「わたくしを欲しがる人は、盗むくらいの熱がなくちゃいや。
厚いガラスの窓に守られ、ビロードの台座に据えられたわたくしを
ガラス越しに覗いて通る人の目の中に、あきらめや怒りや尊大なつよがりや、
そういうものが浮かぶのを見るのに飽きて、わたくしはいつか
勇敢な泥棒の目ばかりを待ち焦がれるようになったんだわ。」
<中略>
「かわいいわ。本当に可愛い人。こうやって(首を絞めかける)、殺してしまいたいくらい。」
「(気づかずに立ち上がって)宝石商の娘、退屈なお見合い、ホテル暮らし。
そんなものがみんななくなって、私、なんだか自分が銀色の独楽になって
素晴らしいはやさで回っているような気がする。」
「あたくしの手にかかったらみんなそうなるのよ。」
「あなたを信じるわ、おばさま。」
「信じてちょうだい。あたくしを信じてくれる人の目を見ると、あたくしはうっとりするの。
さあ行きましょう、早苗さん。あなたの目の前に、新しい世界が開けるのよ。」
( 三島由紀夫 「黒蜥蜴」1951年 )
目の前に脅迫状を出した悪魔がいるとも知らずに、
どんどん相手の気をそそることを話し続ける、
無警戒なお人形・早苗。
このあと、彼女は美青年・雨宮潤一に惹かれ、彼の部屋に
「花嫁人形」を見に行くことになるのですが、
真実は彼女自身が人形になる道へと続いてゆく。
おそらく、黒蜥蜴は早苗を「花嫁人形」をテーマにして飾るつもりだったのでしょう。
「シルクサテン ウエディングドレス」
観るたびに、黒衣の伯爵夫人・エルゼベート・バートリもモデルだろうと思われる黒蜥蜴。
600人の少女の生き血を、自分の若さのために搾り取った実在の人物のごとく、
剥製にするために抜き取った中味に、黒蜥蜴も自分を浸していたかもしれません。
赤い薔薇も、その後、明智小五郎の葬送に使われますしね。
こちらは悲劇のシシー
「メルヒャー・シシー・エリザベートQ.B.A.」
さて、早苗を雨宮潤一の部屋に伴なった黒蜥蜴は、黒いドレスから
彼女の赤い着物に着替えます。
軽快なピアノ曲がバックに流れ、ひと一人入るだけの巨大なトランクに
早苗が詰め込まれる様子を見せながらの衣装換え。
そのタイム、45秒。
歌舞伎の早変わりに、張れそうではありませんか。
黒蜥蜴への贈り物になる
「熨斗に花鼓模様」
また、今回の舞台では前回、前々回では床を背丈ほども上げて、
上階を現していた雨宮潤一の部屋が、早苗の部屋と同じ、
フラットな舞台になっていました。
その分、前方の観客にも、見やすいステージに。
誘拐された早苗の代わりに、黒蜥蜴がベットにいることも知らずに
部屋に戻ってきた父親の岩瀬氏。
月500万の手当てで、明智小五郎を雇い、所有する213カラットのダイヤ・
エジプトの星にも警戒を怠らない。
エジプトの星は時価10億円☆
「ダイヤモンドルース(マーキーズ)3.362ct」
「これで世の中、何もかも揃ったというもんだ。
日本一の娘と、日本一のダイヤと、日本一の探偵と。
このひとつが欠けても、実はお父さんは満足じゃないんだ、早苗。
宝石には不安がつきもの。その不安が、宝石を美しくする。
あの変な脅迫状が来たおかげで、お前も本当の宝石になったんだ。」
( 三島由紀夫 「黒蜥蜴」1951年 )
腕立て伏せなどしながら、のん気に話し続ける岩瀬氏。
(前回舞台ではこのあと、前転も加わり笑いを誘いました。)
早苗の言葉と同じく、何も知らない者が、真実をついた言葉を繰り出す。
黒蜥蜴と同じ視点に立って、彼らの言葉の意味を眺めているのが観客。
この時点で、観客は黒蜥蜴と共に、ことの次第が発覚するのか、成功するのか、
ワクワクしながら、明智小五郎の登場を待つことになるのです。
「乱歩R DVD-BOX」