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Beauty Source キレイの魔法

クレア1860『娘』

クレア1860
『娘』

あの方への連絡をここ半年ほど、私はあえて取ろうとしていなかった。
貴族やお金持ちたちへの、趣味の良い邸宅の建築をいくつか手がけられて
気が紛れていらっしゃるということもある。
何か心を奪われるものさえあれば、あの方が阿片やモルヒネに耽溺することもないのだもの。

いいえ本当は、命を授かったことを、どうしてもあの方にお伝えできなかった。
私があの方以外の対象に、気持ちを少しでも分けることを許していただけるだろうかという危惧と、
一方で、今度こそあの方の心を完全に捉えるかもしれない天使の候補に会えるという期待。
どちらにしても、身ふたつになって心を落ち着けてからお話申し上げようと思っていたのが
大事な情報をお伝えする機会を逃すことになってしまったのだ。

あの方は、おそらくご存知ないだろう。
巷の情報はほとんど気にかけない方で、私やエリザベートさま、グスタフからの手紙が
世間への窓なのだから。
ジュールもベルギーであの方のそばにいて、わざわざパリの新聞を取り寄せているとは思えず、
この情報をお伝えしているとは考えにくい。
何より、一次審査、二次審査と絞られ、新聞に載せられる候補者の中に
あの方らしき名前はなかった。

「お前があのとき嘆いていたのは、コンペのことをエリックに知らせてやれなかったからだろう?」
マーガレットが生まれて三月になり、そろそろオペラ座に戻る準備を始めていたころ、
父が尋ねた。
「ええ」
私は努めて、淡々と応える。

「確かにエリックなら、シャルルよりもいい作品が描けたかもしれない。
彼のデッサンや構成力、そして創造力はそれは素晴らしいものだった。」
「あのときは、取り乱してしまって申し訳ございません。」
「いや。エリックの才能に惚れ込んでいるお前だ。ああなるのも道理だし、
恩のある私がそのことを考えつかなかったことこそ、すまなかったと思う。
・・・ところで、エリックはいまどこにいるんだね?」
「はっきりとは存じませんの。大きなお仕事のご契約をいくつかされて
居場所を転々としていらっしゃるようで。」
「そうか。マーガレットのことは知らせなくていいのかい?」
「あの方には関係ありませんもの。」
どうしても語気が強くなってしまいそうになるのを、懸命に抑えた。

「なぜそう頑なになるんだね。ルイーズの結婚のことも伝えた方がいいのだろう?
お前のことも当然・・・。」
「お忙しい方ですもの。今度、パリにいらしたときでかまわないと存じますわ。」
私の声の調子に、父はいぶかしさを募らせたようだった。
「クレア。前にも尋ねたが、もう一度聞くよ。マーガレットの父親は、本当にあの子爵なんだね?」
「ええ、お父さま。」
「・・・。」
「ごめん遊ばせ、メグが泣いているようですので、失礼させていただきますわ。」

部屋のドアを閉め、メグのしっとりと重たい体を抱きしめる。
私が幼いころと同じ赤い巻き髪、きっと濃い金褐色になるに違いない。
茶色の瞳も、私とよく似ている。
何もかも、少なくとも外見は全て、私に似てしまうといい。
あなたは、お母さまだけの娘。

ただね、メグ。
恋の仕方は、同じではない方がいいかもしれないわ。
でも、これは矛盾ね。
あなたがあの方の心にかなう才能を持っていることも、望んでいるのだから。

ああ、いまこそあの方にお会いしたい。
お目にかかって、あの瞳と声に身をゆだねたい。
何年も時がたったような気がするのは、おこがましくも私の方から距離を置いてしまった報い。
あとどのくらい、この灼熱感に堪えなければならないのだろう。

2005.08.25


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