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袴田巖さんの再審を求める会のブログ

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2020/06/30
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2014年3月27日、静岡地方裁判所(村山浩昭裁判長、大村陽一裁判官、満田智彦裁判官)は、1966年6月30日に静岡県旧清水市で起きた味噌会社専務一家強盗殺人放火事件で、身に覚えのない容疑で逮捕され、その後47年7ヶ月も拘束され、死刑囚としては34年もの歳月を拘置をされている最中であった、袴田巖さんに対し、再審開始と即時釈放という画期的な判断を下しました。

この静岡地裁の判断の手前あたりから、私どもの動きもいよいよ忙しさを増し、袴田巌さんの裁判の支援の裏方で必要な活動の方に重きを置きましたため、このブログも止まってしまいました。当会の人的要因もあり、なかなか再開できないまま本日に至りました事、期待されていた皆さんには誠に申し訳なく思います。すみませんでした。我々の力不足です。この間は、本会の主な活動である会報の発行だけは、なんとか続けてまいりました。そして、機会あるごとに、「袴田巖さんの再審無罪を求める実行委員会」の一グループとして、裁判所や検察、法務省に要請書や署名を出すなど、行動を行ってきました。

そして本日、事件の発端である味噌会社専務一家強盗殺人放火事件(いわゆる「袴田事件」)が起きてから、54年が経ちました。袴田巖さんは現在、静岡地方裁判所の画期的な判断のおかげで、浜松のお姉さんのところで暮らしておりますが、まだ再審開始には至っておらず、身分は「死刑囚」のままなのです。

我々は、袴田巖さんがお元気なうちに、なんとか再審無罪を得て欲しい一心で活動しています。

このブログを再開し、なんとか少しでも袴田巖さんの再審開始と無罪実現の力になればと思います。

このコロナ禍で、大変な最中ではありますが、皆様どうぞ、袴田巖さんへのご支援を何卒よろしくお願いいたします。




有名な履けない犯行着衣。裁判中に巖さんは何度か犯行着衣とされるズボンの装着実験をしますが、履けませんでした。




2014年3月27日静岡地方裁判所にて

この後、2018年6月11日に東京高等裁判所の大島隆明裁判長、菊池則明裁判官、林欣寛裁判官が静岡地裁の再審開始決定を破棄したため、現在最高裁判所で審議中です。

どうか、袴田巖さんがお元気なうちに再審開始決定を!!!
Free Hakamada!!! Free Hakamata!!!

(M)






Last updated  2020/07/02 12:11:13 AM
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2013/12/16
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 今日午後1時15分から静岡地裁で、袴田ひで子さんと弁護団による最終意見陳述が行われました。これにより、2008年4月25日の再審請求書の提出以来、約5年8か月に及んだ袴田事件第2次再審請求は結審することになり、来春にも裁判所(村山浩昭裁判長・高橋孝治裁判官・満田智彦裁判官)が再審開始の可否について判断する見通しとなりました。

 弟の無実を信じ冤罪を晴らすために共に闘ってきたひで子さんの47年間の想いが込められた陳述書の全文を掲載します。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2013年12月16日

静岡地方裁判所刑事第1部
 裁判長 村山 浩昭 殿

陳 述 書

 請求人の袴田ひで子です。
 弟巌は無実の罪で47年間獄中におります。既に77歳となり、心身共に心配な状況にあります。ここ3年間誰とも面会を拒否しています。
 私は巖の心がよく分かります。全く身に覚えのない罪で、死刑囚としてとらえられ、死刑執行の恐怖に耐え続けたことから、「裁判は終わった」、「ここは刑務所ではない」等々と、自分だけの世界に逃げ込み、心を閉ざしているものと思います。
 私は、巖がこの場に来て話してもらえることが一番だと思います。しかし今、巖は体調が悪くここには来られませんので、巖が逮捕されて、私が最初に受けとった手紙を読ませていただきたいと思います。

 「皆様と会わなくなって半年、お代りありませんか。
私も元気でおります。私のことで親類縁者にまで心配をかけてすみません。
 こがね味噌の事件には真実関係ありません。
 私は白です。私は今落ち着いて裁判を待っております。
私は暖かい部屋に入っていますので、現在なんの不満もありません。弁護人から聞いたと思いますが、面会が出来るようになったので、会いたいと思います。
お袋も姉も大変だと思うが息子
(※原文では名前)のことお願いします。
体に気をつけて。さよなら」

 以上が巖からの47年前の手紙です。
 私たちは6人兄弟で男3人女3人です。巖は一番末っ子です。女で一番下が私です。巖には子供が一人おりまして、男の子です。その子供に会うために巖は毎週土曜日には清水から浜北の実家まで帰っておりました。日曜の夜か、月曜の朝清水へ帰る生活が続いておりました。
 事件のあった日は、同室の方が社長さんの家に泊まりに行っていて、巖はその日に限って一人だったものですから、アリバイがないということで、警察は目をつけ、しかも浜北の実家に帰ったということで、あとをつけられたりしておりました。浜北の実家に帰りますと刑事が「中瀬神社は何処ですか」とわざわざ尋ねる振りをして、巖がいるかどうか確認しているようでした。
 それから、警察に調べられているとき、便器を取調室の中に置いて、トイレにも行かせないと言うこともありました。木の丸い椅子の真ん中に尖ったものが出ていて、その上に座らされていたということです。これは拘置所に面会に行った時「どんな調べ方なの」と聞いたら、そう話してくれました。
 当時私たちは民事訴訟も刑事訴訟も区別がつかないくらいほとんど何も知りませんでしたので、知り合いの人に頼んで、弁護士さんを紹介していただきました。
 自供したと言うので、弁護士さんに面会していただくようお願いしました。その時私たちは面会できませんでした。それで兄2人と私に弁護士さんの4人で清水の警察署に行きました。弁護士さんが面会して帰ってくるといきなり「こんなに(顔が)腫れている」というのが第一声でした。それをそばの刑事が聞いていて「ああ、医者に診せたから」と慌てて言いました。そうとうひどい目に遇わされたと思っております。
 警察で調べられている間、私たちはテレビの二ュースでしか様子がわかりません。ニュースの時間は首引きで見ておりました。「ボクサー崩れ」とか、「女性問題が多い」とか、あたかも極悪人であるような報道でございました。私たちはただ家の中に閉じこもり、外にも出られませんでした。周りの人たちは、みんな犯人だと思っていたと思います。「今日も犯行を否認した」というニュースが流れるたびに、辛い毎日でございました。
 一審の裁判にはほとんど母親が出ております。その後母親は体調を崩し、半病人のようになり、ついに寝たきりの生活になってしまいました。巖が自供したというときは、早めの夕飯を済ませた後、「巖が自供した」とニュースを知らせると、母は「世間を狭く生きてゆくしかないね」とつぶやいておりました。その母もその後胃癌をわずらい、体調を崩し、1968年11月に68歳で亡くなくなりました。続いて父も1969年4月に亡くなりました。
 母がなくなったことは、巖にはしばらく伏せておりました。半年ぐらいでの間、兄弟で相談して知らせないようにしてあったのです。そうしたらある日、巖からの手紙に「今朝方 母さんの夢を見ました。夢のように元気でいてくれるといいのですが」とあったのです。それで私たちは「ああ、これはもう黙っているわけにはいかない。巖に知らせよう」と相談し、一番上の兄が手紙で知らせました。
 その当時、母は月に何度か巖と手紙のやり取りをしていました。その手紙が途絶えたので、巌は変だなあ と思っていたのでしょう。
 母が亡くなった後は、「何か用事があったら、私のほうに言ってよこすように」と私が母の後を引き継いでいます。一日に便せん7枚、それを2組ほとんど毎日、日記のように書いて送ってよこしておりました。
 1991年11月までは、来ておりましたが、以後途絶えました。「なぜ、手紙を書かないの」と面会の時に聞いたら、拘置所の人が言ったのか分かりませんが、「書かないほうがいいと言った」と言うんです。そろそろ心の病が出始めていたのでしょうか、訳のわからないことを書き始めていました。
 拘置所の人も世話が焼けるので大変だと思います。それで「手紙は書かないほうがいい」と言ったのだと思います。私は「へへののもへじでも何でもいいから、書いてよこしな」と言ってやりましたが、それ以来、手紙はプッツリ来なくなりました。手紙をこちらから出しても返事は途絶えています。
 静岡の拘置所の最初の面会は、巖が会いたいということで出かけました。私は「伊達に兄弟がいる訳ではないから、頑張っていこう」と励ましました。
 東京に移ってからは兄二人と私が面会しておりました。巖は面会室に入って来るなり、私たちが口を挟む余地もないほど、事件のことを話し始めました。私たち3人はただ「うんうん」と相づちを打つばかりで、30分はわけなく過ぎます。外に出て「巖が元気でよかったね。」と、私たちの方が励まされておりました。
 やがて死刑が確定し、死刑囚の舎房に移ってからは、大変おとなしくなりまして、「ひどいところにいるよ。部屋の中から鍵も開けられん」と言って初めて弱音を吐きました。「そこにどのぐらいいるんだ?」と兄が聞くと、「ひと月くらい居ねばならんと思うよと」と言っておりました。
 それから半年ぐらいして面会に行った時のことです。その時は私一人でした。アタフタと巖が面会室にはいって来まして、「きのう処刑があった。隣の部屋の人だった。お元気でと言ってた。みんながっかりしている」と一気に言いました。私はあっけにとられながら、何がなんだかわからず、誰がとも聞けず、「ふーん」と言うばかりでした。相当のショックだったと思います。
 それからしばらくして、「電気を出すやつがいる」と言い出しました。「かゆみの電波を出す」とか 「痛みの電波を出すやつがいる」とか言いだしました。それで私は「電気風呂があるぐらいだから体にいいよ」と返事しました。また「食べ物に毒が入っている」「毒殺される」とも言っておりました。 
 「どうして毒が入っていると思う」と尋ねると、「体中がカーと熱くなる」と言っておりました。その他天狗だの 猿だのと意味の判らぬことを言い始めました。以来、処刑の話は致しません。拘置所で止められているのだろうと思います。
 平成に入り10年あまり面会拒否がありました。「姉はいない」とか「兄はいない」とか言っております。でも、私は毎月面会に行っております。ひょっとして、会う気持ちになるかもしれない と思うからです。3年半くらい前までは、まあまあ面会出来ていました。3年半前の8月24日以後、また面会拒否が始まりました。以前には「もう再審に勝った」と言うし、「刑務所も無くなった」とも言っておりました。最後の面会では「御殿を建てている」と言っていました。こんなとんちんかんな話ばかりなので、「馬鹿言うんじゃない」とは言えないので「あ、そうなの」と相槌を打つしかありませんでした。
 兄たちは、上の兄が2001年4月に亡くなり、下の兄も2009年3月に亡くなりました。

 元裁判官の熊本さんの発言があって、テレビ放映の機会が増えるのにしたがって、みなさんにいろいろ声をかけられます。「頑張って下さい」とか「応援しています」とかおっしゃっていただいております。
 私は保佐人になっておりますので、拘置所に巖の健康状態を訪ねましたら、糖尿病と認知症ということでした。21年の11月に聞いたところでは、認知症とは言いませんでしたが、22年8月24日にその頃国会議員だった牧野さんと面会に行ったとき、「認知症が進んでいる」と言われました。
 超党派の国会議員の先生方による「袴田巖死刑囚救援議員連盟」というものが発足しております。有難いことだと思っております。
 この47年間、盆も正月も祭りも無く、ただひたすら巖の無実を晴らすために一生懸命頑張って参りました。DNAの鑑定結果、弟は犯人でないことがはっきりしました。何か肩の荷が降りたような気がします。弟巖を生きて私の手元に迎えることだけを考え、ただただひたすらに生きて来た 私のこれまでです。
 巖にとっても私にとっても取り戻すことのできない47年です。
 巖は固く心を閉ざしながらも、必死で生きるための闘いをしていると思います。その反対側では、張り裂けんばかりの無実の叫びであふれかえっていることと思います。
 どうぞ、1日も早く再審が開始出来ますようにお願い申し上げます。
 ありがとうございました。

請求人 袴田ひで子

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Last updated  2013/12/19 12:46:52 AM
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2012/02/16
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 今日も袴田巖さんは面会を拒否しました。拘置所には今日の面会を事前に知らせ、保佐人の秀子さんは袴田さんの健康状態などの説明を拘置所に求めていましたが、誠実な対応がなく残念です。外部交通(面会や手紙の発受)の制限や不十分な医療体制なども袴田事件が抱える大きな問題です。

【産経ニュース 2012.2.16 14:45】
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120216/trl12021614450004-n1.htm

袴田死刑囚、姉との面会を拒絶「用がない」

 強盗殺人罪などで死刑判決を受け、静岡地裁に第2次再審請求している袴田巌死刑囚(75)の姉、秀子さん(79)が16日、収容先の東京拘置所を訪れ、支援者らと袴田死刑囚に面会を求めたが拒絶された。拘置所によると、本人が「用がない」と話して応じなかったという。

 秀子さんは拘置所に対し死刑囚の健康や精神状態について説明も求めたが、担当者の不在を理由に断られた。秀子さんは「会って顔の表情や色つやを見れば健康状態が判断できるのに、残念です」と肩を落とした。

 袴田死刑囚は数年前から秀子さんらと会話がかみ合わないなど、精神状態が悪化。平成21年には成年後見制度が適用され、秀子さんが保佐人を務めている。10年8月ごろから面会を拒否され、拘置所内での様子が分からない状態が続く。






Last updated  2012/02/19 01:12:18 AM
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2011/11/03
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 今日午後3時から水道橋の後楽園ホールで行なわれたプロボクシングの第68回東日本新人王決勝戦の会場ロビーで、袴田巖さんを支援するチャリティーTシャツの販売を行いました!

 ここ数年は、多くの観客が集まるこのイベントの開催に合わせて、チャリティーTシャツを製作してくれている鐘百繊維工業の山本社長と一緒に販売活動を行なっています。「袴田事件」の認知度は、ボクシング関係者の地道な活動などのおかげで、以前に比べるとかなり高くなったと感じますが、事件のことを知らない若者はまだまだたくさんいます。

 このチャリティーTシャツの販売を通じて、一人でも多くの方に、袴田さんが冤罪で45年も苦しんでいることを知ってもらい、支援の輪に加わってもらたいと思います。

 今日の売上はTシャツ10枚(20,000円)でした。また、カンパとして500円をいただきました。協力してくれた皆さん、どうもありがとうございました!






Last updated  2011/11/04 01:35:50 AM
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2010/07/15
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 昨日、第1次再審請求審から2007年まで袴田事件弁護団の団長を長年務められた伊藤和夫弁護士が逝去されました(享年81歳)。

共同通信
http://www.47news.jp/CN/201007/CN2010071501000396.html

朝日新聞
http://www.asahi.com/obituaries/update/0715/TKY201007150340.html

 ここ数回弁護団会議を欠席されていたので心配していた矢先の訃報でした。心よりご冥福をお祈りいたします。






Last updated  2010/07/16 12:29:37 AM
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2010/06/10
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 今日、午前10時半から参議院議員会館会議室で、袴田巖死刑囚救援議員連盟と袴田事件弁護団の懇談会が開催されました。

 弁護団からの要望で実現した今日の懇談会には、弁護団から西嶋勝彦弁護団長はじめ6人の弁護士が、また、議連からは牧野聖修会長はじめ14人の国会議員が参加し、議員秘書の方も多数参加しました。

議連弁護団懇談会2.jpg

挨拶する袴田救援議連の牧野会長


 懇談会では小川秀世弁護士が第2次再審請求と袴田巖さんの現状について説明し、議連に対して、証拠開示の実現・死刑執行の停止・適切な医療措置・恩赦の決定・秘密交通権の確保などの点で、政府に働きかけてほしい旨要望が出されました。

議連弁護団懇談会.jpg

議連メンバーに現状説明する弁護団


 これに対し議連からも多くの意見や質問が出され、弁護団からの要望についても引き続き政府に働きかけるとともに、国会の場で議論していくよう努力していきたいとの回答がありました。また、できるだけ早期に秀子さんと一緒に牧野会長が拘置所で袴田さんと面会できるよう法務省と交渉中だということで、鈴木宗男事務局長は「今後も緊張感を持って対応したい」と述べました。

FREE HAKAMADA NOW!






Last updated  2010/06/13 02:25:21 AM
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2009/07/15
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「袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会」の楳田代表ら支援者8人が今日静岡地裁と静岡地検に対し要請書を提出しました。
 
 静岡地裁には速やかな再審開始と市民に開かれた司法制度の実現などを、また静岡地検には、袴田さんの刑の執行停止と未開示証拠の開示などを要請しました。第2次再審請求に入ってからの支援者による静岡地裁への要請行動は今年の5月21日に続き2回目で、再審開始要請署名は計704筆を提出しており、9月には3度目の要請行動を行う予定です。

SBS静岡放送動画ニュース
http://www.digisbs.com/tv/news/movie_s/20090715121731.htm






Last updated  2009/07/16 01:30:52 AM
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2009/07/09
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 本日、袴田巖さんのための定額給付金が、袴田さんの住民票がある静岡市から、袴田さんの姉で保佐人の袴田ひで子さんの口座に振込まれたことがわかりました。

 今回の支給に向けては、数ヶ月前からひで子さんと清水の救援会が弁護団の協力も得ながら関係機関への照会などを行い手続きを進めてきました。ひで子さんは来週16日(木)にも東京拘置所を訪れ、袴田さんのために支給された定額給付金2万円を差し入れる予定だそうです。

毎日新聞
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090709ddm041040026000c.html

読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090709-OYT1T00470.htm






Last updated  2009/07/09 11:03:03 PM
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2008/08/02
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(以下続き)

(2)上記認定の事実,すなわち,(1)本人の精神の障害は拘禁反応と呼ばれるもので,その病態は,大半の知的機能は障害されていないが,自分は「儀式」の中心におかれた「全知全能の神」であり,神として負わされた役割を全うしなければならない旨の妄想的思考があるというものであり(本人には上記妄想以外の症状は認められない。),現在の自己の同一性や自分が拘置所に置かれていることに関連する話題では妄想的思考の粉飾を受けやすいが(ただし,粉飾を受けやすい話題でも,中核にある現実的なものを失ってはいない。),一般的な話についてはごく正常な反応,回答をすることができること,(2)個別の精神的機能(意思疎通,記憶力,見当職,計算力,理解・判断力,知能検査・心理学的検査など)は,上記妄想によって粉飾され事理弁職能力を欠いていると考えられる部分があるが,それ以外の部分では上記精神的機能は保たれていること(なお,計算力,知能検査・心理学的検査には何ら問題がなく,理学的検査及び臨床検査でも異常所見は認められない。),(3)自己の財産の管理・処分ができるか否かについては,契約など重要な財産行為をすることはできないが,一方,日常生活に関する行為には全く問題がないこと,(4)現在,本人に認められる知的な機能の障害は固定したものではなく,回復し得ないものともいえないことなどにかんがみると,本人は,民法11条にいう精神上の障害により事理を弁職する能力が著しく不十分である者ということができたとしても,いまだ,民法7条にいう精神上の障害により事理を弁職する能力を欠く常況にある者ということまではできない。
 なお,本件鑑定書では,鑑定主文において,自己の財産を管理・処分する能力について,精神上の障害である拘禁反応のため,自己の財産を管理・処分することはできないとされ,その説明において,「現在実際に本人が発揮しうる財産管理の能力をさぐってみると,本人は,いずれも妄想的な思考に粉飾されて,所有する財産について現実的な会話をすることはできず,財産の管理の方法についで誰かに相談することや,具体的な財産の処分について話をすることはできず,何らかの契約書を作成しようとしても全能の神などと署名することが予想され,現実的に自己の財産を管理し,処分するだけの機能を発揮することはほとんど不可能である。すなわち,少なくとも現在は拘禁反応によって発言は妄想的な粉飾を受けてしまうため,現実問題として契約などの場面を想定すれば,本来もっている財産を管理し,処分する能力がまったく発揮されない状態,常況にあることは確かである」などと記載されていることが認められる。
しかし,後見の対象者は,一般的に,自己の財産を管理・処分できない程度に判断能力が欠けている者であって,日常的に必要な買い物も自分ではできず誰かに代わってやってもらう必要がある程度の者と解されているところ,本件鑑定補充書によれば,本人は,財産の管理・処分はできないものの,日常的に必要な買い物はできる状態であって,上記基準がうまくあてはまらないこと,そして,鑑定人は,本件鑑定書においては,自己の財産を管理・処分するという具体的行為を想定し,そういう具体的行為ができないという視点を重視して,「管理・処分ができない」と記載したものの,他方,日常的に必要な買い物程度は単独でできるか否かという視点を重視すれば,「管理・処分するには常に援助が必要な程度の者」に相当するといえるとも記載しており,結局,後見にあたるのか,保佐にあたるのかについては,最終的に法的になされるべきものとして裁判所に委ねたいと考えていることが認められる。したがって,本件鑑定書に上記記載があることをもって,本人は事理弁識能力を欠く常況にある者とはいえない旨の上記判断が左右されることはない。
(3)そして,上記のとおり,本人は精神上の障害により事理弁識能力が著しく不十分な者として保佐開始の状態にあるものと認められるが,後見開始の申立てにおいて,本人の精神上の障害の程度が後見開始の程度には至らないが保佐開始の程度であると認められる場合に保佐開始の審判をするかどうかは家庭裁判所の裁量に属するものと解されるが,本件において保佐開始の審判をなすことが相当であるとは認められない。

3 結論
 よって,本件申立てを却下することとし,主文のとおり審判する。

平成20年6月27日
東京家庭裁判所家事第1部
裁判長家事審判官 上原 裕之
家事審判官 草野 真人
家事審判官 佐藤 久文







Last updated  2008/08/02 06:07:02 PM
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 2004年2月に、父親の遺産相続手続きを行うため、弁護人を袴田さんの成年後見人に選任するよう申請していた件について、東京家裁は不当にも却下の決定をくださいました。
 以下、長文になりますがその全文を掲載します。

 まずはその前半部です。


平成16年(家)第80326号 後見開始の審判申立事件

審判

主文
本件申立てを却下する。

理由
1 事案の概要
 本件は,本人の実姉である申立人が,本人について後見開始の審判を求めた事案である。
 本人は,昭和41年8月に逮捕され,以後拘禁されていて,昭和55年12月に強盗殺人及び放火等の罪で死刑の判決が確定した。本件申立ては,昭和44年4月11日に死亡した本人及び申立人らの父Aの遺産について分割協議を行うことを動機とするものである(なお,申立人によると,Aの遺産分割については昭和44年に協議済みであるところ,最近になって協議から外れた畑があったとのことであり,その平成17年度の固定資産税課税標準額は90万4516円である。)。

2 本人の精神上の障害の有無等について
(1)本件記録によれば,次の事実が認められる。
(1) 当裁判所は,本人の精神上の障害の有無等について,国立精神・神経センター精神保健研究所の医師であるBに鑑定を依頼した。同医師(以下「鑑定人」という。)は,鑑定をするに当たって,当裁判所から提供された資料一式(平成16年2月20日付け診断書の添付が不能な理由及び精神鑑定に関する上申書,同日付け報告書,平成18年12月15日付け回答書兼鑑定人派遣の要請書,平成19年3月28日付け電話聴取書,同年9月27日付け嘱託書に対する回答書[東京拘置所長作成。東京拘置所において同年9月20日,本人の血圧測定,採血検査及び頭部CT検査を実施した結果等が記載されている。以下「本件回答書」という。])を参考としたほか,平成19年10月23日午前11時から午前12時まで及び同月25日午前11時から午前12時までの間,東京拘置所において,本人に対する問診等を行い,平成19年11月7日付けの鑑定書(以下「本件鑑定書」という。)を作成し,鑑定主文において,本人について,精神の障害があり,それは拘禁反応である,現在,上記症状のため,自己の財産を管理・処分することはできない,もし拘禁が解かれるならば,その能力を回復する可能性はきわめて高い旨の判断を下している。また,鑑定人は,当裁判所からの鑑定書に関する補充について(依頼)に対し,平成20年2月11日付けの「鑑定結果に関する補充,訂正書」(以下「本件鑑定補充書」という。)を作成した。本件鑑定書及び本件鑑定補充書の内容の詳細は以下のとおりである。
 まず,本人の精神の障害とその病状について,本人の精神の障害は「拘禁反応」と呼ばれるもので,その症状は生活機能に影響している。その病態は,比較的単純で要するに妄想的な思考があるというものであり,本人の大半の知的機能は障害されていないが,妄想的な世界観や自己の位置づけにより,発言はしばしば粉飾されたり,具体的な回答を「言っても意味がない」という言葉によってはぐらかされることになる。その妄想的思考はかなり体系化されているようであり,次のような構造である。すなわち,自分は「儀式」の中心におかれた「全知全能の神」であり,神として負わされた役割を全うしなければならず,その役割としてこの拘置所に置かれている限り自由は許されないが,神として,考えたことは全て「機械によって書かれる」ことによって,世の中では現実となっているが,自由になればすべて消え去ることであるから,今いろいろなことを言っても意味がないし,話すことは現実になってしまうのであれこれ話すことは禁じられているといったものである。そして,この妄想的な考え方の主題に触れやすい話題,すなわち自己の同一性や拘置されている事実に関連する話題ではその粉飾を受けやすい。もっとも、その場合でも,中核にある現実的なものを失っているわけではなく,それを妄想的な発言で覆い隠し,簡単には出てこないようにしている。そして,一般的な話については基本的にそうした話題と関連づけることはなく,ごく正常な反応,回答をすることができる。現在,本人には,上記の妄想以外の症状は認められず,妄想的発言を惹起するような心象や琴線に触れない限り会話は極めて良好に成立し,コミュニケーションの能力そのものは十分に機能が保持されている。一般的な生活能力においても,拘置所内での身辺自立はしており,基本的に介助を必要としていない。
 次に,本人の精神の状態の詳細について検討するに,
ア 意思疎通は,本人の名前を尋ねると「今はトウカロリ本尊ハカマダイワオ。もうひとつは全能の神様。二つの名前を持っているんだね」と言い,「ハカマダイワオさんではないんですか」と尋ねれば「それは儀式名,ハカマダイワオというのは儀式の中心になっていくための名前だったんだ」と答えるなど,話題が本人に深く関係することや本人を取り巻く世界観というものに関連すると非現実的な内容になり,そこに没頭していく傾向が見受けられる,一方,鑑定人が医師として面会に来ていることを理解して「先生」と呼び,健康についての話題を自ら述べたり,鑑定人の質問が聞き取りにくかった場合には,「これ(面会室のガラス板)でよく聞こえんからね」と聞き返すなど,会話は成立し,統合失調症に見られるような支離滅裂さはなく,一般的な話題であれば全く問題のない話ができる。
イ 記憶力は,誕生日を尋ねると「昭和10年4月29日,これは生年月日としてはハワイ国家ニコラス,これは同時に日銀社長以上同文全能の神様殿」などの不正解を答え,年齢も「無限歳,最大月,地球もなければ何もない無限歳々年月」と答えるなど,自分の生年月日や年齢を誤答することがある,一方,会話を丁寧に続けて尋ねるとこれらの正解を引き出すことができる。
ウ 日時・場所に関する見当識は,年は全能神様の政治決定で平成元年,季節は10月で世間は真夏の世界だが秋の時点に入る,場所は,「ハワイのここは世界で一番高い,100階建て以上のホテルになってるのかな,そのなかに東京拘置所もある」などと答える,一方,月,日,時間,曜日について正解し,日常の日々の時間経過は十分正確に理解しており,「住所は分かりますか」と尋ねると「ここの東京都葛飾区1-35-1のAとなっているね」と答え,日常生活をしている場としては自分が上記場所にある東京拘置所で過ごしていることは確実に理解している。
エ 計算力は,本人は四則演算を理解しており,暗算では若干の誤答はあるものの基礎的な能力は有しており,現実の生活場面で筆記用具を用いればより高い能力を発揮することが予想される。
オ 理解・判断力は,鑑定人の話を理解しながらも,それに「自分は全知全能の神であり,この世の中のものはすべて自分が考え,生み出したものであり,したがって自分のものである」という妄想的な理屈をかぶせて合理的でない答えをしたり,「話したことは現実になってしまうが,自由になって外に出ればすべてが消えてしまうのだから,答えても意味がない」という妄想的な理由で答えることを避けたりする,一方,全く一般的な問題については,〈5月5目は何の日ですか〉「子供の日だね」,〈信号が何色のときに道路を渡りますか〉「青だね」,〈母親の姉を何と呼びますか〉「おばさん」などと正答し,野菜の「カンラン(キャベツのこと)」の説明を求めると「栄養豊富,葉っぱが厚くて青くて大きくなる」などと的確に説明する。
カ 知能検査,心理学的検査は,改訂版長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)は25点(非痴呆21点以上),国立精研式痴呆スクリーニングテストは16点(16~20点正常)であり,いわゆる認知症にあたる知的水準の低下を示唆する所見は認められない。
 さらに,成年後見制度で採り上げるべき能力である自己の財産の管理処分ができるか否かについては,財産がどれくらいあるかという話をしても,自分が創造したものであるから,世の中のもの全てが自分のものであるという回答になり,資産も人類が数えられる限界の金を持っていて「今日5兆円が入ってきた」などと述べて合理的なやりとりは成立しない。また,財産の管理の方法について誰かに相談する場合でも,全能の神である自分以外に頼るべき人間はいないので,現実的な個人をあげることはできず,具体的な財産の処分の質問をしても,今何らかの契約をしたとしても自分が自由になって拘置所をでることになれば全てがなかったことになるから意味がないと言ったり,契約書に全能の神などと署名したりすることが予想される。他方,日常の生活用品等の購入などについては,おそらくは本人の拘禁反応による妄想とはほとんど関係しないところで行われる行為となるため,そして身辺自立ができていて,簡単な計算などは間違いなくでき,支障となるような記憶の障害も認められないので,基本的には,自立して援助なしで行うことができるものと推測される。
 なお,身体の状態について,拘置所における面接ではガラス板をはさんでの対面のみに限られていたので詳細な理学的検査及び臨床検査(血液検査や画像検査など)を行うことはできなかったが,前者につき,視診によって特記すべき異常所見は認められず,本件回答書による限り理学的に特記されている異常所見はない。後者についても,本件回答書によれば,軽度の貧血所見,肝胆道系酵素の高値などが認められるが,これらは直接に知的な機能に異常をもたらすようなものとはいえず,頭部CT検査によっても精神に重大な障害をもたらすような器質的な所見があるとはいえない。
(2) 家庭裁判所調査官2名が平成19年5月16日に本人と面接した。本人は,家庭裁判所調査官らに対して,〈本籍は〉「ハワイの国家権力,日銀社長,それが私の本業。」,〈住民票上の住所は〉「儀式の問題,書いただけの問題」,〈名前は〉「名前にも儀式がついている,儀式名はハカマダヨウ」,〈何歳になったか〉「ムゲンサイサイネンゲツ」などと答え,一方,家庭裁判所調査官らが,成年後見制度,本件申立て及び後見人候補者(弁護士)の説明を行ったところ,「姉ということで私を擁護しようということならお願いします」,「自分はその弁護士とは会っていないから,私では決められないが家族がいいというならそれでいい。」と答え,本件手続を進めてよいとの意向を示し,「(精神科医の面接やテストに)協力します」などと鑑定手続に協力する旨明確に答えた。
(以下続く)






Last updated  2008/08/02 06:05:27 PM
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