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カテゴリ:オーラの泉
細川たかしさんは7人兄弟の末っ子。ご自分が生まれる前日に4歳だったお姉さまが
亡くなっているため、お母さまは悲しみと喜びの入り混じった複雑な気持ちを 感じているのではないかと。 江「いまは、そのお子さんたちとも一緒ですからね。お母さんはその子たちにも 『不憫な思いをさせた』ってお気持ちが強いんですよ。時代が違ったら、 そんなことにもならないですんだっていう思いもあって。でも、 『当時はみんな、助け合い、助け合いで生きてきたから』。 いろんなご苦労を本当にされてきたんですね。」 お母さまはお家の屋根の苦労についてもおっしゃるそうで、これは雪降ろしのこと。 細「一晩で80センチから1メートルくらい積もるんですよ。そうすると、 家全体が鳴くんです。ギシギシって木が。」 美「怖いわね。」 細「そうなると雪降ろしです。家が保たないから。」 美「そりゃあ辛いわね、毎日じゃあ。」 【人はなぜ生まれいかに生きるのか】 細「農家でしたから、親父もお袋も朝から晩までずっと、畑仕事。 僕も学校が終わったら手伝わされて。芋ほりとか田植えとか、 小さい頃からそういう仕事をさせられましたよね。 でもお袋と親父、よーく働いてましたよね。そのイメージがとても強いですね。」 美「でも、こんな人もいるのね。いまおっしゃった雪かきも辛いし、百姓仕事も辛いし、 いろんなことが辛いでしょう?子供もたくさんいて、食べさせて育てて、学校の苦労。 主婦としての仕事、全部やらなくてはいけないのに。普通だったらひとつでも 『わあ、辛い』と思うでしょう?それだけのことが重なっているのに、 これっぽっちも辛いと思わないっていうのは、見事。こんな人を見たことがないわね。」 細「18年くらい、寝たきりだった父の母の世話もうちのお袋がしていましたね。」 こういったご経験も、すべて笑い話にして、朗らかにお伝えになるのだそう。 細「本当に、立派なお袋ですよね。」 腹が立ったことがないという細川さんの朗らかさも、お母さまにとても似ていると。 お父さまもお母さまもひょうきんでテレビが大好きで、 細川さんのおかげでテレビに出演できたことをご自慢にしていらっしゃる。 美「家族愛にものすごく恵まれた環境でいらしたのね。」 細「そうですね。田舎から出てきたときも、自由にさせてくれたし。 デビューして『心のこり』が売れた途端に、本当に親孝行ができた。 今まで苦労、心配かけたけれどもやっと。」 【美輪明宏 人生ノート】 細川さんは芯が強く、頑固な部分もあり、これもお母さま似なのだそう。 江「嫌なことは絶対、首は縦にはふらない。怒ることはないにしても、 信念、頑固さはありますよ。」 その象徴となるオーラの色が、シルバー(こだわり・古風)と臙脂がかった赤(情熱・頑固)。 江「表面は朗らかなんですが、中の信念はものすごく強い方。」 美「外柔内剛(がいじゅうないごう)ね。外は軟らかくて、中身は豪胆、剛毅なのね。」 細「意志は強いですよね。やろうと思ったらね。」 細川さんは何処に言っても支援してくださる方に恵まれているそう。 細「本当に全国、いい人ばかりですよね。」 美「細川さんはね、つい身内になっちゃう特質をお持ちなのよ。」 細「それはよく言われます。親しみやすいとか。すぐ歌っちゃうしね、 あれがいいんだろうね。盛り上げようとして、言われる前にだいたい、 『歌って欲しいんだろうな』とわかって歌っちゃう。」 美「そうやってお友達を増やして歩いているのね☆」 細「だって歌うことは減るもんじゃないですもん。人よりはちょっとは上手いんですから。」 歌うことが少しも苦ではないという細川さんは、「歌うために生まれてきた方」と江原さん。 生まれ変わりとしては珍しく、前世が終わってすぐ、リベンジでこの世にやってきた、 東北で雪の中、三味線を持って民謡を歌っていた目の不自由な方とのこと。 お会いになった方とは、必ず握手をして確認するのは、前世の影響。 【美輪明宏 愛の話幸福の話】 江「いわゆるひのき舞台に立てなかった方なんです。それがあって、『今度は歌う』。 生まれたときから歌が好きだったはずなんです。」 細「3歳くらいのときから、荷馬車の上に立って近所の方を相手に歌ってたって、 お袋が言ってました。」 江「大げさなことを言えば、産声が歌っていたと思いますよ。 運がよかったとおっしゃいますけれど、自分の中で確信、 『絶対、成す』という信念があったと思います。とにかく歌う、歌うと。」 美「こういう方はね、のどをやられないんですよ。どんなに乱暴な扱い方をしても。 のどを壊したことは、おありにならないでしょう?」 細「一度もないです、全然。」 美「天性でね、歌い手というのを選んで生まれた人というのはのどをやられないしね、 普通は50歳を過ぎるとキーが変わってくるんですよ。 音色が変わってきてキーが下がってくる。 でもこういう人は、80歳になっても90歳になってもキーが全然変わらないの。」 細「全然変わらない。まあ少し、上がったくらいですね。民謡も30年くらい歌って、 やっと最近ですよ、ここ4,5年くらいで、らしくなってきたなと。」 国「東北の民謡を聞いたときには、何か感じるものはありますか?」 細「僕は東北民謡が多いんですけれど、北海道のものよりも 小節(こぶし)がきいているんですよ。小節がないとその民謡にならない。 その小節が、知らないうちに、若いときから出来ていた。」 美「前世から歌っていらしたから。」 細「だから回っちゃうんです、小節が☆」 【美輪明宏 紫の履歴書】 前世の民謡歌手の方は、守護霊でもあるとのこと。 江「『なぜ前世が守護霊でつくの?』って不思議に思う人がいますでしょう? それはグループソウル、類魂(るいこん)がわかっていないとだめなんです。 コップみたいなものを想像すればいいんですよ。よく『これだけたくさんの人が 生まれて死んでいったら、あの世もそのうちいっぱいにならないの?』 って聞かれるんですが、それはこの世的な発想。 コップから一滴の液体が落ちてくる、それが細川さんに合わせれば前世の方。 その人の一生が終わって、やがてコップに戻ってゆくわけです。 そのコップからまた一滴が落ちてきて、それが細川さんなんですよ。 コップに戻った液体の経験はなくならない、魂は永遠、 自分が経験した事は絶対消えないんです。 そして、落ちてきた一滴は、いつもそのコップに入った液体から見守られている、 これが守護霊なんです。 よく守護霊がいるとかいないとか、言われますが、守護霊がいない人はいないんですよ。 みんな魂の故郷があって、お母さんを持っているのと一緒なんです。 どんな事情で生き別れていたとしても親から生まれてくるのと同じで、必ず守護霊はいる。 同じコップの中から見守っているから、前世と守護霊が一体というのも おかしくない理屈なんです。 細川さんの場合は、歌うことを目指して、リベンジで生まれているから、 常に前世の方と一体なんです。」 【スピリチュアルな人生に目覚めるために】 ☆ グループソウル ・・・霊界にある魂の家族 スピリチュアルな世界では、前世も守護霊も同じ故郷を持つ魂の家族なので、 前世と守護霊が一致することも多い。 (「スピリチュアルな人生に目覚めるために」) 明日に続きます。 ☆前世のリベンジで生まれているという方は、先週の千代大海さんも同じですね。 名古屋場所は気力も充実、頑張っていらっしゃるようで、毎日応援しています。 「オーラの泉・千代大海さん3・受け難き人身を得て」 近所の民謡の先生にチケットをいただいて拝見することがあり、 細川さんが民謡の三橋流名取、三橋美智貴というお名前を持っていることを パンフレットで知りました。 こんなにご自分の地位を確立している細川さんでさえ、 まだまだ勉強中、といったことも述べていらっしゃって、 歌の世界は本当に奥が深いのだなと思った記憶があります。☆ *** オダギリ・ジョーさん、加藤あいさんなど、他のゲストの方の回を読んで下さる方は 「精神美(オーラの泉など)」へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
July 17, 2006 07:03:24 AM
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