|
カテゴリ:俗世に生きる尼の日記
https://plaza.rakuten.co.jp/hacidairyuou8/diary/202311040000/
関連記事↑ これは とある縁者さんの 体験談です その 天真爛漫な 私の母と同じ歳ほどの 貴婦人 ピアノの先生でした そんな彼女から …彼女だからそこ 聞いたお話は 人間の持つ 悩みに 答えは無いなと 本当に思うほどです 彼女は 高原で 喫茶をしていました 彼女が作る料理 奏でる演奏 集う人は 求めてきます そんな中 感じの良い 年配の男性が たまに 顔を見せます そう彼の実体験なのですが 彼は他でもない 「殺人犯」だった人です だった… 事実と法律は異なるのです 彼は 実娘に 手をかけています 彼の人柄と 手をかけられた娘さんと 世間との関り合い将来性を考えた時 彼の周りの 人々が 嘆願書 を出して 無実となりました 事件 彼の娘さんは当時 14 歳 でした 黒い社会との 付き合いで シャブ中 となり 世間に迷惑をかけて どうにも始末が負えなくなったある日 彼は 「世間に出せない 親の責任」と 娘の首を絞めた そうです 記事になったか報道されたか それは聞いては無いのですが 当然 殺った罪は罪 罰は受けます しかし 裁判の審判は 彼を 社会から放しませんでした それだけ 娘さんが 齢14歳で 犯して来たことは 実のお父さんに手をかけられたことを 天秤にかけても 重たかった と言う事ですね 特例 でしょう 消して 彼のしたことは 肯定 を直ぐに 問えることではありません 良い悪い じゃないんです これは 「暴力」と言う事に置いての 究極の 課題と思います 結局は 生きていく上で 行動1つ1つに どう 「責任」を背負うか と言う事だと思います 他殺も自殺も 誰一人として 肯定が許される社会ではありません でも 全ての 物事には 千差の幾千の 通りがあります 多角的面 それぞれの立場 一片で 片付けられない 世の中と本当に思います 父にとって娘にとって これでよかった と言う事でなく 一生 父が 答えの無い 答えを 問う事が 答えと 私は部外者ながら思いました 高原で 喫茶をする 明るい ピアノの先生から その話を聞くと 誰が思うであろうという話です お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.11.06 00:26:57
コメント(0) | コメントを書く
[俗世に生きる尼の日記] カテゴリの最新記事
|