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Beauty Source キレイの魔法

エリック1855『スピリット』

エリック1855
『スピリット』

護岸のための図面を描き上げ、私は極秘で現地に到着した。
外国人がうろうろすることなど、考えられない時期だったから
顔を隠すのに頭巾を被った人物というのは、何かと都合がよかったようだ。

陣頭指揮を取るのは、気のいい、頭の回転の早い男で
通訳を交えて説明をすると、何をするべきか、何が必要かをすぐ理解した。
「仕事に取り掛かる前に、100年前の工事の請負人たちの墓に行きたいのだが。」
船で一緒だった騎士に足を運ぶように頼まれていたし、多くの人命を賭けた場所に
手を入れるなら、断りを入れておかねばならないだろう。
この感覚も、この国の者にはわかるようで、すぐ翌日に案内された。

墓はよく手入れされていて、花も添えられている。
政府の意に反して、殉死した者たちを手厚く葬ったという場所は
この地の聖地ともなっているらしい。
墓の前では被り物は取るべきだが、非礼をのんでもらい、そのままで死者に手を合わせる。
無神論者とはいえ、身を賭した騎士たちの魂のありようには敬意を表したかったのだ。

工事が始まると、私が目したとおり、指揮を取る男は優秀で、
彼のもとに召集された人足たちも陰日なたなくよく働き、
たちまちのうちに工事に目鼻がつき始めた。
いままで経験したなかで、おそらくもっとも優秀な請負人たちだろう。
おかげで、私は予定より早くこの地を後にすることができた。

一連の仕事の謝礼のひとつとして、私はかねてから申し入れてあった、
かの地の西方にある劇場に足を運ぶことを許された。
もちろん、これも極秘中の極秘だ。
ちまたに流布しているという、文字入りの版画を手にいれ、
あらかじめ話の筋を把握してから芝居小屋に足を踏み入れる。
小屋の中で案内人に異国の言葉で説明してもらうわけにはいかないからだ。

夫に裏切られ、毒を盛られた女が客席上で宙を舞いながら笑いかけ、
仇を討つ者と討たれるものが、舞台に掘られた池でずぶ濡れになったその水をこちらにもふりかける。
大仰で人を喰っていて、目を奪う面白さだ。
これはオペラ座でも、試してみてもいいかもしれない。
今しがたまで美しい女だった役者が、男や変化のものになりかわるのも、見たことのない早さだった。
役者が皆、男というのは奇妙だが、これも昔日の宮廷演劇と重なるともいえる。
衣装も贅を尽くしたもので、舞台の構成、色彩感覚も優れていた。

この地での演劇の様子を描きとめてクレアへの土産のひとつにする。
女役のまとっていた黒い絹布の衣装も、彼女なら着こなせるだろう。
ルイーズにはたしか人形だったろうか。
私は案内人に、舞台と同じかそれに類する衣装と、人形の手配を頼んだ。
金糸を織り込んだ黒の絹服はすぐ見つかったが、人形は直接選んではと提案される。

日が落ちてから職人のもとに向かい、暗い部屋に並べられた
無数にあるかと思われる人形と対面した。
まだ体がないにもかかわらず、それぞれに魂がこもっているのがわかる。
じっと見つめられながら、私もひとつひとつを眺め渡し、
ルイーズのために抱きかかえられる大きさになると思われるものと、
なぜか心惹かれた、ひときわ大きなものを選んだ。
どちらも、この国の白い衣装をまとった花嫁人形に仕立ててもらうことにする。
「どなたか、嫁がれる方に差し上げるので?」
「いや・・・。しかしおそらくそうなると思う。」

この地を離れる前日、ようやく宿舎に人形が届けられる。
なめらかな表面の木箱に入った人形は、思っていたよりも
大きく仕上がっていて、二人ががりで運ばれてきた。
特に後から選らんだものは、ほとんど等身大だ。
検分のためにそっと木蓋をあけたとき、なぜ彼女に惹かれたのかがようやくわかった。
あまりにも愕然として、皆が引き払ったあと
しばらく必要としていなかったパイプに手を伸ばしてしまう。

「エリック、エリック」
インドで聞いたあの声がよみがえる。
今はこの薬も、役には立たないらしい。
帰国したら、やはり一度は行かねばならないだろうか。
逃げても逃げても追ってくるこの幻影から、本当の意味で解き放たれるために。

憎い、そして愛してやまないかの女性のもとへ。

2005.08.10


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