4輪のヘブンリーブルー・奨学金の返還・切り戻したラムズイヤー
今朝は嬉しい朝でした。4輪もヘブンリーブルーが咲いていました。たったこれだけのことなのですが今日はとても嬉しく元気な一日の始まりでした。朝食後、新聞を読みました。朝の元気さが少し萎みました。学生時代に借りた奨学金が返すことが出来なくて自己破産とか借金地獄の日々だとか、そのような記事に若者たちのこれからの人生を想い気の毒になってしまいます。私は高校、大学時代7年間、奨学生でした。半世紀以上も昔ですが高校時代は月額3,000円、大学は9,000円の貸与を受けていました。ラッキーなことにこれは普通奨学金よりも3倍の金額でしたが返すお金は3分の1で良い制度でした。夫も特別奨学金だったようですが、それに受かるのは試験があったそうです。私は田舎の中学、高校でしたからたぶん学校推薦枠があったのかもしれません。受験生で一番貧乏な私を推薦してくれたのだと思います。高校時代の奨学金は授業料や大学受験のための準備金としました。「女の癖に」「貧乏人のくせに」という親戚、知人、地域の人の中傷の声を祖父と母がすべて引き受けてくれました。そして「家からの仕送りはいっさいできない」という母の辛い想いを背にアルバイトと特別奨学金に支えられて学生生活を終えました。当時のアルバイトと言えば家庭教師、その掛け持ちでした。疲れて講義中良く居眠りしました。4年間で卒業できたのが奇跡でした。卒業後は結婚してからも夫の分と40歳まで返還をつづけました。今考えると50年以上も昔だから何とか仕送りなしで学生時代を終えることができたのかもしれないと思うのです。布団と机、それに小さな柳行李、それが女子寮に運び込まれた荷物のすべてでした。今の学生はあまりにもお金がかかるのでしょう。スマホは必需品でしょうし、テレビ、PC、学生寮や下宿でない限り冷蔵庫も洗濯機(コインランドリーかな)も必要でしょうし、たくさん、たくさんお金がかかるのでしょう。だからたくさんの奨学金を複数借りることも生じてくるのでしょう。借りたものは返さなければなりません、どんなに辛くともなんとか頑張って生きなければなりません。自分の若い時のことを思い出し、今なら大学進学をあきらめなければならなかっただろうと思うのです。私にとっていい時代に学生生活を送ることが出来たと思うのでした。新聞記事の中の辛い若者の想いを憂いつつ、朝刊を閉じました。切戻したラムズイヤーがまた咲きだしました。そしてまた、蜂が集まり始めました。日本ブログ村ランキング参加中です。 にほんブログ村 いつもご訪問いただきありがとうございます。