマス:シンフォニック・ブラスのための「ストリート・ソング」 マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調 久しぶりのマイケル。2000年にサンフランシスコで聴いて以来、でありますね。まずそれが一番。9年もたつと、さすがに歳をとりはったなあ、と。すっかり御髪も白くなってしまいましたねえ。でも、指揮ぶりははつらつそのもの。ジャンプ、までありましたもんねえ。 今年のPMFは、ブラス、ですね。黄金の輝きと、唖然とするほどの安定性、鉄壁のテクニック。このブラスがあるから、マイケルは自作を1曲目に持ってきたのか、それともこれをやらんがためにこのブラスをそろえたのか。鶏が先か、卵が先か、そこらへんの事情はよくわからないけれど。 とにかく、このブラスが導き出すマラ5の豪華絢爛たる演奏効果は、それだけで十二分の聴きものではありました。特に、5楽章の燦然たる太陽を思わせるサウンドは、あまりのその輝きのまばゆさに目が眩まんがごとく。最後のアッコードの後の会場の熱狂は、さもありなん、であります。これを吹き切ったペットとホルンが、いずれも女性であったのも特筆すべき。マイケルがこの二人を立たせたときの、うおおおおおっという地鳴りのような拍手にも、素直に共感できました。 ただねえ、苦言を呈するとするなら、このブラス、ちょっと「五月蠅い」です。もうちょっと、ニュアンスだとか、陰影だとか、そういうものを出してほしい。特に、1楽章から2楽章など、あまりにあっけらかんとしすぎて(マイケルの棒は、もっと陰影のある音を欲しているのだけれど)、神経に障る。 で、いつものことだけれど、PMFO、乗りのいいところだとか、泣きを入れるところはいいのだが、味わい深さを聴きたいところになると、どうも良くない。それが顕著だったのはやはり4楽章。いいところはいろいろある一方で、ざわざわっとした音像のささくれ立ちだとか、どうにも肌触りのよくないところ、そして、大人数弦セクション(今回も18型の巨大編成!!)の中ところどころにいる「俺が俺が」プレイヤーによる過剰な表現の耳触りな音、などが、どうにも聴いているほうの感興を殺いでしまうことがあるように思います。 それは、3楽章でも一緒で、この複雑極まりない巨大な楽章、こういったオケの「不徹底さ」や「細部の無神経さ」なんかが結果として、通して聴いたときに「一体何を聴いたんだろう?」みたいな気持ちにさせられてしまうように思える。確かに演奏効果、という点では申し分のない演奏、ではあって、マイケルも3楽章が終わったところで、「ブラボー!」というようなジェスチュアをしましたけれど。 木管の出来が今一つ芳しくなかったのも、印象に残りました。まあ、これは曲のせいもあるかもしれないけれど。最初のチューニングの時から音が無神経で「こいつ」と思っていたオーボエが、いきなり5楽章で音を外したのには、やっぱりか、とも思いましたね(笑)。 全体としては、PMFOならではの若いエネルギーの奔流、それを聴けることが、この演奏会の最大の魅力、それは今年も健在。そして、それを高みにまで必死になって導こうとするマイケルの渾身の棒の崇高さ・気高さ、この時間を共有することの胸の高鳴りは、普通の演奏会では得ることのできないもの。 去年は都合でパスしたPMF、今年は北海道までいくつもりだったのに行けなかったPMF・・・・来年こそは、彼らと同じ時間と空間を共有することができたら・・・・そうおもいつつ帰ってきた、やっぱり極道なぐすたふおじさんなのでありました(笑)。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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