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カテゴリ:闘病日記(聴神経腫瘍)
1999年1月13日
朝起きると突然めまいと左耳の閉塞感。すぐ近くの耳鼻科へ行くが「疲れでしょう休んで…」症状訴えたが診察はこの言葉だけで終わった。 13日、診察して貰った病院にもう1度、連絡するがとれない。先生の言葉を信じ薬を飲んで様子をみることにする。 1999年1月15日 めまいはひどくなるばかり。動けない。景色は初めゆっくり流れていたのが今はすごいスピードで回転して目を開けられない。救急車、自分を迎えに来る音だ。 1月17日 点滴治療でめまいはだいぶ治まったが左耳の閉塞感が…。この病院は内科。看護師さんに耳鼻科で診て貰いたいと訴える。今日は日曜日、明日先生が病院にいらしたら紹介状を書きますとの事。めまいで目が開けられない__。 1月18日 主人の車で私が希望したF耳鼻科へ…。頭を上げたらめまいがひどくなるので そっと寝たまま移動。病院に到着。 院長が詳しく症状を聞いてきた。近くの耳鼻科で言われた事をいったら 「すぐ電話してカルテ送ってもらって!」そういって検査しているうちカルテは送られてきた。 メニエール病と書いてあったそうだ。私には何も言ってくださらなかったのに…。「すぐ入院!」 ここなら助かる__。そんな気がした。 この日から 低分子エキストラン 副腎皮質ホルモン剤 プロスタグラレジン ATP 重曹水 Firβ(あってるかな?) 以上の点滴。 投薬は ユベラニコチネート メニエース カルナクリン 6日間の点滴が終わると ブドウ糖 アリナミン ATP メイロン の点滴にかわった。 突発性難聴と私の症状に名前がついた。 この時子供7歳、4歳、一番下は1歳と2ヶ月。 只今ランキング参加中です!ポチッとお願いしますカムサハムニダ! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
March 12, 2007 09:50:05 AM
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