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飯能 前田囃子保存会

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☆★前田囃子保存会★☆のホームページにようこそ♪~ 埼玉県飯能市の中心地に位置する前田地区(東町・柳町・新町・八幡町)にあります お囃子の団体です。現在会員数75名



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平成22年11月6日 飯能まつり前夜祭
写真提供:Moose@青梅さん


虚空蔵尊祭礼2.gif
平成22年10月3日 虚空蔵尊祭礼の様子



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平成20年11月2日 飯能まつりの様子



東神森稲荷例大祭

平成20年 9月 3日 東神森稲荷祭礼の様子



~ 心 意 気 ~
            作詞 かつだ わこう(故 和田 国蔵)


1.祭だ秋だぜ やって来る 心はずむよ 底抜屋台
  
  笛太鼓 音色あざやか 町内まわり 腕と度胸で 世渡りするぜ 俺達よ
  
  どこにも負けぬ 前田囃子の 心意気


2.祭だ男の 血がおどる ハッピ姿も 小粋なものよ

  飾りつけ 心まどわす 店立ち並ぶ 夜空をこがす 提灯の波あざやかさ

  どこにも負けぬ 前田囃子の 心意気


3.祭だ山車だよ 神輿だぜ 心うきうき 腕見せどころ

  あの娘なら きっと似合うぜバチさばき 顔もほんのり 俺の心を狂わせる

  どこにも負けぬ 前田囃子の 心意気




前田の山車



前 田 の 山 車

昭和22年3月、横田義助・古谷仙冶・清水勇太郎の3氏が発起人となり
現在の川越市笠幡 發智家所有の山車彫刻を購入して、
入間市野田の山車の設計図を基に一丁目の山車を参考にして欅材にて
三重高欄ワイヤー巻上げせり上がり方式、唐破風つき囃子台で廻り舞台
盛留として諌鼓鶏を擁する山車を町内の職方を中心に製作して
同年9月に竣工、9月26日八幡神社大祭にてお披露目となった。
發智家所有時の由来は不明であるが、彫り物は前田の山車の諌鼓鶏・
最上段・高欄(上から二段目まで)及び山車欄干左右・後方に
組み込んである。



諌 鼓 鶏

『諌鼓鱗苔深鳥不驚』(かんここけふかくしてとりおどろかず)
古代中国の伝説上の聖天子(堯・舜・禹)が王宮の門外に
鼓(この鼓を諌鼓と呼ぶ)を置き、『我が政治に不満あらばこの諌鼓を
打ち鳴らし知らせよ』とふれを廻したが、全ての民が納得できる政治を
行ったため、諌鼓は一度も鳴らされず、苔が生えてしまう様な有様で
鶏は諌鼓が鳴らないので安心して止まっている。と中国の故事の中で
鳩と同様の平和の象徴とされています。
この事から天下泰平であって欲しいとの願いを込めて、全国的に祭りの
山車に『諌鼓』の上に『鶏』を配した『諌鼓鶏の山車』が出ています。




☆★平成18年飯能まつりの写真はこちら~★☆


太鼓神輿


飯能まつりの様子



【 前 田 囃 子 保 存 会 の 歴 史 】

昭和6年ごろ、前田の青年数名と東神森稲荷神社の関係者とが、
原町囃子連より囃子を習得し、毎年9月3日の東神森稲荷神社の
例祭に境内神楽殿にて囃子を奉納していた。
昭和12年(1937)日中戦争勃発、16年(1941)には太平洋戦争に突入し、
若人たちも逐次軍隊に招集され囃子は中断された。
 昭和21年(1946)春、町内青年団を中心に本郷出身の相沢善作氏が
音頭をとり、前田囃子連が結成され、
前田・原町・本郷・平松の諸先輩から囃子を伝授された。
同年9月原町の屋台(屋根が市松模様のもの)を借り、
初めて秋まつりに参加した。
 昭和45年(1970)7月「前田囃子連」を改組し
「前田囃子保存会」として現在に至っている。
 また、昭和45~46年に狭山市下諏訪囃子連に
平成になって日高市原宿囃子連に若狭流囃子を伝授している。

お囃子教室の様子 3

現在会員数75名



東神森稲荷例大祭

平成18年9月3日(日)東神森稲荷例大祭


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