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染と織

2010年08月28日
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カテゴリ:染と織
こないだ カミさんの織り始めた分


825


黄色系のやつ 織りあがり


398


紬:つむぎ=絹のマフラー

幅30×長さ180センチ が3本

経糸はおんなしでも 入れた 緯糸:よこいとが違うんで

ビミョーに 色合いに差がでる

ちょっと アップで

        ↓

393


キレーですー

じんわりとした光沢 角度で色が変わる

玉虫色に変化 右から2つめの山は 緯糸の入ってない部分

ここでカットして 房を作って処理するが 経ての絹糸 金色に光り

このへんの色は たまねぎの皮で染めたいろやそーで・・・


はい さっそく次の 機:はた の 機ごしらえ

竹でできた櫛のような枠=筬:おさに 

360本の糸を 一本づつ通す 筬通し して 巻き込み

巻き込みがすんだら・・・・


394


掛け糸かけ


390


360本の糸が 

交互に上がり下がりする仕掛け 


395


糸綜絖:いとそうこう

    はぁぁ こんなめんどくさいこと

    とても オレにはできん・・・・・


394


腰あての板で 糸を ひっぱりつつ

末端の筬:おさ を ふんばりつつ   

       360本やと 30分ですむが
       結城紬はこの幅に 1200本
       そんだけ細い糸で 密に経糸がある
       1200本の掛け糸かけ この姿勢を
       2時間キープしてやらんなんそーですわ

       やさしい布を織るためには 強靭な肉体がいる
       地機による手織り 高い身体能力に支えられてる

       フィジカル メンタル テクニック 
       コンディション モチベーション・・・
       サッカー選手とも通ずるねぇ


399


       はい 機ごしらえは もうすぐできる

       こんどは ピンク系の 紬マフラー

       
326


   結城紬:ゆうきつむぎ は 紬織物の超絶技巧 

   30センチの幅に 経糸1200本 そこに横糸

   経緯:たてよこの絣:かすり ダブルイカット 

   経糸緯糸とも バーコードにように染められてる

   その経糸緯糸が 正しく織られると 文様が出る

   そのように 厳密に設計し 厳密に染められてる


   織り子は 文様を確かめつつ 織る

   織り出す文様 それぞれ違うが 

   細かい地紋として

   亀甲文=六角形 が入ってて その中に十字文


416
                ↑
カミさんが当時織った 100亀甲
経糸が余る そこを織って端布:はぎれとし 
織り子は 端布を 参考資料として持っとく


   この亀甲が 30センチ幅に 100並ぶのが 

   標準品の 100亀甲の結城紬 ですわ

   3ミリ角の亀甲文が横幅に100個並ぶ ってこと


335


   100亀甲やと 1日8時間びっしり織って 35センチほど
   1反は13mほど 織り上げるのに 1月はん はかかり
   織り子の手間賃は 15万円やったそーですわ
   100亀甲の結城紬の着尺 一反の市場価格は
   まあ 文様にもおりますが 150万円です

     あくまで30年前の カミさんの経験で
     今 どーなってるかは わからない

786



   カミさんは160亀甲を 3ヶ月かかって織って
   30万円もらったこともあるってゆーたはります

   ほんとにもータイヘンやそーです 160亀甲になると
   1日びっしり織っても 100の半分 20センチ織れない

   織り仲間の オチアイちゃんは バブル期に200亀甲を織り
   5ヶ月かかったそーですが 機賃は50万 その反物が 
   展示会に並んだときの値段は ¥30000000 
   3千万円やったそうですわ・・・


337

   
  まあ 最高水準の超絶技巧を 実物保存するってことでしょうが・・・



   カミサンが 茨城の女子高を出て行った 
   1980年ころから バブル最盛期の
   1990年ころまでの 結城紬
   そんなグアイであったそーです


766



   今はムカシ・・・・
     


   
    

ほな 豆奴はん あんじょうに♪

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最終更新日  2010年08月29日 05時31分23秒
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2010年08月26日
カテゴリ:染と織
786


糸を引き出す 左手の指先 それは 点
     伸ばし続けると それは 線 ←糸になり
経糸緯糸 タテヨコ 織り 合わせ 面 ←布になり   

点の仕事から面にするんやから そりゃタイヘン・・・・

手ぇで糸作って 煮て 染めて 糊付けして・・・


772


枷 :かせ に上げたり 巻き取ったり なんやかやと・・・

その一々に 正しいやり方 があって それをハズせない・・・



766


なにしろ 相手は 糸:いと

糸 ってもんは 性質:たちの悪いモン
 
  とにもかくにも こんがらがるモン もつれるモン

糸は常に もつれようもつれよう と狙ってる
こんがらがろう こんがらがろう と虎視眈々

そやから それをあつかうには 正しいやり方があり
そのやり方を テイネイに はしょらんと 確実にやらんなん
ちょっと手を抜く 不注意にやる ズボラにやると 糸の思うつぼ

カミさん18才の4月 結城の織元の住み込みになって
教えられる仕事 最初にできる ほんのカンタンな仕事にも
やるべき方法があり 守るべき手順があり それをはずすと
とたんに頓挫 停滞 その挽回やり直しは 最初からやるより 時間を食う

ズボラ いい加減 勝手な解釈 それがみんなにメイワクをかける
テイネイ 確実 教えられた通り その積み重ね それが結果 
迅速 効率の良さ 分業でやってる 伝統工芸の粋 結城紬

ヒトは職業によって 教育される 教え 育まれる 
ヒトは職業によって 薫陶される 新たな自己をカクトクする

   そんな手業の仕事が ちゃんとあり
   ただのネーチャンに 仕事を授ける
   1970年ころには そんな工房があり
   女子高出の 娘っ子 を受け入れたわけで


 はいー 糊付けしたら また 木枠に移し変えて・・・


326


 キレー 色とりどり

 木枠から なんや糸をいろいろに引っ張り出して 整経:せいけい 

 機:はたにかける経糸を整える なんべんみても そのやり方

 オレには理解できんのやが ちゃんと 機に決まった 縦糸がセットされ・・・


337


 360本の経て糸  交互に上がり下りする仕掛け 綜絖:そうこう

 糸綜絖:いとそうこう ってゆーやり方


touhi


 この機:は 地機:じばた とか いざり機 と呼ばれる 古いカタチ

 経て糸を 自分の腰でひっぱって 織れる状態になる

 改良された 高機:たかばた では 経糸は常に機械的に張ってある

 ま やきもんでゆーと これが穴窯で 高機は登り窯 ってことですわ


 この古いカタチの地機 織り手の身体には負担がかかるし ちょっとだけ

 織るってことができひん 腰に巻きつけたりしてはじめるまで時間かかる

 いったん機に上がって織り始めると 来客があっても すぐには下りれない

 なので 結城の主婦 機を織ってるときは お茶を入れて客に出すのは

 ダンナさんの仕事ですわ ダンナも糸くくりの仕事してたりするけどね

 機に上がってるヒトの手は 止めたらいかん わけ


 なんで わざと古いカタチの地機で織るかとゆーと ええ布が織れるから

 緯糸:よこいとを通したり 杼:ひを打ったり 綜絖:そうこうを動かしたり

 そのたんびに身体が動く すると 経て糸が 張ったり緩んだりする

 これで 風合いのいい柔らかい布が織れる 

 経糸のテンションの有機的な変化 これが地機の特徴

 機械的緊張が常に掛かってる高機 とはそこが違う・・・・
   

 

335


   経糸の交互の上げ下げ 足を使ってやる


asi


   これで 経糸が 上がり下がりする




   刀杼:とうひ とゆー道具で 横糸を通す 

   真ん中に緯糸:よこいとがセットしてあって糸が出てくる


328


   手紡ぎした 紬糸の織物なんで 筬:おさを打ち込んで

   きつく織り詰めることはせず 刀杼で 入れた 緯糸を詰める


825


   カミさんに聞く 

   もし1日8時間 みっちり織ったら
   この細い 紬糸で 1日どれくらい織れるん?

        100cmは織れる

        ウールのマフラーなら その倍は織れる

        でも織物の仕事 このやり方だと

        織るのは全工程の 終わりの1割の仕事

        糸紡ぎ と 染め が 9割の仕事 

   なるほど たしかに 今どきやないなぁ・・・・・
   日常座辺に使う工芸 本来 分業でやるべきもん・・・
   1人でやるから 表現 美術 お宝に 化けんと 
   しゃーなかったんやが・・・


 手ぇで糸作って 草木染めして 古いカタチの地機で織る理由は 
 ええ布が織れるから これでムカシとおんなし 
 風合いのいい柔らかい布が織れる 

 工業的に科学染料で染めて 機械が織る ふつーの布 
 手織り高機の布 手織り地機の布 ネウチがかなり違う

      と言いたいんやけども・・・・

      この3つの布の違いを
 
   いま だれか 味わい分けられるやろか・・・・

   その差 が分かったとしても

   そこにおカネを投じてくださるやろうか・・・

   
   6年を修行して 主婦の仕事やりつつ 
   子育てしつつ 20年 織りついで
   プロの手業があったとしても 
   しかるべく おカネに替わらないのであれば
   商品として再生産してやっていけてる わけやない
   それをやるのは 主婦の趣味 とゆわれてもしかたない

         それがカミさんの自己規定ですわ

         けれど だからこそ 

         自由に好きな布 が織れるわけでもあり・・・・




   8年修行して おっつかっつ作って 25年ほど
   なんとかなるやろー でやってきて なんとかなってる
   妻子やしなっていくオトコの仕事として やきもん焼いてる

         やきもんは恵まれてる

         時代の波 のオカゲでもあり 
         伝統の仕組み のオカゲでもあるが 
 
         選び取りしたんも よかったんやないかなぁ
         もっとも身近な ふだん使いの器 家庭食器に
         焦点をしぼり 早く作れる手ぇ で安く出し
         使い手が好まれる品 十全な顧客満足を追求した

         自由に好きな品を作る それを捨てて
         いい道具とはなにか  研ぎ澄ましたおかげ

383

         
思いますねんや 手づくりの工芸 
おりもん と やきもん えらいちがうなぁ と

よかった やきもん で 粘土はなんとでもなる
     工芸素材 で もっとも可塑性が高い

よかった 一つ一つに掛ける時間 短い
     湯のみ一個の水挽き 2分
     削りは 50秒
     絵付けも チャッチャ
     釉がけ チャポン
     湯のみ500入る窯 焼成8時間 
     出すのは7時間後でOK 


128
 

     土は土屋から 電動ロクロ 灯油窯
     近代的な機械 道具を使こても
     手で作るがゆえの仕事が 
     クッキリと刻印できて
     使い手のシロートさんが見ても 
     手づくり手描き は見てとれる

316
 

よかった やきもんの美の幅は ほかより 頭ぬけて広い

126

  
     丹精精緻な根気仕事の美だけでなく


1170


     豪快ラフ勢いで見せる美もあるんで なんとでもなる
     オレみたいなもんでもやっていける よかった♪


ほな 豆奴はん あんじょうに♪

1161


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最終更新日  2010年08月26日 13時17分23秒
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2010年08月25日
カテゴリ:染と織
以前は3人雇用の工房やった うち
6年前からはオレと2人の体制

なので カミさんには やきもん屋の女房仕事 してもろてるが
    カミさんの本業は 手紡ぎ 草木染め 手織り でやる 染と織

木綿も ウールも やるが
春先から 糸にしてきたは 紬糸:つむぎいと


766


これは 絹織物 になる シルクの素材=糸
 
真綿=カイコのマユを広げたもの から 
繊維を指先で引き出す これで糸になる 
原始的な 手つむぎの 紬糸:つむぎいと 
光沢は押さえられてる パッと見は木綿に見えるが 絹


  じんわりした光沢 

  軽く 高い保温性 肌ざわりの良さ
 
  高価


786


紬糸は 天然染料で よく染まる


  商品経済発展した江戸期に
  裕福な商人などが 禁制をくぐって
  絹織物を着るのに 紬織物は都合がよかった
  町人は絹を着ること 禁じられてたからねぇ
  日本各地に 高度な紬織物が生まれた



対するに 生糸
生糸は マユを湯煎してほぐし そこから
カイコの吐いた太さの糸 をひきだして 
数本よりあわせて糸にする つややかな光沢


  ま 明治日本の生糸の輸出 
  ま それでカクトクした外貨で富国強兵
  ま 官営富岡製糸工場
  


映画「ああ野麦峠」はそのころの女工の暮らしを描いた

   
  女工哀史 である
  早くから近代化して 信濃諏訪の 岡谷に製糸工場
  その労働力 多く飛騨の貧農の10代の娘たちが担った

  信濃には広い平地があるが 飛騨は山峡 貧しい
  貧しい家の口べらし 早くから働きに出て 
  親たち弟や妹たちに 仕送りする 労働する娘たち

   みね という少女は 大竹しのぶ(当時20歳) 

   成績優秀者は 百円工女 とよばれた
   
   村で評判 みねが百円工女さまになったげな

  
  岡谷の製糸工場で 百円工女となった娘 病を得る 
  結核・・・ 重篤 隔離された小屋で 放置されている

  とおいとおい飛騨
  帰るには 岡谷から北へ 塩尻
  塩尻から南へ そこから東へ
 
  乗鞍岳と御嶽の鞍部を抜けて 
  野麦峠を越える 標高1672m 
  下りれば飛騨高山 病人にはムリな道 

  飛騨から 娘の兄が来る 地井武雄

  やせこけた 妹 

  背負子にくくりつける 兄

  諏訪湖のほとり 岡谷から とおい道を辿る

  山にかかり 熊笹の生い茂る道 

  野麦峠への道を 黙々と登っていく

  兄の背負子 そこに妹

 
  みねの意識は 薄れがちである

  ようやくのこと 峠 

     あんさ・・・
 
     ああ 飛騨が見える・・・

     飛騨が見える・・・

     帰ってきた 帰ってきた・・・

     飛騨が見える・・・



  しずかに 死んでいく みね

  飛騨への道 故郷への道 

  下っていく 兄と妹

  深い 深い 山


norikura


   御嶽 継子岳から見る 乗鞍岳

   あの下に 野麦峠


772


  手で紡いだ紬糸 一度煮て それから染める

  染めたら 糊付けして 整経し 機:はたにかける


825


  カミさんは ああ野麦峠 を高校の上映会で見たらしー
        明治日本の労働史 学校鑑賞の場である
        

  オレは映画館で見た 1979年6月公開 東宝映画やから
            京都川原町のスカラ座で見たはずである
        22歳 やきもん屋ではたらいて1年

  カミさんの見たのんと 
  オレの見たのんは ちょっとちがうはず

  劇場公開版には セックスシーンがある 
  学校鑑賞版には そこんとこうまいこと割愛してあるらしー

  みねと同じ女工仲間 それに関するエピソード 
  ちょっとキレーな娘が2人 古手川裕子 原田美枝子

  工場経営者のムスコが キレーなこの娘らに 手をつける
  ムスコをめぐって2人に軋轢 1人が自死してしまう

  もちろん 貧農の娘の恋は 成就しない 
       捨てられ 病を得て 結核で死ぬ
       みね の前にもすでにそーゆー境遇の仲間

  当時の現実 のドキュメントとして セックスシーンがあるんやが
  まあ 高校生団体鑑賞版ではカットして 文部省推薦やったわけで


  まあ 妥当なセン


asi

  

  カミさんは 口減らしのために
        茨城の竜ヶ崎二高をでて 
        結城の織元にやらされた わけではない

          自由意志
          高3の夏休み
          茨城県の伝統工芸 結城紬
          そのドキュメンタリーをテレビで見て
          わたしでもできるだろうか・・・訪ねて行って

        百円工女になるために
        3年いた結城から 
        益子日下田工房に移って
        さらに3年の年季を積んだ わけではない

          自由意志
          結城の分業
          織子:おりこは 織るだけ
          織り仲間から 益子日下田さんのとこは
          100年以上まえからの 藍の紺屋 
          織と染 紬もウールも木綿も 習える
          無給の住み込み弟子に転進 3年の年季
          

        そのどちらにも 
        工房のムスコさんは いたはらへんかったんで
        手ゴメにされる危機 なかったらしー




     いま 織ってるのも なんぞやって稼いでくれ と
     オレがゆーたわけではない
     自分の自由意志で織ったはるわけでね・・・



主婦としての仕事 炊事 掃除 洗濯 家事

やきもん屋の女房仕事=色差し釉がけ底すり発送etc・・・

ときどき やきもんの仕事が切れて 手待ちになったときに 

ポツポツと 糸紡ぎして 溜めてきた糸を 染めて 織ってるわけ 


touhi


   日本の女性が 伝えてきた 手業:てわざ
                手で織る技術を
                なんとか先につなげたらと 
                細々と

    

   まあしかし カミさん 今日は午前中 
   瀬田まで スケートに行かはりますー♪

  
772


    女王哀史 とは 大きく へだたり




  



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最終更新日  2010年08月25日 12時00分38秒
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2010年06月27日
カテゴリ:染と織
えーと・・・
本題の前に・・・


今月6月 のプレゼントは
  7月 夏が来たっ!
     をあらわす文様 でした

795

海のパスタ皿♪

704

山のパスタ皿 ♪




さて 来月7月分の月例プレゼント 
とゆーことは8月を表す文様 ってことですが
その 2柄の画像UP♪

          ↓


791


金魚文のパスタ皿   27.5×21・5×高さ2センチ

これを 5名様に♪


790


朝顔文のパスタ皿   27.5×21・5×高さ2センチ

これも 5名様に♪


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magumagu2


さて 本題 

糸 ふーわり


最近やきもんの仕事は 
カミさんのやる分は 
ちょっと手待ち

そやさかいに 
本業の 
織りのほーの仕事を したはりますー

こないだは 染めた糸を 陰干し
草木染め 天然染料ですんで 直射日光やと 
紫外線で退色=色あせしますんでねー 陰干し


772


糸 ふーわり


で この糸は 絹=シルク
  絹糸には 生糸:きいと と 
       紬糸:つむぎいと の2種類

生糸はカイコが作るマユ を熱湯で緩めつつ
糸にしていく カイコの吐いた糸をそのまま依って
糸にしてるんで 強い光沢があるわけですが・・・

紬糸はカイコが作るマユ それをお湯のなかで
ぐぃーっと袋状に広げた 袋綿:ふくろわた にして
それを手で紡ぐ=手で糸にする 指で引き出すことで糸にする


766


生糸とはちがい 
繊維がフクザツに絡み合いながら糸になるんで パッと見ぃは 
光沢が押さえられていて 木綿に見える そやけども・・・

            

786


    光沢 じんわり
    紬糸 底光り



マユをひろげたもん から
手ぇだけで 糸を 引き出す    

江戸時代 絹物=生糸で織った絹織物を着ていいのは 特権階級だけ
そのマユを作る生産農家=養蚕業 クズ繭も出るわけですわ
穴が開いたり 虫がついたり 色が悪かったり・・・

それもったいないでしょ なんとか使いたかった
ぐわーっと広げた真綿を 綿入れやチャンチャンコの中綿とかにしてた
それを なんとかムリに 糸にしてみたら じんわり光沢 木綿に見える

パッと見ぃ 木綿に見える
しかし絹物 木綿よりも はるかに軽く
            はるかに保温力が高い

            軽くてあったかい=すぐれた衣料

      町人は絹もん着たらあかん ねんけども
      その禁制をくぐって紬;つむぎは着ることができたわけ

      それで江戸期以降 さまざまな紬織物が発達した
      米沢紬 結城紬 郡上紬 信濃紬 飯田紬 大島紬・・・・ 

      裕福な町人 は紬を着たわけ 
      大店:おおだなの主:あるじ とか
      その御料人:ごりょうにん=奥さん とか
      その娘はん とかが普段着にきたそーですわ・・・・



786


染と織 主として 日本の女性たちが担い高めた
         技術と知恵と美の集積であるが

      現代 その技術を国内的に
         受け継ぎ 発展させること
         なかなかに 困難なことである

         このような
         労働集約型の仕事
         あまりに手間 高い技術も必要
         その技術の習得に 時間もかかる ゆえに
         人間の労働力が安くないと なりたたない

  日本の工芸は 江戸時代の 安い農村の労働力と
         徒弟制=技術習得するまでは無給 によって
         培われ 高められ 伝承されてきたのである


染織に 比べると

やきもん=陶磁器は はるかに恵まれてる

日常座辺のモノで 道具性が高く ゆえに こわれカケ割れるもの

なので 買い替え需要がつねにあり くわえて 陶芸に化けることで

美的付加価値を付与することができる その伝統が厚くある からである



384


さ 今日も 水挽き

ま いい道具づくりに 邁進♪





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なにがしか みなさんのお心に 
とどきましたでしょーか? もしそー思もてくれはったら 
クリックたのんますー♪
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最終更新日  2010年06月27日 15時30分34秒
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2010年06月01日
カテゴリ:染と織
きんので皐月5月が 終わり
今日から水無月6月 はじまり

太陰暦やと
昨日で 月籠もり:つごもり 月が籠もり
今日が 1日:ついたち   月が立つ

いずれにせよ もう5ヶ月がすぎたわけで・・・・

あやまたず 季節はめぐる
晩春が行き 初夏が来る
その 前に 梅雨

梅雨の前に 晴れる日の 五月晴れ
キラキラの 輝く陽射し よく味わっておこう


465


カミさんが先生セツメー   センタクバサミ 豆 フィルムケース 
              つまようじ 割り箸 輪ゴム 

              これらをどー使えば
                  どー染まる かセツメー



先々週の土曜は やきもん 手びねり体験 ←天候悪く 室内で
こないだ土曜は そめもん 藍染絞り体験 ←天候良く 野外で

カミさんの 染織の体験も 
もうやってないんですけど
 
町内外の団体教育枠は すこしく受け入れることも ある
そんなカンジなんで キホン やってないって ことです
 
今回のは 永源寺公民館主催の もみじっ子手づくり塾 ですわ
この先も 2月一回ほペースで 蕎麦作り や こんにゃく作り するらしー


低学年中心に40人 インド藍液での 絞り染めの体験

この年代のこどもらの 集中力は短い ザワザワしはじめる

なのでぼくが 質問するヒト を演じて こどもらの興味をつなぐ

  メリハリのついた しゃべり
     緩急のある しゃべり
 こどもの興味をひく しゃべり  夫婦漫才のよーに
     かけあいの しゃべり  まあなんとかウマク行って


469


  はい つけてー 
  はい 30数えてー 
  いま 黄色いけどもー
  はい 空気に晒してるとー
  ほら だんだん青に変わってー

  はい 2回目の染めー
  また 30数えてー
  また 空気に晒してー
  はい 濃くなってきたからー
  ほら 水にくぐらすとー
  また 青の色が濃くなるやろー

  はい 輪ゴムをはずしてー
  はい 広げて 乾かそー
  わー ええのんできたやんー




  バタバタしてたんで
  ズラーっと並べて干した画像を 撮りわすれた
  ミドリのなかではためく 藍染のバンダナはキレーなんですが・・・


468 


  早く終わった 子ぉらは 

  裏の川で遊んでますわ

  ともあれ10じ~12じで 楽しくやってもろた

   
    次の そば作り体験のときには
       このバンダナを持ってきてねー 
       と公民館のヒトがこどもらにゆーたはりました
    
       そばの時は このバンダナが 三角巾がわり

       とゆーことらしいです♪

       たった¥600ですわ
       白のバンダナこっちで用意
       子育て中の 親御さんらには
       できるだけ ご負担をかけたくないから

       まあ 社会教育への
          ささやかな貢献を と


            
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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最終更新日  2010年06月01日 07時26分31秒
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2010年01月20日
カテゴリ:染と織
いっつも チョー長くて すんません
書くぼくもぼくやけど 読んでくれたはる
みなさんもみなさんですねー アタマがさがります♪

27日夜には 東京ドーム行き 仕事がつまってきました
なので今日は いつもよりも短く サックリいきますわ
まず こないだのアランセーターについて くりかえします

  
   アランセーター って知ってる?
   バルキーなぶっとい縄編み=アラン編みのセーター

   セーターは スエット=汗をかくほど暖かい ってこと
   アイルランドのアラン諸島の漁師たちの着てるセーター
   それがアランセーター 

   未脱脂の極太の毛糸で編む 漁師のおカミさんたちが
   手編みで 緻密に編みこむ 防風と防寒と撥水の機能
   未脱脂の毛糸 って羊のケモノの匂いがする 臭い
   臭いのがホンモノ ってことですわね かなり臭い

   編みこむ文様 ふっとい綱 縄のよーであったり
   いろんな幾何文であったり 漁師の命綱を表してたり
   大漁への祈りをこめてたり 家紋であったりして
   編みこんでいく文様は みんなちがう

   みんなちがうんでベンリ

     北大西洋 荒波
     船が転覆して遭難して
     あとで死体が上がったとき 
     それがだれか 識別が容易

  ・・・すごいなぁ アランセーター
     ギリギリの 労働の現場が 
     さまざまな 道具を生み出すんやなぁ・・・

     そこに 歴史 文化 伝統 ヒトの生き様
     苦しく辛く歓びにも充ちた 労働の物語がこもってる


 ってことを書きましたんやが・・・・海の労働着
                  海辺の民の仕事着

 あ! 
 オレ1つだけ 
 ジャパニーズフィッシャーマンズワーキングウェア 持ってる!

 えーと どこやったかいなー たしかこのタンスの奥に
 しもてあったはずなんやがー あった!



781


 サクリ または サックリ と呼ばれる 海辺の労働着
                    漁師のキモノ
                    漁民のアイテム

 年長の友人Mさんから もらった 
 福井小浜の骨董屋さんから出た品


           裂織り:さきおりがナマって サクリ サックリ
               福井小浜あたりでは そー呼んでるらしー

 津軽でも秋田でも能登でも佐渡でも・・・
 どこの農家でも どこの漁師の家でも・・・昭和30年代には
                     織られてたとゆー



youitoguruma


 西洋糸車=紡毛機

 毛織物=ウールは ムカシのニッポンには無かった
          羊:ひつじ がいーひんかったからね
          明治時代になってから織られるよーになった


waitoguruma


 和の糸車=紡麺機

 綿織物=コットン 木綿は 江戸時代以前の日本には無かった
          貴族や大名とか特権階級はは やわらかい絹織物 
          庶民は麻とか藤とか葛とかの ごわごわした織物

 木綿は ニューカマーのすぐれた繊維 
     軽く保温力高く肌ざわりもいい
 木綿は 寒冷地では栽培できない なので
 木綿は 食べられないのに栽培される 商品作物となり
     布に織り上げられて商われて 全国に流通浸透した
 木綿は 江戸時代になってから広まり いろんなトコで特色のある
     いろ-んな綿織物が発達した 河内木綿 近江木綿 三河木綿・・・

     なけなしの お金で買おた 
     ダイジな布は 徹底的に使う

     服にして着る 傷んできたら 繕うツギを当てる
     それでもダメになってきたら こんどはそれを 
     ほかの用途に転用する 布団のがわにしたり雑巾にしたり

     あるいは 裂織りにする

     傷んだ木綿の野良着
     それを帯状に裂く 細いテープ状に裂く これが緯度:よこいと 
     経糸:たていとは おおくの裂織りでは 丈夫な麻糸である


10192


日中の きつい労働を終えたオンナたち

夕餉のあと 洗い物を終えてのち 

機:はた にかかる

暗い機場:はたば  

裸電球がひとつ 灯っている 

もったいない と取っておいた 

襤褸襤褸:ぼろらんる それを布に織る

オンナの母 またその母も織っていた 裂織り


10194

 
     オンナは 筬:おさ きつく打ち込む 

     目の詰んだ布を 

     風を通さないサクリを

     漁師の夫 海 船 

     肩に食い込む 引き綱 

     厚く頑丈な サクリを



782 


中島みゆきの「糸」 ・・・


      縦の糸はあなた 横の糸は私
      織りなす布は いつか誰かを
      暖めうるかもしれない

      縦の糸はあなた 横の糸は私
      織りなす布は いつか誰かの
      傷をかばうかもしれない

      縦の糸はあなた 横の糸は私
      逢うべき糸に 出逢えることを
      人は 仕合わせと呼びます



782 


    労働する そのための道具 

    それらと ともにある暮らし
 
    そこから 質実な 剛健な 健全なモノ





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あ ウチのカミさんが織ってるのは
  裂織りではありません 
  参考画像ってこと

さ 労働しよーっと♪  

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最終更新日  2010年01月20日 06時03分40秒
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2009年12月01日
カテゴリ:染と織
霜月11月が 去り
師走12月が来たり
    家のまわり
    落葉しきり
 木々は裸木になり
梢 木枯らしに鳴り 
猫 ストーブ前に
     寝転がり
    冬 来たり


こないだ土曜 クルマ30ぷん
おなじ東近江市内とゆーても 旧能登川町は びわ湖のそば
うちは旧永源寺町 山里の入り口 あいだにひろく近江平野
愛知川沿いにくだって ノコギリ屋根の染織工場を訪ねた 4じころ


能登川町の伝統産業は 近江上布
上布:じょうふ とゆーのは特別に上等な 
繊維の細い麻織物のことでして ほかには 
新潟の越後上布と 沖縄宮古島の宮古上布がユーメー

近江上布は 鎌倉時代からやってたらしー
近江商人によって全国に広まった蚊帳:かやはユーメーやけども
製品は時代によって変化し 特定の製品品種に固定しなかったらしー

ここ ↓


317

   ↑
ファブリカ村 って名前の場所
ここ10年ほど使われてなかった北川織物の染織工場を 再生して
よみがえらせ カフェやフリースペースとして使っていこうと
10月の末にオープンした ノコギリ屋根の工場ギャラリーである

 染織工場の 再生とよみがえり をはかったのは
 創業社長の長女たる 北川陽子 である
 ぼくより4つ下 48かな 
 京都嵯峨美術短大の染色科卒


320

 
 ことしで北川織物は50周年とゆーから 1959=昭和34年創業
 8年前に北川織物の創業社長はなくなられた そのころはもう繊維産業 
 =糸偏:いとへんは どこともケーキ悪くなってた 

 需要の低迷 と アジア産の低価格製品による圧迫 で衰退してきてた
 これはどの日本の製造業もがかかえる 構造的なモンダイである

 しかし 良かったころ があるんである
 ガチャマン時代 とよばれた時代があったそー
 織り機を ガチャッ と動かすと 
 一万円札が ガバッ と入る時代があったそー

  能登川にある 多くの染め織りの工場に
  北海道や東北から 集団就職でヒトがおおぜい来る時代があった
  中卒で汽車に乗り 女工となって多くのヒトが立ち働いていた時代

  戦後の日本は 急速に発展した
  敗戦時の人口 7000万
  高度経済成長 30年ほどで 人口は1億人突破
  さらに1億2000万人になった これは大きい
  韓国1国分=5000万人の人口増 これは大きい

  イギリスの人口は6150万人
  フランスの人口は6400万人
  ドイツ の人口は8200万人 これ現在の数字
                 意外に人口少ないでしょ

  戦後日本の高度経済成長と
  それに伴う 人口の急激な膨張は特異な例なんである

 その急激な豊かさの実現のなかで 
 急激に増えたなヒトビトが
 モノを買う時代があった

       結婚する 
       お嫁入りする
       婚礼道具を買う 
       しかるべきカタチを整える

       夏用の夫婦布団を買い
       夏用のおザブトンを買い
       夏用のお着物を和ダンスに買いそろえる
       夏用には麻の織物である
             ↓
           能登川ガチャマン

  冬用の婚礼布団の生地は 絹
  こちらは桐生や足利が担ったらしー

 いい時代があったらしー
 創業から30年は どんどん発展したらしー
 北川さんのオトーサンは 1代で工場を立ち上げ
 そのいい時代を働き逝き この場所にノコギリ屋根の工場を残した

 そして もの作りの技術の歴史と 
     もの作りの記憶を娘たちと奥さんに残した・・・・

     2人の娘たちは 赤ん坊のころ
     はたらく母の背にオンブされて
     自動織機のガチャガチャを聞き 大きくなった


323


     うるさいやろ と思わはるかもしれんけど
     なんや 羊水の中で聞く
     母親の心臓の音と似てるとかで
     よー眠りましたで

             そして再生とよみがえりを
             奥さんと娘たちが いまから・・・・

 
ファブリカ村は 大きく2棟に分かれてる someba と oriba

はいまずは someba=染場:そめば
           ↓

311


うー 広いー ・・・
なんでもできるなぁ こんだけ場があったら

2つ残してある染めのための長ーい作業台 幅が2種類
狭い方は ザブトン生地を型染めしていく作業台
広い方は フトンの生地を型染めしていく作業台 

作業台の広さのチガイ・・・
染める生地の幅によってちがう・・・
なんでもワケがあって そーなってる
なんでも歴史があって そーなってるんやなぁ

ここを使って いまは 鉄と紙の造形作品の展示


312


彦根におられる 茗荷恭介さんの作品 
ひじょーにハイブローな品
はじめてみた♪


はい つぎは oriba=織り場
           ↓


317


はい ペチカであったか
ええ 一番奥には板敷きのステージ
うん コンサートやヨガの練習場なんかにね


318


ペチカの上 調理もできる
この日は 焼き芋


322


1949年 昭和24年の機械 
豊田佐吉の発明したんとおなじ形の自動織機

機械の始動時 人間がはずみをつけて動かしてやる
その時に握りこむ木製の横木が はげしく磨り減ってる
ヒトが掴んだトコは 元の太さの半分ほどに 磨り減ってる

労働の歴史 労働の刻印 労働の記憶
 
工場の床は コンクリート張り しかし織機の前の床 
ヒトが立ち働く場所だけは 板張りになっていて 足当たりが柔らかい
女工さんたちの労働を 少しでも和らげるための 気遣い心配りである


1319


  ・・・・・・・・

  のこぎり屋根の採光のための窓は北向き 
  しばらく 秋の残光を この工場ギャラリーに取り込んでいたが


325


  暮れてきた


324


  あー すっかりゆっくりさせてもろた
  5じはん かみさんとファブリカ村を辞した


321


  機械産業としての 麻の織り物

  ひとつの産業が ある時代 隆盛をむかえる
  時代がすぎ あらたなカタチが求められる時がくる

   その 再生とよみがえり を
   奥さんと娘たちが いまから・・・・

     
素晴らしい空間です 
ぜひみなさんも
お行きやす
  ↓
ファブリカ村 って名前の場所


              


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最終更新日  2009年12月01日 12時54分22秒
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2009年10月03日
カテゴリ:染と織
はい 4時半に目が覚めた
いや 自然に目が覚める

うん 5じすぎ 
よし きのう削ったカップ
さあ その取っ手つけをやろ
まあ 1時間ほど

7じ になったら アートイン長浜へ出発
まあ カミさんと 2人なんでラク♪

なので 7月11日の文の再録 画像追加版♪


ーーーーー


  人を恋う て 思い込み やと思う
  恋をする て 狂うこと やと思う

  レンアイ は 非日常 日常に屹立する 詩歌
  そやのに 結婚は日常 だらだらつづく 散文 

  結婚する て イキオイがいる 
  結婚する て はずみ やと思う
  結婚する と 落胆 忍耐 妥協
         役割 責任 折り合い 
         日常 が待ってるけども
   
  いずれ その日常のなかに得もいわれん 味が出てくる
  甘い 塩からい 辛い すっぱい 苦い 5つの味
  なんとも 味わい深い 奥行きのある 醍醐味・・・


ぼくもカミさんも 共有してる 理想の晩年は
小津安二郎の映画 東京物語 の老夫婦である

 1953年の映画 モノクロ映画

 尾道から 老齢の夫婦が 上京する
 笠智衆と 東山千栄子が 演じている

 尾道で 小役人で退職したヒト 72歳 
 息子も娘ももう中年 東京で一家を構えている

 老齢の夫婦2人 汽車で上京する 十数時間か 
 最晩年にいる2人 きっと死期を 想っての上京

 東京の息子も娘も 老父と老母に 冷たい
 長男は内科医 医院を経営
 長女は美容師 美容院を経営

 それぞれの生活に 追われている 羽振りはいい
 だからこそ生き生きしたリアルに いそがしい

 老父と老母の 今とちょっと先に 気がまわらない
 気が回らないフリで なんとなく 逃げを打ってる
 なんとなく 冷たい なんとなく 邪険 

 あたたかいのは 次男の嫁 紀子さんだけである ←原節子
 次男は戦死してる 若い嫁は寡婦 独身を通し 働いている
 せまいアパートに一人暮らし ちいさな仏壇に位牌と写真

 この嫁 が老父と老母を あたたかくもてなし 立てる
 有名な 食事のシーン アパートの部屋に 届く食事

  お口に合うかどうか・・・ 
  店屋物をとりましたの・・・
  こんなもので申しわけないんですけど・・・
  お父様 お母様 どうぞ めしあがってください・・・

 ふたつきの丼モノが 玉子丼か カツ丼かについて 論争がある・・・
 この嫁は 仕事を休み 2人を東京観光に案内するのである

 東京で数日を過ごし すこしく 落胆と悲哀を感じる
 東京の どこかの寺の草の生えた空き地 2人で黙々と 
 弁当を食べるシーン そのあと高台に上り 街を眺める
 1953年 戦後8年 活気ある巨大な東京 そして つぶやく

   
    まあ ええほうじゃよ・・・
    幸一も 志げも・・・
    なんとか 元気にやっとる・・・
    紀子さんのことは シンパイじゃが・・・
    まあ ええほうじゃよ・・・
     
     ほんに・・・ 
     ええほうでございますわ・・・


核家族化のなかで 
家族という共同体が 幻想でしかない 
かもしれない それを予見した 映画である

ぼくもカミさんも 
息子たちと その嫁たちに 
冷たく 邪険に されたりして・・・・ 

       まあ ええほーじゃよ 

         ほろ苦い味をかみしめたい と願ってる♪
         紀子さん みたいな嫁がいたら 泣く♪


  人を恋う て 思い込み やと思う
  恋をする て 狂うこと やと思う
  レンアイ は 非日常 日常に屹立する 詩歌


965  
 

   チャンイーモウ監督の映画

   初恋の来た道 は 初恋の様相を 
            あざやかに描いた叙情映画

   そしてそれは   おりもの映画 であり 
            やきもん映画 であり
            道具を描く映画 でもある
            ぼくにはそのように見える

   道具 とは 人が何かすることを助ける 器物
   工芸 くるしみ多い この世を
      ともに旅する 暮らしの仲間
      使われてこそかがやく 暮らしの道具

  

 
 映画冒頭 現在のシーン 
 モノクロからはじまる

 都会から村に 帰ってきた青年
 青年の父が死んだ 寒村の教師だった人 
 その弔いのために もどってきた青年

 老いた母 
 長らく使っていなかった 
 機:はた を手入れし 糸整え
 亡夫の棺に架ける布を 織りはじめている


10192


   ああ こんな風にして 逝った人を 送るんやぁ・・・
  
  母の思い出 回想シーン カラーになる

少女だった 青年の 母


2


花のようである

少女のまずしい家 少女の母親は盲目らしい

その母親が 糸を取り 機:はたを織ってる

長い手仕事の時間 労働と修練 盲目でも布を織る老母  

      使われてる道具 
      カミさんの使ってるのとおんなし 
      手でつむぐ糸車 腰で張る地機:じばた


waitoguruma


村の小学校 教師のいなかった小学校に

若い先生が やってくる


1


恋をする少女 

もどかしい ひたむきな 思い

ひどく傷んでいた小学校の建物 オトコたちみんなで修理する

その昼ごはん 各戸からの持ち寄り 鉢に入れ茶碗でフタをして届ける

慣わししきたり 建築の仕事場にオンナは近付けない 離れた卓に並ぶ鉢


 腕によりをかけて おいしい料理を 届ける少女
 その入れ物 少女の届ける昼ごはん 大ぶりの染付けの鉢
 
   若いその先生が
   自分の鉢 えらんでくれることを 
   ひたすらに祈る 隠れて見つめる

そんな娘の様子 娘の初恋 感じ取る母 
娘の話に 耳傾けながら 糸を紡ぐ老母


kiwaku


       
  人を恋う 一途さ けなげさ まっすぐさ 輝き
  はるかな寒村の まずしい家 小さな家に 輝き
  なんでもない日常の 器物と労働にやどる 輝き
 

    糸 機 布=織物 つむぐ心 

    水を汲む井戸の釣瓶 出会う少女と先生 

    先生の夕食 各戸 持ち回り 少女の家にも

    薪 かまど 鍋 包丁 俎板 煮炊きする 火

    それを盛る 器 それを囲む 夕餉の粗末な 食卓

    ヒト 使う 粗末な道具 に 

    願い 祈り 希望 かがやき シアワセ・・・

    そーいった いいもの そーいった おおきいもの が 宿っていく・・・


999


ひとときの別れがおとずれる 後を追い丘を走る少女
キノコ餃子を手渡そうとして その鉢を割ってしまう



   村に せともの修理屋 がやってくる
   天びん棒に荷をかつぎ せともののしゅーりー と呼ばわる
   少女の母が呼び入れる

 これなら・・・
 修理するより買ったほうが安いよ


   娘のためなのさ・・・
   その鉢を使った人が 娘の心を 持って行ってしまった
   せめてもの思い出に 器だけでも 残してやろうと・・・


 なるほどな・・・ 
 だったらしっかりと修理しておこう
 きれいな思い出になるようにな・・・


3つに割れた鉢を 独楽紐でしばり
ちいさな弓 弦を巻き付けたキリを 膝のうえで使う
ヤットコで鎹(かすがい)を整えて 鉢に打ち込んで行く・・・・


 割れた鉢 
 鎹でつがれて もとの形に
 まずしい家の 食器の棚におかれた 青い絵のある鉢


  日常の 
  ありふれた 道具
  労働のための 道具

  糸取り車 機 包丁 俎板 かまど 鉢・・・


器物はただの道具 なのに 
人はそこに いろんな 思い を 仮託する

ともにその道具を使った人との 思い出と記憶
そんなささいな記憶にこそ 人の生そのものが やどってる

労働 そのための道具 それらとともにある暮らし 
まずしく 自由が乏しいからこそ 一途に思いこめる 恋 


  初恋の来た道 
  おりもの映画 やきもん映画 道具の映画
  そんなふうに ぼくはこの映画を見ました




cd


 少女の鉢 は安モンですけども・・・

 これは 東京国立博物館にある 南宋 龍泉窯の青磁
 馬蝗絆:ばこうはん ってゆー銘の付いた 名品 重文

 室町時代 足利義政 この茶碗を所持 ひび割れが生じたため
 代品を中国に求めた 明時代の中国には もはやそのようなものはなく
 鉄の鎹:かすがい でひび割れを止めて送り返してきた らしー
 この鎹を大きな蝗:いなご に見立てて,馬蝗絆:ばこうはん
 と 名づけられたとゆーことでおます  おもろいでしょ?


964

中島みゆきの「糸」 ・・・


      縦の糸はあなた 横の糸は私
      織りなす布は いつか誰かを
      暖めうるかもしれない

      縦の糸はあなた 横の糸は私
      織りなす布は いつか誰かの
      傷をかばうかもしれない

      縦の糸はあなた 横の糸は私
      逢うべき糸に 出逢えることを
      人は 仕合わせと呼びます


労働 そのための道具 それらとともにある暮らし 
まずしく 自由とぼしいからこそ 一途に思いこめる 恋 

われわれが得た 豊かさと自由 
どのようにも生きて行けそうな 豊かさ 
どのように生きてもいいと思える 自由 
そのゆえに 選び取ること ができなくなる


124


   縦の糸 
   横の糸
   なかなかに 
   出会うこと 
   むずかしい



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最終更新日  2009年10月03日 05時27分47秒
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2009年10月02日
カテゴリ:染と織
窯場に 朝の光
採光のため 切妻の三角のトコが
ガラスになってるさかいに 秋の光


962


鈴鹿山地 その川のそば
河岸段丘のもっとも下
東に崖 西にも丘と木立  秋から春まで光が少ない

なので 窯の熱で洗濯物が乾くよーに
上ったり下がったりする 物干し竿
滑車とロープで作った 昇降式物干し

ぼくが作ったもんのなかで 
もっとも有用なモノ と 
カミさんのお墨付き をもろてる♪

そこにマフラーが8本
やきもん屋の女房の仕事 
ときどきは 手が空く その寸暇を惜しんで
カミさんは 織りの仕事 をやって この秋 
23本のマフラーを織った

最終工程は 
織り上げたマフラーの 房の始末
両端の 房の部分を編んで 解けないよー

そして 風呂場で 糊抜き
そして 風呂場で 縮柔:しゅくじゅう
70~80度のお湯の中で 押すようにして
ウールの繊維をフクザツに 絡まり合わせる

これで やわらかさ が増して
布が密になり 保温力が高まる


962


それが乾いて 朝の光 秋の光


カミさんは茨城県新利根村出身 
いま46歳 地元の女子高=竜ヶ崎二高を出てすぐ 
結城紬のある織元:おりもとの 住み込み弟子になった
昭和56年=1981年のことである 
まだ産地にイキオイがあったころ しかし後継者不足
 
前年の夏休み 卒業したらどーしよー 
たまたまテレビでやってた 結城紬のドキュメンタリー 
秋には 織り織姫会館を訪ねて 私でもやれるでしょうか?
高3の女子高生=カミさんは すぐに織元を紹介され そーなった・・・


結城で3年 
1年目は 住み込み弟子
2年目から 結城にアパートを借りて 賃機:ちんばたを織った
一定程度 織れるよーになったら 外に出て 賃機を織る
織元が用意した反物を受け取り 1反織り上げていくら 

 結城紬は 絣:かすりの超絶技巧
 総合指定で国の無形文化財 日本の染と織の技術の粋である

 縦横の絣 それで文様を織り出す 水車に流水とモミジとかね
 その文様に地紋がびっしりと入ってる 6角形の亀甲文 
 その亀甲のまんなかに十字文 この一つの亀甲は通常4ミリ角
 それが40センチの幅に100あるのが 100亀甲 通常品

 一反とは13メートルくらいの長さ 3丈3尺 尺=38センチ
 100亀甲の絣は 1日8時間びっしり織って 1日1尺織れる
 8時間づつ33日間織れば1反の100亀甲の 結城紬が織りあがる
 
 織り子の賃料は 
 15~20万円やったそー 市場価格は10倍くらい
 バブル期には 200亀甲 なんてゆーF1的な品もあり
 カミさんの同僚が4ヶ月で織り上げ賃機料50万 3000万  
 織り子は 織る とゆー工程を担うだけ

日本の伝統工芸は 農村の安い労働力と徒弟制でなりたち
分業化して生産効率をあげ 技術を高め 高度成長期を経て
手作りの品 手作りの工芸への愛好愛着をしめす大衆を得た
需要増の時期を1980年ころに迎えていたわけである 

一方で後継者は不足
修練に時間がかかり 労働時間の割りに低い賃金
ほかのどの職種についても もっと手間賃が取れる
時間給 効率とゆー概念で合理判断すれば どーしてもそーなる


964

 
 好きだから

 とゆー理由で カミさんは  

 もっと織物に 深入りした


結城で3年 賃機を織って 
手間をとれるよーになってたのに
益子に移って 無給の住み込み弟子 になった
 
週末のやきもの販売店でヤキソバを焼くバイト とか
3年で貯めたお金の取りくずし とか 
結城の織元から頼まれる賃機 とか で生計を立てる 

益子の工房 そこでは 
木綿 ウール 紬 野蚕 ・・・それらの 糸を紡ぎ
               それらを 染め
               それらを 織る

3年が一つの技術 総合的に納める年限 年季である
結城で3年 益子で3年 都合6年の織りの経験によって 
うちのカミさんは

   糸車をまわして糸を作ること
   天然染料で糸や綿を染めること
   それを地機:じばたで布に織り上げること 

ができるよーになり ひさしぶりに・・・・ 


965


オーロラのような マフラー♪

あったかい うつくしい やわらかな マフラー♪


 明日とあさっては 長浜のアートイン長浜
 場所は曳山博物館の前 アーケードの真ん中へん
 カミさんも行って このマフラーも並べる
 もちろんうちの器がメインですけどもー

 きょうはその仕分け
 きのうおとといの品の削りもせんなん あーイソガシ♪


   



----------------------------------

なにがしか 
みなさんのお心に 
とどきましたでしょーか? 
もしそー思もてくれはったら 
クリックたのんますー♪
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最終更新日  2009年10月02日 08時30分01秒
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2009年01月24日
カテゴリ:染と織
えーと かあさんの歌 2番の歌詞

    かあさんが麻糸つむぐ 1日つむぐ
    おとうは土間で ワラ打ち仕事
    おまえもがんばれや
    ふるさとの冬はさみしい
    せめてラジオ聞かせたい


この歌は フィクション 窪田聡 って人の作詞作曲

1954=昭和29年 開成高校を卒業した後 
合格していた大学に進学せず文学を志して家出 
埼玉県でうたごえ運動の中心として活動した 

1958=昭和33年の発表
家出中に届いた 母からの小包や
戦時中の疎開さき 長野県信州新町の情景

うたごえ運動を通じて全国の歌声喫茶に広まり
NHKの『みんなのうた』でも放送され
2007=平成19年 日本の歌百選に
文化庁と日本PTA全国協議会が選定した   


 まだ まずしかったころの ニッポン・・・
 だが しあわせやったころの ニッポン・・・
 経済成長を経て得た「豊かさ」と「自由」・・・




はい ウチのハナシ

カミさん 日中は いっしょに仕事 やきもん屋の女房
絵付けの色差し 釉薬かけ 白化粧かけ 窯詰め 窯出し 
底すり 発送 帳簿つけ・・・

    そして家事全般

夜は夜で 晩ごはんがすむと 2階の機場:はたばへ
地機:じばた に上がって ラグ=壁掛け敷物 を
つづれ技法で 織ってる 

ぼくは 9じすぎころ に寝間へ
寝間で本を読んでると カミさんの機織りの音

   キッ トントン
   キッ トントン

その音を聞いてるうちに 眠くなってきて 
枕もとの電気を消して 眠りに落ちる

   キッ トントン
   キッ トントン 

日付が変わるころまでやってるみたい・・・・です


157


  かあさんが夜なべをして 機織:はたおりしている
  2階の機場:はたば 広くて寒い せっせと織っている
  山里の夜はふける 機織:はたおりの音がする


  かあさんは釉薬かける 色差しもする
  窯詰めやって 窯出しもして 底すり 白化粧
  かあさんの仕事はつづく 発送して 帳簿付け

  
  かあさんの機織りすすむ すこしづつ進む
  つづれを織って 持ってゆくのと ドームが待ってるよ
  機織りの音がきこえる すこしづつ 織りあがる



    日付の変わるころ・・・

    カミさんの正体があらわれる・・・

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・







    ぼくの本当の名は よひょう

    カミさんの本名は つう

             ↑↑

             ウソぴょん♪


  
   


明日は 

初恋の来た道 糸 

ふたたび

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 なにがしか
 みなさんのお心に
 とどきましたでしょーか?
 もしそーなら・・・・・・  
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最終更新日  2009年01月24日 07時24分42秒
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