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今までも書きましたが、私たちは過去の記憶こそ封印されていますが、おそらくいろいろな事情から地球へ訪れているはずです。「善と悪の二元性」というテーマを学ぶために来た者、ネガティブな存在から逃亡するために地球へ落ち延びた者、そして地球を我が物にしようと地球へ訪れた自称侵略者(笑)・・・などなど。
ところが地球へやってきた途端、第三密度特有の特徴だと思うのですが、肉体を持って転生するとき今までの記憶を失ってしまうのです。 だから私たちは過去世で何をしたか今私たちがここにある顕在意識では覚えていないのです。過去に何をやってきたかは深層意識を通ってさらに意識の深い階層にある、それぞれの自分の記憶を一時的に預けている意識の層まで戻ってこないと思い出すことができません(つまりは死後意識の深い階層に戻らないとダメですね)。 ただ過去の記憶を覚えている人も極まれにですが少数存在します。有名な話だと米ケネディー大統領の生まれ変わりの話ですかね。ドイツ生まれのこの少年(今では40歳前後のおじさんのはず)はなぜかホワイトハウスの間取りを知っていて、毎年誕生日前後になると頭痛がするという話です。多分過去世で拳銃で撃たれて亡くなった瞬間のことを体でいつまでも覚えているのでしょう。ちなみにこの少年が生まれた時期はケネディ大統領が亡くなった時期とほぼ同じだというのです。 死後世界(第四密度)の時間の流れは今私たちがここにいる第三密度の世界とは異なり、時間の流れに関して非常に柔軟性があるということで死後世界で数百年待機した後、何らかの形でケネディ大統領が亡くなった時間に転生した、といえるかもしれません。ただしこれは私の推測に過ぎないのですが・・・(笑)。 第四密度の世界はどういう形になっているのかはまた後日書くとして、第三密度を卒業しようという意志があるならば、肉や牛乳の摂取を止め玄米雑穀・豆乳の食事に切り替えていく、パワースポットに行く、ボランティアをして他人を助けることをしてみる、自分はなぜここにいるのか自問自答してみる、などをしてみるといいと思います。今からでも遅くはないのでそういう姿勢を見せれば、上の階層にある世界のあなたをサポートしているハイアーセルフ(高次元にいる自分自身に近い魂)とコンタクトを取れる可能性があります。地球はアセンションという時期が迫ってきているので、とくに今回地球を卒業できる可能性を残している人のハイアーセルフは、第三密度に肉体を顕現して降りているあなたをどうにかしてサポートして卒業させたいとうずうずしています。肉を食べるのを止め、パワースポットに行き、他人を助けるようなボランティアを始めれば、自分自身からでる波動が精妙になるため、何らかの形で上の階層の世界で待っているハイアーセルフと目に見えない形でつながりやすくなるのです。 私の場合、4年前ぐらいから脳波を調整する目的でヘミシンクを始めたのですが、霊的覚醒が進んで肉を食べるのを止め、自己探求する意欲がでてきました。さらに精神世界に関する本を読み漁っています。 そして以前よりは執着が減ってきたように思います。とくに物欲、名誉欲は落ちてきました。以前のように車やブランドもののグッズを欲しいとは思わなくなりました。また肩書きや学歴にもどうでもよくなってきたと思います。 まだハイアーセルフとコンタクトはできていないのですが、大きな願望でないならば多少の願いはかなうということには実現できるようになりました。例えば読みたい本などです。Amazonで在庫切れで入手不可でヤフオクでもなかなか手に入らないような本を探しているときなどは偶然見つけて手に入るような体験をしました。これは「欲求・願望が現実を創造している」ということを理解するための必要な体験かもしれません。 話を戻しますが、どのような事情であれこの地球で「善と悪の二元性」を今まさにリアルタイムで学んでいることは事実です。ただ単純に「善」が優れて「悪」は懲罰されるべきもの忌むべき物というものでもないのです。「善」は他者への奉仕 、「悪」は自己への奉仕という方向性があるのは事実ですが、マクロな観点で見ればそれぞれは自己表現の一形態であり、「善」と「悪」は表裏一体、どちらも欠けてもいけない、という結論に最終的にはいきつくでしょう。善と悪を越えたニュートラル(中立)になる、これがもしかすると第四密度での気づきかもしれません。 とりあえず第三密度のこの地球を卒業するためには、肉を食べるのを止めることで自分の波調を精妙にし、他人を助けることの大事さに気づき、必要以上のものを求めない、これを実践してみてください。 他人を助けることの大切さ、というのは電車やバスの中で高齢者に席を譲るという身近なことから、震災直後や雪かきのボランティアに到るまで、何か他者に対して助けることをすれば良いカルマが悪いカルマを解消してくれる場合があるということです。 残念ながら今の社会では高齢者、障害を持つ社会弱者、就職できない若者、生活保護を受けることもできない生活困窮者がどんどん社会から切り捨てられる社会です。中には自分が産んだ子供を虐待してしまう親すらいる。俗に言う利己的な社会になりつつあります。 でもその一方で震災時の募金や物資援助、日本海大雪などの雪かきボランティア、地域ボランティアなど、人を助けるしくみが芽吹いていることもまた事実です。 基本的には自分が過去世で誰かにに悪口を言ったあるいは殴った事だとすると、今生ではその自分が過去世で嫌な思いをさせた人の生まれ変わりの誰かから同じことを受けてカルマを解消する形を取ります。 でも全部が全部そういう形を取るのかというとそうでもなくて、自分が良いことをした場合は、いつか巡り巡って何かの形で助けられる場合もあるし、過去にした悪い行いが打ち消してくれる場合もあるようです。 他人を助けるというのを自分のカルマを解消する道具にするのではなく、他人のために何か役に立つことをすることをし続けることで、あなた自身が良い方向に動き出します。他社への奉仕とは他人に何かを尽くすことに喜びを感じるということで、これに関しては偽善という言葉とは意味が異なります。この部分はうまく説明できないのが歯がゆいところですが、自分への利益を度外視して他人へ尽くす・助けるとわかると思います。 ただ私が言えるのはポジティブ(他社への奉仕)のみでも、ネガティブ(自己への奉仕)のみでもダメだと思います。長い目で見るとそのバランスを取っていく必要があるということです。 (多分今回の記事は肝心な趣旨を抜かして、言いたいことの半分も言えてないような気がする・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 17, 2012 12:26:29 AM
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