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Ad.Y&W

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Jan 19, 2006
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短めのコメントを並べて公開することを習慣化するかどうかはまだ決めていないんだけど、そうするなら何かわかりやすいタイトルを、と、少し考えてみた。なんかしっくりこないのは気のせいだろうか。


「ストーリーを楽しみたいなら小説を読めばいいじゃない」最終防衛ライン W-ZERO3さま】(情報元:BWS@HyperEditionさま)

私も近いような心境になっている。

最近ゲームはゲームとストーリー性における主従関係が逆になってしまって、ストーリーが主になっている気がしてならない。そういったゲームをプレイしているとゲームが蛇足に感じられてしまう…。


「音と映像だけがゲームと他の娯楽の決定的差でないことを、教えてやる!!」最終防衛ライン W-ZERO3さま】

ゲームの特性は登場人物を自分の意のままに操れたり、そのキャラの人生を追体験できるという所にあると思う。ゲームにおいて、本来プレイヤーは能動的にゲーム世界に干渉していけるはずだったのに、見せるゲームになってしまい受動的になってしまったというところが、今のゲームの一番の問題だと思っている。

つまるところ音と映像、シナリオなどといった部分はゲームの特性をより加速させるためのオプションパーツでしかないはずなのに、そのオプションばかりが充実してしまって、その分根本の骨格の部分がおろそかになっているような気がする。


女オタクが変える秋葉原第13独立部隊さま】(情報元:神コップBloG_ver.?さま)

あーあ、ついに女子のオタクも晒しあげの対象になってしまったか。というのが第一印象ですね。


ところで、なにが変わったといいたかったのだろうか。

実際の放送を見たわけではないのでなんともいえないのだが、取り上げる対象が女子に変わっただけで、マスコミがやっている手法はいつもと同じようにしか感じられない。

この放送をみて受ける「女子のオタク」の印象も、いままでマスコミなどから受けてきた「オタク」に関する印象と余り変わらないような気がする。






Last updated  Jan 19, 2006 09:48:03 PM
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Jan 15, 2006
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はてブのコメントに書き込むにしては長い、でも1つのエントリに出来るほどではない、そんな感じのコメントが少しずつ溜まってきていた事に気づいた。

とりあえず、比較的最近(といっても今月中ぐらい)のから三件だけ、試験的に公開してみる。今後もこういうことをするかどうかについては検討中…。


或るブログの衰退期 【S-connection 4thさま】

一週間もほうっておいたら多分誰も見なくなっているだろうな…。
自分のサイトの魅力をしっかり認識できていないから、結局回数で勝負せざるを得ないところもある。

でもだからといって義務的に更新するのはもっと嫌だ。
むやみにサボるのはたしかに問題だとも思うしわかっているが、或る程度はしっかりと形を作って更新していきたい。自己満足とはわかっているけれど…。


過程は出力に影響する(当たり前の結論か……)趣味のWebデザインさま】(情報元:一軒家@メモ帳さま)

手書きよりタイプのほうが早い私は、確かに手書きの時よりもよく文章を書くようになっている。

ブログサービスの差異については楽天以外のブログを作ったことがないのでなんともいえない。

まあ、私は一度メモ帳におこしてから転記しているから、ブログサービス変えてもやり方変えない限り、状況は変わらないかもしれない。


日記の適量とは?紅髪の小部屋さま】(情報元:こらむろさま)

時間かけたときもそうだけど、勢いで長文書いちゃったときも削るの躊躇するな。なんか勢い殺しちゃうんじゃないかって。

最近、記事の平均の文字量が増えているような気がしてならない。自分が長いと感じられる「感覚」が変わったのか、以前は歯止めがかかっていたのが今はなくなったのか…。

或いは慣れてきて言いたいことが増えてきたとか、より文章化しやすくなってきたとか。単に更新障壁が下がっただけかもしれないけど…。






Last updated  Jan 16, 2006 12:07:25 AM
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Oct 26, 2005
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意図してやっているわけではないのだが、コンビニでの合計金額がゾロ目になることが結構ある。「555」とか「333」とか。
先日は悪魔の数字の「666」だった。でも「777」なったことは一度も無い。

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「切り捨てて良いオタク」がいなくなる?! - 一億総オタク化社会(情報元:まなめはうすさま)

オタクブームというものは確かに来るかもしれない。いや、既に始まっているかもしれない。
娯楽は増えたし、ネットとかによって情報は意外とすんなり手に入る。
興味を示したものにのめりこみ、同好の士を見つけるまでの時間は短縮されたかもしれない。

でもそれで、「オタク」に対するマイナスイメージを払拭できるとは到底思えない。
(記事の中にも指摘されているように)いわゆる「侮蔑語」として、そういう傾向の人を貶めるために使用されることもあるし、日本全国の人が「のめりこめる趣味」を獲得したとしても、全ての「趣味」において同等の認識・理解を示すとは思えない。

現在の時点ですでに車やスポーツ、ブランド、やミュージシャンなどにはまっている人が、アニメやゲーム、フィギアなど「一般的にオタクと呼ばれる嗜好」に近い人を同じよう理解できない場合がほどんどだ。「一億総オタク化社会」が仮に訪れたとしても状況は変わらないだろう。

言葉の問題で言えばマニアやコレクターとオタクは近い意味として取られるが、全く同じと取られるわけではないし、むしろ「似て非なるもの」として分けて使われることもある。それが促進されるだけかもしれない。「アキバ系」って言葉も出来たし、代わりの言葉が用意されるだけとも思える。

それに「オタク」という言葉がマイナスイメージを払拭し「一億総オタク化社会」がきたとしても、今度は「一部の人」論争のようなもの起きるだけだと思う。

「オタク=キモイ」が「○○オタクと一緒にしないで!」にかわるだけじゃないだろうか。

「偏見による嫌悪」が「同属嫌悪」に変わって嫌悪される側の状況は変わらない。
ブームという波がくるからといってそれに乗じてみても、「踊らされる」だけの結果になるのではないだろうか。

悲観論が過ぎるかもしれないが…。

「気持ちの1/100」 (情報元:明日は明日の風が吹くさま)
関連:伝えるということ ふぁごっと吹きの徒然草さまより)

記事の内容とずれるかもしれないけど、私は「想いを形に変える」ことが得意な方じゃない。本当はもっと伝えたい何かがいっぱいあるはずなのになかなか形に出来ない。
性格のせいか否定的なこと、ネガティブなことはすぐ浮かぶ。よく会う友人には自分でもかなり厳しいと思うことを言ってしまう事がよくある。事前にセーブすると大抵機を逃し、霧散してしまう。

ネット上となるとなおさらなのかもしれない。人のブログに対するコメントが極端に少ないのは「すぐに言葉に出来ない」からだ。
反応もすぐに得られないし、返ってこないこともある。私自身、家以外で確認や返信が出来ない状況なのでどうしてもリアクションは遅れがちだ。
その時間差も障害の一つになっているのかもしれない。

サイトやブログという「伝える手段」を持っていながら、「伝えたいけど言葉に出来ないこと」を持っている人は少なくないと思う。
いろいろ記事に関するコメントを書いている私にもそういうものはある。

蓄積されていく「想い」に対して、わずかなものでも、時間がかかっても、出来る限り何とか形にしたい…。伝えていきたい…。そういう想いが私にはある。多分それが今ここでブログをしていることの原点なのだろう。






Last updated  Jan 8, 2006 07:37:32 PM
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Oct 22, 2005
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夢がバイオハザードだった。

断片的だが「もう助からない、手遅れだ」とか「ウィルスがどう」とか言っていた。
自分は逃げているか、怒鳴られているか、銃を出すも震えて打てずにいるかのどれかだった。

相手がゾンビだったかどうかはよく覚えていない…。人形の影みたいなものだったかもしれない。

多分 寝る前にすこし見た『24』サードシーズンのせいだろう。

【ブックマーク】

勉強とは考えること(情報元:まなめはうすさま)

知識と知恵の違い…みたいなものだろうか?「覚える」状態の勉強は知識として溜め込むだけで生活や仕事などに応用できない。雑学と同レベル。
今の状況に溜め込んだ知識のなにが活用できるか「考える」…。そういうことだろうか?

読解力は文の内容を「覚える」のではなく、文の内容や文脈などを元に「考えて」、自分なりに解釈すること…。
どうもしっくりこない。言いたいことはなんとなくわかるんだけど…。

もう、個人サイト業界への「新規参入」の時代は終わった(2)(3)(4)(5)
(情報元:かーずSPさま、まなめはうすさま、RinRin王国さま)

なんとなく始めたブログだけど始めてからにはなるべく多くの人に見てもらいたいという人は少なくないだろう。
しっかりとした目的があった人ならなおさらかもしれない。

ブームになっているぐらいだからブログの数はすごく多い。一般的な日記に限らずどのジャンルにも名の知れたひとがたくさんいる。
人がまばらな状態なら、自分の存在に気づいてもらうのはそんなに大変じゃないけど、現状はものすごい人ごみの中にいるのも同じ。まず気づいてもらえない。

目立ちたかったら人と同じ事をしていたらだめで、しかも需要がなければ(共感が得られなければ)意味がない。
本か何かで全く新しいものより今あるものと少しだけ違うもののほうが受け入れられるとかいうのをかなり前に読んだけどそれが当てはまるのかもしれない。






Last updated  Dec 9, 2005 11:31:23 PM
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Oct 19, 2005
カテゴリ:+ブックマーク
気になっているflashのシリーズがある。「ぼくの箱庭の街」(ちーむどらむすこさま)というフラッシュだ。
高い壁に囲まれた街で、少年ギルは元気に暮らしている。ギルは何も知らない、外の世界のことも、自分が守られているということも。
自分の取り巻く環境の真実に気づいたとき、ギルはどういう行動をとるのだろうか…?

このフラッシュを見て「トゥルーマン・ショウ」という映画を思い出した。

公開されている分を見直そうとサイトに飛んだとき、「僕は知らない…本当の僕を…」という言葉が目に入った。
もしかして、ギル自身になにか秘密があるのだろうか?
なんか続きがすごい気になってきた。

【ブックマーク】

ブログは文章力を上げるとは限らない304 Not Modifiedさまより)

この記事に関しては既に他の方々の記事の中で自分が望む解答が得られてしまっているのですが…とりあえず。

文章力って自分の思ったこと感じたことを文章という形に変えていく力なのかなって思った。
文章化能力っていうか、そんな感じ。「表現力」とかに置き換えできそうだけど。

出来上がった形が伝わりやすいかどうかは誰に向けて書いているかを意識しているかの問題だと思う。
読んでほしいひとを意識すれば、どんな用語や言葉が駄目か、あるいはどういう用語ならマニアックでも理解してもらえるか、おのずとわかってくると思う。
2ch語や顔文字とかに関しても同様。

全員に伝わる必要は無い、伝えたい人だけに伝わればいい。乱暴な言い方かもしれないけどそういうこと、「万人向け」である必要は無い。

靖国問題は誰が作ったのか ~朝日新聞の罪~(情報元:RinRin王国さま)

問題になるかな…とは思ったけどやっぱり問題になった首相の靖国参拝。個人的に戦没者に祈りをささげることは悪いとは思わない。
ただ戦犯も祀られているし、首相という立場上いくら「一個人として」とはいっても周囲に対する影響は大きいのだから、首相である間は控えた方がいいと思う。
中国や韓国の反発が内政干渉だという思いがまったく無いわけじゃないけど。

靖国問題が(同じ日本人によって)作られた問題なら、彼らは何のためにそんな自らの国を貶めるような真似をしたのか想像がつかない。
「お国のために」とかいう気持ちは全く無いし、日本という国をいまいち好きになれない部分はあるが、それでも自分の生まれた国を悪く言われるのはいい気分じゃない。そういう気持ちは無いのだろうか?

今回改めてわかったのは小泉首相は妥協はしても信念を翻すタイプではないということ。良くも悪くも。

関連:靖国に想ううたかたの夢さまより)






Last updated  Dec 9, 2005 11:33:12 PM
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Oct 16, 2005
カテゴリ:+ブックマーク
週末は両親が旅行に行ったため、私一人だった。
私はといえば、予定もなかったこともあり特にどこに出かけるでもなく引きこもっていた…。
ネットしたり、『24』を見始めたり、ブログの内容を考えていたり…そんなことで過ごした週末だった。

【ブックマーク】

いつでも帰れる実家のような個人サイト(以下この色は引用)(情報元:まなめはうすさま)

長文書きの私が言うと説得力が無いばかりか矛盾しているように思えるかもしれませんが、「同じ事を伝えるなら短い方が伝わりやすい」と思います。
『長文のほうが誠意が伝わる』のは確かだとおもいますが、反面言いたい事は伝わりにくくなると思います。

どれぐらいが長いと感じるかは人それぞれだと思いますが、「読むのがつらい」と思わせてしまったら、その人にとっては長すぎるんでしょう。
まあ、文字の大きさとかでも変わってくるとは思いますが…。

私自身、一回の更新の文量が一画面から二画面ぐらいになるようにしているつもりです。

ただ、長くても苦にならない、惹かれる文章というものもあるわけで、そういう長文を書ける人には憧れます。

今、インストールしようとしてるソフト、本当に必要ですか。(情報元:まなめはうすさま)

なんか使えそうに思えると何でもインストールしている時期があった。ネットを始める前のことだけど。今はどちらかというとインストールよりダウンロードかな?
ダウンロードしたのはいいけど結局そのままになっているソフトとか結構あるので…。どうも、やたら収集していく癖があるみたい、しかも一旦手に入れてしまうと中々捨てられない…。

バックアップ用のHDDを覗いたら、用途の無いものがいっぱい…ってなってるかもしれない。最近確認してないけど。

「サボり」を研究する(情報元:まなめはうすさま)

私は過去に毎日更新を心がけていた時期があります。そのときは今のようなスタイルではなくむしろ日記系に近く、その日にあったことを中心に適当にいろいろ書いていました。

ブログを始めた当初、私には「出来る限り更新しないと…」という思いがありました。それで頻度を上げてほぼ毎日更新するようになっていったのですが、そのうち「更新することが義務」みたいな感じになってきてしまって…。「何でもいいからとにかく更新しないと…」みたいな感じに陥ってしまい、正直、息切れのようなものを感じていました。

それでもネタが全くなかったわけでもないためか、なかなかその状態を辞めることが出来なかったのですが…そんな折、パソコンがクラッシュしました。
週末で用事もあったので結局3日ぐらい更新をしなかったんです。毎日更新をやめるいいきっかけになったのでそれ以降、だんだん不定期に戻していって今に至ります…。復帰直後はネタもたまっていたのでもどって2、3日分更新したりしてましたが…。

いろいろ適当にやっていたこのブログの方向性をとりあえず固めようとしたのも、クラッシュ前後あたりからです。

不定期のこのブログですが、一応軽く「締め切り」みたいなものは設けています…。「サボり」すぎないために…。

関連:更新は義務じゃないんですよ(情報元:駄文にゅうすさま)






Last updated  Dec 9, 2005 11:38:10 PM
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Oct 13, 2005
カテゴリ:+ブックマーク
今日、会社の健康診断があった。
特に健康に留意しているわけでもなく、むしろ悪いことも結構しているので心配が無いわけでもなかった。

採血のとき、周りの看護師さんたちからこんな声が聞こえた。
 「85番(私の番号)のシールはった?」
(レントゲンや採血した血を入れた容器に貼るようだ)
 「いや、見つからないのよ…」
 「これは誰の?」
 「これは今そこのかごから持ってきたの、85番の」

 なんか別の意味で心配になってきた…。

【ブックマーク】

わかったつもり 読解力がつかない本当の原因(情報元:一軒家@メモ帳さま)

文章は変わらないのに最初に読んだときと後に読み返したときに全く違う印象や感想を持つ文章に出会うことがある。別に斜め読みとかしてたわけでもないのに。
そういう時、実は「わかったつもり」になって誤読しているのかもしれない。

先入観などから「わかったつもり」になっていたのが、後でそういったものがなくなった為に違うものとして受け止められた。
最も、後で読んだときが前とは別の「わかったつもり」になっていないともいい切れないけど。

「あの人はちょっと…」という前に 苦手な人を作らない5箇条(情報元:一軒家@メモ帳さま)

なんか使えそうなんだけど…。私の場合、コミュニケーションそのものが得意じゃないからな…。

結構自分のことでいっぱいいっぱいになって相手の事とかまで気がまわらなそう。ましてゲーム感覚に捕らえる余裕なんて…。

「まず自分が変わろう」…まあ、そうなんだけど、苦手な相手の苦手な理由は結構生理的というか感情的な部分が多いから、つい反射的に対応してしまいがちだったりする。

冷静になることやうまい受け流しかたを身に着けることが重要なのか…。
場数の問題もあるとは思うな…苦手な人とはなるべくかかわらないようにしているし。

ふたつの「何故」(情報元:こらむろさま)

何か問題が起こったとき、「事象」より「人(責任)」にウェイトがいってしまう事が多い気がします。他人でも自分でも。

「何でこんなことしたの!」というのは子供が叱られるとき、親から言われる事の定番の一つですよね。
「何でこんなことしちゃったんだろう…」は自責の念に駆られているときによく出てくる言葉だし。

同じ失敗を繰り返さない、または今起こっている問題を改善するためには「責任」ばかりを問い詰めてもどうしようもないわけで…。

「責任の追及」より「事象の追及」…。自戒とすべき言葉の一つとして受け止めておきます。






Last updated  Dec 9, 2005 11:40:08 PM
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Oct 11, 2005
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セブンアンドワイで注文した『奥さまはマリナーゼ』、届いていたのにそのコンビニに取りにいくの忘れてた…。
 HPに行って初めて届いていることに気づいた。一週間ぐらいしか預かってくれないのに…。やばいなこの忘れっぽさは。

【ブックマーク】

のまネコ問題で考える二次創作の創造性(情報元:(・∀・)イイ・アクセスさま)

のまネコ問題は個人的にはのまネコそのものよりも、avexのやり方というかスタンスに対し不快に感じている事件だったりする。

二次創作の存在は著作権から見れば確実に黒に近い存在なんだけど、事実上黙認されている状態。
しかし、この二次創作の存在は企業側がつぶそうと思えばいくらでもつぶせるぐらい危ういもの…。
「黙認」されているからこそ許される、そういうものなんだよなという自覚が必要なのかな…と思った。

コミケにいろいろと規則が多いのはその規模のせいだけじゃなく、その存在そのものが薄氷を踏むようなものだからなのかもしれない。

わたしにとってのニュースサイトは「最近の目につく情報一覧」ではなく、個人サイトです
S嬢のPC日記さまより)

最初に読んだとき、妙に納得したのを覚えている。

S嬢さんは記事単位でも記事にある「情報」や「意見」そのものより、その中に含まれる「想い」や「思考の軌跡」に関心を抱くひとみたいなので。
ニュースサイトにピックアップされる情報の羅列だけでも管理人の個性は出てくると思うけど、一切のコメントもなくずらーっと並べられるニュースのみでは、それに対する管理人の「想い」は見えにくいと思う。

ここはニュースサイトではなく、引っ張ってきたニュースに感想をつけたり、それをネタに自分語りをするような場所になっている(今の所)。

ニュースサイトから興味のある記事をクリップしたはてブはいわばネタ帳に近いものの、その全てにおいて、つらつらと「想い」や「考え」が出てくるわけではない。蓄積されるとも限らない。当たり前だが。

「同意」とか「興味深い」とかそんな程度の言葉で済んでしまい、それ以上の「何か」が蓄積されたり、湧き出てきたりするものが無ければここで紹介する意味は無いと思っている。
 書き始めてみたものの、すぐにしぼんでしまったものとかもあまり引っ張ってこないようにしている。

ニュースそのものを紹介する事より、ニュースから受けた「想いを形にしていくこと」を重視しているつもりなので。 

なんか後半は内容と関係なくなってしまった…。

炎上せずに実名ブログをやる3つの方法(情報元:一軒家@メモ帳さま)

個人的には「実名派」ではなく「匿名(HN)派」だったりします。確かに記事に書いてあるような内容なら炎上はなさそう。
ただこれは「匿名」で書く際にも使える項目だと思う。多分実名でやるとしても、実名の存在がハンドルとあまり変わらない状況をたもてればあまり困った事態にもなりにくいんだろうし。
実名以外のプロフィールが公開されなければそんなに差は無いだろう(そういうブログサービスは知らないけど)。

まあ、私は実名でやるぐらいならネットでブログなんてしませんけど。






Last updated  Dec 9, 2005 11:41:40 PM
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Oct 7, 2005
カテゴリ:+ブックマーク
朝起きたらHDDレコーダーにALERT(警告)の表示が出ていた。
見てみると、「残量が足りないために録画を中断しました」と。
…いつのまにそんなことに。確かに録ったものろくに編集もせず録りだめしておいたのだが。

しかし、予約の時点で警告してくれないんだな…。これもものぐさゆえの過ちか…。
このレコーダーDVDに書き出すことも可能だのだが、もうHDDには編集したのを(一時的に)ダビングするスペースも無い…。

「消せ!再見の予定の無いものは全部消せ!なんとしても用量を確保するのだ!」

これによって『24』シーズン3が不完全な状態で記録されてしまった…。
途切れた分はいずれレンタルで補完だな…。

【ブックマーク】

女子大生の心理学:子供はどうしたら勉強してくれるのか??(情報元:まなめはうすさま)

何も子供だけに限らないと思うんだけど。社会人になっても「興味の無いこと」とか「難しすぎてよくわからない」ことは敬遠しがちだし。
一日一定時間勉強する習慣がついているのなら、無理にそれを増やす必要は無いと思う。ようは際限なく遊んじゃうことが問題なんだろうし。

理解できずにつまずいてもほっといて先に進もうとすると、わからないことが余計増えていくだろうから、順を追って理解していくことは大切だと思う。

とりあえず、つまずいたらまず立ち上がらないと…て関係ないか。

ネットと現実に区別をつけるな(情報元:かーずSPさま)

俗に言う「ネイサンズ事件」は記憶に新しいと思いますが、ネットだからといって傍若無人な振る舞いが許されるわけでも、何を書いても大丈夫というわけでもない。
ましてブログは更新するたびに「更新したよ」とあちこちに知らされるわけだから、井戸端会議や飲み屋で愚痴をそのまま書くなんてとんでもない。ましてや個人情報など…。

そんなブログだから「異論」や「反論」、もっとくだけていうと「自分に共感できない人」の存在を意識する必要性があると思う。

アクセスもコメントも無いと「(どうせ)誰も見ていないんだから」となりがちですが、意外と見られているんです。私も先日それを再認識させられました。

「いやなあいつも見ているんだぞ」とか思いながら書くといいのかな。

ただ、同じネットでもmixiのようなSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)なら、だれかれかまわず見せるわけじゃないし、同じ趣味・嗜好、価値観を有する人が集うコミュニティでのみ公開されるわけだから、そうならない(或いはなりにくい)のかもしれないので、現実と同様「場所をわきまえる事」がより重要なのかもしれない。

もっともブログに比べると知名度がいまいちなので「ある事を認識されていない」という問題はある。
それにmixiは確か参加している他の人からの紹介がないと無理だったはずだし。

関連:ファンクラブ志向と議論志向-SNSとブログに見るコミュニケーション・ギャップの原理
    ブログは意見交換の場である
(2件とも、情報元:明日は明日の風が吹くさま)

コメントとレスについて考える(情報元:まなめはうすさま)
関連:ブログについて考える 3:コメントの長さって?DREAM/ING111さま)

この記事は下の「関連」でリンクした記事に対するトラックバックです。

私、コメント率が非常に低いんです。RSSリーダーから飛んでも、ニュースサイトからリンクをたどって行っても、読むだけでそのサイトやブログなどにコメントすることはまず無い。

これは私が「すぐにコメントが浮かばない」事や「書くと大抵長文になる」事が主な理由ですが、コメントを残すこと自体に苦手意識があるというのもあります。

自分のブログでのコメントに対するレス率は…高いと思う。確認するのが遅れがちなのですれ違ったりすることもよくあるんだけど。不要だと思ったらしないし。
まあ、それ以前にコメントを残されることが少ないんですけどね。たまにリアルでの知り合いがしてくるぐらいで。

自分のサイトのコメントですら確認作業が遅れがちなので、他の方のサイトへのコメントに対するレスの確認はさらに遅れがち。レスがつくという意識があまり無いのかもしれない。返すかどうかは内容次第、「必要を感じたら」ですね。

自分のところにしても他の人のところにしてもレス(コメント)をいただいてからあまりに時間が過ぎてしまった場合(数日後ぐらい)、レス出来ることがあってもあえてしないことがあります。

ブログじゃないけど、私のメールに関する「確認」と「返信」などもこんな感じだったりします。






Last updated  Dec 9, 2005 11:45:09 PM
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Oct 6, 2005
カテゴリ:+ブックマーク
帰りに寄ったコンビニの女性の店員の姿にちょっとドキッとする…。
上が店の制服、下が学校の制服だったんだけど…。
スカートなんだ、下、(ズボン類に)着替えないんだな…と、自然と目が足の方に…。
怪しまれないうちに視線をそらしました。男の性ってやつですかね…。

【ブックマーク】

反射的に選択を繰り返す(情報元:一軒家@メモ帳さま)

「ひとは生まれた瞬間から選択を繰り返す、選択を続けるたびに選択肢は減っていく…」そんな言葉が最初に浮かんだ。
何気ない一日の中で人は選択を繰り返しながら生きている。多くはその場限りで自信に対する影響も少ないと思うのだが、時に重要な選択を迫られることがある。

問題は「自分がいましている選択がどれぐらい重要なのか」という自覚。これがなかなかできない。同じようなものに「時期」とか、「機会」とかもあるんだろうと思う。
「肝心なものはむしろ目に見えるものよりも見えないもの」そんなことを考えていたら、また言葉が一つ…。
「ものの価値はその存在が失われたときに始めてわかる」

これは元記事で言う『間違った選択をして痛い目にあうこと』に通じるものがあるとは思うんですが。

日々を走り抜けるように生きていき、自分の立っている場所とか、しようとしている事とかに目を向けることが少なくなっている現状…。
もう少しゆっくり、散歩するような感じで一歩一歩踏みしめるような感じで生活していく…。
「スローライフ」ってそういう生き方を推奨しているんだろうな…と。

どうしても、周囲が駆け抜けるように去っていくように感じるため、そちらの方にばかり目がいくのですけど。

「地球にやさしい」を疑うことから(情報元:一軒家@メモ帳さま)

地球を一人の人間と考えれば、我々人間はバクテリアか何かみたいなものなんだろう。ずいぶん好き勝手にやりたい放題やってきて地球はさぞかし迷惑しているだろう。
ということぐらいのことはすぐに浮かぶんだけど。じゃあ、「何が地球にとっていいこと」なのかはそれこそ地球に尋ねるわけにもいかない以上、はっきりこうだとは言えない訳で。

嫌な言い方になるけど、「人間自分が嫌なこと、利益にならないことはやりたがらない」ものだと思うし、そういう意味でもこういう視点は必要だろうな。

40代以上が誤解している、30代以下の価値観(情報元:一軒家@メモ帳さま)

書いてあることは大体同意できる。収入と自分の時間を天秤にかけたら間違いなく後者が重くなるし、極端な話「働かなくても食っていける貯蓄があっても働こうとするか?」とかなるとどうだろうっていうのもある…。まあさすがにニートはどうかと思うけど。
年金問題は気にはなりますが、自分の年金については…。






Last updated  Dec 9, 2005 11:46:41 PM
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