節分のはじまりは?
◆節分のはじまり◆古代の中国人にとって大変重要だったのは種を蒔いて農作物を上手に育てていくことでした。そしていつ種を蒔いたらいいのか、その年の気象状況を予測していく生活が始まりました。彼らは太陽を観察して、そして月を観察しました。それからたくさんの星の中から五つの惑星を選んで、それぞれの特徴から木星 火星 金星 土星 水星と名前を付けて観測の対象にしたと言われています。特にその星の色がそれぞれ盛衰するのを見て気象変化を予測して、この観察から木 火 土 金 水 の五つの物質が生活の基本だと意識をし、この循環を五行として生活の根底に置いたとされています。そして一年を二十四に分けて、二十四節気が始まりました。最初は立春、立夏、立秋、立冬の前日の気候の移り変わる前日を節分としていました。それが次第に一年のはじめの春だけに用いられるようになりました。今では節分は立春前日の特称となってしまいました。旧暦で節分の頃は多くは正月、初旬、あるいは、年末になります。●豆まきは?節分の豆をまいて鬼を追い払う慣わしは、中国の邪気(鬼)払いからきています。そして豆をまくと言うことは、陰陽五行、十干、十二支という考えが大きく関わっています。昔の中国の道教で冥府の神として信仰されていました。「泰山府君」が住むと言われていた山が北東にあったことから冥府ー>北東ー>鬼門と言われるようになり、鬼門の方角は十二支でいうと丑と寅の方角にあたります。ここで丑というのは旧暦で12月、寅は1月にあたります。それで鬼門は鬼の出入りする方角でこの邪気を祓うことにより無事に春が迎えられると考えられるようになりました。五行では、自然の道理を、木、火、土、金、水の五元素のことを表し、この金というのが硬い、厄病などと言われて鬼の象徴となり鬼が金棒を持っているのも「金」の象徴です。そのことから「金」の作用をなくすには、五行で「火」が必要だとされました。そして大豆はとても硬く「金」にあたります。大豆を鬼と考えてこれを煎ることで(火剋金の作用)となり、豆をまき外や内の邪気をはらい人間が食べてしまうことで鬼を退治することになり、五行の「木」を助けると言うことで「春を助けて無事に春を呼ぶことができる」と考えられました。そして春の初めに祝福の神々が訪れると言われています。これが現在、節分の時に豆をまく習慣になったと言うことのようです。