激論!象徴天皇と日本の未来 聞き書き☆7
自分で理解するために聞き書きをしています。錯誤があればご容赦ください。田原総一朗さん・・・田 平沢勝栄さん・・・平 大塚耕平さん・・・大 青木理さん・・・青小林よしのりさん・・・小 水田水脈さん・・・水 高森明勅さん・・・高竹田恒泰さん・・・竹 萩谷麻衣子さん・・・萩 三浦瑠麗さん・・・三 八木秀次さん・・・八田「はい、杉田さん」杉「先ほどの権威と権力を分けるっていう話の中で、高森先生の話で、聖なるっていうお言葉が出てきたんですけれども、やっぱり私は、神話、古事記だとか」田「関係ないよ。ちょっと杉田さん、こんな国はね、世界に日本しかない。何で日本だけがこうなのか」杉「それを読み解くのが」田「こんな古事記や、みんな関係ないと思う。(八木さんに)どう思う?そんな織田信長が古事記なんて関係ないよ、考えてないよ」竹「勝った者が牛耳るのか、みんなで協力したらいい国ができるっている建国の精神、ここが全然違うと思って。国民のための国家って日本が一番最初じゃないかと思うんです。仁徳天皇がですね、国民のために天皇があるとおっしゃった。ということは国民のために国家がある」田「国民のための国家じゃないから、第二次大戦で負けたんじゃないか」竹「それはまた、ちょっと別ですよ」田「別じゃないよ」竹「でも国民のための国家っていうのは、ずっとあったんですよ」八「祭祀者なんですよ。祭祀を行う。お祭りを行う。元々ね」小「例えば祭祀とかそういうことを言ってもね、もっと唯物論的な物の考え方をする人には伝わらないんですよ、そういうものはね。ただ単に合理的にこのシステムが良いっていう風に思うのは、やっぱり北朝鮮なんかもね、暴力で国を治めようとするのならね、これは徹底的に暴力を使っていかなければ駄目なわけですよ。なおかつ自分自身を偶像化しなければ駄目ですよね、権威っていうのは生まれない。けれど天皇陛下の偶像をあちこちに立てる必要なんか、もうないでしょ?それほどまでに権威っていうのは、やっぱり今現在、既にあるわけですよ。大東亜戦争、終戦のときのお言葉を聴いてね、中にはそんな言葉は吐かせないと、言う人もいるわけですよ」田「いや、僕は天皇制を認めているんですよ。じゃあ敢えて言う。何で天皇は、あの戦争を止められなかったのか?」高「開戦をですか?」田「開戦を。あんな戦争、勝つわけないじゃない!」青「もう1つ言うんだったらね、小林さんね、僕はそれにすごく違和感あるのは、確かに北朝鮮のようにね、暴力的に天皇が弾圧するってことはないんだけれど、ただ天皇の名の下に戦前、戦中ね、非常に暴力的な国家になってしまった、一時的にですよ、なってしまったこともあるわけですよね。遥か彼方に遡ってゆけば、高森先生がお詳しいでしょうけれど、僕は知らないけれども、そういう時代だってあったわけじゃない?だから僕は、北朝鮮なんかはむしろ、僕は何度も取材に行ったけれど、戦前、戦中の日本を学んでいるところ、沢山あると思いますよ」小「うん、真似してるんだろうけど、その権威が作れない」三「日本が真似したのは、カイザーの時の、ドイツの帝国なんですよ。帝政ドイツを真似して」田「そう。伊藤博文が、それを真似した」三「そうなんです。それで昭和天皇には、一種その傾向があって、ただ単に統治するっていう象徴としての存在ではなくてですね、やっぱり軍馬に乗ってというところがあったわけですよ。歴史において色んな戸惑いはあったんだけれども、日本においての特殊性って、先ほど田原さんがおっしゃった最初の質問に戻ると、日本においては支配者は正義で支配してるんじゃないんですよ。すごく重要な点で、天皇家は勿論、血筋ですよね。その他の権力者についても、これは自分が正しいからじゃないんですよ。イデオロギーとは無縁なんですね。すごく大事なんです。正義で支配するとなると、やはり中国のように、天からの啓示を受けて自分たちが正義だっていうように、正当付けをしなければならないですし、例えばカンボジアのクメール・ル―ジュがどのようなことになったかってことを考えれば、正義っていうものがもたらす血みどろの戦いってあるんですよ。日本は正義じゃなくて経緯論で支配してるんですね」大「竹田さんがね、古代日本は、最初話し合いで習合したという、ちょっと自分で調べてみないとわかりませんが、そういうようなことは僕も読んだことがあって。もしそれが史実だとすると、その段階で国をまとめる上で平和裏にそれが行われたとしたら、それ以降も原則は平和裏でやりたいんだけれども、色々争うけれども最終的に、まさしく権威付けされて、あなたでいいですよ、という作法みたいなもの、手続きというか、それが最初の国の成り立ちがもし史実だとしたら、それを継承するというのが歴史の中に埋め込まれたということだと思うんです」竹「そうですね」青「最後にもう1個だけ問題提起したいんだけれど、じゃあここで誰も言わなかったけれども、田原さんが最初におっしゃったじゃないですか、じゃあ何故、天皇制の問題を他のテレビ局はやらないのかと。これはね、やっぱり天皇制っていうのが一種のタブーになっているからからですよ。それはやっぱり、ここに踏み込んだらいかんのだっていうことになってるわけですよね。これは、やっぱり健全ではないわけですよ。大いに議論するべきだ」小「健全ではないね」青「象徴的な話で言えば、メディア、それは朝日新聞もそうですよ、産経新聞は勿論だけれど、テレビ朝日もそうだけれども、敬語を使うわけですよ。例えば、様、おっしゃられた。僕は変な話だなと思うわけ。じゃあ外国の王室と会談したときに、わが国の皇室には敬語を使い相手の王室には敬語を使わないって、ずいぶん失礼な話じゃないですか」八「その場合もあります。シアヌーク殿下とか」青「基本的におっしゃられたとか、行かれたとかね、あるいは様とかね、ていうような敬語って、メディアは本来、使うべきじゃないんじゃないかって、僕は思うわけ」田「青木さん、敬語の問題はあるけど、それ以前に、まず天皇問題を扱わないんだよ。これは問題がある。正直に言いますと、僕は敗戦が小学校の5年生なんです。やっぱりね、戦争に負けた、その最高責任者がね、裁判にかけられない、処刑もされないってのはおかしいと思ってましたよ、当時、そういう気持ちになった。僕はその気持ちが変わったのは、やっぱり当時はね、正直言うと、やっぱり世界は将来は共産主義になると思ってた。共産主義は素晴らしいと思ってた。実は1965年に世界ドキュメンタリー会議っていうのがあって、何故か日本から僕が選ばれて、モスクワであった。その時には、ソ連が素晴らしい国だと思い込んで、ソ連に行った。行ったら、言論の自由が全くないことが分かった。でもう、共産主義、社会主義に絶望的になった。ところが帰ってきて、そういうことが言えなかった。何故なら日本のマスコミは全部左翼だから。そういうことを言ったら、多分僕はパージ(締め出し)された。いつか言わなきゃいけない、という思いがあって、やっぱり天皇を見直し始めた。だから見直し始めたんだけど、そういう思いがあるので、僕の中では複雑なんですよね」青「朝生をね、やろうとしたらときに、天皇論を最初やろうとしたときに、出来なかったわけじゃないですか」田「やった」青「やったんだけど、基本的には出来なかったわけでしょ?」田「要するに、もっと言うと昭和天皇が病気になった、あの時に危篤の状態で、いまこそ天皇論やるべきだと。当時の編成局長の小田久栄門に、当時の日下っていうプロデューサーが行くと、馬鹿野郎って言われた。日下の偉いところは馬鹿野郎って言われて引き下がって、また4、5日経って行く。3回馬鹿野郎って言われて、4回目に僕が一緒に行って、企画を変えたと。当時ソウルオリンピックがあった直後だったんで、オリンピックと日本人でやると言ったら、それは良い企画だと。それでやれ。だけど、と言った。オリンピックと日本人でやるけれども、朝まで生テレビは、生テレビだと。始まるのは1時過ぎ、小田さん、寝てますよね?終わるのは4時過ぎ、小田さん、まだ寝てますよね?差し替わっても、小田さん気がづかないし、責任もないって言ったら、俺を騙す気かと、承知しない!こういう話し合いを4回やった。それで小田久栄門の偉いのは、最後は騙されることを承知で、どうもOKした。で、タイトルはオリンピックと日本人。ちゃんとオリンピックの人を呼んでやって、4、50分経って僕が、本番で、今日はこういうことをやる日じゃないと思う。今日はやっぱり、天皇論をやりたいと思う。それで大島渚とか、野坂(昭如)とか、小田実とか、そんなのを呼んでそれで天皇論をやった。僕が自信があったのは、野村秋介、彼と仲が良かった。彼を知ってるでしょ?右翼でね。で、彼を出した。それでやったら、普段よりも視聴率が3倍あった。それで小田久栄門に月曜日に謝り行ったら、悪いけど、大晦日にもう一回やって☆冗談だけど、そういう時代です」竹「田原さんが熱い何かを、ブレイクスルーしたっていうことですよね?それがなければ、いまだにもっと語ることが出来なかったかもしれない」萩「天皇のご一家の姿を、私たちがこれほど見ることになったのは、やっぱり今上陛下の時代になってからであって、今上陛下の平成流の特徴というのは、地方巡業に御一人で行かない。多分、昭和天皇は、ほとんど御一人で行かれていたと思うんです。美智子皇后も御一緒に行く。それによって、やっぱり開かれた皇室というのを、私たちが見るようになったのは、即位されてから10年後からの20年くらい。やっと皇室について、私たちが見ることが出来る、知ることが出来る、それを今上陛下がこれだけ開かれた皇室を目指してきたから」平「開かれた皇室で、国民の皆さんはほとんどの方が皇室を支持しておられるんですよ。皇室を尊敬しておられるんですよ。先ほどの青木さんの話、マスコミが敬語を使うのはおかしいということを言われましたけれど、それはマスコミが、私たちがそれを読んでも全然、違和感がないんですよ。ですから国民のほとんどが違和感がないから、マスコミが使っているんじゃないですか?逆に敬語を使わなかったら、恐らく読者の方が、非常な違和感を感じるからじゃないですか?」高「最初のきっかけは、やっぱりミッチーブームじゃないかと思います。要するに平民からと。それまでの明治の皇室典範だと、原則、皇族同士ですから、あと特に許された華族と。それを取っ払ってですね、やっぱりミッチーブームで、テレビも普及して、週刊誌もどんどん出て、53万人の人々が群衆で集まって、勿論、最初は石を投げたような不心得者もいたわけですけれども、その中でやはり国民が皇室に対する、身近な敬愛するべき存在だと」田「これもね、言いましょう。70年前後です、フランスに行った。フランスでね、言われた。日本の皇室はおかしいと。平民からお嫁さんを貰ったと。これなら皇室の意味がないと。何でこんな馬鹿馬鹿しいことをするんだと言うわけ。悪いけど、その時、宮家に適当な女性がいなかった。オランダにだっているし、イギリスにだっているし、世界の何処だっているじゃないかと言われてね☆」高「欧州の人が?」田「欧州の人が」青木「ただ平沢さんがおっしゃったのはね、日本語だけじゃないんだけれども、敬語とかがあるっていう複雑さっていうのはあるんだけれど、国民が尊敬していようが、個々人が敬意を表そうが、敬語を使おうが全然、かまわないんだけれども。ただマスメディアが、例えば最初、天皇論を論じましょうと、天皇制について論じましょうと言ったときに、陛下が何々でございますっていう話をしたら、少なくとも客観的に論じられなくなるわけですよ。それが引いては、天皇制ってものをね、ある種のタブーの空間に押し籠めるってことに繋がるわけですよ」小「あのね、敬語の話はね、わしも本当に皇室を語るときに、敬語が物凄く下手な人。まあもう漫画家なもんだから、本当に敬語が覚えられない人なんですよ。一般社会の上においても、目上とか目下とか、そういうところの敬語が物凄く下手くそなわけ」青「わし、ですからね☆」小「そうなんですよ☆だけど、やっぱり日本語の中に敬語っていうのは、あるわけじゃないですか。その美しさはあるわけでしょ?だったら、やっぱりそういう豊富な語彙っていうものを、覚えようと思えば。しかもなおかつね、例えば本当を言うんだったらね、雅子様じゃ駄目なんですよ、雅子妃殿下って言わなきゃいけないんです」CM「八木さんに是非、お伺いしたいことがあるんですけれども、ある自民党の幹部の方が、天皇陛下にも天賦人権はあるから、意思は縛れないという風に言ったんですね。もしお気持ちに沿って退位する自由が認められれば、逆に即位しない自由というのも可能性としては考えられますよね。お気持ちに沿うことと、八木さんがおっしゃるような安定した天皇制を維持することを何でもって両立させることが出来るとお考えですか?」八「バランスの問題だと思うんですね。ですから今回は、陛下は退位なさりたいと、こうおっしゃってるんですけれども、次の方々が即位をしないという自由意思を認めるのか認めないのか。認めると皇室制度、天皇制度そのものが存立し得なくなる可能性が非常に高い」小「だから法では縛れないんですよ。国民の気持ちで、やっていただくという気持ちじゃないとね。法では縛れない」八「即位拒否を、どう制度としては排除してゆくのかという法技術の問題が、官邸は頭を悩めてるところだと思うんですよ」小「信頼しなきゃ駄目だって、もう」高「天皇陛下ご自身はむしろ、象徴天皇というものを機能させるためには、譲位という制度を導入しなければ機能しないと」平「そうそう」高「象徴天皇という制度を完成しようとしておられるんですね」八「でもそこは、憲法が想定している制度とは違うんですよね」「アンケートの結果が出ました。『第354弾 激論!象徴天皇と日本の未来Q1 あなたは女性天皇に反対?賛成?(理由も) 有効受付数 521件(理由は複数回答可)賛成 339件1 男性天皇にこだわる必要はない 80件2 皇位を継承する人がいなくなる 56件3 男女平等の時代だから 52件4 過去にも女性天皇はいた 45件5 外国には女王・女帝がいるから 20件6 女性天皇ならではの魅力がある 16件 以下略賛成65% 反対27% その他8%反対140件1 伝統が失われるから 49件2 男系の血筋を絶やさないため 28件 以下略』」平「女性天皇と女系天皇をちょっと混同してる。女系天皇っていうのは」三「でも、もし混同しているとすれば、それは女系と女性天皇の違いというのを、国民が大事だと思っていないということの表れでもあるんですよね☆」小「全くその通りです。まったくその通り」「ちょっと前のニュース映像とか観てますとね、平沢さんの関わっていらっしゃることだと思うんですけど、天皇陛下と記者会がやり取りするときに、いまよりもっとフランクに色んな質問をし合ったり。いまは天皇陛下がいらっしゃって、こちら側に記者会がいるっていうのを感じたんですけど、昔のを観てると、隣にも記者が座ったりして、囲むような感じで質問をしたりという時代がずっとあったんですよね。むしろ今の方が、畏まってしまっている。距離を取ろうとしているという風に映像を観てると」竹「確かに昭和天皇の時代は、好きな力士はいますかとか、どんな番組を観てますかとか、こういうフランクな質問も出てるんですよね」田「何で出なくなったんだろう?」大「自己規制しちゃってる」「もっとね、面白いっていうと変ですけれど、フランクなやり取りが映像にちゃんと残っているんですよ」田「テレビ全体がそうなったよ。自粛自粛」高「放送局も競争が激しいからとか☆」田「この番組、是非観て欲しいね☆是非観て欲しい」***以上です。お読みいただきありがとうございました。 「TV談義の日記」