瞳を閉じて[下]
床に寝転び手足をバタバタさせながら泣き出すおと子。この収拾のつかない状態をなんとかしてもらおうとももこを見るが、「だから言ったじゃないですか。先輩の介入した時点でこうなる事はわかってました」「いや違うんだ。今日は慌てて家を出たからデリカシーを枕元に置き忘れたんだ。いつもの俺ならこんな事にはならないって」「じゃあ家まで取りに帰って先輩が何とかしてください」う~む。ももこにも見放されてしまった。俺は死んでやると言いながら、それは見事な泣きっぷりを見せるおと子に「わかった。俺も一緒に死ぬ」「うっうっ。本当ですか」「ああ、俺はお前のブサイクさは何ともしてやれねえが、かわいい後輩の為だ、一緒に死んでやることは出来る」「センパ~イ、やさしいですね」今度はウルウル泣き出した。忙しい奴だ。「でもなんか先輩の言葉に引っ掛かりがありますけど、気のせいですか?」「気のせいだ。さあ行くぞ」「行くって、何処にですか」「死に場所を探しにに決まってるだろ」「えっ、ここじゃあダメなんですか?わたしこんな髪して外へいけません」「心配するな。こうしてだな」俺はおと子のかぶっていたニットの帽子をかぶせ、思いっきり顔の下まで下がる。「でもこれじゃあ、前が見えなくて歩けませんよ」「それも心配するな。俺がオブってやる」俺はおと子を背負い歩き始める。「何から何まですみません。なんとお礼を言ってよいことやら」「水くせえ事言うんじゃねえ、俺とお前の仲だろ」「うう~ うれしいです~ このご恩は一生忘れません」あと少し覚えとけばいいわけだから、有り難味も薄れる。「先輩。私の為に死んじゃうんですね。すみませんこんな後輩を持ったばかりに」「いいって事よ。ブサイクな後輩でも、俺にとっては大切な後輩だ。誰よりかわいいさ」「うう~ なんかすっごい引っ掛かるんですけど、ここは感動する所なんですよね」「おおよ。俺がお前をどれだけ大切にしてるかって話だからな」「かさねがさねありがとうございます。わたし生まれて来てよかったです~」もうすぐ死んじまうけどな。「うう、それを言われるとつらいですー」校舎の中を顔をすっぽり帽子で包んでいるおと子をおぶって歩いていく俺。いくら放課後とはいえまだクラブで残っている生徒が多く、何事かとみんな動きを止めて俺達を奇異な目で見ている。「先輩。何処までいくんですか?」「おお、もうついた」「ここはどこですか?」俺はおと子をおろして「おっと、動くなよ。心の準備が出来る前に落ちたら辞世の句も読めないぜ」「ヒッ。もしかしてここは屋上ですか?」おと子はゆっくり足を動かして5センチ先には足の踏みしめる場所が無い事を確認する。「そう怖がる事はない。天国にくらべりゃあ高い場所じゃない」「そ、そうですね」と言いながらも腰が引けるおと子。「さあ、陽気にやろうぜ。ここから一歩踏み出せば誰もお前のブサイクさを笑う者はいない」「あのー先輩。わたしは自分がブサイクなのを気にしてるんじゃなくて、髪型が変だから死のうとしてるんですけど」「これから死ぬ人間がそんな細かい事を気にするな。さあどうする、せーので行くか?それとも1・2・3で行くか」「うっ、そんな急に綿密な打ち合わせを始めなくてもいいんじゃないですか」「誰の為にやってると思ってる」「そ、そうですよね。分りました。じゃあ「いっせいのーせ」でお願いします」「うむ。それでは厳かに始めようではないか。いっせいのー・・・」「ちょ、ちょっと待ってください」「なんだ。せっかく興に乗っているのに、気がそがれるではないか」「あ、あの急にお腹が痛くなってきて・・・」「心配するな。すぐ楽になる」俺は親指を立てて言い放つ。「なんか嫌な言い方ですね」ただ落ちる時は頭から落ちた方がいいぞ。死にそびれたら腹が痛いどころの騒ぎじゃねえからな。「ヒイ~」さあ仕切り直した所でそろそろ行こうか。「や、やっぱり今日はやめときます」なんで?まさか怖気づいたのか。「違いますよ。今日歯医者の予約を入れてたのを忘れてまして・・・」問答無用におと子を衝き落とそうとする俺。「すみません~ やっぱり死ぬのはいやです~」今更なにを言う。死ななきゃブサイクは直らないぞ。「いえ、だから私はブサイクさを気にしてたんじゃなく、髪形を・・・」どっちでも同じ事だ。いいのか?人に指差されて笑われたって。「もういいです~ブサイクでもかまいません~死ぬのはイヤです~」泣きながらおと子は俺に懇願しだした。「本当だな?もう笑われたって死ぬなんて言わないな」「言いません~ 生きてるだけで十分です~」これからも俺の事を師と仰ぎ敬うか?「もう先輩の家の方に足を向け寝ません」かわいい同級生がいたら真っ先に俺に紹介するか?「友達を騙してでも、先輩に生贄をして差し出します~」よし、分った。「本当ですか」おお、その帽子を取ってみろ。おと子はへたり込んで顔を隠したニット帽を取る。その目の前に、何事かと言う顔をしておと子を見ている大勢の生徒がいた。俺が連れて行ったのは体育館のステージの上で、その舞台鼻でおと子はへたり込んでいる。「お~い、俺にもかわいい子がいたら紹介してくれ」部活の手を休めて俺達を見ていたバスケ部の近藤が調子に乗っておと子に声をかけるが、テメエなんぞに紹介する義理はねえ。俺は舞台そでで呆れ顔で見ていたももこに声をかける。「どうだ、これで一件落着だ。デリカシーはいらなかっただろ」「それはどうでしょうかね」ももこが意味深なセリフを吐いたのがきっかけのようにおと子が叫びだした。「いやー死ぬ~」な、なぜだ?今死ぬのはイヤですといったはずだ。「こんな大勢の人の前で恥をかいて生きてはいけません~」困った俺はももこを振り返るが、ももこは腰に手を当てて「アハン」てな顔をしている。冷たい瞳のももこと瞳を涙で曇らせているおと子と、好奇心の瞳で俺達を見ている連中に囲まれて俺は何をしていいのか分らずそっと瞳を閉じた。楽天ブログランキング"へ> こちらもよろしく