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「小さな花宇宙」そして それから「老いふたりの小宇宙」

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余命の日々を生きて

May 2, 2017
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6月22日(退院前日)の続き

「 PM7:58 mawakoが今、帰りました。

今晩は明日に備えてたくさんの食材をデパ地下や魚市場で買ってくれて、夜7時には調理の

時間が欲しいので帰るというのを8時まで残ってもらいました。

8時までいてくれるのに慣れてすっかり甘えてしまいました。両手に余るほどの荷物をもって

かえるmawakoの後ろ姿に手を合わせていました。






今日の衣装なんというのかとても素敵でした。

いつもおしゃれでいてくれてとても嬉しい日々でした。



そろそろ家に着く頃でしょうか、これから調理の下準備をして遅くなってしまうね、

申し訳ないことをしました。毎日毎日硬い椅子に腰かけて私の面倒を見てくれてさぞ

お尻が痛かったでしょう。お疲れさまでした。

mawakoの献身的な支えを杖に無事入院生活を耐え忍び、明日の退院へとこぎつけることが

できました。心からお礼を言います。ありがとう。







今日のmawakoの返信を読んで感激しました、読んで真心溢れる共生への想い、その熱い言葉の

数々、嬉しくわが身が熱くなりました。「ありのままでいい」と言ってくれるmawakoの

励ましをどんなに心強く思ったことか、あまり私を甘やかさないでください。

それなくともわがままな性格ですからありのままなどと言ったら手をかけられない状態に

なるかもしれません。

mawakoが言うように本音をぶつけられる相手は私にはmawakoしかいないので死ぬまで迷惑を

かけ通すことになるでしょう。そういう我がままな私の最後を看取り切ることをmawakoの

生きる力に代えて長生きしてください、すなわち、私を支え切ったという達成感をもって

生き抜いて欲しいという意味です。オヤスミ」


今日は夫は3回に亘ってレターを綴り、一日を終えました。


rain


退院の朝、レターを読んだ私は最後の「オヤスミ」の言葉から昨日の夫の辛さを思い

涙があふれてきました。それは妻への言葉であると同時に自分自身に向けた「おやすみ」

だったのだろうと思いました。本当に辛く、悲しい一日を過ごした自分への「オヤスミ、

お疲れさま」だったのだと思いました。



「腹膜転移、播種の話だと検討つけていたから抜き打ちの話という感じはあり ません

でした。」と医者の話を冷静に受け止めたという夫でしたが、簡単にそれを現実と受け止め

得ない夫の心理は十分すぎるほどわかりました。 夫の本音に耳を傾けながらその辛い気持ちを

思い、お互いに一人きりの時間がかえって救われるような思いで再び街にでました。

それぞれの現実を自分に語り掛け、整理する時間が必要でした。





夫が8時までいてほしいと求めたのも、いつもの慣れというだけではなく、その日は特別

一人きりになる孤独感から救われたかったのだと思います。

8時まで一緒に居る私をいつもは「疲れるから少しでも早く帰りなさい」という夫でしたから、

その日は8時までいてほしいと夫が言ったのは思いがけないことでした。

トイレに行く振りをしてタクシー予約をし直しました。







夫はおしゃれな人でした。おしゃれというよりもきちんと身だしなみを整えている人でした。

いつもワイシャツにネクタイ、そのスタイルが一番落ち着くと言い、それが一番夫らしい服装で

よく似あいました。私に対してもいつもきれいでいて欲しいと、おしゃれにお金を使うことに

鷹揚でした。ガーデニングの多くの時間は夫の古いワイシャツにエプロン姿の私でしたが、

エプロン用の端切れを探す私に「これがきれい」と勧める布はカラフルで明るい楽しいものでし

た。病院へ毎日通う私は身だしなみには気を付けました。特別な洋服ではありません。秋冬は

薄手のウールのアンサンブルが定番でしたが、アクセサリーをつけイヤリングをしていました。

だから看護師さん達から「どこかにお出かけするみたい」「旅行へ行くときみたい」といつも

言われていました。





ですからその日「今日の衣装なんというのかとても素敵でした。

いつもおしゃれでいてくれてとても嬉しい日々でした。」と書いてありましたが、

6月下旬に入り、ウールからコットンに代えて1年ぶりに着用したカーデガンだったために、

夫には新鮮に見えたのだと思います。

rain



これが一番マーガレットらしい、心の中に在るマーガレットだと言ってお気に入りでした。




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Last updated  May 2, 2017 12:31:47 PM
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April 28, 2017



6月10日結婚記念日の翌日は比較的穏やかに過ごすことができました。

2度目の手術時の癒着箇所の近くに再癒着部分が認められ、その部分の手術はできないので

バイパス手術ということでした。排便も見られ、痛みも和らぎ、二人とも穏やかな気持ちで

他愛ないおしゃべりもしました。また。3度にわたる手術によってこれからの生活は一層辛い

ことになることが予測され、それについてこれからのふたりのあり方についても話しあいました。

しかし、相部屋であり加えて難聴の夫、なかなか深刻な話合いもできず、

その夜、妻はレターを書きました。





あなたが言われたこれからの日々は『病気と付き合うのが仕事』ということ、決してあなた

一人の仕事ではありません。「mawakoとKのふたりの命がけの大仕事」です。

ガンであればそれを叩きつぶすことはできませんが、その仕事への取り組み方によって仕事に

対する姿勢というか達成感というか、よく頑張ったという気持ちになれると思うのです。

若い頃のように頑張りはできないけれどふたりで最後の大仕事を、私たちに課せられた

神様からの試練なのだと思って頑張りましょう。






懸命に生きることで私たちの人生が先へ先へと伸びていくことを信じてね。ここへきてようやく

二人一緒の仕事ができるのですから張り切って取り組みましょう。神様はここまで頑張って

生きてきたご褒美にふたりの仕事を与えてくれたんだね、若い頃のあなたのレターに「どんなに

辛くとも苦しくともmawakoが一緒に生きてくれると思うと勇気百倍」とありました。

今までもそうでしたがこれからは一層、力を合わせて良い仕事ができたと言えるようになり

ましょう。仕事に向かう精神状態はいつも朗らかでありたいと思います。私だけ泣きべそ

していられません、泣く時も笑う時も一緒にね。仕事は喜怒哀楽はつきものです。これから

たくさん辛いことがあると思いますが仕事なのですからふたりでそれらの辛さを超えて

いきましょう。頑張りましょう、二人で一緒にね。







6月12日夫からの返信(am11:22)

今朝のmawakoのレター、とても嬉しく頼もしく読ませてもらいました。

若い頃のドラマチックストリーは現在のふたりの生活を支える大切な歴史ですが、ここからは

それを糧に私の病気と付き合うという大仕事に取り組まねばなりません。そのことに対し、

「mawakoとKふたりの命がけの大仕事」ですと書いてくれました。

こんな心強いことはありません。この仕事は自分の体の事でありながらその詳細というか、

体調の推移をキッチリと把握できないという大きな負の側面があります。昨日話したように、

病人にとって体の変調、特に痛みとかしびれといったものには特に神経質になり、その変調が

どうして起っているかわからないことに必要以上に苛立ってしまいます。





そういう意味で伴侶として仕事の一端を担ってくれるというmawakoに大変辛い想いを

させてしまうことを恐れています。

私という人間の弱い側面、自分勝手な感情の揺れをモロに吐き出してmawakoを悲しませる

ことを恐れます。でもmawakoならそんな私の一切を引き受けて一緒に歩いてくれると信じて

います。これ以上ない最強の助っ人に恵まれて私は倖せものです。mawakoをとことん信じる

ことができるからこそ、ガンを宣告されても少しも不幸だという気持ちにはなりませんでした。

mawakoが一緒に居てくれるから、どんな状況に置かれても幸せだと思えるのです。

rain



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Last updated  April 28, 2017 10:10:27 AM
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