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Beauty Source キレイの魔法

ルイーズ1871『神供』

ルイーズ1871

『神供』

建築途中の新オペラ座が、パリ・コミューンに封鎖されてひと月。
シャルルは心労のため、寝込んでしまっています。
建築現場に入り浸りで、たまの閑暇があってもややもすれば、
このアパルトマンよりも実家の父のもとに行ってしまう夫が
落ち着いたのを、かえってほっとする思いで迎えてはいたのでした。

「占拠された建物は、内部はバスティーユさながらの要塞と化し、
日毎夜毎、阿鼻叫喚が繰り広げられてるらしい。」
厳戒態勢のパリの町を、闇に紛れ潜り抜けて訪ねてきてくださったあの方は
どちらかといえば浮き浮きと、シャルルに報告なさいました。

「なんということだ。君と私が心血を注いだ殿堂が、芸術の何もわからぬ暴徒達の根城になるなど。」
「確かに、君の作ったオペラ座は、要塞にふさわしい装備を備えてはいるよ。
楽屋とレッスン室のために仕切られた柱は、即、牢獄になるし、
ロープを蓄えた綱元は、ハンキングにはもってこいだ。
地下には水責めと逃亡にぴったりの水路まであるのだからね。
暴徒たちも、なかなか目が高い。」
「なんだか嬉しそうだな、エリック。」
「シャルル。いにしえのギリシア、エジプトを振り返ってみても、神性なる巨大建築物には
大なり小なり、犠牲が必要とされてきた。
それは人足たちの事故による落命であったり、シャーマンの神託と称した生贄であったり。
私が携わった日本の河川の工事でも、自ら進んで殉死した人々がいたそうだ。
ましてや、花の都に建つ美と芸術の神殿に、いくらかの供物が捧げられてもいたしかたないだろう。」
「芸術の神が、犠牲を求めたというのか。」
「そうとでも考えなければ、君の神性な作品に申し訳がないだろう。
たとえ血塗られてしまったとしても、かの殿堂は処女マリアの如くいささかの穢れもない。
まあとにかく、バスティーユが落ちてからというものここ100年、パリジャンはこういった騒ぎが
お好みらしいが、そう長く続くこともないだろう。
封鎖が解かれたときのことを考えて、建材調達ルートでも押さえておくさ。」

シャルルの部屋をでて、あの方がそっと居間に入っていらっしゃいました。
「ご夫君はお疲れのようだ。グラス一杯のワインで眠ってしまったよ。」
「まあジェラールさん、またシャルルに何か盛ったのでしょう?」
「彼には神経が安息が必要だからね。大丈夫、毒ではないよ。
だが明日の昼まで静かにしているだろう。」
「安息だなんて、あなたがおっしゃることではありませんわね。」
「違いない。だがもちろん、細君である君にも言えたセリフではないだろう?」
こちらへおいでと視線でおっしゃるのに、抗う術は私にはないのでした。

「そういえば、姉はいま、グスタフ先生のところにいますわ。」
あの方の膝の上で、私はふと思い出したことを口にしました。
「クレアを行かせたのは私だよ。彼も寝込んでいるらしくてね。今度は危ないかもしれないな。」
「何か重い病だとか。」
「不治の病さ、私たちが一緒にいた頃からの。
ルイーズお嬢さんは知っているかな?恋患いってやつを。」
「もちろん存じ上げておりますわ。よき導き手がいらっしゃいまして。」
「ぜひ、一度その師匠をご紹介願いたいね・・・。とにかく、どうも彼のメランコリックなところは、
その病でさらに増幅されているらしい。
もともと想像力豊かで、夢とうつつの間を彷徨っているところがあったが。
薬もなしに断崖から海に飛び込もうとするなど、考えられない。」
「まあ、グスタフ先生が。ジェラールさんは足をお運びにならなくても?」
「君こそ、彼に会いにゆくべきだろう?物心ついたときから馴染んでいたのだから。
ああそうか、彼は音楽の師のみならず、恋の道でも・・・。」
「それは、どなたのことをおっしゃっていますの?それに、
グスタフ先生を私に就けたのも、いったいとちらの方でしたかしら?」
「彼には私の大事な赤ん坊に、こんなことまで教えよとはいわなかったのだがね・・・。」

いつまでも戯れを続けるあの方。
私がすでに、暴徒たち以上の火薬を抱えていると告げたら、いったいどんなお顔をなさるかしら?
愉しみだこと。

2005.09.15


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