また逢おうな 3
帰省で混みだした高速をひた走り、一時間後には玲子達がいる店の近くに着き、そこから玲子に電話して詳しい場所を聞いたが、そこは繁華街などではなく、静かな佇まいを見せる観光地の一角から少し離れた所。「△電があるじゃない」「△電?あったっけ?」「あんた地元でしょ?」確かに地元だ。そこらへんの川の向かいに俺が通っていた小学校があり、さんざん遊び倒した所だ。学校から川沿いを東に行くと西村んチがあって・・・あれ?川沿いだったっけ、なんか曲がったような気が・・・でも曲がったら三浦んチに・・・三浦んチどこだっけ?思い出そうとするごとに記憶が交錯する。しかたない。もう何十年前の記憶だ。覚えているつもりでも、所々違っていたり思い込みがあったり。昔の記憶なんてだいたいそんなもんだ。「はいはい。あんたの人間性と同じくらい記憶力も怪しい事は分かったから。とにかく川沿いを走って来なさいよ。あたしが外に立ってて上げるから」当然「感謝しなさいよ」の一言を付け加え電話を切る玲子。俺は玲子の言いつけ通り川沿いに車を走らせると4,5人の影が見えてきた。二人なら分かるが、人数が多すぎるな。と思いながらゆっくり近づいていくとその中に腰に手を当てふん反り返っている玲子を見つけた。どうやら店の人も含めた全員で俺を待っててくれたようだ。そしてその中でも一際小さい人影。とりあえず店の人の指示に従い車を駐車場に入れ店の前まで戻ると、「お久しぶりです。先輩ちっとも変わってなくて笑っちゃいました」そう言ってきな子は昔と変わらず目を細め笑っていた。そう昔と変わらずに。久しぶりの再会の筈なのに何の違和感もなくきな子に向き合えた自分がおかしかった。「あのなきな子。ここ4,5年でそう言われたのお前を入れて5人目だ。もしかして俺が若々しく見えるんじゃなくて昔からオッサン顔だって事か?」「あー学生服似合いませんでしたね」「おかげで中学の時、仲間でエロ本共同購入の際は俺が買いに行く役目だったぞ」一時間ほど前、電話でテンパッてた俺は何だったんだろ。20数年ぶりにこうやって向い合って話す事が、ドキドキとかしみじみじゃあ無く、ただ単純に嬉しくてニコニコしてるだけだった。「いつまでここにいるつもり。お店の中に入ったら?」久しぶりの二人の時間に誰かが割り込んできた。そう言や玲子もいたっけ「あ、いたの?」「あたしが気持ちよく酔ってる内に店に入ってお酒飲むか、突き落とされてそこの川の水飲むか決めてくれない?」昔はよくこの川で遊んだとは言え、そんな事で懐かしがる気もないので大人しく店に入る。中は間接照明で薄暗く、品の良い調度品がならんでいて友達の家にいるような落ち着きがある。「まあ座って」かと言って決して玲子の家じゃないから、面接に来た就活の学生のような扱いを受ける謂れもない。俺の正面の背もたれの大きな木製の椅子にゆったり腰掛け足を組み微笑む玲子。以前、ベンチに二人で座った時にくるぶしから膝までの長さの違いに気付き、それ以来自尊心を守るためになるべく玲子とは並んで座らない事にしているのは内緒だ。そしてきな子は俺の横に座わる。「よく来たわね」正しい日本語としては「よく来てくれたわね」が正しいのだろうが、そんな事も気にならないぐらい俺は上機嫌だ。「そりゃあ来るでしょ。なんせ今日はお姫様がお見えになってんだから」「あら、お姫様なんていってくれんの?嬉しいわ」「なんでお前が喜んでる。俺の言い方が悪かったのか?それとも悪いのはお前の性格か?」「じゃああたしは何なのさ」「女王様に決まってんだろが」「何?その似て非なる響き。やだやだ、あたしもお姫様になりたーい なりたーい!」「あ、俺ジンジャエールね。ほら、こんなんじゃ悪酔いしちゃうでしょ」会話に割り込めずオロオロしていた店員に注文してるときな子はケラケラ笑いながら「相変わらずですね坂口先輩。あたし二人の漫才が見たかったんです」ムッ、坂口先輩?「なんだよーなに敬語なんか使ってんの?そう言う他人行儀はやめてくれよな。それに坂口先輩ってなに?今までそんな呼ばれ方されたことないぞ」もちろん俺は今ご機嫌だから責めた風に言ってるわけじゃない。それどころかニコニコしながらいってんだから始末に終えない。「え?でも」「でもじゃないの。ほらチノエちゃんっていただろ」言うに事欠いて、別に付き合ってた娘じゃないけどいい感じになりそうだった娘の名前を数十年前とは言え元カノに出す俺はチャレンジャー。「30分の電話で呼ばれ方が変わって行くんだぞ。カンペイさんから坂口先輩になって最後には坂口さんだ。心が離れていくのが分かる分かる。そういうのって悲しいぞ」「へえそう言うモンなんの?でも安心して、あたしは大丈夫よ。ハナっから心離れしてるから」そりゃ安心だ。心通い合う所から始めなきゃならないのかと一瞬不安になっちゃったぜ「じゃあ、何て呼べば・・・」困った顔で聞くきな子にピシャリと言ってやる。「カンペイちゃんって言ってたじゃん」それは付き合いだしてからであって、その前は「先輩」だったがあえてそう言った。そうやって過ぎた日々を取り返そうなんて思っている訳じゃないし、そうすれば離れた心が近づくと思ってる訳でもない。じゃあ何で?その方が俺がハッピーな気分になれるからに決まってるだろ。我ながら見事なまでの自己完結に感心していると「ようこそいらっしょいました」店のオーナーがやって来た。 つづく