今日のハプー

キムスヒのこと3

水曜、あと5日。休憩時間に話す時以外にも彼女の姿を目にしたくて遠くから総合案
内所を見つめる。通訳室に用事があるふりでウロツイてると彼女が見える。
まるで中学生男子。
木曜、あと4日。勝手な幻想をスヒに投影してるだけ。すべての恋愛はそう。
でも恋は憂き世の「花」。日常はダラダラつづく散文。恋愛は垂直に屹立する詩歌。

スヒの日本語がつたないからよけいにカワイイ幻想を投影してる・・・
韓国語で話すスヒには違う人格を感じる・・・
でも、もう恋なのか・・・(by にしきのあきら)

ウロツキ、隠れ、恥じ、焦がれる。
夜、ブースを閉めようとするスヒを遠くから隠れてスケッチしてた。
でも彼女は気がついてて暗くなった広場をぼくに向かって真直ぐに歩いて来て・・・

「あした もーいちど ごはんにー いきますか」
「えっ!」

明日は金曜。明日の夜が終わったら、あと3日でぼくはここからいなくなる。
金曜の昼は飛びさった。夜6時半、日本館を早じまいして彼女の知ってるちょっと
郊外のお店へ。
暮れて行く空の雲に夕陽。
黄色く色づいた田。
道ぞいには真桑瓜を売る屋台がいくつも。
さみしげなオレンジの電球。

「ナムジャ(御主人)は ぼくとドライブすることを知っていますか」
この質問には答えないで彼女はこう云った。
「こころが 重いです・・・」
  
竹筒で焚いたごはん:テロンパプ ¥1200
この店は山小屋風。ウッディな外観、自然石をあしらった外装。
日本でだったらログハウスやこの手のスイス山小屋風の建物の意味するところは
「自然:ネイチャー」ってことだろう・・・そういう『記号』。

韓国でも基本はおんなじ。でもちょっとズレてる。そんな店をいくつも見た。
ネイチャーなのに屋根縁取りに電飾!
ログハウスなのにネオンがキラキラ!(しかも料理は海鮮!)
店の内部もスイス山小屋風。席の半数はガラス天板にツタをかたどった白い脚の
テーブルとラタンの椅子。地中海のオープンカフェにありそうなカンジ。
あとの半分は韓国的な分厚い木のテーブルにイタリアンカラーのふかふかソファーが
取りあわせてある。フロアーに白いグランドピアノとドラムセット。自然石をはった
カウンターの向こうの壁には色とりどりのリキュールのビンと高級洋酒の琥珀色。
日本ならばこの店のメニューにウドンも玉子丼も絶対にない・・・
でもここは韓国だから・・・竹筒炊き込み御飯がこの店のウリ。
タコのピリ辛いためと野菜・山菜の韓定食、もちろんキムチも何種類も。
・・・そうなんやぼくの常識はニッポンのジョーシキ。
城とアガシ
「スヒの心が重いのはなぜ?」
「ナカネさんのー 気持ちがー 重いです」
「・・・」
「ナカネさんは わたしのことを たくさんスケッチして 好きだからといいました」
「うん、ホントにそう思うから」
「わたしは お酒も たばこも しないし ミーティング(合コン)もしません」

韓国でも男女関係はゆらいでる、姦通罪があっても婚外の恋愛をもとめる女性たちの
合コンもあるらしい・・・不倫も多いよー、とはパクさんの弁。韓国在住日本人女性
2人もそうは云ってた。でも既婚男性が未婚女性の恋人を苦しめるというハナシなら
一定水準の経済的社会的自由を達成した先進工業国の都市部ならばオンナシでしょう、
保守的宗教的倫理のしばりが効かなくなって、女性解放がすすんで、個人の『自由』
が追求されたらそーなる・・・

「わたしは ともだちに イサンハダ(異常だ)といわれる がありました」
「過剰親切だと いわれる がありました わたしはそー 思いません」
「わたしは ナカネさんに あたりまえにー 親切 したんです」
     
     話をする前から分かっていた・・・。
     彼女は少女のように無邪気な人。
     すべてはうたかたの「僕の」幻想。

「ぼくはスヒのこといっぱいスケッチしました」
「スヒのことを見つめたいから・・・。見つめたいということは知りたいということ。
 知りたいということは好きだということです・・・スヒははっきり分かってたでしょ
 う・・・ぼくがスヒを好きだということが心を重くしてるのは悲しいです」
「スヒは最初からぼくのすぐとなりに座ってました、ほほえみながら・・・。
 あのときオドロキました。キレーなオネイサンが来てくれたーとうれしかったです。
 それから毎日、日本館に来るたびにとなりに座ってくれましたよね・・・
 2人とも半そでだから裸の肘と肘があたるのをスヒはちっとも気にしなかったです
 よね・・顔と顔が20cmに近づいて話をすることもスヒはヘーキでしたよね・・・
 そーいうことに日本人の男は馴れてないんです・・・とくにぼくは・・・
 そーいうことにうれしさを感じてしまうし、意味を感じてしまうんです・・・
 ぼくも男だから・・・」
「ノレバン(カラオケ)に2人で行きましたよね、夜遅くに・・・
 ぼくは日本ではノレバンに行ったことないんです、オクサンとも・・・」
「話すこと、会うこと、顔を見ること、すべてがうれしい気持ちでいっぱいだったん
 です・・・」
「ぼくが歩いてたら走ってきて息を切らしたまま身体をぶつけるようにして話しかけ
 てくれましたよね・・・」
「ぼくに勇気がもう少しあれば、それは、ちょっとバカな勇気やけど、
 もう少しフツーの日本人の男やったらという意味でもあるんやけど、きっとスヒの
 ことを抱きしめようとしていたと思う・・・」
「だから・・・だから、今度、、もし日本語の練習台になる男の人と会ったら・・・
 もっと離れて話すようにしてください・・・離れるがイイです、アブナイです、
 危険です・・・みんな勘違いします・・・抱きしめていいのかと誤解します」

スヒをせめるつもりはなかった。
彼女の感情がゆれているのがわかった。
ぼくを日本語の練習台にした罪悪感、ふるまいが無防備だったことへの羞恥、
ぼくの誤解をはやくに解かなかったことへの後悔・・・いくつもわけは考えられる・・
伏し目がちに目をうるませて耐えたあと消え入るような声で・・・

「・・・もう (日本館へは) 行きません」
「ちがう!そうじゃない!
 今度のことですごく良く分かったです・・・
 日本人と韓国人が出会うってこと、知り合うってことは、ほんとにムズカシーです。
 住んでる国の習慣や文化はその人の目の前にかけられたフィルターとしてはたらく。
 そのフィルターをとおして見ると異文化のなかにいる人や物が実際より輝やいて見
 えることもあるし、実際よりくすんで見えることもある・・・。
 でも本当に人と出会おうと思ったら、そのフィルターの向こうに手を差しのべて・・
 その時まで手のひらをやわらかく保っておいて・・・恐がりながらでも・・・
 オズオズと、まさぐるよう触る・・・触る努力をしなきゃなんないんや。 
 それが生身の人間どうしが出会うってことのただひとつの方法・・・
 恐れをふり払っても触りにいかないと・・・
 だからタクサンまちがうでしょう・・・たがいに・・・
 そのマチガイを積み重ねないと・・・出会うことはできないんや・・・
 まちがうことでたがいに変わって行く・・・
 そしていつかはフィルターが溶けてなくなる・・・
 今度のまちがいはぼくの責任。スヒはちっとも悪くないんや。
 だからスヒに云ったでしょう、ソニョ(少女)のように無邪気やって・・・
 スヒにはぼくに特別の感情がないって分かったからそう云ったンや・・・
 すこしカナシー気持ちで・・・」
「無邪気は わるい(意味の) 言葉でしょう?」
「ちがう。わるい意味で使うこともあるけど、心が子供のように純粋でキレイと云う
 意味でそう言ったンや・・・
 だからもう誤解は無くなったんやから、日本館に来てください・・・
 もうスヒのことをスケッチしません・・・日本語の勉強だけしましょう」

スヒは曖昧にうなずいた。
なんだかスッキリして気持ちがあたたかくなった。
そうなんや男女の恋愛感情なんかよりもっとイイことだってある・・・
やっぱりちょっとセツなくてつまんない気もするんやけど・・・

帰りのクルマではとりとめのない話しをした。スヒも機嫌がなおって笑ったりした。
三叉路の交差点に差しかかった。右にミランダホテル。左に曲がればスヒの家のある
安涼里。スヒが云った

「ミランダに 行って・・・」
「!!!!!」
「温泉にー 入りましたか?」
「!!!」

笑いがこみあげてきた。これだから無邪気な少女は困るんだよなー
笑いを押さえ込んでその質問に応えた

「水曜日の朝に行きました。気持ちよかったです。
 スヒ! 日本語のベンキョーをもっとしてください!
 もっと言葉と言葉を早く繋げるようにしてください!
 ぼくは今、スヒが『ホテルに行って』と頼んだのかと思ってハンドルを右に切りか
 けましたよ!」
スヒもぼくも大笑いした。
 
土曜と日曜、彼女はもう日本館に来なかった。
遠くから総合案内所にいる彼女を見た。
なんか云わなきゃ・・・
最終日。月曜の朝、すこし遅れて日本館のブースに着くと椅子の上にケーキの箱が置
いてあった・・・そしてタッパに詰めた手作りの小豆のお粥。

昼前にスヒが来た。お粥は塩で味付けして食べてください、と云う。
ケーキとお粥の礼を云う。夜は7時からかたずけ始めて9時を過ぎるだろうと告げる
と、手伝いに来てくれると云った。それだけの連絡を交わすとスヒは座ることをせず
に踵をかえして戻ろうとした。呼びとめて向きなおった彼女に用意した言葉を云った

「混乱させてゴメン。
 あなたと会って 少年のこころを とりもどした
 少年と 少女が 出会ってほんとうに うれしかった 
 たくさんのこと ありがとう」

「アッ」といって彼女は身体をよじり一瞬手で顔を覆った。
もう一度向きなおると「夜に来ます」と云って暗い日本館からまぶしい外へ出て行っ
た。

夜の撤収と積みこみはぼくをふくめて4人でやった。
日本館のKさんとガードの徐さん、ぼくとスヒ。
9時半をまわったころスヒのケータイが鳴り、切ったあとで「主人です」と。
エキスポのゲートまで迎えに来られたらしい・・・

「ヨロカジロ カムサハムニダ いろいろとありがとう」
「アンニョヒ カシプシォ 安寧に行ってください:さようなら」
「アンニョヒ ゲシプシォ 安寧に居てください:さようなら」
 
スヒの長い髪は揺れながら闇に融けた。
遠ざかる白い服をおいかけて彼女の手を握りたいと、一瞬、思った。
ケーキ
TOYAのヌイグルミは徐さんがくれた。
部屋にもどって一人でお祝をした。
13本のキャンドル。13日いたエキスポ。13日分の思い出。
小豆のお粥は美味しかった。バタークリームのケーキ、一人で1個はキツかった。
44才のオッサンやのに少年の気持ちになれた・・・すごいコトや。

金 淑希、少女のように無邪気な28才の主婦
     あなたと会って少年のこころをとりもどした
     少年と少女として出会えてほんとうにうれしかった


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