170292 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

こんな世界のはしっこで・・・

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Recent Posts

Calendar

Category

Comments

Ad.Y&W@ Re:本当の自分の心(09/01) そうですね。例え一時的に比較的良好な関…
匿名@ 本当の自分の心 嫌いな奴とは結局はうまくいかないよ。お…
Ad.Y&W@ Re:後悔してないさ♪(10/03) ぱおら☆さん まあ、遊びなんだし、余計な…

Profile


Ad.Y&W

Free Space

設定されていません。

全14件 (14件中 1-10件目)

1 2 >

文章、創作・表現、ことば

Jul 13, 2007
XML
「吐き出す」ことより「伝える」こと。オオカミの遠吠え通信さま】

私は、思ったこと、感じたことのどれぐらいを文章化できているのだろう。1/10?、1/20?いや、もっと小さいような気がする。

もやもやっとした感覚のみで、何に一つ言葉にできずに消え去っていったもの、断片的な言葉は出てきても到底形にはならずに終わったもの、珍しく、「書けそう」などとと思って書き出してみたものの、結局途中でしぼんでそこで止まってしまったもの、そうやって捨ててしまったものがいったいどれくらいあるのだろう…。

そのたびに、劣等感と自己否定をまたひとつ、積み上げてしまっているような気がしてならない。


とりあえず、ひとまずは書きかけのまま寝かせておいて、再度日の目をくるときを待とうともするのだけど、そのまま冬眠状態になってしまうようなことも結構多いような気がする。

そのせいか、最近は、一度は捨てたものの、どうしても気になって捨てきれず、ろくに寝かしもしていないままごみ箱をあさっては拾い出して、書き直す…なんてことも増えてきた。ようは悪あがきである。


もしかしたら、あえて未練を断ち切って、その時が来るまでいつまででも寝かせておいた方がもっと伝わりやすい形になったのかもしれない。

かといって、一度無理にでも吐き出してしまった以上、再度寝かしなおすなんてことはできないのだけど、どうしても未練を断ち切れないのなら、あえてあきらめ悪くあがいてみるのもそう悪くもないいんじゃないかな…と思っている。

日ごろ、何かを伝えたいと強く思うことがあまりないような私だから、そう感じるのかもしれないけれど。






Last updated  Jul 14, 2007 02:23:14 AM
コメント(0) | コメントを書く
Jun 24, 2007
自分の日常的な体験をブログに書くのが怖い草日記さま】

体験談そのものについては、私もここではあまり書いていない気がする。私の場合、書くのが怖いというよりも、書きたくなるような体験ネタがあまりないというのと、書いたとしても淡々とした調子になってしまうため臨場感0で、ほとんど状況が伝わらなそうなので書かないということだったりする。

とはいっても、書いている記事のほとんどが自分語りなので、話の流れの中で自分の体験や経験やそれに基づくものが出てくることは多いとは思う。

どの道、ここではなるべく感情的な部分はカットしておきたいと思っていることもあって、ネタにするとしても、そのことについて十分醒めきって、気持ちの整理がついてからということにしている。

まだ生々しかったり、特に気分が落ち着いていない時は、あまり書かないようにしているつもり。


個人的に、書くということ自体が今感じている気持ちや想いを増幅させる効果があるんじゃないかと思っている。過去に落ち込んだときにその時のことを日記に書いて、帰って精神状態が悪化したこともあるし、むかついている時の文章では書いていてスッキリすることより、余計むかついてきたことのほうが多いと思う。

こういうときの文は勢いはあることは多いのだけど、その割りに内容はあまりなく強い感情が投影されているだけのことが多い気がする。かなり主観的で感情が主体なのでおそらく、事実とは違ってしまっていることも多いのではないだろうか。

そのときの感情だけで勝手に「こうだ」と決め付けてしまっているものも十分あると考えられる。まあ、そのときは間違いなくそう思ったのだろうから、本人の気持ちの上ではまるっきり嘘でもないと思うけど。

あまりに悶々としていて、どうしても一旦起こしておかないと落ち着かないときは書くこともあるだろうけれど、少なくてもそれは、誰かに見せるために書くというものではないなぁ…というのが私の認識。

後でネタにする際の下地にぐらいはなるかもしれないけど。






Last updated  Jun 24, 2007 09:04:15 AM
コメント(0) | コメントを書く
Feb 11, 2007
最近、「前にもこんなこと書いたような…」と、感じることが多くなってきたように思える。言われたこともある。

多感な毎日を送っているわけでもないし、好奇心旺盛というわけでもなく、それどころか、大抵の物事に受動的で、無感動な所さえあるせいだからかもしれないけど、自分が話せることや、ネタの引き出しみたいなものは、案外少ないんかないかと思っている。

私は、何か話すにしても誰かの記事への反応という形できっかけを貰っていることがほとんどなので、余計にそう感じるのかもしれない。


ブログの話題にある程度周期があるからか、私がそういう記事ばかり読みにいっているからか、あるいは単に偶然かはしらないけれど、読んでいて「前にも似たような記事読んだな」と思うこともある。とはいっても、その二つの記事の書き手が同一人物だったりすりることはまずないので、さほど「同じ記事」という印象はなかったりする。

「前にも書いたことを書いている」という話自体はときどき見るのだけど、実際誰かのサイトで「前にも同じこと言ってなかったけ」と感じたことはほとんどないので、こういうことに悩んでいる人は実はあまりいないんじゃないか、と危惧してしまうこともある。


そんなこと気にしないで書きたくなったんなら何度でも書けばいいとは思うし、実際私もそうしていたりするのだが、画面の向こうで、「またあいつの、△△がはじまった」みたいにとられていないかな…と書いた後で不安になることもある(でも消したりはしませんが)。


それよりも一番の問題は、前に書いたことと同じコトを書いた場合、後で両者を比べてみると、大抵最初に書いた方ができがいいように感じてしまうことだったりする。

リメイクするのであれば、その時に感じなかったことをプラスしたり、視点を変えてみたり、まあ、そこまでできなくても、せめて以前書いたものよりはいいものを、と思って、書いていたりはするのだが、同じ刺激でも最初の時のほうが強く、新鮮味があるからなのか、勢いの差かどうかはわからないけれど、なかなか前よりいいものが書けたとは感じられなくて……。






Last updated  Feb 12, 2007 10:22:32 AM
コメント(0) | コメントを書く
Dec 22, 2006
「キモい」という言葉が嫌いな理由パソコンはおもちゃ箱さま】

私もこの言葉は好きじゃないな。

どうも、思っているよりかなり軽い意味で使われているみたいだけど、対象に対する凄く強い拒否反応が内包されているように私には思えてしまう。少なくても、面と向かっていっていい言葉ではないと思っている。

ただ、私は「嫌い」などという言葉に関しても、程度の差こそあれ、いいイメージを持っていないので、対象を強く否定する言葉が嫌いというよりも、そういった言葉が誰かに向けてぶつけられるということが嫌、という事になのかもしれない。

おそらく、「キモい」という言葉がどういう時に、どういう感情を伴ったときに相手に向かって言われるか、その言葉から受けるイメージからそこまで連想してしまうため、強い嫌悪感を抱いてしまうのだと思う。


私にとって「キモい」という言葉は、歩み寄りとか我慢などといった許容範囲を超えてしまっているもの、それもどちらかといえば、生理的、感情的な部分が強い。というイメージがある。また、瞬間でしかも強い不快感を伴って発生するような感覚もある。

思考停止。と言い換えてもいいかもしれない。もう、考えるのもいや、理解したくもない。ただもう「キモい」としか言いようのない、抑えようのない不快感。そういう感覚なんじゃないだろうか。

それが誰かに向かって放たれるということに、対象に対する断絶にも近い感覚を感じ取ってしまうのだと思う。





関連:好きな人、身近な人ほど、強く共感を求めてしまう
直接的には関連しないのだけど、後半に「キモい」に関すること雑感があるので。






Last updated  Dec 22, 2006 10:45:36 PM
コメント(2) | コメントを書く
Dec 17, 2006
記事の長文化が止まらないとあるブログの舞台裏さま】

私も書き始めた頃に比べたりしてみると、確実に長くなってきているな。

同じ記事への反応でも雑文とかでも、最初はひとこと、ふたことで終わることも珍しくなかったんけど、今では一画面は確実に埋まっている。文字数でいうと平均1000あたりだろうか。2000超えるときも、珍しくはないと思う。これが長いと感じるかどうかという部分についてはまた人によって評価が分かれるとは思うけど。

最も、スタイルが最初の頃と今とでは違うという影響もあるのだろう。
最初は一つの記事の中で複数の(記事に対する)反応を書いていたけど、今は一つの記事で一つだったりするので。

ただ、複数反応していた時期でも、最初はニュースサイトの一言コメントクラスだったのが、徐々に長くなっていったような…。そもそも、反応する記事ごとに記事だてしようと決めたのは、長文化が大きな原因だったようにも思える。


当然、一つの反応を書き上げるのにかかる時間も長くなってきてはいると思う。あと、今のスタイルが固まってから、短めの反応をそのまま記事としてあげるということに抵抗が出てきている。話が膨らまなくて、没にしたものもあったっけ。長さのノルマみたいなものが無意識のうちに自分に課せられているのかもしれないな。はてブもあるから、もう一言コメントクラスの反応をこっちにのせることはないかもしれない。

短めの反応については、考えなおして載せてみるのもいいかもしれないな。さすがに過去に没にしたのは除くけど。


それにしても、そうやって私の記事が長くなっていく要因はどこにあるのだろう。

今を逃すと書く機会が得られないかもしれないから、思いついたこと、考えたことは、なるべくそこで言い切ってしまおうとか考えていたりするのだろうか。そうかもしれない。実際、形にしそこねて、書く機会を失ってしまったモノもあることにはあるから。

自分では、それなりに推敲して、削ったりしているつもりでも、実は思いつくままに書いていたりしているのかもしれないな。その方が楽なのは確かだし。






Last updated  Dec 19, 2006 11:55:23 PM
コメント(0) | コメントを書く
Dec 5, 2006
ネガポジによって受ける同じ記事の印象に付いて考える『斬(ざん)』さま】

日記は、ブログを始めた頃は書いてはいたけど、ネガ/ポジ以前にあまりに淡々としすぎていて出来事しか書いていないように思えたので、だんだん書かなくなった。少なくてもネットに公開して見せるものじゃないな、と思えたので。


私は、どちらかといえばネガティブ思考のタイプなので、意識してネガティブな内容を書こうと思っていなくても、気がつけば、愚痴っぽい、やや後ろ向きな文章を書いてしまっていることがある。

ここでは自分のことばかり書いている気がするので、責めるにしても、その刃は誰かにというよりは、自分自身により強く突きたてられていることの方が多いと思う。ただ、どちらにしたって、強すぎる影を見せるというのはあまりい印象を与えられないのだろうとは思う。


自分の考え方や、書く内容のせいもあると思うけど、私の文章はちょっとしつこいというか、胃にもたれさせてしまうような感じがあるように思える。
もっと、いい意味で後に残らない、すっきりとした清涼感のある文章を書くように心がけた方がいいのかもしれない。


例えば、愚痴や悩みはできる限り控えて、変わりに良いことは積極的に盛り込む、とか。あるいは、愚痴や悩みから始まった記事でもそのままで終わらせないで、最後に前をむかせるようにするとか…。
うーん、かなり難題のように思える。ふつうに、不平不満、愚痴、悩みといった、どちらかといえばネガティブなことの方が書きやすいように思えているから余計だろうな。

あとは、書き方でなんとかなるように工夫をこらすしかないのかな。本当ならば凄くつらそうなことを、さも大したことの無いように感じさせてしまうような…。そういう、柔和というか、内面のネガティブさを包み込んで和らげるような文章みたいなのとか。






Last updated  Dec 5, 2006 11:30:04 PM
コメント(0) | コメントを書く
Sep 5, 2006
言葉は、頭の中でシナリオのように組み立てられてから発せられるものではないuumin3の日記さま】

休止中に、かなり昔の私の記事(?)に言及が入ったことがきっかけで、自分がブログをつくってまもない頃の文章を読み直す機会を得た。正直いって赤面ものもいいところだったのですが、同時に昔のほうが気楽に文章を書いているような印象を受けた。


当時は方向性も何もなく、書ければ何でもいいとさえ言える状態だったというのもあるのだろうけど、自分がブログを書き続けていくうちにある程度、「ブログに書く文章」という縛りが出来てきたのだろうと思う。

私はそれが一概に悪いことだとは思ってはいないのだけれど。


私がここの文章を書くとき、ある程度頭の中で考えをまとめてから書くとか、書きながら考え込んだりしながら書いている場合が殆どだ。いわゆる「自動書記」をそのまま公開することも、いったん「自動書記」した文章を推敲してまとめるといったこともしない。

かといって、私自身、「自動書記」のような文章を一切書かないかというとそういうわけでもない。だから、ただ単に文章作成のスタイルの違いだけでもないと思う。「ある程度まとめてから文字に起さないと…」という思い込みが多少はあるのだろう。人に見せる、見られるという意識の表れがそうさせるのかもしれないけれど。


別に当時のような文章を書きたいとも、書こうとも思っていない。ただ、リンクした記事を読んで、ひょっとしたら必要以上に書き方や、書く事を縛り付けていないかとか、文章書く事に構えすぎている部分がないか、とも思えたので。






Last updated  Sep 5, 2006 11:47:25 PM
コメント(0) | コメントを書く
Jul 2, 2006
勢いで書くか、良く考えて書くか最終防衛ライン2さま】

私の場合、多少なりでも考えてから書いていることの方が多いかな。文章化して起こす前に、ある程度頭の中だけで形を作っておいてからじゃないと書けないことが多いので。

とはいっても、作るのはちょっとした骨組みというか内容のさわりだけで、あとは書きながら考えてまとめていく感じが多い。書いて、考えて、また書いて…の繰り返しで文章を作っていく感じかな。

文章を作る小さいパーツをいくつか作っていって、最後にまとめる…という感じに近いのかもしれない。といっても、各パーツ、パーツは、思いつきとかの集合体だし、時間かけている割に大したものはかけていないことも多い。


もっとも、最初は考えて書いていても、書いているうちにある程度勢いがついてきて、気がついたら長くなってしまっていることは結構多いような気がする。

スロースターターとは違うのかもしれいけど、勢いを付けるまでに、ある程度形をつくる必要があるタイプなのかもしれない。

ただ、一度勢いがついてしまうとあとはそれに任せて書いてしまうことが多いので、結果として、考えて書き始めたのに、ダラダラ長いというものが出来上がってしまうのがあったりもしているので、出来上がった文章それ自体は、最初から勢いで書いている文章と変わらないのかもしれない。






Last updated  Jul 2, 2006 11:46:31 PM
コメント(0) | コメントを書く
May 18, 2006
アドルノと共に考える――良い文章とは何か大澤真幸萌え(おまえ)さま】(情報元:はてなブックマーク)

わかりやすさと文章のよさは必ずしも一致しないのだな…と思った。

文章に何を求めるか。という部分によっても「よい文章」というのは変わるのだろう。情報のみを求めているのであれば、わかりやすい=よい文章だろうと思う。

考えさせる文章の場合、結論が無かったり、「で、結局何が言いたかったの?」と思わせてしまう場合もあるだろうから、手っ取り早く情報を求める場合、それはむしろマイナスとしてみられるだろう。


「触発させる」、「考えさせる」文章というのは、読んでいてなにかモヤモヤしたものを感じるような文章だと思う。文章の要所、要所に、あるいは出されていた結論が、理解や納得だけを生むものではなく、そこから何かを喚起させるようなものだろうから。

もっとも、モヤモヤがでてきたとしても、それだけで終わってしまうものもあるだろうと思う。「よくわからなかった」、「なんか気持ち悪かった」と、そこで終わってしまうのでは、その人にとっては「考えさせる文章」ではないだろう。具体的な文例は、残念ながら浮かばないのだが…。


ブログの文章はツッコミどころを残しておいた方がいいというのを何度か見たように思うけれど、それを考える余地、別の解釈が入り込む余地を残すということに変えると、それが「考えさせる文章」としての、一つの形になるとは思う。

まあ、コメントやトラックバックが多くあるブログがそういう文章を書いているとは、もちろんか限らないのだけど。






Last updated  May 18, 2006 11:55:07 PM
コメント(0) | コメントを書く
May 2, 2006
文章から人はわからないタルタルソースも空を飛ぶさま】

確かに、文章からにじみ出る人柄から、その人の人物像を読み取るというのは困難だろうと思う。
現実でも、外向けの顔という部分を持っている人がいるように、文章にもまず表れるのはたぶん外向けの印象なのだろう。

中には文章には、いつも本音だけをぶつけるという人もいるだろうが、それでも受け取る印象は違ったりすることもあると思う。


ネットは基本的に文章主体の世界だから、そこから読み取れる部分はどうしても現実と比べても、少なくなる。足りないピースは受け手が埋めるのだから、その分違いは出てくるものだろうし。

そして、受け取れられる部分が少ないということは、その分、ごまかしたりしやすいという側面もあると思う。


ただ、現実に接する人でも、見える一部からうけとった印象を元に、その人の全体像を作り上げている所はあるんじゃないだろうか。

付き合っていくうちに意外な一面を見せられて、その人の印象が変わったりするというのは、現実でも珍しくないと思う。



関連:ネット上では「見せたい自分」が作られる?






Last updated  May 3, 2006 01:26:32 AM
コメント(0) | コメントを書く

全14件 (14件中 1-10件目)

1 2 >


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.